関東土木保安協会

Kanto Civil Engineering Safety Inspection Association

~ 土木の迫力 機械の技術 礎となった男達の魂 ~
関東土木保安協会は、鉄とコンクリートの美学と保全活動を追求します。


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関東土木保安協会です。

 

いやぁ暑い。暑いですね。

暑い時の鉄塔取材は、熱中症のリスクが高まるので、極力避けたいところなのですが、どうも鉄塔君たちは私を迎え入れたくて仕方ないようです。

以前、群馬の新新田変電所でしたかね、真夏に伺ったことがあるのですが、あの時も平野をダラダラ歩くだけで汗がダクダク、何枚か撮るだけで大分疲労しました。

汗対策で夏用の防水カメラでも買おうかとも思いますよ。。

 

さてさて、今回は国道16号沿いにある何の変哲もない鉄塔が大変身したというネタです。

しかも、工事を放棄されたような形態です。

最近建て変わった鉄塔で、以前はこんな主張はしていませんでした。

 

今回は長文ナガナガの汗ダラダラですよっ。

どれどれ、現地を見てみましょう。

 

 

~~~~~~~~~

 

 

渋滞でノロノロと流れる、国道16号線。

さいたま市見沼区宮ヶ谷塔で東武野田線をオーバークロスしますが、そのすぐ隣で立っているのが東京電力パワーグリッドの加倉線2号鉄塔です。

 

▲加倉線2号鉄塔

 

加倉線は66kV2回線のごくごく普通な配電用変電所向けの電線路です。

この2号鉄塔は、見ての通りかなり屈強な鋼管トラス組の四角鉄塔ですね。

高さは35m、竣工はホヤホヤの2017年5月と記されています。



▲建て替え前の加倉線2号(グーグルストリートビューより)


以前の鉄塔は1969年に竣工し、高さ29mだったようですね。

 

▲頑丈そうな四角鉄塔だ

 

この鉄塔は、鉄塔に興味が無い方でも違和感を覚える方が多いかと思います。

これだけガッチリとしているのに、鉄塔上部が作りかけのようなデザインになっています。

鋼管はフランジ部で蓋がされています。

架空地線も無理矢理つけていますね。

このまま上部に同規模の鉄塔が続いてもおかしくありません。

 

▲半端な形である

 

取材中に、ちょうど地主の方がいたので声をかけてみました。

主曰く、以下のような旨を話されていました。

「これで完成なの?とよく言われるんです」

「工事会社の方もこれで完成です、とのこと」

「周囲の鉄塔と比べるとだいぶ立派で、なぜこの様な頑丈な鉄塔が必要なのかと思っているが、地盤が弱いからではないか」

「この辺の地盤は軟弱なことは確かだ」

 との事です。

結構、この不可解な形状が話題になるようです。

(鉄塔好きなんぞ少数派だろうに、恐らく一般の方も不思議に思っているのでしょうか)

 

▲基礎も重厚感あふれるしっかりしたものだ

 

なるほど、どうやら工事としてはこれで終わりとのことで話はクローズしているようですね。

確かに、鉄塔のプレートも竣工年月と高さまで記してあり、もうこれで完成形態なのは明白です。

 

▲現状はこれで完成だという

 

しかし、発送電分離化と東電各社における大幅な合理化が進められているがこの御時世、無駄に鋼管どっしりな重装備な鉄塔を建てますでしょうか。

アングル材で良いのであればそれで建てますよ。

費用は結構変わるはずです。

 

ここからは、解答が無い土木問題として周囲をお散歩しつつ個人的に考察してみたいと思います。

……あぁ、暑い…これは散歩でなく修行ですな。

 

▲加倉線1号も兼ねる東埼玉線101号

 

加倉線とその周囲を調べるに辺り、注目すべきは南方に位置する東埼玉線です。

この送電線は私もこの記事この記事で触れています。

美しい大正時代原形の鉄塔を何基も残す歴史ある送電線でした。

 

▲東埼玉線102号。大正13年製の美しい鉄塔だ

 

既にこの送電線調査をされている「東京西北部の送電鉄塔」さん、「鉄塔中毒」さん、「電気のとおりみち」さんのサイトを見てみましょう(文末参照)。

東埼玉線の調査時の鉄塔の姿は各サイトで異なり、特にこの宮ヶ谷塔以東の100番台の鉄塔では、近年建て替えが急速に進展していることが分かります。

 

▲104番以降は近年立て替えられたようだ

 

①大正時代のオリジナルの鉄塔

②70年代にV吊懸垂碍子で大掛かりに作られた鉄塔

③80~90年代に都市化や新幹線の開業により建て替えられたシンプルな鉄塔

④2010年代になって建て替えられた鉄塔

 

大別するとこのようなところでしょうか。

このうち、特筆されるのが④の鉄塔で、東埼玉線の下段に66kV級の2回線を併架できるようになっています。

一部の鉄塔は、加倉線2号のように後々上方へ延伸し電線の増設を念頭に設計されているような鉄塔も確認できます。

周辺では需要も特に伸びていないであろう昨今、これで複数基を建てるということは、近隣の同規模の送電線を巻き取るのではないかと推測ができます。

まずこれが1点です。

 

▲同103号。近傍の配電線路も離隔をとるため忙しい

 

次に、加倉線2号の南東にある、東埼玉線の104号に注目してみましょう。

104号は、2015年3月にできたばかりの新しい鉄塔で、高さ53m。使用していない腕金を持ち、2回線ほどは増設可能とみられます。

この鉄塔は他の併架準備鉄塔と異なり、裾広がりの構造が特徴です。

これは、電線の引っ張り強度に耐えるためと推測され、将来的に電線路がここから曲り角度鉄塔化、もしくは分岐鉄塔化されるのではと想定できます。

 

▲同104号。他の建て替え鉄塔より大きい体だ

 

最後に、加倉線自身を追いかけ直してみましょう。

加倉線は岩槻変電所と大宮公園開閉所を接続する岩槻線の20号鉄塔から分岐します。

東埼玉線も、このまま104号鉄塔を105、106と追いかけていくと、岩槻変電所に辿り着きます。

即ち、東埼玉線の下に岩槻線を併架した場合、加倉線の分岐部までは岩槻線が不要となります。

岩槻線も、20号以降の大宮公園寄りには需要家が数ヶ所あるようですので、岩槻線全廃とはならないでしょうが、下段には同じ区間を結ぶ七里線を有しており、送電系統の構成上問題がなければ、この時の埼上線のような線路の整理が行われる可能性はあります。

 

▲東埼玉線101号と遠目に加倉線2号。2号鉄塔は加倉線のためだけに建て替えてはいないのではないか

 

文章では分かりにくいので、塔マップをお借りしてマーキングしてみました。

赤線は東埼玉線、黄線は岩槻線、右側にある2線の合流部に岩槻変電所があります。青線は加倉線です。

岩槻線は加倉線の分岐部まで東埼玉線の傍を平行しているのがわかりますね。

 
▲加倉線南東における送電線路敷設状況(塔マップより)

 

また、こちらはグーグルマップで加倉線2号付近を拡大したものです。

