関東土木保安協会

Kanto Civil Engineering Safety Inspection Association

~ 土木の迫力 機械の技術 礎となった男達の魂 ~
関東土木保安協会は、鉄とコンクリートの美学と保全活動を追求します。


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関東土木保安協会です。

 

埼玉県のJR高崎線沿線。

並走する送電鉄塔で何やら工事が行われていました。

少し前の様子ですが、見てみましょう。

 

 

送電線の名は埼上線といいます。

埼玉変電所と上尾変電所を結ぶためにこの電線路名のようです。

埼上線の鉄塔例を下写真に載せます。

下写真6.6kV3相3線式の上段2回線で、下段の同じく2回線は桶川線といいます。

今回は桶川線の撤去工事が行われているようです。

 

▲特徴的なV吊懸垂4回線の埼上線/桶川線。下段2回線が撤去対象だ

 

V吊懸垂碍子は都市部でよく見ますが、長幹碍子や狭く見える碍子吊り幅、縦一列に並んだ均等の支持位置など、東電管内では特徴的な送電線となっています。

このような鉄塔は中部電力でよく見かけますでしょうか。

 

▲住宅街の中で作業が行われている

 

鉄塔は1966年頃に建てられたものです。

今でこそ高層マンションが駅周辺に建っている高崎線沿線ですが、1966年当時では、このような高い鉄塔は相当に目立ったでしょうね。

今回、当時の送電系統が現在の状況に合っていないのでしょう、不要となったとみられる桶川線の撤去工事が進められています。

 

▲工事真っ最中の71号鉄塔

 

上尾駅東口からメインストリートを進むと、上写真の71号鉄塔が建っていました。

電工職人さん達がたくさん昇柱していますね。

 

▲桶川線撤去後に、上部の埼上線を移設している

 

桶川線を撤去した後に、埼上線を上から下へ下ろす作業となっています。

片側ずつ実施していて、既に写真左側の1番線は完了していますね。

 

▲黄色の絶縁シートによる養生が良いアクセントである

 

後から写真で気付いたのですが、この時既に下段1番線の線路名のプレートは「埼上線」に取り替えられていました。

桶川線は既に撤去されているので、当然と言えば当然なのですが、この様な細かい所までしっかり工程に合わせて変えているのがよくわかります。

上写真では、1番線が「埼上線」、2番線が「桶川線」になっているのが確認できます。

工事中ならではの様子ですね。

 

▲下ろされる碍子。長年お疲れさまでした

 

碍子などの装備品が次々と下ろされてきます。

相当重いのが伝わってきますね。

ゆっくりとゆっくりと、掛け声と共に下ろされていきます。

 

▲不安定な高所にもかかわらず坦々と仕事をする様はまさに職人だ

 

それにしても、送電鉄塔の中では比較的低い方とはいえ、地上30mほどの高所です。

不安定な足場でもバランスを崩すことなく、地上を見てもおびえることなく、職人さん達は、よくも尻込みせずに安全に作業ができるものです。

一人前の職人になるまで、どれだけの度胸と経験を積み重ねたのでしょうか。

 

私の経験では、工事屋さんや技術屋さんと接すると、鼻につくような自慢は勿論せず、自分の経験と勘を基に今の職歴があるというようなことを、熱き想いを秘めて話してくれる事が多いでしょうか。

一般人は誰も褒めてくれる訳ではないけれども、当人らでは当たり前のことを当たり前に、時として命のリスクを抱えながらも、プライドを持って仕事をしているのです。

 

今日も安全作業を祝って、祝杯を上げるのでしょうか。。と妄想を。。

(今時、この業界でもそんな羽振りよくお酒ばかり飲まないですよね)

 

 

▲桶川線がプッツリと切れた73号鉄塔。何か物悲しい

 

これからは衰の時代、と言っては悲しいようですが、人口減少社会の中、そして合理化の中で、既存の土木施設の多くが変革に入る時代かもしれません。

この送電線の様に、撤去される送電網も多く出てくるでしょう。

また、作業の無人化など、多くの危険作業から人的リスクを排除する動きもあるでしょう。

 

西日を浴びた、50年経った鉄塔と電工職人の輝き。

当たり前の記録を今のうちに。

ふと次の50年後の土木風景を浮かべてしまうのでした。

 

 

 

