関東土木保安協会

Kanto Civil Engineering Safety Inspection Association

~ 土木の迫力 機械の技術 礎となった男達の魂 ~
関東土木保安協会は、鉄とコンクリートの美学と保全活動を追求します。


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あー、男に生まれてよかった。

どうも、変態的な仕事ぶり、充実しすぎた私生活、関東土木保安協会です。

マニアは、自分から土木を探しに行きますかぁ??
 

 

はい、探し行きますね。んなことはどうでもいいですね。

久々の更新なのですが、400回だから400にちなんで400mのタワーを、ダムを、といきたいところですが、ネタもなく、お決まりの鉄塔ネタを出しましょう。

 


全国の電話局を写真付きで紹介している著名なサイト「電話局の写真館」さんで、絶賛されている鉄塔があるではないですか。
荒天の中、ふらりと寄ってみました。


大阪市は西成区、かの有名な一帯の側に、その電話局があります。
NTTコミュニケーションズ今宮ビルです。



▲スーパー玉出と共に花園に立地する今宮ビル

このビルは国道26号線の脇に建っています。
周囲には高めのマンションもありますが、殆どは低めの建築物です。紅白のコントラストといい、周囲からは目立つランドマークとなっています。



▲国道26号線沿いに鎮座する今宮ビル。遠くからでもよく見える

ここは局舎自体もかなりマニアックな意匠で見ごたえがあるのですが、何よりも鉄塔が美しいのがポイントです。
・・・が。この電話局。
私は取材後半から緊張を覚えたのでした。