色凡例は上に倣い、数字は東埼玉線の号数です。

橙色が私が推測した東埼玉線+岩槻線の新ルートです。

丈夫そうな104号から北西に向かうと、ちょうど加倉線2号の位置に接近します。

 

▲加倉線2号周辺の送電線路敷設状況(グーグルマップより)

 

長くなりましたが、私見をまとめますと以下のような形です。

①東埼玉線は建て替えを進めており、初期の鉄塔は淘汰する方針である

②淘汰に当たり、将来の需要減とランニングコスト減を考慮し、送電線路の統廃合を考慮した

③岩槻線と七里線は将来的に整理対象であり、かつ需要家の存在しない岩槻変電所~20号鉄塔までは東埼玉線に併架可能と判断した

④このため、104号以降の鉄塔を併架準備工事で竣工させた(岩槻線を想定)

⑤東埼玉線に岩槻線を併架したとして、加倉線を分岐するのであれば既存の101号の場所でいいが、老朽化や嵩上げに迫られ撤去対象の102、103号周辺は住宅が比較的多いことから避け、104号から北西に進み既存の加倉線2号鉄塔の近傍に後の10X号を加倉線の分岐鉄塔として建設することとした

⑥加倉線2号建て替えに際しては、上部の東埼玉線部分は電線路の移設はまだ先になるため、今回の竣工では見送った

 

このことにより、半端な高さでおかしいくらい丈夫な加倉線2号が竣工したのではないかと推測します。

 

と、大それた自己満足の謎解きを展開しましたが、真実はどうでしょうか。当たっても外れても、東埼玉線と向き合えたので幸せです(笑)

このような、パッと見では答えが見えない土木施設の準備工事の謎解きは、醍醐味の一つですよね。

 

▲大正育ちの103号、あと何回蝉の音を聞くのか…

 

今回の東埼玉線の鉄塔は93年の経年を有しています。

これほど古い鉄塔が見られるのも首都圏近郊ではかなり珍しくなったかと思います。

今回の加倉線2号が、一世紀近く発展に寄与し日本を見続けてきた大先輩の終焉のフラグかと思うと、少し残念ですが、そうなるのかどうなるのか、今後も機会を見つけて見守りたいと思います。

 

ここまで見ていただいた皆様、汗臭い泥臭い記事にお付き合いいただきありがとうございました。

それでは、貴重な格好よい鉄塔を、見られるうちに拝んでおきましょうね。

 

今回用いた写真はこちら

 

 

<参考>

・東京西北部の送電鉄塔 : 東埼玉線 (後篇)  

 

・【A】鉄塔中毒【A】 : b355[9/10-東埼玉線訪問]

 

・電気のとおりみち : 東埼玉線その4

 

 

 

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関東土木保安協会です。

今回はこちらの写真の鉄塔です。

 

 

 

沖縄県の観光スポットである、美ら海水族館。

その水族館が、以前沖縄国際海洋博覧会の会場の跡地であることは、当時を知らない者にとっては全く想像できないでしょう。

 

沖縄国際海洋博覧会は1975年に開催されました。

1970年の大阪万博と1985年の筑波万博との狭間であるため、どうも多くの人々に強い印象として残っていないのが現状かと思います。

晩年は一部雑誌で廃墟となった姿が注目された、洋上都市のモデル「アクアポリス」なども設置されており、その点は注目だったかと思います。

 

当時日本に戻ってきたばかりの沖縄ですが、約半年の会期のために、本島のインフラ網は充実され、会場周辺も整備されました。

現在の美ら海水族館の目の前の県道114号線も海洋博に合わせて綺麗に造りかえられました。

 

そんな中、114号線のすぐ隣にある丘に素敵な鉄塔群と共に設置されている変電所があります。

沖縄電力海洋博変電所です。

 

▲海洋博変電所の看板

 

私も来るまで知らずノーマークだったのですが、海洋博当時からあるであろう鉄塔群の美しさと歴史の生き証人の空気に感動し、急きょ立ち寄ったのです。

(後ほど調べると、確かに海洋博当時からの電力設備達でした)

 

▲最終鉄塔の1つ前、90度の角度鉄塔である

 

沖縄電力は白が好きなようですね。

自然との調和を考えるのであれば、私などは茶色い鉄塔を見慣れているせいか茶色や黒の鉄塔を浮かべてしまいますが、ここは美しい青い海の広がるところ、沖縄。そんな重々しい色合いなど捨て去って、無骨さを無にする薄いトーンで存在を示せばいいだけの話です。

 

▲地表の緑と、空の青と、見事な調和で魅せる海洋博線

 

当時の資料が、終了後の論文で残っていたので見てみましょう。

海洋博の会場は2年の工期と700億円の予算をかけ造られたようです。

当時の会場の所要電力は28,400kW必要とされ、66kVの本部幹線という送電線を、本線予備線方式2回線で引き込みました。

現在は海洋博線、海洋博本部線となっており、線路名が異なります。

 

▲海洋博変電所。最終鉄塔は三角鉄塔だ

 

変電所では15,000kVAのトランスを4基設置し、6.6kVに降圧の上で26回線を敷地内へ引き出した上で、同じく本線予備線方式で60箇所の高圧受電設備へ送電していたようです。

 

▲当時の「本部幹線」、現「海洋博線」と「海洋博本部線」

 

変電所は県道114号線のすぐ隣の小高い丘にあり、引き込みの鉄構以外は当時から屋内型の設備だったようです。

塩害の防止の観点もありますが、視覚的なイメージを大切にしたのでしょう。

 

▲国土地理院の1977年の航空写真より。赤線部が変電所だ

 

この当時より、海洋博変電所寄りの3基が、周辺の環境に配慮し鋼管の鉄塔で竣工したようです。

最終鉄塔は三本の鋼管で構成された三角鉄塔であり、その隣も90度の角度鉄塔となり、なかなか面白いです。

 

▲海洋博の会場近傍にちょうどいい、スマートな形状である

 

鉄塔らはラーメン構造なので、斜材がなくすっきりとしたデザインです。

当時、環境調和型鉄塔はそれほど多くなく寧ろ黎明期だったかと思いますが、これなら当時の公衆も近未来的な土木施設だと思ったことでしょう(思うかな。。。)。

 

▲草の上から、結界をパチリと。実に無駄がない四角鉄塔だ

 

毎度言っていますが、土木施設は設置条件的に法規制や当時の社会背景の影響を多分に受けるため、設置されている場所や構造に多くの「理由」という史実を残します。

ここが、単なる美ら海水族館だけであったのなら、いまこのような鉄塔群は無かったでしょう。

 

日本返還後の沖縄における発展の起爆剤の一つとなった、海洋博。

大人気の美ら海水族館が元々何の水族館でどうしてここにあるのか。

彼ら鉄塔達は全て知っています。

今日も、大多数の振り向かない人々を迎える中、時折気にする者にだけには無言で語りかけてくることでしょう。

 

 

<参考>

・テレビジョン/テレビジョン学会発行 : 海洋博を終って(PDF)

 

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こんにちは。

関東土木保安協会です。

 

 