なお、この撤去工事の様子は「送電鉄塔見聞録」さんが記録されていますので、ご覧になりたい方はリンクを参照ください。

 

 

<参考>

送電鉄塔見聞録 :  埼玉・群馬送電センター 市街地改修工事

 

 

 

 

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ドボってます。
関東土木保安協会です。
 
先日、ドラマ「地味にスゴイ!」を何気なく見ていると、ヒロインに惚れられる作家が、土木施設のメンテナンスの様子について話した後「当たり前のことを、当たり前だって思えるのは、それを影で守っている人たちがいるからなんだよね。」などと言うシーンがありました。
続けて、 土木施設がそんなメンテナンスをされていることと、その仕事の重要性に気づいていなかったという旨をヒロインが恥ずかしげに言うのですが、その後に「それでいいんだと思うんだよ。メンテしている人たちの存在を忘れてしまうくらいに当たり前に提供する。それが、当たり前を作っている人たちの目指していることだって思うから。」と言っていました。
(ここだけ切り取るとなんだこの話って感じですね。。)
 
誰がストーリーを考えているのでしょうか、素晴らしいですね。
誰にも気づかれないようなことを、実はやっているなんて話を織り交ぜた訳ですが、そこで土木のネタでフッちゃうー?とウキウキします。
存在を知られないことが成功の裏返し、これぞ縁の下の力持ち業界の土木の醍醐味です。
 
 

 
さて、今回は八ッ場ダム工事現場の様子でも載せてみましょう。
工事が少し進んだようですので、また行ってみました。
夜間作業がメインですよ。
 

▲工事現場を八ッ場大橋より望む

前回(2016/8)訪れた際は、まだ堤体下部の岩盤を掘削しているところでした。
現在は予定通り基礎となる岩盤にコンクリートを打設しています。


▲コンクリートのプラントと思われる設備。美しい
 
これで夕方18:00くらいなので既に深い闇の中ですが、設備は淡々と動いています。
前回よりも堤体の部分が明るくなっているように感じますね。
夜間作業に備え照明を増やしたのでしょうか。
 

▲V字に光る谷間はダム工事現場の特徴
 
プラント関連も充実の夜間照明です。
こちらは右岸側から。こちらからの眺めも結構好きです。
 

▲左岸にあるコンクリートのプラント。なかなかの迫力だ
 
最後に左岸にある展望台から見た、堤体部の様子を再掲しましょう。
なんとここ、さらにお立ち台的な出っ張りが展望台先端に追加され、恐ろしくサービス満点の良好な景色を楽しめるようになっています。
本当に綺麗ですね。
 

▲堤体を目下建設中の現場。煌々と明かりが点いている

数年前から、工場夜景がメディアに取り上げられるほどブームとなっています。
巨大な機械類を放つ照明は、人間様の技術の粋、誇りとエゴの紙一重の芸術なのですが、このような照明の集合体は純粋に「美しい」のでしょうね。
 
意図的に照明を魅せるイルミネーションという装飾は当然成立します。
そして、今まで隠れていた照明群にフォーカスを当てた工場夜景、これが身近になればヒットしない訳がありません。
ましてやそれが山中にいきなり現れるダム工事現場なぞヒットしない訳がありません。
という訳で、私が撮影している間も、何名かカメラを携えた方が来ていました。
 
これに着目した国土交通省、なんとインフラツーリズムとしてダム工事現場をツアーに組み込むことを公式サイトで旅行会社に投げかけています。積極的ですね。
 
 

話は少し脱線しますが、インフラツーリズム的な観点から見ると、ダムカレーやダムカードなど、ここ10年で育ったダムブームを、地元が積極的に取り入れ盛り上げているのもわかります。
 

▲八ッ場ダムカレー。堤体が陶器で珍しい
 
例えば上写真は道の駅「八ッ場ふるさと館」で食べられるダムカレーです。
これを食べるとオリジナルダムカードがもれなくついてきます。
食事者限定でダムカードプレゼントと言う試みは面白いですね。
 

▲地元の野菜がゴロゴロと入る家庭的なおいしさだ
 
見ての通り、なんと堤体は既に陶器でかたどってある斬新なものです。
この堤体とお皿、道の駅で販売しているほか、ダムカレーを食べると10%引きで買うことができます。
 

▲ダムカレー皿は購入できる。皆さんも是非!
 