どうやら美しさやその特徴的な外観以外にも、触れておくべきポイントがあるようですね。

~~~~~~~~~~

NTTコミュニケーションズの今宮ビル、何と言ってもまずはその美しい鉄塔でしょう。


▲ビル外観。鉄塔に特徴があるビルである

電電公社時代から建つであろうこちらの電波塔、他の規格化された鉄塔とは異なり、比較的よく見る正八角形の架台に、テーパーがかった目の細かいアングル鉄塔で構成されています。


▲鉄塔上部。架台はよく見る形である

よく見ると塗装が剥げていますね。

経年でしょうから、塗り替えられることを願います。

昨今の情勢ではすぐに撤去してしまう仲間も多いので。。


▲アンテナ類は、現在は携帯基地局のみだ

いやぁ、ひどい雨です。

防水のカメラにすればよかったのですが。。

 

雨に降られつつ鑑賞を続けます。
アンテナ類はすでに携帯基地局のみでした。

架台の穴塞ぎ痕や他の方の写真を見る限り、いくつか載っていたのでしょう。


▲鉄塔下部。繊細なトラスが織り成す極上のラインだ

通常の鉄塔と異なり、アングル材の等辺側を表になるよう配置し、かつ目を細かくトラスを組むことで、フラットで綺麗な外観に見えるようになっていますね。
八角形の複雑な足は、二面を一対として四つ足に収束し、足元まで飽きさせません。
これは、惚れますね。

お見合いで、写真でも実際に会ってもハズレてないパターンですよ(笑)

さて、建物に移りましょうか。



▲建物も当時としては近未来的な特徴あるデザインだ

通信建物ですので、窓もなく不愛想な外観はそうなのですが、壁面の配色はまるで流行の注文住宅のようにワンポイントで色を変えてあったり、壁面に細かい模様がされていたり、と鉄塔に負けない遊び心があります。


▲よくみると、壁面の意匠が非常に凝っているのがわかる

 

建物は5階建てでしょうか。それほど大きくはありません。

スリットの目隠しがあり、通信設備用空調の目隠しでもしているのでしょうか。

 

▲水防板が設置されている

 

ふと見ると水防板が設置できるようになっていました。

水害リスクがある土地なのでしょうか。

 

入口を見てみると、NTTコミュニケーションズ社のマークがありましたが、入居者欄には何も記載がありませんでした。

無人なのでしょう。

 


▲ビル入口脇の看板。無人のようだ



さてさて、冒頭の触れておくべき点というところですが。

今一度場所に振り返ってみると、ここは大阪市西成区花園。
西成区は、過去より暴動が度々発生してきたことで知られています。
あるときは官民の癒着と腐敗によって、あるときは蔑視ともいえるような扱いを受けた住民と警察との間で、度々発生してきました。
多くの群衆は警察署を襲撃し、街路に火を放ち、街は何度も傷つきました。


そんな地に建つ電話局が、この今宮局なのです。
当時はお役所、旧電電公社。ましてや電話需要の急増で、独占市場にあぐらをかいて仕事をしていたと揶揄される時代です。
警察への不平不満を募らせる民衆にとっては、同じ官公庁として不満の矛先が向かうのは十分想定できますし、少なからずそれはあったでしょう。


▲枯れきった記念の花壇。栄枯盛衰が伺える

このような背景を持つためか、ビルは特徴ある外観と美しい鉄塔の隙間から、まるで別の顔をちらつかせるのです。


▲国道側のフェンス。他の電話局と比べると、少し厳つい印象だ

例えば、周りを囲うフェンスから違います。
外向きに張り出た少し高めのフェンスの上はまるで並んだ針。

侵入者を寄せ付けない空気を醸し出します。

 

脇を見てみると、有刺鉄線まであります。

物々しさが他の電話局とは明らかに違います。

 

▲有刺鉄線と、これまた高い塀が侵入者を阻む

 

やはり、これは立地上公衆の侵入リスク高いところということで配慮した結果なのではないかと推測します。

暴動が多発するエリア、投石などで済めばいいですが、火炎瓶や暴徒らが立てこもりに使うなどして侵入すれば、国有通信網へのリスクが増加します。

 

その、スリットのような部分も目を凝らしていくと、なんと細かいネットの様なものが張られていました。

これでは投石も跳ねてしまうでしょう。

 

▲随所に要塞のような厳格さを垣間見せる今宮ビル

 

さらに、窓という窓には5階の高さまで鉄格子が張られ組まれていました。

明り取り小窓でしょうが、侵入者や投石に狙われるところで、対策されています。

機動隊の護送車並みの万全な防備体制です。

 

▲鉄格子が組まれた小窓

 

このような電話局は初めて拝見しました。

その老いた体に防具を備えた姿は、まるで古要塞。

貴重な土木施設だと思います。

 

あの中世の城郭を彷彿とさせる西成警察署を思えば、このような状況は当然といえば当然なのでしょうか。

 

▲長年この地を見守ってきたであろう高塔が、今日も傍にいる

 

ここ数年は暴動は発生していないようですが、どうかこの地にこれからも平穏が続くよう願うばかりです。

その歴史を語らずに伝える継承者であろう今宮ビルの未来とともに。

 

 

本日用いた写真はこちら

 

 

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関東土木保安協会です。

計3回に渡りお伝えしたオラオラ系の邑楽君ですが、太田市内を走っているとこれまた面白い鉄塔を見つけました。
東京電力の富士重工大泉線です。

邑楽線を追っていくと、途中で分岐する送電線です。
6.6kV2回線。その名の通り富士重工の工場向けへの送電線です。
スバルの街と言うだけあって、同一の送電線から複数の同一会社の工場へ分岐しているとは、太田はやはりスバルの街ですね。


▲鉄塔が道路を跨いでいる

鉄塔の道路跨ぎは結構見かけますが、あのオラオラ敷設の邑楽線を見た後でこれを見ると、お前もかとツッコミたくなってしまうマニアの性でございます。

普通の四角鉄塔には立派な足が4本立てられ、5mの嵩上げをして道路を跨いでいます。
MC鉄塔にもしてない辺り、ここの敷地制約の限界なのか、コストの兼ね合いなのかを考えさせられ、面白いですね。
住宅街の中だからでしょうか、各足は円柱になっており、すこし和らいだ印象を醸し出しています。
鉄塔への昇柱用の梯子は据え付けられていますが、いたずら防止でカバーされています。


▲右には階段があるがカバーされている

中に入ると、これまた綺麗な結界を拝めました。
1987年4月竣工の31mの鉄塔です。
4号鉄塔になります。


▲結界も綺麗に見ることができる

鉄塔には河川土地占用許可の証書が付けられていました。
河川の上には建っていませんが、線下占有を考えると道路からはみ出しがあるので、その分でしょうか。
こちらは竣工時からのものらしく、とりあえずの1986年~1989年までの許可証です。



▲河川土地占用の許可。竣工時の物だ

それで、時期がきたら撤去するこういう掲示を立派にコンクリートに付けちゃったものですから、撤去もされず残っているわけで、契約更新版は別の場所に貼ってありました。


▲こちらは許可証の更新版

最も最適なルート選定をすると出てくる障壁に対し、どのような解で挑むかはその設計者や周辺地域の環境などに左右されるのでしょうが、ここは川の上を通過してやり過ごしているパターンであったようです。

手前の2号、3号は隣を流れる休泊川を跨いでいますが、4号は恐らくですが河川が広く跨げないため、隣の道路を跨ぐ格好にしたようです。
手前の3号鉄塔もこんな裾広がりな形です。


▲同3号鉄塔。川を跨いでいる


うーん、オラオラ系の邑楽線からするとだいぶ謙虚な感じがしますが、食後のあとのコーヒーならぬ、少しお腹いっぱいな私にはぴったりの、富士重工大泉線でした。


 
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前回の続きです。

オラオラ系のオーラ全開な邑楽くん。

もう少しだけそのオラオラっぷりを見てみましょう。

 

 

▲27号鉄塔。住宅街を堂々と通過

 

27号鉄塔まで来ました。

この鉄塔も車両との衝突のリスクがあるためか、鉄塔の足元はコンクリートブロックで覆われていますね。

その隣には片側通行の道路に挟まれることを示すように、一方通行と進入禁止の道路標識。

まさにオラオラ邑楽です。
 

▲年季が入ったブロック

 

ゼブラの警戒塗装が渋いですね。

コンクリート表面には苔も付き、かなり味が出ています。

なお、同じく竣工は1968年7月です。

 

ここで国道407号を超えて更に西へ進みます。

その先に待っていたのは、直角で北へ方向を変える26号鉄塔です。

 

それで。

この28号。

なんと今度は住みかだった緑地帯を捨てて河川へと鞍替えするのです。。

 

▲太田市内の八瀬川の直上へ建つ26号鉄塔

 

道路から緑地帯、緑地帯から川。節約家なのか、豪快なのか、なんとも。

居場所を変え続けます。

 

鉄塔はコンクリートで護岸された川にがっちりと根っこをはやしています。

 

▲26号の足元

 

しかし、この違和感のなさ。

こうなると、この川も鉄塔に合わせて河川幅を決められ工事されたのではないかと疑ってしまうくらいです。

 

・・・と思って簡単に調べてみると、八瀬川は鉄塔建設時には既にこの場所で流れていたのですが、昔ながらの小川のような河川だったようで、やはりこの区間は後から河川が鉄塔に合わせて護岸改修を実施したようです。

基礎などよく合いましたね。

 

▲26号から分岐する富士重工矢島線1号

 

なお、26号鉄塔は分岐鉄塔で、南方に富士重工矢島線を分岐します。

1号鉄塔は、1973年11月に建った、高さ31mの2回線の鉄塔です。

こちらも川の上を進み、邑楽流です。

 

さて、肝心の邑楽線/内ヶ島線のコンビは、若番方へ北上しているのですが、やはりこの後も八瀬川の上を進んでいました。

次の25号鉄塔も、同じように建っています。

 

▲25号鉄塔から北を見る。まだまだ送電線は続く

 

この25号鉄塔も、35号鉄塔と同じく内ヶ島線の1回線を片捻架していますが、対象は2番線でなく1番線です。