先日の沖縄のネタです。

鉄塔サイトをネットサーフィンしていたら、那須電機鉄工株式会社のサイトで、施行例として面白い鉄塔があるのを見つけました。

沖縄への取材、これは盛り込むしかありません。

現地へ行くことができましたので、その写真を載せましょう。

 

▲那須電機鉄工(株)のホームページに掲載されている写真

 

そもそもこの鉄塔、場所など詳細な情報が掲載されていません。

いくら沖縄とはいえ、島のどこにあるんだという話になるのですが、運良く線路名は掲載されています。これを手掛かりに追っかけてみましょう。

 

写真中央が132kVの「沖縄幹線」、写真左右に出ている小ぶりな送電線が66kVの「普天間幹線」とのことです。

これら全て引き留め鉄塔ですね。

恐らくここから地中送電線→架空送電線となっているか、この近くに地下変電所でもあるのでしょう。

 

さてさて、沖縄の地理に疎い「関東」土木保安協会ですが、さすがに普天間という地名は存じています。

また、沖縄幹線という名前、そして沖縄電力では高い最大の公称電圧であろう132kVという値から、本島の主力火発からの立ち上がりではないかと推測しまして、沖縄電力の送電線網のイラストを元に探してみることにしました。

 

するとするとあるではないですかっ!

沖縄電力の送電網図が地中送電線も分かるようになっていたので、その立ち上がりと思しき地区を中心に調べると、国道沿いに立っているこの鉄塔をストビュー様にて発見しましたよ。

 

▲国道沿いで存在を主張する環境調和鉄塔達

 

宜野湾市伊佐。普天間飛行場のすぐ隣、国道58号線沿いにこの鉄塔は建っています。

引き続き調べていると、沖縄電力の毎年のレポートにもちゃっかり掲載されているではないですか。

この手の環境調和型鉄塔事業の代表例であるような扱いですね。

 

▲沖縄幹線の四角鉄塔。引き留め鉄塔の次は通常の四角鉄塔となる

 

北へは132kVが二回線、66kVが二回線、南へ66kVが二回線という構成です。 

改めて線路名を調べると、132kV二回線は沖縄幹線でしたが、66kVの方は北方へ伸びている二回線が瑞慶覧線一回線と大山瑞慶覧線一回線、南方への二回線が普天間連絡線というものでした。

送電線路名が変更になったのでしょう。

 

沖縄幹線は1993年5月に運開となった送電線で、その竣工当時からある鉄塔のようですね。

沖縄電力の鉄塔は建造年記載がないので、鉄塔の直下に行ってもいつできたのかわかりません。

 

▲空と海の青に白系の高塔はよく映える

 

鉄塔は環境調和型によくあるクリーム色で、素材はボックス型の鋼材ですね。

丸い鋼管の素材はよく見ますが、このような角形のものは少ない方かと思います。

腕金から太めの鋼管の内部に引き込んでしまう引き留め鉄塔はよくあり、あの方が塩害対策やらなんやらメリットがありそうですが、このような形状です。

趣味的にはこの形の方がいいですね。

 

▲角度によっては違った顔を見せるのが面白い

 

鉄塔は三相の各腕金に前後方向の角度をつけ垂直引き下ろしとすることで離隔をとっています。

腕金自身の長さしか変わらない所謂ドラキュラ型とも、腕金の方向そのものを90度ずらした関電型とも異なる、独特の形状です。

見る角度によっては別の顔になって面白いですね。

 

▲山側から鉄塔群を望む

 

沖縄というと台風が多いイメージですが、通常の四角鉄塔を見る限り、特殊な設備は見受けられません。

北日本でみられる相間スペーサや、塩害対策で用いられる長連の碍子など送電線には様々な特殊装備を設置する場合があります。

例えば、犬吠埼で知られる千葉県銚子市の鉄塔などは、場所によってはウエイトに長連の碍子など重装備を施した66kVの鉄塔があります。海沿いであり、かつ風が年間を通して非常に強いという環境がそのようにさせています。

ここはどうでしょう。まるで、沖縄の方々の陽気で気さくな雰囲気のように、いかつい重武装の鉄塔などはなく、シンプルですっきりとした鉄塔が多いですね(うまくかかってないような、まあいいか)。

 

 

沖縄県内送電網の重責を担う沖縄幹線。

その鉄塔達は、今日も幹線道路の脇でお洒落に立っています。

 

 

 

今回用いた写真はこちら

 

 

 

<参考>

那須電機鉄工株式会社

 

・那須電機鉄工株式会社 環境調和型鉄塔

 

 

 

 

 

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埼玉県北本市。

中丸というところを走っていると、東電の東埼玉線という送電線が直上を通過している区間があります。

 

 

知らぬ間に建て替わった新しい鉄塔に目を奪われていると、信号機がこっちを見ろよと言わんばかりに主張してきました。

 

▲低い、信号機が低い。。

 

すぐ隣に小学校がありました。

中丸東小学校です。

 

▲小学校入口に隣接する信号機なのだ

 

最初の写真右側に車両用の信号機があるのですが、それだけでは見落とす方がいるのでしょうか、歩行者用信号機の高さで増設されているようです。

かわいらしいですね。

 

▲銘板

 

小糸の96年製でした。

250Φの丸形灯器なんてベタベタです。

そのうち自然と見なくなる旧型のカローラのように、フィットのように、当たり前も街から消えていくのでしょう。

記録記録と。

 

 

それにしても驚くのは、東埼玉線の建て替えです。

前にこの区間の彼らに逢った時は旧型鉄塔健在を主張しているように見えたのですが・・・

事前に知っていた方はそうでもないのでしょうが、もう少し残るかなと思い記録していたもの、特に変化に乏しい土木構造物がすぐに消え去るのはショックを受けますね。

 

▲東埼玉線の建て替えが進んでいるようだ

 

上写真などは前の記事の上尾線分岐部です。

確か取材は一昨年くらいです。あの時の彼らは何処へ。。

 

▲2016年3月竣工だ

 

▲40号鉄塔外観。随分と背が高くなったもの

 

▲苔一つ生えていない綺麗な基礎だ

 

少し進むと、空き地が。

以前鉄塔が立っていた場所です。

鉄塔の大型化で、鉄塔数の整理も進みます。

借地面積は減らしたほうがいいですからね。

 

▲新鉄塔建設に伴いもの悲しく残る旧鉄塔の敷地

 

 日々、ぼちぼちと。

記録って大切ですね。

 

 

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空前絶後の土木中毒者、関東土木保安協会です。
 
久々のタワー部、ドコモ首里に続き沖縄ネタです。
曙沖商ビルというところです。
 
那覇市の新港付近に、曙という町がありまして、ここに沖商不動産という会社がビルを建て、曙沖商ビルとなったようです。
ではでは行ってみましょう。
 
 
さてこのビル、外観でわかりますが、最上部に回転機構を有すフロアがあるのです。
公式サイトの紹介にも、回転展望レストラン、とあります。
 