 こんなのを見ていると、大御所ダムのリアルなミニチュアジオラマをシリーズ化すれば結構売れるのでは、とふと思ってしまいます。



今まで迷惑そのものと呼ばれてきた土木事業。
そのイメージを根本から覆し、ニッチ層から一般人までターゲットとして、夜景、インフラツーリズム、ダムカード、ダムカレーなどと多方面からアプローチをかける八ッ場ダム。
振り回された悲劇の建設予定地は、「ダムで町おこし」という新たなトレンドを凝縮したような輝きを見せてくれました。
 
ささやかながら、私も旗を振って応援していますよっ!
 
 
 
今回の記事の写真はこちら
 
 
<参考>
・国土交通省 関東地方整備局:八ッ場ダム工事事務所
 

 
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関東土木保安協会です。

くらしと土木の週間真っ只中ですね。

皆様はどんなドボクライフを営んでいるでしょうか。
 


以前、東京電力本社を取り上げましたが、東海道線の線路の反対側には、もう一つ立派な鉄塔が建っているビルがあります。
電源開発株式会社の本社ビルです。
 
今回はこちらを取り上げてみましょうか。
 
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 
電源開発、通称「でんぱつ」。なんともかっこいい響きではないでしょうか。
皆さんの中にも漢字が並ぶお堅い組織名に魅力を感じる方もいるでしょう。
私もその一人で、結果このブログの名前なのですが。。
 
「日本国有鉄道」、旧国鉄、現JRですね。
「住宅都市整備公団」、旧住都公団、現URですね。
「帝都高速度交通営団」、旧営団、現東京メトロですね。
いやぁ素敵、上記3つは素敵な漢字の組織名ランキングの個人的代表です。
 

▲本社の会社名が書かれた石碑。なんとも迫力がある


現在はこの様な堅い組織名を避ける傾向ですが、まだまだ行政組織等では残っています。
例えば複数の行政セクションが合同で運営を行う「広域行政事務組合」などがそれですね。
調べると、熊本で「山鹿植木広域行政行政事務組合」、栃木で「南那須広域行政事務組合」など凄い長いのが続々出てきます。何とも素敵です。。
 
それでこの「電源開発株式会社」も、その堅い名前を少しは柔らかくしようとしたのか、2002年に愛称(コミュニケーションネーム)を定めるのです。それが「J-POWER」です。
いやいやいやジェイパワーって、、と思いましたがなかなか呼びやすいではないですか。
「Jパワー・電発」、素敵な響きですね。
 

▲本社外観。綺麗なビルである


さて、脱線具合が半端ないので話を戻しますが、電源開発株式会社は1952年に設立された会社です。
戦後である当時、国土の傷を癒やすために莫大な電気が必要となっていましたが、その電力需要に対応するため、大型発電所の建設による電源の供給を目的として設立されました。
戦後にできた9電力体制を補完するために国策で作られた会社です。
設立初期は、佐久間ダムを始めとする大規模な水力発電所の建設を行い、大型ダム建設の先進的事例を幾つも築きあげました。
その後火力、原子力発電の普及と共に、需給に合った形で揚水式の水力発電所とそのダムを建設してきた歴史を辿ります。


 
▲築地市場からも見える立派な鉄塔


会社の話はこれくらいにして、ビルを見てみましょうか。
冒頭で触れましたが、新橋駅や有楽町駅から銀座方面を見ると、東京電力とは線路の反対側に大きな赤白の鉄塔が建っています。これがでんぱつ本社の鉄塔です。
築地方面から見るとよく分かるかもしれませんね。新橋付近は高いビルに囲まれているので。


 

▲鋼管。トラス。文句なしの一本だ


鉄塔から見てみましょう。
八本の鋼管からなるトラスの鉄塔で、赤白塗装の昼間障害標識仕様です。
背も高く、すっきりとした存在感です。


 

▲小さいアンテナは電源開発の物ではなさそうだ


ビル自体は1988年に建てられたビルですが、当時のバブルな時代において派手な電波塔を建てる気は無かったのでしょうか。
現在ならばもう少しデザイン寄りの鉄塔になるのかなと思いつつも、逆に直球な鉄塔成分があるのが電力会社の鉄塔らしく素敵です。
 

電力会社の一般的な電波塔、ここいら関東圏では東電がメジャーになる訳ですが、東電のものでこの様なデザインは見かけないかと思います。
どちらかと言えばお役所系でこの様な意匠の鉄塔が多いかもしれませんね。