河川直上の鉄塔なのですが、川が若干曲がっているのと、24号鉄塔が何故か川の隣にあり線路が曲がるため、耐張鉄塔ばかりです。

少し北上すれば、懸垂碍子も出てくるのですが、面白いですねえ。

 

▲片捻架の25号。奥に24号が続く

 

この先の24号からは記録できなかったので、文末のあこうさんのHPやストビューを参照していただきたいのですが、24号のみ何故か河川上にないため調べてみると、過去にこの辺りで川の流れがくびれていたため、直上に鉄塔を置けなかった名残の様ですね。

 


25号の足元を見てみましょうか。

こちらは道路脇でないため、基礎のブロックには警戒塗装がありません。

 

▲25号鉄塔の足元

 

鉄塔下部には河川占用許可が掲示してありました。

面白いので見てみましょう。

 

河川占用は他の河川に建つ鉄塔等でもよく見られ、公共的な要素が無ければ認められないとなっているようですが「電気事業及び電気通信事業」は、立派な公共インフラですね。

・・・というと、この送電線もOPGWなんでしょうね。

 

6基の鉄塔が占用とありますが、24号を除く20号~26号の川の上に立っているようですので、そのことでしょう。

上空送電線とありますが、これは送電線も立派な占用構造物になるためで、1章で話した線下借地の話になります。

そのため、線下土地も占用面積に含まれていますね。

10年契約で今年度失効ですか。また申請しなければ。

 

なお、富士重工矢島線の方は、また別に申請をしていました。

 

▲河川占用許可を示す看板

 

線路のルート選定においては、コストや調整など様々な障壁を如何にクリアするかを考えて選定するのでしょうが、このような河川上空を送電線が張っている例はその最たる例でしょう。

河川上であれば、地権者は国のみとなり、河川なので後から何か建つといった部分では心配もありません。

お役所なのでお堅いのかもしれませんが、電力会社のことなので個々の地主と話を結ぶよりはやりやすいのでしょう。

 

しかし、1章2章で紹介した道路の上を走っている例はよくわかりません。

こちらも河川上と同じ理由で道路の上を無理くり通過させようとする例はあるのですが、今回の邑楽線の例では、鉄塔が後から建ったとは思えないほどに鉄塔が道路のルートを阻み、一部は道路が迂回して隣接地に食い込んでいる部分もあります。

これらは恐らく鉄塔が先にできていてそれに合わせて都市計画道路を建設したためとではないかと思うのですが、はてさて航空写真しか手元にないため分かりません。
一体何のためなのでしょう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

いかがだったでしょう。

これらの魅力と言いますか、不思議な光景と言いますか、一部の層にしか分からないことなのでしょうが、タワーと白鳥のみで地味に町の観光アピールをしている邑楽町にとっては、格好のちょい立ち寄りな観光資源です!

・・・とひらめきがあったのですが、そもそもこれは邑楽線であって、立地が太田市なので意味がないですね。。

はてさて、この先邑楽線はどうなるかは分かりませんが、結構大きな都市で工場もあり、送電線に合わせた街路の造りである以上は、今後もこの光景を見ることができるでしょう。

 

東京電力邑楽線、まさに街路を突き進む巨大ロボットの如く、彼らの通った跡には道路か川か緑地帯しか残らないのでしょうか。
いやあ、まさにこのふてぶてしさ、いや男気、邑楽だけにオラオラ系男子ですね。
 
句っ句っ句。

 

 

<参考>

あこうホームページ:電気の通り道 邑楽線1

 

NSKねっと:高圧線下地の評価 前編


 
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前回の続きです。

邑楽線の32号から若番方へ進みましょう。

 

これまた見事な直角カーブで大通りに躍り出ました。

 

▲32号鉄塔を正面から見る

 

それで、前回盛った驚きの展開と言うのがこちらです。

 

住宅街のど真ん中を緑地帯と共に突っ走っているのです。。

 

▲閑静な住宅街、現れたのは緑地帯だ

 

片側1車線の普通の市道に、鉄塔様どうぞと言わんばかりの立派な緑地帯が整備されています。

工業団地等ではよく見ますが、住宅街に何だこれという感覚です。

 

こちらは上房緑地というようです。

調べてみると、どうも緑地帯は後からできたようで、送電線の竣工時にはまだ単なる空き地であったようです。

都市には緑地帯を設けるようにルールがあるかと思いますので、遊んでいた線路下の敷地を後年に緑地帯指定したのでしょうか。

 

▲31号鉄塔。その先も緑地帯を送電線が通過している

 

31号鉄塔の色が上下で変化しているのにお気づきでしょうか。

他の鉄塔よりも高いですし、恐らく嵩上げしています。

この先で交差する道路と並行して走る、配電線との離隔確保のためでしょうか。

 

▲31号鉄塔。嵩上げした形跡がある

 

この太田の九合という地域一帯は、1960年代の土地区画整理事業を経て整備された地域です。

邑楽線の鉄塔は1968年7月に竣工しています。

これらより、恐らくこの地には送電線が先に建設され、その後道路や区画割が決定した際に、線下の利害問題やそもそも送電線が低いことによる建築物制限の課題から、道路と空き地としていたのではないでしょうか。

 

▲31号鉄塔より32号鉄塔方向を望む

 

送電線建設前の1960年前半の空中写真を見ても、この地に現在の区画と合致するような土地の使われ方は見られません。

また、このような直線的な送電線の経路選定を促すような条件も見受けられません。

 

▲30号鉄塔。奥には29号鉄塔が見える

 

緑地帯を進むと、今度は29号鉄塔で再度北へと直角に曲がります。

また、内ヶ島線は南へと分岐しています。

分岐先は坂田線といい、坂田変電所までを結ぶ送電線です。

こちらも同時期に運開したようですね。

 

▲29号鉄塔。角度鉄塔で分岐をするため重々しい


このタイプの分岐鉄塔は後程再登場しますが、なかなかコンパクトにまとまっています。

 

1回線分がこのように腕金で張り出していて、手が届きそうです。

 

 

▲29号鉄塔。高さは38m

 

気になる足元は、交差点になっています。

このようにガードレールで覆われているのみで、コンクリートブロックなどによる防護はされていませんが、各4本の脚には警戒色があしらわれています。

 

▲29号鉄塔の足元。慣れなければ車両は通過しにくそうだ

 

ロータリー?と突っ込みたくなってしまうような造りです。

車両の通過する方向が決まっているようですが、慣れなければ右折で進入した際にどちらから入ればいいか迷ってしまうようなアバウトな感覚です。

 

28号方向を見ると、これまた線路下には広い敷地が確保されています。

 

▲29号鉄塔から28号鉄塔を望む

 

この区間は緑地帯の設定がありませんが、白線で安全地帯が示されています。

それにしても、29号も無理矢理感が凄いですが、この28号は個人的にも結構な無理矢理感だと思います。

 

 

▲28号鉄塔の足元。交差点の中央に陣取る

 

東側(上写真右側)を通過している車両などは、まっすぐ直進していませんね。

道路の幅、そして鉄塔の脚と前後の車線が見事に不一致を起こしています。

こんな状況なら、鉄塔の足元を少し嵩上げして、4脚を広げたような構造にすれば、交差点を跨げたものですが、そうしなかったのも当時送電線が先に完成していたためではないかと推測します。

 

▲28号鉄塔。この障害物感、かなりのインパクト

 

28号鉄塔の脇のスペースですが下写真です。狭いでしょう?

この区画は内ヶ島変電所前のように、鉄塔を迂回する道路分、他所の敷地を欠きとればよかったのですが、そうはしていないため、特に東側の狭さが際立っています。

 

▲28号の足元。かなり無理矢理な造りだ

 

この幅員では、幅2.5mの大型車では通過できないのでは、など心配してしまいます。

鉄塔があったので通過できなかった、など奇妙な失敗談になりそうです。

通過できない際はバックか方転か、はたまた一方通行の指定がないので、西側を逆走的に通過するのか・・・

 

▲とにかく狭い、28号の東側

 

こんな無理くりをした所で、27号以降は比較的ゆったりと進んでいきます。

28号から再び直角カーブで西へ向かいます。

また住宅街に不釣り合いな緑地帯が現れますが、こちらは高上緑地といいます。

 

▲緑地帯を再度西へ進む送電線。奥が27号、26号だ

 

また長くなってしまったので、次回にしましょうか。

 

理由が分からない苦肉の策というのは、なんとも不完全燃焼ネタ感で燃え尽きないものです。。。

 

 

 

 

 

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関東土木保安協会です。
 
 
群馬県の地図を見ていると、南西部に「邑楽町」というところがあります。
ダムマニアも唸る難読地名と思いますが、こちらは「おうら」といいます。
 
この邑楽町に隣接して、太田市があります。
富士重工の工場がある街で有名ですね。
教科書などでもブラジル人の方々が多数住んでいることで大泉町と共に取り上げられたりもしています。
 
そんな太田市と邑楽町の間には、送電線が走っています。
東京電力の邑楽線です。
この邑楽線、普通の地方都市に見られる6.6kV、2(+2)回線のよく見る送電線なのですが、太田市内の箇所において、何とも面白い景観を生みだしています。
 
 早速見てみましょう。こちらです。
 
 
 ▲道路の真ん中に・・・
 
このとおり、鉄塔が道路の中央にドーンと建っています。
これ自体は、探せば全国様々な所で見ることができる光景かと思いますが、この邑楽線が面白いのは、この様な鉄塔が一部地域において集中して見られることです。

私も何気なく付近を通過して気付いたのですが、一目見てどっぷりはまってしまいました。

それでは、上写真の1つ前の鉄塔から番号が若い方へ順に追っていきましょう。
 