▲曙沖商ビル外観。タワーを備えたビルだ
 
・・・が、が、が、しかし。
展望フロアには現在レストランなどといった一般の客が入れるような借主が入居していないため、今のテナントさんと絡まない限りは展望フロアには入れないのです。。
 
というわけで外から眺めてみましょうか。
 
▲赤と茶の中間色のような柔らかいストライプが入るデザイン
 
▲バルコニーなどビルは丸く張り出したデザインでタワーと調和している
 
ビルの外装は、茶色がかった赤系のラインが複数入る色彩で、どことなく南国のような陽気なイメージです。
バルコニーはカーブを描き、回転展望台の円形部分とよく似合うデザインです。
エントランスは交差点に向かって設置されており、しっかりと構えていますね。
 
▲タワーパーキングを備えている
 
建物はSRCの地下1階、地上10階建てで、タワーパーキングが併設されています。
公式のフロアマップをみる限り、ターンテーブルと回転式のゴンドラが4組あるように見えます。
壁面にも大きく書かれてその大きさをアピールしています。その駐車台数、150台。
いかに曙ビルに力を入れようとしていたか、とも感じますが、港のあたりでは車移動が主体かつレンタカーも多いこの土地では、ゆとりある駐車場は必須でしょう。
 
▲150台の収容規模を誇るタワーパーキングだ
 
とはいっても、車両もハイトワゴンやミニバンが主流の今、レンタカーで乗り付けても「入らない」という事態にはならないでしょうか・・・
まず軽でもハイトワゴンは無理ですね。。
 
▲タワーパーキングの常、駐車車両は規格内の車両に限られる
 
外装ではタイルを用いていますが、この手の素材は経年で剥離しやすいのか、他のビルでは改修されている姿がよくみられます。
ここは海に近いものの、潮風にも負けずに比較的良い状態を保っているように見えます。
 
▲エレベーターはしっかりと展望タイプである
 
最上階へのエレベーターも展望タイプです。
比較的小柄なビルですが、凝った立派な作りですね。
耐震性能も良いとの謳い文句です。
 
建物は10階建てで、回転展望台部が10階、下部ビル部分までが9階となっています。
公式のビルフロア図を見ると、8階は厨房、9階は水タンクとなっているようですね。
回転フロア中央には厨房はなくパントリーとなっているので、タワー下部に設置して、エレベータを用いて運搬し、展望台の中央部から配膳するスタイルのようです。
他の回転展望台ではどのようにしているのか、改めて気になります。
 
▲公式サイトのフロア図より。8Fが厨房、9Fが水槽となっている
 
また、水槽部分ですが、恐らく通常設置されている地下や1階では、回転展望台へ供給する際にポンプの水圧が足らなくなるのでビル部分の最上階に設置したのではと推測します。
8階の厨房はビル紹介のフロアマップにも載っており、厨房とバルコニーとなっているので、10階向けの厨房と、テラスでの営業を主体にした飲食テナントが別に入居することを配慮していたのかもしれません。
 
▲現在はレストランとしては営業しておらず、事務
 
沖商不動産を調べてみると、ここが本社所在地となっています。
沖商不動産は、沖縄商会として発足後、不動産部が独立し現在の会社になった歴史があり、本社は2010年にここに移ってきたようです。
こんな立派なビルを建てれば、それは良いランドマークですもの、本社機能がなくては勿体無いですね。
 
このビル、竣工は1996年10月となっています。
20年経過しているんですね。
不動産のサイトに写真がありますが、内装なども新しいというよりかは懐かしさを感じさせるような雰囲気です。
例えば、エレベーターホール。エレベーターの号機フォントがいい感じですね。これで30年前に遡れる気分です(笑)
 
▲エントランスの様子(公式サイトより)
 
昔はファミリーマートが入居していたようですが、ちょうど交差点の向かいの角に新しめのファミリーマートができてしまっています。
おそらくこのパターンでは賃料と比較されて出ていかれてしまったのでしょうが、参考までに家賃は1階の26坪のフロアで23万円/月とのことです。
タワーも維持費が相当にかかるでしょうから、最上階などはいったいいくらなのでしょうか。
 
 
 さてさて、このタワーは現在回転展望レストランではないとのことですが、沖商不動産の話では「今はレストランでなく事務所としてお貸ししています」とのことで、やはりネットでの口コミにあるように、レストランとしては営業していたようです。
現在は飲食関連とは全く無縁の入居者に貸しているようで、残念です。是非ともレストラン営業中に伺いたかったものです。
 
いつの日か、最上階に回転機能を活用してくれるテナント様(別にレストランでなくともいいんですよ)が入居される日を願って、ここはおさらばとしましょう。
 
 
今回の写真はこちら
 
<参考>
・沖商不動産:曙沖商ビル
 
・株式会社大米建設:曙沖商ビル新築工事
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プレミアム土木マニア。

関東土木保安協会です。

 

 

401号の記事です。

振り返ってみると、記念すべき1号記事から、400件も誰も得しない意味のわからないネタを書いてきたのですね。

まだまだ開始6年目のブログではありますが、ちと感慨深いものがあります。

そんな1回目の記事が、仏向無線中継所というところでした。こちらですね。

仏向をおさらいすると、コンクリートのタワーでした。

旧日本電信電話公社(電電公社)におけるコンクリートタワーとは何かと簡単に触れますと、1970年代に無骨な鉄塔ではなくコンクリートのタワーを建ててみては、という背景から、従来のアングル材や鋼管を用いた鉄塔でなくコンクリートを用いて建てたタワーなのです。

送電鉄塔におけるMC鉄塔のようなもので、アングル材むき出しの武骨な外観ではイメージも悪いため、周囲の環境へ溶け込みやすく、むしろシンボリックであるようなデザインで建てられるところがポイントだったのでしょう。

仏向は比較的市街地にあるところへ建てられており、景観に配慮したため、といえるでしょうか。

 

このようなコンクリートのタワーは、全国探せばいくつもあるのでしょうが、前述した電電公社が建てたというとそうはありません。公式では数だけ明かされており、僅か5ヶ所とされています。

形状、スケール、背景、全てにおいて多くの見る者を圧倒させてきた石崎

石崎のからマイクロ波無線ルートを北海道側に進み、同じく国定公園に立地する樽前

変形の六角形と特徴的な美しさで唯一無二の存在感を生む木野

そして先程の仏向。

以上で4局、残りの1局が残っているのですが、これが今回の記事、首里でございます。

この度はるばる沖縄まで足を運びまして、行ってまいりました。。。がっ・・・

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

沖縄県那覇市。

琉球王国であった沖縄には、歴史をそのままに伝える首里城があります。