 

 

▲まだまだ賑やかなアンテナ類


 アンテナ類は、マイクロ波用のパラボラアンテナが複数並び、特に南東を向いているものは4つが同じ方向を向いています。
南東にでんぱつの無線中継所でもあるのでしょうか。

建物自体は普通の事務ビルのように見えますが、鉄塔が建っている事を考えると、建物内には基礎まで届く鉄塔の足が突き抜かれている事でしょう。

 

▲ビルの裏手。有料駐車場との看板がある


ビルの地下は駐車場になっており、時間貸しで営業を行っているようです。銀座の一等地ですしね。


さて、程よく整備された敷地内を見てみましょうか。
植栽の傍に銀色に光るものがあります。


▲止水板の設置が可能なようだ


これは止水板を立てるための設備でしょう。
止水板とは、その名の通り浸水時に建物への水の侵入を防ぐ板です。
地下鉄の入り口でもよく見かけますね。
(板自体は、平時では駅の改札前や通路に配備されているのを見ます)
これがあることで、異常な浸水があった際も、建物内、ひいては地下への浸水被害を軽減することができます。
電力会社本社機能を有するこのビル、恐らく地下にはそれ相応の重要な電力設備が備わっている筈でしょうから、このようなリスク管理は欠かせません。


そんな中、植栽の中には解説板が設置された木があるではないですか。行ってみましょう。
「荘川桜2世」とあります。
そう、ご存じの方も多いでしょう。これがあの御母衣ダムの伝説、荘川桜の子供なのです。
荘川桜の話は、また長くなるのでまたの機会としますが、荘川桜の尊い命の灯火を未来へ繋ごうと、子供たちを育てるプロジェクトを電源開発自ら主体となり実施しています。
その苗木が、本社にあるとは。さすが電源開発さん、発電所じゃない所でも感動させてくれます。


▲右の木が荘川桜の二世である


来年で設立から65年を迎える電源開発。
移転が騒がれている築地市場を眺めつつ、国策と電源の安定供給を担ってきた重鎮とその電波塔にはこれからもランドマークの一つとしてあってほしいものです。

 
<参考>
・電源開発株式会社 公式 : 本店アクセスマップ

・電源開発株式会社 公式 : 本社ビル証券化について

・TOKYOビル景 : 電源開発本社ビル

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関東土木保安協会です。

例え大都会の移動中でも索敵は怠りません。

 

 

おっと、この六本木は東京ミッドタウン周辺でも怪しい反応が。

 

 

 

 

 

元弁当屋だったらしき自販機コーナーの上。

「24時間はたらけますか」と書いてある。

 

 

 

 

いやいやこのご時世、電通の問題とかもありますし、そんな過酷な事・・

 

 

 

冗談はさておき、この店の業態を表すであろう看板、何故に労働条件を示す看板となったのかは永遠の謎である。

 

24時間働ける求人募集なのか。

24時間働けるという弁当店なんてないだろうという常識を覆すアプローチなのか。

24時間の稼働を機械に強いることが果たしてできるかという挑戦を客側へアピールするものなのか。

 

 

日能研の中吊りより難しいのである。。。

 

 

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何でも男子女子付ければいいってもんじゃないぞ男子、関東土木保安協会です。

 




NTTドコモ阿由知ビル。
名古屋は御器所駅北側の阿由知通にあるビルです。


ビルは3階建てで、比較的低層の建物です。
そこに搭載される鉄塔のまあ立派なこと。

2009年のネタが見つかったのでついつい載せる訳ですが、早速当時の記憶を基に舐め回していきましょう。

 

▲ビル外観。電電公社然としたデザイン

建物は、一目瞭然で旧電電公社時代の代物ですが、追っかけた結果1975年前後に建設されたとみられます。

既に市街地化が進展していた当時、よくこの地にまとまった土地を手に入れたものです。
角ばった'70sのボディに、インテリなニュアンスを持つ茶色の渋いお役所ピリリな感覚。締められた重厚感があります。このような配色は、当時の官公庁などでもよく見られましたね。
煉瓦系のブロックを壁面にあしらったデザイン。地方の市役所や旧建設省ってイメージが個人的には強いです。
これは電電公社でも勿論トレンドだったようで、ぱっと浮かぶだけでも前に挙げました鬼高、千葉港、下沖などもこのようなイメージの意匠です。