~~~~~~~~~~

 

太田市内ヶ島町の東武鉄道小泉線のすぐ隣に、邑楽線の分岐鉄塔があります。
37号鉄塔です。

 

▲邑楽線37号鉄塔。鋼管製の分岐鉄塔で丈夫そうだ

 

ここから36号鉄塔方面を見ると下写真の様な光景です。

道路の真上を進みます。

 

▲踏切の先に立ちはだかる36号鉄塔

 

こちらが最初の写真で出ました36号鉄塔です。

1968年7月にできた、普通の四角鉄塔+懸垂碍子の純粋そうな鉄塔です。

 


▲36号鉄塔を若番側から望む


鉄塔は道路の真ん中に建てられ、衝突などの対策としてコンクリートのブロックがしっかりと設置されています。

そうですよね、車がぶつかったら大変です。

 

・・・ならこんなところに建てるなって話です。。

 

▲鉄塔の足下は頑丈に覆われている


次の鉄塔を見てみましょう。
下写真奥に写っているのが県道313号で、越えてすぐのところに35号鉄塔があります。
 

▲35号鉄塔

 

一見普通に見えますが、すこし写っているガードレールの通り、随分とひねくれた立地をしていました。

 

なお、鉄塔は4回線写っていますが、邑楽線は上部の2回線で、下段2回線は内ヶ島線です。

どちらも太田市の東毛変電所を起点にしており、内ヶ島線は途中で内ヶ島変電所へ接続しています。

違和感があるのが内ヶ島線の2線(左側)ですね。上下の相を入れ替えて捻架をしています。

 

▲ウインクしたような片捻架がかわいい35号

 

結界に入ってみましょう。

36号と同じく1968年7月竣工の鉄塔です。

 

▲35号結界

 

こちらは道路の真ん中にあるわけではなく、片側に寄ってはいますが、道路が県道と交わる際に鉄塔に邪魔されてしまうため鉄塔を回り込むような形で進まなければなりません。

 

▲35号鉄塔を若番側より望む

 

その先には34号鉄塔が見えます。
こちらも、道路の進路は鉄塔に邪魔され、県道に繋がる道路とは思えないように見えますね。

行ってみましょうか。

 
▲34号鉄塔。道路の先に立ちはだかる

 

・・・やはりとんでもない立地でした。。

 

大きな道路へそのまま接続できずに、鉄塔に沿って迂回して接続しています。


 
▲鉄塔を回り込んで道路が接続している

 

こんな道路、見たことないです。

なんて面白いんでしょう。

 

▲止まれの隣にすぐ止まれが描かれている

 

送電線は、電気技術基準によって電線下や水平方向などに、電圧によって一定の離隔をとらなければならず、その補償として空中を走っている電線路の線路下には保証料が支払われています。その他、地権者との交渉も必須となります。

このため、後から送電線を建設する場合などは、例え鉄塔基数が多くなってしまったとしても、道路や河川の上を器用に通過させる例があるかと思います。

 

▲34号鉄塔を若番側より望む

 

しかしながら次の33号鉄塔を見た瞬間、鉄塔が道路に合わせて建ったのではなく、道路が鉄塔に合わせて建ったのではないかと疑ってしまうのです。

 

▲内ヶ島変電所に引き込む33号鉄塔

 

内ヶ島変電所の目の前に建っているこの鉄塔、足元は道路の幅員めいっぱいに広がっているため、隣接する公園に道路が食い込む形で回り込んでいます。

後から鉄塔を建てたのだとすれば、ここまでするでしょうか。

 

▲鉄塔で埋もれた道路は、公園に食い込んで迂回している

 

ただ、迂回個所の幅員は前後の道路ほどではないですね。

何れにせよ当初から双方の都合を考えていたのかよくわからないような状況です。

 

▲迂回している道路の幅は、車1台分ほどだ

 

そして次の32号鉄塔です。

ここからさらにオラオラオーラ全開で進むことになるとは、誰が予想したでしょう。

 

▲32号鉄塔。ここから新たな展開が

 

と、盛るだけ盛ったところで、長いので続きは次回にしましょうか。

オラオラオラー。

 

 

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あけましておめでとうございます。
関東土木保安協会です。
本年もよろしくお願いいたします。
 
 
栃木県宇都宮市の中心部に、送電線好きな方ならご存じの面白い光景があります。
ほれっ。



この鉄塔はドナウ型鉄塔といい、主たる形状は一般的な四角鉄塔ながら、電線の支持形式が異なり、通常は3相3線を3段で配置するところを、2段目に2相4本を配置する構造となっています。
線下の面積を多く要するものの、主に鉄塔高を抑えたい場面で建てられます。
ドナウ型鉄塔はこんなのとかこんなので当ブログでも何度か扱っていますね。
下広がりな優雅な形状で私もときめいてしまうモデルでございます。


▲正面から見ても美しい造形だ
 
この送電線の名前は東京電力の栃山線。新栃木変電所から小山変電所を結ぶ、154kV2回線の送電線です。
下段に併架しているのは、河内変電所から途中線路名を変え同じく小山変電所へと至る、66kV2回線の河宮線です。
 

▲延々と続く4回線は見ごたえがある

栃山線は、1985年頃に竣工しました。
旧猪苗代幹線の増強でできた送電線です。
市街地化が進む線路周辺の環境に合わせてか、栃山線の主力はV吊懸垂による支持ですが、ドナウ区間でもその掟は維持され、少しでも線下のロスを減らしているものと思われます。
 

▲頂部は赤色のマーキングがされている
 
宇都宮市内の南部では、東北新幹線沿いに建ち並んでいます。
新幹線の橋脚と揃って武骨な四角鉄塔が建ち並ぶ様は、なんと美しいのでしょう。
 

▲とある雪の朝。高架と鉄塔が延々と続く
 
旧東京電力の方に伺ったところ、ドナウ鉄塔が求められた条件としては、この電線の区間のすぐ西に宇都宮飛行場があることによるとのことでした。
飛行場周囲の建造物高さ規制に触れないよう、それが自衛隊のもの、というところでは、この沼南高柳線の事例などと似ていますね。
 