その首里城の近くの高台に、シンボリックな高塔があります。

これがドコモ首里ビルです。

 

▲朝日を浴びるドコモ首里ビル

 

・・・っとここで。既に取材に向かう途中から、その姿を見て既にゲンナリ激萎えモードだったのですが、なんと今(2017年4月現在)工事中だったのでした。

しかもっ!

色合いがっ、色合いがっ。。

仏向張りに宗教施設感のある毒々しい配色であったあの美しい色合いが、白一色の汚れのない姿になっているではないですか!

(これはこれで宗教施設感あるぅー)

なお、元々の首里らしい色合いは、他のサイトやグーグルストリートビューでお楽しみくださいね。

 

▲お約束の工事看板。工事真っ最中であった

 

というわけで、一度お亡くなりになる前の姿を拝みたかったのですが、そこは改修をして存命してくれるという明るい視点の下、一塔両断していきましょう。

 

▲高台にあるのがよくわかる首里ビル

 

ドコモ首里ビルは比較的低層の鉄筋コンクリートの建物です。

そのビル上部から鉄塔が突き出たデザインになっています。

 

▲ビル外観。リニューアルされたのか、古さを感じさせない

 

入り口は凝っていて、シーサーが飾られていました。

シーサーは一部1体のみ設置する例もありますが、ほとんどが2体で1対ですよね。

仏教などにある阿吽の呼吸で知られる阿形と吽形の2つがあり、例えば狛犬などもこれに倣って2体あるのですが、ここのシーサーは阿形しかなく吽形がいません。

鉄塔をみて「アーッ」と叫び、「運がない」と思っている、アがあってウンがない私にとっては、嘲笑っているようにしか見えません(どれだけ被害妄想)。

 

 

外観で特徴的なのは、バルコニー(搬入口でしょうか)の意匠が凝っているところでしょう。

このようなデザインは沖縄以外では見たことがありません。

綺麗にカモフラージュされています。

 

▲パンチングのフェンスがリゾート感漂わす

 

脱線しますが、この電話局は1980年前後に建設されたのでしょう。

コンクリートタワーでは後発組に入るでしょうか。

元々首里には、電電公社のさらに前身である琉球電電公社が建設した首里無線中継所があったようです。ドコモ首里ビルの道路向かいの南側の土地にありました。

首里局は鉄塔を有す建物で、本州間との無線通信の要であったようです。

77年の時点では地図で確認できますが、84年になるとこの現ドコモ首里ビルが建設されていて、向かい側の鉄塔がないことが確認できるため、恐らく旧首里無線中継所の後継施設として、80年前後で建設されたとみています。

その際、周辺環境の状況から、当時技術の進歩で数例あったコンクリート製のタワーで進めようと判断されたのでしょう。

 

▲搬入口とみられるデッキもオシャレにデザインされている

 

上でアップした工事の看板によると、鉄塔塗装工事とのことでした。

鉄塔の頭頂とビルの一部には足場が組まれ、塗装工事が進んでいるようですね。

しっかり「塔体コンクリート補修・塗装」の記載があることで、貴重なコンクリートタワーであることがわかりますね。

 

▲架台下の金物が太いコンクリート製なのが特徴だ

 

つい先日までは特徴的な白の塔体に赤色の架台という配色であった塔が、今、白に塗り替えられて。。。ああ、なんと残念。

まあ、この可はなく不可しかない(超絶クレーマーですみませんね)白一色の配色は、これはこれで私が恐らく最初の公開者となるでしょうから、よしとしましょう。

それに、補修と塗装ということは、今後もしばらくは使用するとの判断が下されたということで、新規で味気ない鉄塔を建てられるよりかはありがたい話です。

後々何らかの塗装が追加で施される可能性もありますが、それは淡い期待としておきましょう。

 

ではでは、離れて鉄塔を見てみましょう。

 

▲鉄塔部拡大

 

架台は5段です。

昔は小さいながらも6段目があったようで、最下段の下の架台設置跡がそれです。

上から2段目などは、架台のグレーチングがなく、骨組みだけになっています。

今ないだけなのか、今後も要らないのか。

残る4段の架台には穴が開いていた跡があり、マイクロ波全盛期の一時代を偲ばせます。

 

白一色の塔と言えば、景観規制か何かで純白のボディを纏った藤沢の兄弟がありますね。

特にNTT東日本藤沢局の方はシリンダー鉄塔で雰囲気も似ています。

 

▲等間隔で架台が並ぶ

 

他事業者の分もあるのか、基地局だけは賑わっています。

このおかげで今後も存続が決まったのですから、パラボラアンテナが無い、と贅沢を言ってはいけませんね。

 

 

 

少し離れて振り返ってみると、そこには白い高塔が。

沖縄の青い空に良く映えるではないですか。

工事中のため、リベンジ必至となってしまった首里ですが、それは待ちに待った最後のコンクリートタワーだからこそ、もう一度きれいになった時に見に来てねという鉄塔からのメッセージなのかもしれません。

 

え、憎らしさはどこへって?

そういう過去のことは、真っ白に無かったことにしてしまいましょう。

 

 

<参考>

 

・NTT技術資料館:コンクリートタワー(PDF)

 

・電話局の写真館:NTTドコモ首里ビル

            多野無線中継所

 

・ぷらぷら電話局めぐり:NTTドコモ首里ビル

 

・DEE沖縄:気になる塔の下に行ってみた

 

・琉開企画:施工実績 公共工事

 

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あー、男に生まれてよかった。

どうも、変態的な仕事ぶり、充実しすぎた私生活、関東土木保安協会です。

マニアは、自分から土木を探しに行きますかぁ??
 

 

はい、探し行きますね。んなことはどうでもいいですね。

久々の更新なのですが、400回だから400にちなんで400mのタワーを、ダムを、といきたいところですが、ネタもなく、お決まりの鉄塔ネタを出しましょう。

 


全国の電話局を写真付きで紹介している著名なサイト「電話局の写真館」さんで、絶賛されている鉄塔があるではないですか。
荒天の中、ふらりと寄ってみました。


大阪市は西成区、かの有名な一帯の側に、その電話局があります。
NTTコミュニケーションズ今宮ビルです。



▲スーパー玉出と共に花園に立地する今宮ビル

このビルは国道26号線の脇に建っています。
周囲には高めのマンションもありますが、殆どは低めの建築物です。紅白のコントラストといい、周囲からは目立つランドマークとなっています。



▲国道26号線沿いに鎮座する今宮ビル。遠くからでもよく見える

ここは局舎自体もかなりマニアックな意匠で見ごたえがあるのですが、何よりも鉄塔が美しいのがポイントです。
・・・が。この電話局。
私は取材後半から緊張を覚えたのでした。

どうやら美しさやその特徴的な外観以外にも、触れておくべきポイントがあるようですね。