 

▲全体的に角ばったデザインで格好良い

 

話は脱線しますが、1960年代を過ぎ、1970年に入り、1980年へ。
ここいらのデザインのトレンドってのが、建物と車で似ているなと思います。

例えば、当時の日本の代表的高級車のトヨタ「クラウン」ですが、60年代より続いていた曲線を多用したデザインから、1974年に発売したS70~100型では直線基調のデザインへ変化が生じ、1979年に発表された後継のS110型では、さらに切り落とされた直線的デザインになっています。

同様に、日産のフラッグシップの「セドリック/グロリア」も、1979年の430型では、直線基調のデザインに刷新されています。

まあ、車の場合は、当時のライバル関係のモデル達が、如何に限られたボディサイズの中で大きく見せようかと試行錯誤していた背景がある事を考えると、必ずしもこの理論が当てはまる訳ではないのは承知ですが、それでも同じ時期に建物の外観が角ばったインテリとも堅いともとれるデザインが多く竣工したのは、そのようなトレンドを意匠屋さんがしっかり汲みとっていたからではないかと思うのです。

 


▲ビル脇には移動電源車が配備されている。現在は2台ある模様

 

 

さて、話を戻して鉄塔の話でもしましょう。

 

 

▲鉄塔外観。パイプラーメン鉄塔である

 

パイプラーメン鉄塔と呼ばれる、鋼管を水平の梁で繋いだスマートな鉄塔です。

ベージュを基調とした落ち着いた塗装に、架台の縁周りには朱色の帯を巻くなんとも上品なカラーリングです。
どこかで見たかと思えば、道伯もこんなでしたね。
道伯は白基調だったので、正八角形の形もあってより神聖な雰囲気でしたが、この阿由知は市街地にうまく溶け込む柔らかい雰囲気も伝えていると思います。

 

▲純白の高塔は神々しい印象だ

 

よく見ると内閣府なんて書いてあるパラボラアンテナがあります。

ドコモ社のビルの事なので、何か省庁絡みの重要回線でも収容しているのでしょうか。

 

▲ビル上部に内閣府のアンテナが設置されている


当時の写真ですので、まだまだ3段の架台には多くのアンテナが搭載されていました。
今思えば、これが都市部における通信ビルの最期の勇姿を見られる時代だったのでしょう。

 


▲アンテナがまだ賑やかだった時の阿由知ビル

 


現在の状況は分かりませんが、今もランドマークとして栄えているでしょうか。

嗚呼、通信電波塔の栄光に乾杯しましょう。

 


 

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関東土木保安協会です。

 

三国山脈・・・。一般的には「みくにさんみゃく」と呼ぶでしょうか。

では三国川と書いてなんと呼ぶでしょう。

これで、「さぐりがわ」と呼ぶそうです。

 

その川のダム、三国川ダム。なんと常に堤体内の見学を実施しているダムとのことです。

早速、行ってみましょうか。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

福島は尾瀬、群馬は水上と接する新潟県南魚沼市の山中に、三国川ダムはありました。

魚野川の支流 三国川。

恐らくは旧国名にはなるのでしょうが、福島、群馬と新潟と交わる峯が水源とのことで名付けられたといいます。

その清らかな流れは、米どころ魚沼を流れ、小千谷にて信濃川と合流、日本海へ注ぎます。

 

▲堤体外観。ロックフィルダムである

 

2011年の新潟・福島豪雨も記録に新しいですが、その昔にも新潟は豪雨に襲われています。

その一つが、1969年8月の豪雨でした。

当時、魚野川流域には8月に入ってから約10日間も雨が降り続いており、12日には三国川上流にて170mm/日となりました。

この結果、最大890㎥/sの洪水が発生し、ダム建設の契機となりました。

 

▲非常用洪水吐は左側に立派なものが設置されている

 

▲非常用洪水吐の流入部。左奥の赤いゲートは非洪水期の調節用

 

ダムの現場調査は1975年から行われ、6年後の1981年に本体工事に着手、1990年に堤体盛りたてが完了し、1992年に竣工しました。

契機となった洪水調節のほか、水道用水、発電と、多目的ダムとして複数の役割を持ちますが、安定した河川流量を捌く事で、米どころ魚沼への貢献も大きな役割でしょう。

 

▲非常用洪水吐から下流方を望む

 