そういえば、第二東名高速を利用された方はお気づきかと思いますが、御殿場付近でも同様の光景が見られますね。
あちらは6回線を有し、同じく自衛隊の施設が近傍にあるための処置とされています。
意外と身近に自衛隊の施設があることが実感できますね。
 

▲四角鉄塔からドナウ型鉄塔へ。大きく高さを変えている
 
上写真は、ドナウ鉄塔への切り替わり箇所ですが、大きく高さを下げている様子が分かるかと思います。
奥の四角鉄塔は60mクラスですが、手前のドナウ型鉄塔以降は45m程度まで高さを下げることに成功しています。
都市部にして上下からの高さ制約がある中、巧みに離隔距離を稼いでいますね。
 

ところで、このような重々しい曇天と組合わさると、まるでドイツなどの大平原を進軍する鉄塔群の姿のように見えて、非常にかっこいいのです。
まさに、進撃のドナウってところでしょうか。
 

▲その姿、まさに進撃のドナウ
 
上写真の2個目の鉄塔のように、河内線が捻架になっている鉄塔もあります。
少し不格好ですが、これはこれで面白いですね。
 

この送電線ですが、新幹線の車窓からもよく見えます。
東北新幹線の上りで、宇都宮を過ぎると高架沿いに這い寄ってくる彼らが見えます。
そしてドナウ達が目の前を過ぎた時、車窓西側の目の前をずっと並走してくれます。
それはまるで都内へと進軍する機甲師団の如く、いや巨人の群れの如く。
なんとも頼もしいドナウ鉄塔達なのです。

 
 

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関東土木保安協会、だぞっ。

 
前回の東京交通会館ですっかり回転レストランの魅力を再認識して惚れこんでしまった私は、別の回転レストランに足を運ぶことにしました。
しかししかし、回転レストランなんて、数年前まであちこちでその面影を残していた彼らはここ10年くらいで解体が相次ぎ、もうそんなにないんですよ。
世間から見ればもう時代遅れの産物なのです。(これを遺産と言わず何と言う!)
 
首都圏近郊でぱっと行ける場所に残っているのは、柏、松戸、大宮の3か所です。
どれも東京のベッドタウンとして栄え、3都市を合計すれば地方の県人口などは超えてしまうほどの大きな市ですね。
3か所とも、既にレストランとしては営業していませんが、外観からはその往年の雰囲気を拝める状態です。
今回は大宮のそごうに行ってみることにしましょう。
 
 


▲威風堂々。そごう大宮店の外観
 
そごう大宮店は、1987年に開業しました。
ビルは、当時行われていた駅前再開発事業の流れで建設されました。
回転フロアがある出っ張り3階分を含め、全13階建てで建設されています。
 

▲ロゴと旗ポールの迫力といったら
 
そごうといえば、豪華絢爛なイメージでしょうか。
バブル期にプチ銀座を各地にばら撒くかのごとく東京以外の都市に何店舗も建てました。
昔はそごうがウチにもできる、なんて多くのお客さんが飛び付いたのでしょうが、今は庶民のSC、SM、プチ贅沢の時代です。金縁の内装が煌びやかな店内では若年層を中心に足が遠のくのでしょう。
そんな独断と偏見のイメージ(少しは合ってるでしょう?)で外装を見てみましょう。
 

▲「大宮そごう」であった証が残る
 
2階のぺデストリアンデッキから続くメインの入口は、もうそごうの伝統と言ってもよいのでしょうか(笑)。かっこいいです。
そごうに限らないのですが、特にそごうは駅前再開発の流れで建ったケースが結構あり、駅へ繋がるデッキと合わせて建てられている場合が多いですよね。
そのデッキを進むと、大きなカラクリ時計があります。
 

▲からくり時計はセイコーの特注仕様。いくらするのだろう
 
昔はディズニーのキャラクターが時間になると動いていたようですが、現在はその姿は拝めません。
百貨店、バブリー、ディズニー。うーん、最高の型のハマり具合ですね。
 
少し東京寄りの川口にもそごう川口店がありますが、あそこにも大きな時計があります。
確かここもディズニー物のからくり仕様ですね。
いいですね、ディズニー。
当時はまだ開園5周年くらいですから、「ディズニー」というイメージも定番と言うよりかは目玉アイテムだったのでしょう。
 
一度大きなリニューアルがあったようですが、外観では大きな手を加えられておらず、当時のバブリーな雰囲気を残しています。
このカーブに沿って並ぶ電球とか、最高でしょう?
 

▲バブリーな華やかな雰囲気を随所に残している
 
さて、中に入ってみましょうか。
ここは、フロア図を見ていただいてもわかるように、エレベーターが展望フロアまで続いています。
東京交通会館は、エレベーターで最上階へ行った後に階段で上がりましたが、回転フロアにエレベーターで直接行けるのはありがたいですね。
 

▲フロア図。以前は13階がレストランだった
 
このまま13階に行ってみるのですが、フロアは美容室や婚活ラウンジなどになっており、到底タワー取材の人間が興味本意でフラフラ入れるような所ではありません。
ホールのみをささっと見ることにしましょう。
 

▲13階のエレベーターホールからフロア中心部を望む
 
回転しない部分にはトイレがありました。
ここは手が入ってないのでしょうか。
 

▲公衆電話跡
 
エレベーター脇の空間です。
昔は公衆電話があったのでしょう。
なんとももの悲しい。 


▲エレベーターの押しボタン
 
13階のエレベーターもボタンです。
そごうのロゴで、高級感がありますね。
 
 今回見れたのはここまでですが、ガッツリやるなら美容室予約して入ることですかね。。
(写真許可ダメそうだよなぁ)

 
ところで、あらためてこの回転する機構を考えたとき、合理的な現代ではおいしくないポイントばかり目立ちます。
床が回転するという付加価値に対して、多くが駅前の一等地にして延べ床面積を稼げない、維持費。
時代的に、付加価値に対して代価を払う利用者がいてくれればいいのですが、高層ビルも山の様にあって、かつリーズナブルにそれなりの景色を楽しめる現代においては、回転機能の制約による収容人数の少なさと維持費を考慮すれば、割りに合わないのは明白です。
前述の東京交通会館が生き永らえている理由は、このネガティブ要素を踏まえたプレミアムな雰囲気を産み出しているからなのでしょうか。
 

そんなことを思いつつ、折角なので回転部をまじまじと見られないかと場所を探すと、屋上が開放されてるではないですか。
早速行ってみます。
 
屋上は10階にあります。
10階へは階段を降りて行きましょう。
それにしてもこの13階からの階段、裏方感半端ないです。。


▲エスカレーター。横並び4本は迫力が違う
 
屋上のある10階へ降りると、エスカレーターが迎えてくれました。
各方向への4連横並び。うーんいい光景です。

早速屋上へ出てみましょう。 
どうです、回転展望台の部分が目の前に広がって感動です!
 