~~~~~~~~~~

NTTコミュニケーションズの今宮ビル、何と言ってもまずはその美しい鉄塔でしょう。


▲ビル外観。鉄塔に特徴があるビルである

電電公社時代から建つであろうこちらの電波塔、他の規格化された鉄塔とは異なり、比較的よく見る正八角形の架台に、テーパーがかった目の細かいアングル鉄塔で構成されています。


▲鉄塔上部。架台はよく見る形である

よく見ると塗装が剥げていますね。

経年でしょうから、塗り替えられることを願います。

昨今の情勢ではすぐに撤去してしまう仲間も多いので。。


▲アンテナ類は、現在は携帯基地局のみだ

いやぁ、ひどい雨です。

防水のカメラにすればよかったのですが。。

 

雨に降られつつ鑑賞を続けます。
アンテナ類はすでに携帯基地局のみでした。

架台の穴塞ぎ痕や他の方の写真を見る限り、いくつか載っていたのでしょう。


▲鉄塔下部。繊細なトラスが織り成す極上のラインだ

通常の鉄塔と異なり、アングル材の等辺側を表になるよう配置し、かつ目を細かくトラスを組むことで、フラットで綺麗な外観に見えるようになっていますね。
八角形の複雑な足は、二面を一対として四つ足に収束し、足元まで飽きさせません。
これは、惚れますね。

お見合いで、写真でも実際に会ってもハズレてないパターンですよ(笑)

さて、建物に移りましょうか。



▲建物も当時としては近未来的な特徴あるデザインだ

通信建物ですので、窓もなく不愛想な外観はそうなのですが、壁面の配色はまるで流行の注文住宅のようにワンポイントで色を変えてあったり、壁面に細かい模様がされていたり、と鉄塔に負けない遊び心があります。


▲よくみると、壁面の意匠が非常に凝っているのがわかる

 

建物は5階建てでしょうか。それほど大きくはありません。

スリットの目隠しがあり、通信設備用空調の目隠しでもしているのでしょうか。

 

▲水防板が設置されている

 

ふと見ると水防板が設置できるようになっていました。

水害リスクがある土地なのでしょうか。

 

入口を見てみると、NTTコミュニケーションズ社のマークがありましたが、入居者欄には何も記載がありませんでした。

無人なのでしょう。

 


▲ビル入口脇の看板。無人のようだ



さてさて、冒頭の触れておくべき点というところですが。

今一度場所に振り返ってみると、ここは大阪市西成区花園。
西成区は、過去より暴動が度々発生してきたことで知られています。
あるときは官民の癒着と腐敗によって、あるときは蔑視ともいえるような扱いを受けた住民と警察との間で、度々発生してきました。
多くの群衆は警察署を襲撃し、街路に火を放ち、街は何度も傷つきました。


そんな地に建つ電話局が、この今宮局なのです。
当時はお役所、旧電電公社。ましてや電話需要の急増で、独占市場にあぐらをかいて仕事をしていたと揶揄される時代です。
警察への不平不満を募らせる民衆にとっては、同じ官公庁として不満の矛先が向かうのは十分想定できますし、少なからずそれはあったでしょう。


▲枯れきった記念の花壇。栄枯盛衰が伺える

このような背景を持つためか、ビルは特徴ある外観と美しい鉄塔の隙間から、まるで別の顔をちらつかせるのです。


▲国道側のフェンス。他の電話局と比べると、少し厳つい印象だ

例えば、周りを囲うフェンスから違います。
外向きに張り出た少し高めのフェンスの上はまるで並んだ針。

侵入者を寄せ付けない空気を醸し出します。

 

脇を見てみると、有刺鉄線まであります。

物々しさが他の電話局とは明らかに違います。

 

▲有刺鉄線と、これまた高い塀が侵入者を阻む

 

やはり、これは立地上公衆の侵入リスク高いところということで配慮した結果なのではないかと推測します。

暴動が多発するエリア、投石などで済めばいいですが、火炎瓶や暴徒らが立てこもりに使うなどして侵入すれば、国有通信網へのリスクが増加します。

 

その、スリットのような部分も目を凝らしていくと、なんと細かいネットの様なものが張られていました。

これでは投石も跳ねてしまうでしょう。

 

▲随所に要塞のような厳格さを垣間見せる今宮ビル

 

さらに、窓という窓には5階の高さまで鉄格子が張られ組まれていました。

明り取り小窓でしょうが、侵入者や投石に狙われるところで、対策されています。

機動隊の護送車並みの万全な防備体制です。

 

▲鉄格子が組まれた小窓

 

このような電話局は初めて拝見しました。

その老いた体に防具を備えた姿は、まるで古要塞。

貴重な土木施設だと思います。

 

あの中世の城郭を彷彿とさせる西成警察署を思えば、このような状況は当然といえば当然なのでしょうか。

 

▲長年この地を見守ってきたであろう高塔が、今日も傍にいる

 

ここ数年は暴動は発生していないようですが、どうかこの地にこれからも平穏が続くよう願うばかりです。

その歴史を語らずに伝える継承者であろう今宮ビルの未来とともに。

 

 

本日用いた写真はこちら

 

 

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関東土木保安協会です。

計3回に渡りお伝えしたオラオラ系の邑楽君ですが、太田市内を走っているとこれまた面白い鉄塔を見つけました。
東京電力の富士重工大泉線です。

邑楽線を追っていくと、途中で分岐する送電線です。
6.6kV2回線。その名の通り富士重工の工場向けへの送電線です。
スバルの街と言うだけあって、同一の送電線から複数の同一会社の工場へ分岐しているとは、太田はやはりスバルの街ですね。