▲非常用洪水吐の下流にある白い建物は東北電力の発電所だ

 

ロックフィルダムとして建設された、高さ119.5m、長さ419.5m、体積690万㎥もあるダムです。

元々は重力式コンクリートダムで計画されていました。

このダムが面白いのは、少しカーブした堤体と、その堤体内にコア部を2つ有する事です。断面図で見るとセンターコアのフィルダムが大小2つ連続しているようになっています。

上流側にフィルターを有す小さなコア部があり、工事中の上流からの水の流入を避けるために施工された物で、そのまま堤体内に埋め込まれています。

元々計画されていた重力式コンクリートダムとして竣工したのであれば、この特徴ある堤体も見られなかったことでしょう。

 

さて、ダムの説明はほどほどに、目玉の堤体内見学に参加させてもらう事としましょう。

 

堤体脇のエレベータから監査廊へ向かいます。

内部は見学に対応する掲示物などがあちらこちらに設置してあり、現在の場所や機械の役割を知ることができます。

 

▲監査廊の様子が図示されている

 

ロックフィルダムは、常にどこからか若干の水が流れていることがあります。

石や砂を盛りたてて造った巨大な構造物だけに、イメージがしにくいですが、中央の遮水層以外の部分では水を通すので、堤体内の監査廊なんかではちょろちょろ水が流れてくるのです。

どこかダム内部を見られた方はわかるかと思いますが、私達が見学した際も、湧水の様に特定の箇所から水が流れているのが確認できました。

これらはある程度想定内の水なので良いとのことですが、もし地震や風水害などにより想定外の堤体の損傷があるのだとすれば、一大事です。損傷が拡大すれば、ダムの修復は困難を極めます。

これを未然に監視するため、ダムの堤体内には、いくつもの計器類が張り巡らされています。

漏水量、揺れ、変位を常に監視しているのです。

 

▲埋設計器集中管理室。ダム各所のデータを集中管理する

 

▲機器へのケーブルが目立つ監査廊内部。階段は1100段強もある


見学をしていると、引率の方とは別のダムの管理所職員の方がやってきました。
職員A「ああ、○○さん、どうしたの?そろそろあがりでしょ?」
職員B「いや、そうなんですけど、今ゲートを操作したので見に来ました。雨がまだ降っているので。」

私たちが見学する少し前から、確かに雨が降ってきていましたが、時間と共に雨水のダム湖への流入量が増加したようで、若干ゲートを操作したとのことでした。

 

今回操作したゲートとその先の放流設備が、ちょうどその先の見学コースとのことでした。

ワクワクしつつその部屋、利水放流ゲート室に入ります。

 

今回操作した放流設備は、利水放流設備というもので、下流域に最低限の流量を保つ役割の他、管理用設備向けの1200kWの発電設備を有す設備です。

最低限、川の下流で一定の水が流れてないといけないので、その調節とほぼ必ず流れている水流を用いて自前の発電を行っているという訳です。

大規模な洪水調節は、洪水吐にて行いますが、今回の様な小雨では、利水放流設備で賄えるようです。

 

▲利水放流設備の説明図

 

「現在はゲートを6cmほど開けています。」と職員さん。

ごく僅かに思えますが、かなりの水量なんですよ、と話していました。

 

▲利水放流ゲート上部のシリンダ。開度計により6cmの上昇が確認できる

 

「放流の様子を見てみましょうか?」

なんと、ゲートの先の管路の様子を見せてくれるというのです。これは感動です。

大量の放流がある場合は危険で見学できないため、必ず見学できるとは限らないとのことでした。期待を膨らませその先の扉へ。

そこには、凄まじい音と水しぶきをあげる放流がありました。

 

▲驚きよりも水流の恐ろしさが先行する放流管路

 

僅か6cmの開門ですが、早い水流が猛烈な勢いで噴出しています。

誤って落ちたら、あっという間に水車の羽根に切り刻まれることでしょう。。

 

確かに、このゲートの位置からして水圧がかかっているので、6cmの開口だけで凄そうですが、それはこの小ぶりのゲートが重量3.7トンもあると知ればすんなり納得です。

 

▲利水放流ゲートの下流方を望む。湿気の中に濁音が轟く

 