▲回転部分に手が届きそうである
 
屋上はすっきりとしており、様々な角度から回転展望台を眺めることができます。
それ以外にも、周囲の眺めもいいんですよ。
 

▲回転レストランとしては比較的新しい部類だ
 
この距離で見ても、どこからが回る部分がよく分かりにくいような外観でした。
下にあるレール上の物は、上写真左奥に少し写っていますが、ウインチかクレーンのようなものが設置されており、メンテナンスに用いるもののように見えますので違うのではないかと。
ひょっとしたら、この外側に見える外装の部分は動かずに、窓がある部分の少し窪んだところからの内側のみが回る構造なのかもしれませんね。誰かご存知ないでしょうか。

 

<2017/1/8 追記>

コメント欄でも書かせて頂きましたが、回転レストランは床のみが回転し、建物全体が回転しない構造と思われますので、このそごう大宮店も同様かと考えられます。

#393の記事で実際に東京交通会館を訪れていたものの、こちらの取材時にスッと構造がどのようになっているのか抜けてしまっていたようです。

上記、訂正いたします。



▲点検用か、非常用のハッチらしきものが

デパート屋上用にはお約束の神社もありました。
竣工から鎮座する神様です。


▲お決まりの屋上神社。伏見稲荷神社の分社とのこと
 
この屋上ですが、やたらと広いスペースが広がっておりビアガーデンでもやれるのかと思っていましたが、どうやら違うようです。
 

▲屋上遊園地であったことを匂わせる
 
上写真はエレベーター前のドアですが、可愛らしいステッカー類が並んでいます。
恐らく、以前は屋上遊園地があったのではないでしょうか。

片隅には植栽が一ヶ所に寄せられて、なんとも寂しい雰囲気です。
 

▲一か所に固められた植栽
 
来年で30歳を迎えるそごう大宮店。
バブル期の特徴を捉えた芸人が流行るのは、バブルを知らない層にとっては斬新で、知る層にとっては懐かしいからでしょうか。

高度経済成長期から続いた回転展望台の流れと、バブルの栄燿栄華な環境が生んだの最強の融合。駅前にそびえたつそのシンボリックな存在感。かっこよすぎます。
それは、古くさいと切り捨ててはならない、立派なネオクラシック産業遺産なのです。
 

 
 

 

今回用いた写真はこちら

<参考>
・そごう大宮店 : 公式サイト
 
黒崎そごうメモリアル
 
 
 





 

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関東土木保安協会です。
 
先日、「土木展」という展示会が行われていましたね。
(参考:21_21 DESIGN SIGHT
土木なんていうアングラワードが沸騰し始めて早10年、2017年はダムカード10周年ですよ。
もう、この縁の下の力持ちが今まで以上に社会に受け入れられていく姿、そしてお洒落という新しいデザインとしての土木の側面を捉える動きが着実に浸透していく姿を見てきて、ここまできたかと感慨深いものです。
 
さて今回は、昔懐かしと言っては怒られますが、不変のランドマークとして存在し続けているビル、いや展望台に注目してみましょう。
こちら、ビルなのでカテゴリー的におかしいのかもしれませんが、展望台的側面を押し出しているので、立派な「タワー」の一部として扱いましょう。

 

回転レストラン。
懐かしい響きに感じる人も、なんだそりゃと思われる方もいるでしょう。
その名の通り回転する展望台にレストランを設置したのがこの「回転レストラン」でございます。
「回転展望レストラン」とも呼ばれましょうか。

回転レストランのルーツや起源については、詳しくは述べられませんが、ここ日本においては回転展望台が出始めた1960年代から全国に建設されたものが今日残存しているものの主流のようです。
まだ地方では和服を着ていた人々も多かったであろう当時、東海道新幹線やオリンピックなどで湧く日本にとっては、現在で例えるところの大型ショッピングモールの如く各地で歓迎されたことでしょう。


▲東京交通会館ビル外観

ここ、劇場が並ぶ有楽町の駅前にも、回転レストランが設置されたビルが建設されました。
東京交通会館ビル、1965年の事です。
現代では当たり前と思われるようなものでも、夢にみたような技術として人々の注目や感動を呼んでいたであろう当時、この手の建築物も大人気だったと推察できます。
(またこういう大好きワード並べちゃいましたよ)

銀座の一等地ですが、竣工時の眺望を想像すると、まだまだ建物も高層化は進んでおらず、東京タワーが見えるほかは大きな東京駅の存在が目立っていたことでしょう。
 

▲首都高側より回転部を見たところ

東京交通会館は、ビルの名前でもありますが、会社自身の名前でもあります。
株式会社東京交通会館という東京都交通局と三菱地所との合弁会社で、1963年に設立されました。
このビルの他に、都営地下鉄新宿線の3駅出口に隣接する駅ビルなどを所有しています。
 
それでは東京交通会館ビルに入ってみましょう。
 

▲エントランスの先にある階段。圧巻のモザイク画だ

随所に'60sな雰囲気を漂わすビル内部です。
今では建て替えが進んでいますが、大手町界隈もこの様なビルが多くあるように思えます。
部分的に改装し新しくなっているため、いきなり古めかしいようなデザインではありませんが、懐かしさを随所に感じさせてくれますね。


▲一昔前のデパートを連想させる丸いドアノブ。勿論手動だ
 
上写真のガラス面に貼ってあるのがビルのアイコンなのですが、ビルの形を模したものになっています。
回転部をしっかりとアピールした、可愛らしいものですね。
 

▲随所に一昔前の格好良い意匠が残っている

こちらは地下鉄有楽町線との接続口とそこに降りるための階段の様子です。
いい雰囲気ですね。よく都心部で残ってくれています。
 

▲地下鉄連絡口の階段。昭和な香りが漂う
 
デジタルサイネージなんてない時代、ましてや電光掲示板ですら主流ではなかったでしょう。
メッキと矢印で記された店舗案内達、これも格好よすぎます。
 

▲デジタルなどない時代、アナログでどれだけ魅せられるか、が勝負である
 
と、目を脇にやればこんなスピーカーとフロア表示のロゴが。
たまりません。
 

▲何気ないアイテムも当時のままのようである
 
地下も、昭和な地下街感が残っていますね。なかなかよいです。
一部はラーメン店で行列ができたり、地下以外にはアンテナショップも複数あり、活気もあります。
 

▲一昔前の地下街の雰囲気を漂わせる
 
今、こういう風景は地方都市とか行かないと見れないよなあ、などと思いつつ。
 
 
さて、建物内部はこの辺にして、お目当ての展望レストラン「スカイラウンジ」へ。
スカイラウンジと書かれたエレベーターでエントランスの14階に向かいます。
 

▲回転レストランへの入口となるエレベーター。看板などで特別感を演出

エレベーターでレストランの入口に着いた後は、階段で1階分上がり、展望フロアへ向かいます。

 
▲エレベータから降りるとすぐに入口だ

レトロな手すりですぐに建造当初からのそれとわかります。 
部分的に改装されているのか、意外と現代的な雰囲気です。
 

▲階段を踏みしめるのも一段一段が感動である
 
年期が入った風格ある店内。
丁寧な応対の店員さんがいい感じです。
早速席に案内されます。 
 

▲受付のロビー。奥の床が変わったところからが回転部だ
 
回転レストランは、展望台の中央部分は回転していません。
この部分にキッチンやトイレ等の供食設備・水周りが設けられています。
 
床の回転部分と切り替わるところでは、動く歩道に乗るような、そんな感覚で足を踏み入れます。
とはいっても、後述しますがそれほど速くないのでタイミングを合わせて乗る、というものでもないですが。