▲鉄塔が道路を跨いでいる

鉄塔の道路跨ぎは結構見かけますが、あのオラオラ敷設の邑楽線を見た後でこれを見ると、お前もかとツッコミたくなってしまうマニアの性でございます。

普通の四角鉄塔には立派な足が4本立てられ、5mの嵩上げをして道路を跨いでいます。
MC鉄塔にもしてない辺り、ここの敷地制約の限界なのか、コストの兼ね合いなのかを考えさせられ、面白いですね。
住宅街の中だからでしょうか、各足は円柱になっており、すこし和らいだ印象を醸し出しています。
鉄塔への昇柱用の梯子は据え付けられていますが、いたずら防止でカバーされています。


▲右には階段があるがカバーされている

中に入ると、これまた綺麗な結界を拝めました。
1987年4月竣工の31mの鉄塔です。
4号鉄塔になります。


▲結界も綺麗に見ることができる

鉄塔には河川土地占用許可の証書が付けられていました。
河川の上には建っていませんが、線下占有を考えると道路からはみ出しがあるので、その分でしょうか。
こちらは竣工時からのものらしく、とりあえずの1986年~1989年までの許可証です。



▲河川土地占用の許可。竣工時の物だ

それで、時期がきたら撤去するこういう掲示を立派にコンクリートに付けちゃったものですから、撤去もされず残っているわけで、契約更新版は別の場所に貼ってありました。


▲こちらは許可証の更新版

最も最適なルート選定をすると出てくる障壁に対し、どのような解で挑むかはその設計者や周辺地域の環境などに左右されるのでしょうが、ここは川の上を通過してやり過ごしているパターンであったようです。

手前の2号、3号は隣を流れる休泊川を跨いでいますが、4号は恐らくですが河川が広く跨げないため、隣の道路を跨ぐ格好にしたようです。
手前の3号鉄塔もこんな裾広がりな形です。


▲同3号鉄塔。川を跨いでいる


うーん、オラオラ系の邑楽線からするとだいぶ謙虚な感じがしますが、食後のあとのコーヒーならぬ、少しお腹いっぱいな私にはぴったりの、富士重工大泉線でした。


 
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前回の続きです。

オラオラ系のオーラ全開な邑楽くん。

もう少しだけそのオラオラっぷりを見てみましょう。

 

 

▲27号鉄塔。住宅街を堂々と通過

 

27号鉄塔まで来ました。

この鉄塔も車両との衝突のリスクがあるためか、鉄塔の足元はコンクリートブロックで覆われていますね。

その隣には片側通行の道路に挟まれることを示すように、一方通行と進入禁止の道路標識。

まさにオラオラ邑楽です。
 

▲年季が入ったブロック

 

ゼブラの警戒塗装が渋いですね。

コンクリート表面には苔も付き、かなり味が出ています。

なお、同じく竣工は1968年7月です。

 

ここで国道407号を超えて更に西へ進みます。

その先に待っていたのは、直角で北へ方向を変える26号鉄塔です。

 

それで。

この28号。

なんと今度は住みかだった緑地帯を捨てて河川へと鞍替えするのです。。

 

▲太田市内の八瀬川の直上へ建つ26号鉄塔

 

道路から緑地帯、緑地帯から川。節約家なのか、豪快なのか、なんとも。

居場所を変え続けます。

 

鉄塔はコンクリートで護岸された川にがっちりと根っこをはやしています。

 

▲26号の足元

 

しかし、この違和感のなさ。

こうなると、この川も鉄塔に合わせて河川幅を決められ工事されたのではないかと疑ってしまうくらいです。

 

・・・と思って簡単に調べてみると、八瀬川は鉄塔建設時には既にこの場所で流れていたのですが、昔ながらの小川のような河川だったようで、やはりこの区間は後から河川が鉄塔に合わせて護岸改修を実施したようです。

基礎などよく合いましたね。

 

▲26号から分岐する富士重工矢島線1号

 

なお、26号鉄塔は分岐鉄塔で、南方に富士重工矢島線を分岐します。

1号鉄塔は、1973年11月に建った、高さ31mの2回線の鉄塔です。

こちらも川の上を進み、邑楽流です。

 

さて、肝心の邑楽線/内ヶ島線のコンビは、若番方へ北上しているのですが、やはりこの後も八瀬川の上を進んでいました。

次の25号鉄塔も、同じように建っています。

 

▲25号鉄塔から北を見る。まだまだ送電線は続く

 

この25号鉄塔も、35号鉄塔と同じく内ヶ島線の1回線を片捻架していますが、対象は2番線でなく1番線です。

河川直上の鉄塔なのですが、川が若干曲がっているのと、24号鉄塔が何故か川の隣にあり線路が曲がるため、耐張鉄塔ばかりです。

少し北上すれば、懸垂碍子も出てくるのですが、面白いですねえ。

 

▲片捻架の25号。奥に24号が続く

 

この先の24号からは記録できなかったので、文末のあこうさんのHPやストビューを参照していただきたいのですが、24号のみ何故か河川上にないため調べてみると、過去にこの辺りで川の流れがくびれていたため、直上に鉄塔を置けなかった名残の様ですね。

 


25号の足元を見てみましょうか。

こちらは道路脇でないため、基礎のブロックには警戒塗装がありません。

 

▲25号鉄塔の足元

 

鉄塔下部には河川占用許可が掲示してありました。

面白いので見てみましょう。

 

河川占用は他の河川に建つ鉄塔等でもよく見られ、公共的な要素が無ければ認められないとなっているようですが「電気事業及び電気通信事業」は、立派な公共インフラですね。

・・・というと、この送電線もOPGWなんでしょうね。

 

6基の鉄塔が占用とありますが、24号を除く20号~26号の川の上に立っているようですので、そのことでしょう。

上空送電線とありますが、これは送電線も立派な占用構造物になるためで、1章で話した線下借地の話になります。

そのため、線下土地も占用面積に含まれていますね。

10年契約で今年度失効ですか。また申請しなければ。

 

なお、富士重工矢島線の方は、また別に申請をしていました。

 

▲河川占用許可を示す看板

 

線路のルート選定においては、コストや調整など様々な障壁を如何にクリアするかを考えて選定するのでしょうが、このような河川上空を送電線が張っている例はその最たる例でしょう。

河川上であれば、地権者は国のみとなり、河川なので後から何か建つといった部分では心配もありません。

お役所なのでお堅いのかもしれませんが、電力会社のことなので個々の地主と話を結ぶよりはやりやすいのでしょう。

 

しかし、1章2章で紹介した道路の上を走っている例はよくわかりません。

こちらも河川上と同じ理由で道路の上を無理くり通過させようとする例はあるのですが、今回の邑楽線の例では、鉄塔が後から建ったとは思えないほどに鉄塔が道路のルートを阻み、一部は道路が迂回して隣接地に食い込んでいる部分もあります。

これらは恐らく鉄塔が先にできていてそれに合わせて都市計画道路を建設したためとではないかと思うのですが、はてさて航空写真しか手元にないため分かりません。
一体何のためなのでしょう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

いかがだったでしょう。

これらの魅力と言いますか、不思議な光景と言いますか、一部の層にしか分からないことなのでしょうが、タワーと白鳥のみで地味に町の観光アピールをしている邑楽町にとっては、格好のちょい立ち寄りな観光資源です!