なお、放流に当たっては、気象台などの情報のほか、ダムにも雨量観測所、水位観測所が設けられているため、その情報を統合し管理しているとのことです。

水位観測所では、ダム上流に1か所、ダムに1か所あります。

このような環境により、天候に合わせたきめ細やかな対応ができるのですね。

 

 

堤体を一通り見た所で、見学は終了しました。

我々の質問にも答えて頂き、終始丁寧に説明して頂いた管理所の方々に感謝します。

 

 

それにしても、今回の見学で印象深いのはダム管理所職員の方の何気ない一言でしょうか。
「ダムは生き物ですから。刻々と気象条件など環境が変われば、それに合わせてあげないといけないんですよ。」

赤ちゃんを優しく見守る母、と言っては言い過ぎかもしれないですが、淡々と語りながらも真剣な眼差しの先には、まるで我が子の世話をしているような責務を果たすべく保守を貫徹するような志があるように感じました。


普段使っている蛇口を捻った瞬間、既にあなたはこの国の土木行政の恩恵を受けているのかもしれません。そして、それを支えるのは縁の下で奮闘する技術者たちです。
開かれた施設見学で「へぇー」と受け取ったその苦労をかみしめた時、私たちが受けとる水の一滴も、大いなる自然の恵みと、そしてこの国の熱き技術者達の一粒の涙と汗の一滴と感じるかもしれませんね。
 

 

 

<参考>

・国土交通省 北陸地方整備局 : 三国川ダム管理所

 

 

 

 

 

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関東土木保安協会です。

去る8月上旬に、八ッ場ダムの工事現場を見てきました。

もう一カ月経ちますが、現地の方との話も交えつつ、その時の様子を載せましょう。

 


八ッ場ダムは、現在2022年の完成に向け工事が進行中です。
(→公式サイトより、2019年度に訂正します。9/13)

付随する道路や鉄道も、付け替え工事が進み、八ッ場大橋を始めとする橋梁類も完成しているところです。

それでは、ダム工事の見学ができる展望台に行ってみましょう。


現在、ダムの堤体部については岩盤の掘削作業を実施中のようでした。
重力式コンクリートダムは、堤体下面が強固な岩盤と密着している必要性があるので、しっかりと固い岩盤面まで掘削しているのですね。

 

▲ダム堤体部。コンクリートを打設するために掘削中


堤体となるコンクリートの打設は、2016年10月より開始するとのことですので、それ以降に現在のプラントも本格稼働することでしょう。

工事は2年間続くとのことです。

 


▲本格稼働が待ち遠しいプラント

意外なのは、掘削した土砂をダンプトラックで搬出するのですが、搬出先がダム湖となる部分の八ッ場大橋付近なのです。

 

▲手前が土砂の埋め立て場。奥が上流側の八ツ場大橋


建設工事に携わっている清水建設の方曰く、ダム湖に対して今の土砂の量なぞ微々たるものなんですよ、とのことだそうですが、あれほどのダンプでのピストン輸送でできた山を見ると、本当かいなと疑ってしまうものです。
 

同じく建設に携わっている方から聞いたという面白い話も耳にしまして、堤体が完成し試験湛水を開始した際に、どこからか水が漏れだす可能性があり、それを特定するのが非常に難しいとのことです。

勿論、堤体からダバダバと漏れるのではありません。

今まで水が溜まる事のなかった地面が水に浸ることで、地面の見えないその奥で水が流れ出るルートができあがり、下流を始めとする各所で水が流れ出す事象があるようです。

こればかりは、素人目でも原因調査が困難になることが想像できますね。

 

トンネルなどを掘削した際に、破砕帯に当りそこから地下水が流れ出ることで、別の場所の湧水が減少し問題となる場合もありますが、本当に地面の見えないその先と戦う技術者の方々は苦労されていると思います。

 

なお、工事に従事する作業員の方々は、現地に寮がありそこで生活している方もいるようですが、通っている方も少なくないようで、毎日県外から通っている方もいるようです。

 

 

さて。今度は少し上流の八ツ場大橋から工事現場を見てみましょうか。

先ほどのダンプトラックが黙々とピストン輸送に従事しています。

 

ダンプはダム工事等の大規模工事で見かける大きいものです。

キャタピラー社のアーティキュレートダンプですね。

725Cというモデルのようですが、最大積載量は23.6トンとのことで、例えるならそこら辺の満載の大型トラックと同じ重量を丸々積載できる能力を持ちます。大きいですね。

 

