嘘ばかりの私を貴方はいつまで好きでいてくれますか
ウソコク【１】
びっくりした。予想とかとてもじゃないけど出来なくて、予防線も張れなかったから、ただそこに突っ立ってしまった。校庭から響く部活の掛け声が、まるで別世界から届いているみたいに歪んで聞こえる。
「駄目かな」
訴えるように覗き込んでくるその顔はよく見知っている。でもちょっと違う。あんまりすぎて声が出ない。本当に驚くと人って固まるんだ、なんて頭の隅で冷静な自分が呟いた。
何か言わないと駄目だって分かっているのにどうしていいのか分からなくて、何度も不自然に瞬きしたけど言葉は絡まって出てこない。
このまま諦めてくれればいいのに。なのに、私が黙ったままでも彼は関係ないみたい。いつまででも待つぞって、そんな顔でひたすら私を見ている。答えを待っている。
だけど、困る。そんなこと言われても困る。
両手のひらをぐっと握って私よりも背の高い彼を見上げた。その目は真っ直ぐ私を見ていて、そんなこと考えている場合じゃないのに意思の強そうな、頑固そうなところがそっくりだとまた思考がそれてしまった。
そもそもどうして上谷君は知らないの？
浮かんだ思いが苛立たせる。分かりきっていることを考えてしまうのは私が子供だからだろうか。根負けして思わず小さく息を呑んだ。
「駄目って、そんなこと、だって」
だって困る。本当に困る。
私の困惑に答えるように彼は小さく唸って、頭を掻きながらやっと顔を逸らしてくれた。思わずほっとして息を吐いた。いままで息を止めていたのだろうか。息苦しさが速度を増して私をのみ込んだ。
そんな顔をされるのが困るのだ。この顔に困ったって、悲しいって、そんな顔をさせたくない。辛くなる。だって同じ顔なのだから。
ううん。ちょっと違う。ちゃんと違う。だけどとっても似ているから、だからどうしたってどきどきしてしまう。
そんな自分に思わず戸惑う。圭吾さんのことが好きなのに、ただ似ている彼にどきどきするから。これはきっと罪悪感だ。
教室は何もかもが夕焼け色に染まりあがって、そこに立つ二人の影までがそんな色を含んでいる。
「駄目かな。俺、結構本気なんだけどな」
弱ったな、とまた私を見た。その目に戸惑った私の顔が映っている。
こっちを向かないで。圭吾さんとよく似た目でこっちを向かないでよ。
動悸をかき消けそうと慌てて口を開いた。
「え、あの、上谷君。やっぱりわかんない。何で私なんだろう。私、上谷君と話したこと……ほとんど、ないよね」
頭の中を巡らせてみたけれど、やっぱり彼に好かれることをした記憶もないし、クラスメイトの割りに話したことも挨拶程度しか思い出せない。
この返事にとうの上谷君は再び唸った。癖なのだろうか、また頭をぐちゃぐちゃに掻き回している。
「何で、って言われてもなぁ」
言われてもって。じゃあいきなり「好き」 だなんて言われた私はもっとどうしていいか分からない。
「超」
ちょう？
「好みなの。それじゃ駄目かな」
冗談みたいな理由を屈託なく笑顔で返されて、面食らったまま小波優貴は長い睫毛をぱちぱちとさせた。
なんだ、それ。好みって、超って。私ってば上谷家うけするのだろうか。それはそれで嬉しいけれど。いやいや、喜んでいる場合じゃない。
「駄目って」
駄目っていうかね。もう、言ってしまおうか。
脳裏に浮かんだ言葉は、結局いつものように萎んで消えた。言えるはずもない。言えるわけない。
「付き合っている奴、いるの？」
言葉尻を消したまま黙り込んだ私に間をおいて上谷君は言った。
「違うの？ じゃあ、好きな奴がいるの？」
言えない。言えないからつかなきゃ。嘘を、今すぐ組み立てて。
「あの、ね」
断りの理由を組み立てる。とにかく考えられるだけ考えて、浮かんだ案を片っぱしから消していく。どれもうまくない。言葉はしり込みして空気を呑んだ。そんな私を手助けするように結論を出したのは彼だった。
「じゃあ、とりあえずは立候補ということで」
意味も分からずその言葉を頭でリピートする。立候補。
多分この時、笑っちゃうほど間抜けな顔をしていたと思う。目は大きく開かれて口はぽかんと開いていた。
そんな私を放り出して、上谷君は息をすった。体を曲げて大きく吐く。まるで体操途中の深呼吸。一度下を向いた彼が覗き込むようにこちらを向いた。
上谷君は笑っていた。
「じゃあ、これからガンガン頑張るから、よろしく」
真っ直ぐに差し出された手。を、どうして繋いだんだろう、私は。差し出された手を握っている私の手。ついうっかり差し出してしまった私の手をぐっと強く、でもなんだか優しい体温で上谷君は握っていた。
「じゃ」
置きっぱなしだった鞄を乱暴に拾い上げて、笑いながら教室を出て行った。残されたのは私。三十七人分の机が並ぶ教室で馬鹿みたいに扉を見つめながら握られていた手のひらをぎゅっと握った。
「じゃ、って……」
校庭のざわめきもとっくに消えていたことに気がつく。誰も居ない教室で言えない言葉が小さく漏れた。
「私はお兄さんと付き合ってるんだよ」
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