▲座席からの視点。奥には東京駅が見える

さて。早速座席に座ってみましょう。
意外や意外、思ったよりも乗り物感が強いです。
というのも、やはり機構が当時のままなのでしょう。「スルーッ」ではなく少し「カクカクカク」とする感覚があります。
神経質な酔いやすい方は気になるかもしれませんが、大抵の方はその展望と雰囲気で何も気にならず感動が勝るでしょう。
個人的には、こんなところも味があって好きになってしまうポイントです。
 
上の写真でも奥に東京駅が見えたりしますが、都心部の移りゆく景色と行き交う車と列車、こんなところで優雅にみられるとは、なんとも贅沢なひととき。
動く速度は非常にゆっくりで、一回転は約80分ほどかかるそうです。
なるほど、コース料理食べきるのは確かにそれくらいです。
ゆっくり回る早さも、景色を見ながらあれこれ考えていれば丁度いいくらいの時間です。
 

▲床の可動部と窓枠の境目。隙間は僅かでよく擦れないもの

夜にはピアノの生演奏を実施していますが、記念日などで訪れると、ちょうど生演奏の目の前になると誕生日であればそのテーマを流してケーキを出してくれるなどの粋な計らいをしてくれます。これはいいですね。
 
 
ふと外を見ると、プランタン銀座が見えました。
ここも32年続いていましたが、2016年12月末をもって閉店し、1年かけて改装すると発表されています。
全国にあった「プランタン」のブランドも、遂に国内で消滅です。
 

▲交通会館の長年の展望を支えてきたプランタンも、今冬消える運命だ
 
 
さて、またブツブツと。(またブツブツですよ。。)
冒頭に話した土木展ですが、コンテンツのひとつである三陸地方の震災復興の話で出ていた内容に「日本は戦後半世紀という短期間に、急速に成長し景観が変わり続けてきた。だから世代を超えて普遍的な景観や情景というものが存在しにくい」という旨がありました。
(若干ニュアンスが異なっていたらすみません)
 
確かにそうで、我々は新しいものや綺麗なものが好きで、箱モノを次から次へと建ててきました。こと消費活動のみで存在意義を保つ商業施設などは、愛着に魅了されるというよりかは規模や内容でその必要性を選択していることが殆どでしょう。
近くにある馴染みのショッピングセンター、それが少し離れてはいるけれども倍以上の大きさを持つモールができれば、そちらに足を運びます。
結果、僅か10年であろうと20年だろうと、陳腐化した扱いで商業施設は衰退していき、30年経てば既に場末感すら味わう施設となっているのではないでしょうか。
こんな流れで、現状では個人商店はもとより、駅前の百貨店ですらボロボロです。小さい頃行ったあのデパートの遊具が・・・なんて話はできません。
それでいて、やれレトロやら懐かしいやら雰囲気だけは大好きな我々は、人工的で新しく清潔な「昔」を愛してやまないので、雰囲気だけ小奇麗な昔っぽいハコを建てて人気を博します。

日本においては、耐震性の問題などもあるので、建物を残そうと考えた時に費用面や安全面などを加味すると建替えが勝ってしまう場合も多いのですが、そちらに振る一つの要因としては、やはり「古臭い物では集客できない」というものがあるかと思います。
 
しかし、そんな事を続けていくと、結果建替え続きで古い物が一切残っていない風景となってしまいます。残るのはその古臭さに左右されない神社や寺くらいでしょうか。
お父さんが行った、おじいちゃんが行った、という建物はガラリと変わり、もしくはなくなってしまいます。
・・・と、全てが無くなっている訳ではないですが、そのような一側面は確かにあるので何とも悲しいものです。
 
 
と言う訳で、昔ながらにして、そして今味わっても斬新な、回転レストラン。
どうかこの交通会館も、全国の回転レストラン(跡含め)を有すビルも、一つの近代遺産として、再開発の波などにのまれずこれからもずっとあり続けてほしいなと思うのでした。
皆様も是非一度、こちらの有楽町まで足を運んでは如何でしょうか。
 

<参考>
・株式会社東京交通会館 : 公式サイト
 
・東京會舘 銀座スカイラウンジ : 公式サイト
 
 
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関東土木保安協会です。

 

埼玉県のJR高崎線沿線。

並走する送電鉄塔で何やら工事が行われていました。

少し前の様子ですが、見てみましょう。

 

 

送電線の名は埼上線といいます。

埼玉変電所と上尾変電所を結ぶためにこの電線路名のようです。

埼上線の鉄塔例を下写真に載せます。

下写真6.6kV3相3線式の上段2回線で、下段の同じく2回線は桶川線といいます。

今回は桶川線の撤去工事が行われているようです。

 

▲特徴的なV吊懸垂4回線の埼上線/桶川線。下段2回線が撤去対象だ

 

V吊懸垂碍子は都市部でよく見ますが、長幹碍子や狭く見える碍子吊り幅、縦一列に並んだ均等の支持位置など、東電管内では特徴的な送電線となっています。

このような鉄塔は中部電力でよく見かけますでしょうか。

 

▲住宅街の中で作業が行われている

 

鉄塔は1966年頃に建てられたものです。

今でこそ高層マンションが駅周辺に建っている高崎線沿線ですが、1966年当時では、このような高い鉄塔は相当に目立ったでしょうね。

今回、当時の送電系統が現在の状況に合っていないのでしょう、不要となったとみられる桶川線の撤去工事が進められています。

 

▲工事真っ最中の71号鉄塔

 

上尾駅東口からメインストリートを進むと、上写真の71号鉄塔が建っていました。

電工職人さん達がたくさん昇柱していますね。

 

▲桶川線撤去後に、上部の埼上線を移設している

 

桶川線を撤去した後に、埼上線を上から下へ下ろす作業となっています。

片側ずつ実施していて、既に写真左側の1番線は完了していますね。

 

▲黄色の絶縁シートによる養生が良いアクセントである

 

後から写真で気付いたのですが、この時既に下段1番線の線路名のプレートは「埼上線」に取り替えられていました。

桶川線は既に撤去されているので、当然と言えば当然なのですが、この様な細かい所までしっかり工程に合わせて変えているのがよくわかります。

上写真では、1番線が「埼上線」、2番線が「桶川線」になっているのが確認できます。

工事中ならではの様子ですね。

 