・・・とひらめきがあったのですが、そもそもこれは邑楽線であって、立地が太田市なので意味がないですね。。

はてさて、この先邑楽線はどうなるかは分かりませんが、結構大きな都市で工場もあり、送電線に合わせた街路の造りである以上は、今後もこの光景を見ることができるでしょう。

 

東京電力邑楽線、まさに街路を突き進む巨大ロボットの如く、彼らの通った跡には道路か川か緑地帯しか残らないのでしょうか。
いやあ、まさにこのふてぶてしさ、いや男気、邑楽だけにオラオラ系男子ですね。
 
句っ句っ句。

 

 

<参考>

あこうホームページ:電気の通り道 邑楽線1

 

NSKねっと:高圧線下地の評価 前編


 
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前回の続きです。

邑楽線の32号から若番方へ進みましょう。

 

これまた見事な直角カーブで大通りに躍り出ました。

 

▲32号鉄塔を正面から見る

 

それで、前回盛った驚きの展開と言うのがこちらです。

 

住宅街のど真ん中を緑地帯と共に突っ走っているのです。。

 

▲閑静な住宅街、現れたのは緑地帯だ

 

片側1車線の普通の市道に、鉄塔様どうぞと言わんばかりの立派な緑地帯が整備されています。

工業団地等ではよく見ますが、住宅街に何だこれという感覚です。

 

こちらは上房緑地というようです。

調べてみると、どうも緑地帯は後からできたようで、送電線の竣工時にはまだ単なる空き地であったようです。

都市には緑地帯を設けるようにルールがあるかと思いますので、遊んでいた線路下の敷地を後年に緑地帯指定したのでしょうか。

 

▲31号鉄塔。その先も緑地帯を送電線が通過している

 

31号鉄塔の色が上下で変化しているのにお気づきでしょうか。

他の鉄塔よりも高いですし、恐らく嵩上げしています。

この先で交差する道路と並行して走る、配電線との離隔確保のためでしょうか。

 

▲31号鉄塔。嵩上げした形跡がある

 

この太田の九合という地域一帯は、1960年代の土地区画整理事業を経て整備された地域です。

邑楽線の鉄塔は1968年7月に竣工しています。

これらより、恐らくこの地には送電線が先に建設され、その後道路や区画割が決定した際に、線下の利害問題やそもそも送電線が低いことによる建築物制限の課題から、道路と空き地としていたのではないでしょうか。

 

▲31号鉄塔より32号鉄塔方向を望む

 

送電線建設前の1960年前半の空中写真を見ても、この地に現在の区画と合致するような土地の使われ方は見られません。

また、このような直線的な送電線の経路選定を促すような条件も見受けられません。

 

▲30号鉄塔。奥には29号鉄塔が見える

 

緑地帯を進むと、今度は29号鉄塔で再度北へと直角に曲がります。

また、内ヶ島線は南へと分岐しています。

分岐先は坂田線といい、坂田変電所までを結ぶ送電線です。

こちらも同時期に運開したようですね。

 

▲29号鉄塔。角度鉄塔で分岐をするため重々しい


このタイプの分岐鉄塔は後程再登場しますが、なかなかコンパクトにまとまっています。

 

1回線分がこのように腕金で張り出していて、手が届きそうです。

 

 

▲29号鉄塔。高さは38m

 

気になる足元は、交差点になっています。

このようにガードレールで覆われているのみで、コンクリートブロックなどによる防護はされていませんが、各4本の脚には警戒色があしらわれています。

 

▲29号鉄塔の足元。慣れなければ車両は通過しにくそうだ

 

ロータリー?と突っ込みたくなってしまうような造りです。

車両の通過する方向が決まっているようですが、慣れなければ右折で進入した際にどちらから入ればいいか迷ってしまうようなアバウトな感覚です。

 

28号方向を見ると、これまた線路下には広い敷地が確保されています。

 

▲29号鉄塔から28号鉄塔を望む

 

この区間は緑地帯の設定がありませんが、白線で安全地帯が示されています。

それにしても、29号も無理矢理感が凄いですが、この28号は個人的にも結構な無理矢理感だと思います。

 

 

▲28号鉄塔の足元。交差点の中央に陣取る

 

東側(上写真右側)を通過している車両などは、まっすぐ直進していませんね。

道路の幅、そして鉄塔の脚と前後の車線が見事に不一致を起こしています。

こんな状況なら、鉄塔の足元を少し嵩上げして、4脚を広げたような構造にすれば、交差点を跨げたものですが、そうしなかったのも当時送電線が先に完成していたためではないかと推測します。

 

▲28号鉄塔。この障害物感、かなりのインパクト

 

28号鉄塔の脇のスペースですが下写真です。狭いでしょう?

この区画は内ヶ島変電所前のように、鉄塔を迂回する道路分、他所の敷地を欠きとればよかったのですが、そうはしていないため、特に東側の狭さが際立っています。

 

▲28号の足元。かなり無理矢理な造りだ

 

この幅員では、幅2.5mの大型車では通過できないのでは、など心配してしまいます。

鉄塔があったので通過できなかった、など奇妙な失敗談になりそうです。

通過できない際はバックか方転か、はたまた一方通行の指定がないので、西側を逆走的に通過するのか・・・

 

▲とにかく狭い、28号の東側

 

こんな無理くりをした所で、27号以降は比較的ゆったりと進んでいきます。

28号から再び直角カーブで西へ向かいます。

また住宅街に不釣り合いな緑地帯が現れますが、こちらは高上緑地といいます。

 

▲緑地帯を再度西へ進む送電線。奥が27号、26号だ

 

また長くなってしまったので、次回にしましょうか。

 

理由が分からない苦肉の策というのは、なんとも不完全燃焼ネタ感で燃え尽きないものです。。。

 

 

 

 

 

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