▲下ろされる碍子。長年お疲れさまでした

 

碍子などの装備品が次々と下ろされてきます。

相当重いのが伝わってきますね。

ゆっくりとゆっくりと、掛け声と共に下ろされていきます。

 

▲不安定な高所にもかかわらず坦々と仕事をする様はまさに職人だ

 

それにしても、送電鉄塔の中では比較的低い方とはいえ、地上30mほどの高所です。

不安定な足場でもバランスを崩すことなく、地上を見てもおびえることなく、職人さん達は、よくも尻込みせずに安全に作業ができるものです。

一人前の職人になるまで、どれだけの度胸と経験を積み重ねたのでしょうか。

 

私の経験では、工事屋さんや技術屋さんと接すると、鼻につくような自慢は勿論せず、自分の経験と勘を基に今の職歴があるというようなことを、熱き想いを秘めて話してくれる事が多いでしょうか。

一般人は誰も褒めてくれる訳ではないけれども、当人らでは当たり前のことを当たり前に、時として命のリスクを抱えながらも、プライドを持って仕事をしているのです。

 

今日も安全作業を祝って、祝杯を上げるのでしょうか。。と妄想を。。

(今時、この業界でもそんな羽振りよくお酒ばかり飲まないですよね)

 

 

▲桶川線がプッツリと切れた73号鉄塔。何か物悲しい

 

これからは衰の時代、と言っては悲しいようですが、人口減少社会の中、そして合理化の中で、既存の土木施設の多くが変革に入る時代かもしれません。

この送電線の様に、撤去される送電網も多く出てくるでしょう。

また、作業の無人化など、多くの危険作業から人的リスクを排除する動きもあるでしょう。

 

西日を浴びた、50年経った鉄塔と電工職人の輝き。

当たり前の記録を今のうちに。

ふと次の50年後の土木風景を浮かべてしまうのでした。

 

 

 

なお、この撤去工事の様子は「送電鉄塔見聞録」さんが記録されていますので、ご覧になりたい方はリンクを参照ください。

 

 

<参考>

送電鉄塔見聞録 :  埼玉・群馬送電センター 市街地改修工事

 

 

 

 

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ドボってます。
関東土木保安協会です。
 
先日、ドラマ「地味にスゴイ!」を何気なく見ていると、ヒロインに惚れられる作家が、土木施設のメンテナンスの様子について話した後「当たり前のことを、当たり前だって思えるのは、それを影で守っている人たちがいるからなんだよね。」などと言うシーンがありました。
続けて、 土木施設がそんなメンテナンスをされていることと、その仕事の重要性に気づいていなかったという旨をヒロインが恥ずかしげに言うのですが、その後に「それでいいんだと思うんだよ。メンテしている人たちの存在を忘れてしまうくらいに当たり前に提供する。それが、当たり前を作っている人たちの目指していることだって思うから。」と言っていました。
(ここだけ切り取るとなんだこの話って感じですね。。)
 
誰がストーリーを考えているのでしょうか、素晴らしいですね。
誰にも気づかれないようなことを、実はやっているなんて話を織り交ぜた訳ですが、そこで土木のネタでフッちゃうー?とウキウキします。
存在を知られないことが成功の裏返し、これぞ縁の下の力持ち業界の土木の醍醐味です。
 
 

 
さて、今回は八ッ場ダム工事現場の様子でも載せてみましょう。
工事が少し進んだようですので、また行ってみました。
夜間作業がメインですよ。
 

▲工事現場を八ッ場大橋より望む

前回(2016/8)訪れた際は、まだ堤体下部の岩盤を掘削しているところでした。
現在は予定通り基礎となる岩盤にコンクリートを打設しています。


▲コンクリートのプラントと思われる設備。美しい
 
これで夕方18:00くらいなので既に深い闇の中ですが、設備は淡々と動いています。
前回よりも堤体の部分が明るくなっているように感じますね。
夜間作業に備え照明を増やしたのでしょうか。
 

▲V字に光る谷間はダム工事現場の特徴
 
プラント関連も充実の夜間照明です。
こちらは右岸側から。こちらからの眺めも結構好きです。
 

▲左岸にあるコンクリートのプラント。なかなかの迫力だ
 
最後に左岸にある展望台から見た、堤体部の様子を再掲しましょう。
なんとここ、さらにお立ち台的な出っ張りが展望台先端に追加され、恐ろしくサービス満点の良好な景色を楽しめるようになっています。
本当に綺麗ですね。
 

▲堤体を目下建設中の現場。煌々と明かりが点いている

数年前から、工場夜景がメディアに取り上げられるほどブームとなっています。
巨大な機械類を放つ照明は、人間様の技術の粋、誇りとエゴの紙一重の芸術なのですが、このような照明の集合体は純粋に「美しい」のでしょうね。
 
意図的に照明を魅せるイルミネーションという装飾は当然成立します。
そして、今まで隠れていた照明群にフォーカスを当てた工場夜景、これが身近になればヒットしない訳がありません。
ましてやそれが山中にいきなり現れるダム工事現場なぞヒットしない訳がありません。
という訳で、私が撮影している間も、何名かカメラを携えた方が来ていました。
 
これに着目した国土交通省、なんとインフラツーリズムとしてダム工事現場をツアーに組み込むことを公式サイトで旅行会社に投げかけています。積極的ですね。
 
 

話は少し脱線しますが、インフラツーリズム的な観点から見ると、ダムカレーやダムカードなど、ここ10年で育ったダムブームを、地元が積極的に取り入れ盛り上げているのもわかります。
 

▲八ッ場ダムカレー。堤体が陶器で珍しい
 
例えば上写真は道の駅「八ッ場ふるさと館」で食べられるダムカレーです。
これを食べるとオリジナルダムカードがもれなくついてきます。
食事者限定でダムカードプレゼントと言う試みは面白いですね。
 

▲地元の野菜がゴロゴロと入る家庭的なおいしさだ
 
見ての通り、なんと堤体は既に陶器でかたどってある斬新なものです。
この堤体とお皿、道の駅で販売しているほか、ダムカレーを食べると10%引きで買うことができます。
 

▲ダムカレー皿は購入できる。皆さんも是非!
 
 こんなのを見ていると、大御所ダムのリアルなミニチュアジオラマをシリーズ化すれば結構売れるのでは、とふと思ってしまいます。



今まで迷惑そのものと呼ばれてきた土木事業。
そのイメージを根本から覆し、ニッチ層から一般人までターゲットとして、夜景、インフラツーリズム、ダムカード、ダムカレーなどと多方面からアプローチをかける八ッ場ダム。
振り回された悲劇の建設予定地は、「ダムで町おこし」という新たなトレンドを凝縮したような輝きを見せてくれました。
 
ささやかながら、私も旗を振って応援していますよっ!
 
 
 
今回の記事の写真はこちら
 
 
<参考>
・国土交通省 関東地方整備局:八ッ場ダム工事事務所
 

 
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