▲山盛りの土砂が荷台から流れ出る

 

この、アーティキュレートダンプトラックというのは、通常のダンプと異なり車体が屈折するので、総輪駆動と相まって優れた悪路走破能力を持つのが特徴です。
工事現場を見ても、それほど道路も広い訳でもなく、作業場も限られていることから採用されているものと思われます。

 

▲車体が屈折する特徴を持つ

 

道路の広さといえば、この写真をご覧ください。
 



そして今度はこの写真。

 

 

この写真は、八ッ場大橋が建設中の2012年8月の写真です。

アングルが違うので分かりにくいかもしれませんが、この橋は旧道と吾妻線の橋を残して、ダム工事用に転用しているものなのです。

 

▲旧吾妻線のトラス橋。立派に転用されている

 

吾妻線のトラス鉄橋に「50」という制限速度標があるのが確認できますね。

ここいら、昔の鉄道橋である名残で、哀愁ある風景です。
 

 

そして、少し時間をおいて夕暮れ時の工事現場を覗いてみましょう。

同じく八ツ場大橋から。

 

▲工事現場全景

 

山あいの景色が闇に飲まれていく中、煌々と作業灯が光りだします。

 

▲堤体付近。斜面のコンクリートが照らし出される

 

上で触れましたが、10月以降でコンクリートの打設が開始されるとのことなので、その後はプラントも、堤体工事も、24時間のフル稼働が開始されることでしょう。

 

▲闇に浮かびあがるプラント

 

本格稼働後は、更に照明も増強されるのでしょうか。

 

 

最後に、八ツ場大橋です。

夜もライトアップがきれいですよね。

 


ダムの展望台として、そして移転した川原湯温泉への入り口としても活躍していくことでしょう。

 

そういえば、ダム工事の概要を広報する施設として、なるほど!やんば資料館という施設がこの八ツ場大橋の先にあります。

見学の際は、こちらも行ってみては如何でしょう。

 

 

建設が再度動き出して数年。

今はここまで工事が進みました。

今後の工事も見逃せませんね。

 

 

 

 

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バスターンテーブルで訪れた桶川。

その駅前はまだ再開発されておらず、一昔前のよくみられた風景が広がっていました。

 

ちょっと散歩してみましょう。

 

 

 

下は前回と同じ写真です。この向かいにはタクシーの営業所があります。

 

 

いかにも、昭和の駅前タクシー営業所といった懐かしい建物です。

桶川タクシーです。

 

 

 

駅前の路地を進んでみましょうか。

 

メインストリートを進むと、これまた懐かしいタクシー乗り場が。

熊通タクシーです。

 

こういうタクシー営業所もそのうち見られなくなるでしょう。

思わずパチリと。

 


車庫に収まるのはプリウスのタクシーです。

時代は変わっていきます。。

 

一昔前はお客さんで賑わっていたであったであろうパン屋さんです。

モンテヤマザキ。時折目にする系列ブランドですね。

今では自転車置き場になっている辺り、こちらも時代の変化を感じさせます。

 

 

桶川駅前は、再開発が行われる予定だというお話を前回しましたが、再開発途中の街中は大抵こんな画ばかりです。

壁を見せる事のなかった結構な経年の住宅がだだっ広い空き地に面して並んでいる様。

奥の高いマンションとの対比もなかなかグッときますね。

 

 

広い敷地には、今後の方向性を示す看板がありました。

よい駅前になるといいですね。

 

 

前回も触れましたが、本当に道路が狭隘です。

バスも中型車なのがよくわかります。

 

そのかわり、ものすごく雰囲気がいいです。

 

 

これを雰囲気がいいと言ってしまう私は、所詮は外の人間。

実態は高齢化や空き家の問題など、課題が山積みなのでしょう。

だから再開発の話になるのですが。

 

 

街並みってのは、自然に構築されていったものであるからこそ、人工の物によらない魅力を秘めるのです。

だって、こんな看板だらけの住居の壁面、そしてその集合体、創ろうと思って創れないです。

 

 

昔は数少ない楽しみであった酒を求めて、多くの市民がこの街路に立ち寄ったことでしょう。

会社や地域のコミュニティで集っていたお父さん達。

今では、家族と共に足を運べる回転寿司とフードコートが吸い取ってしまいました。

 

 

昔懐かしの玩具店跡の前からはこんなものが。

 

 

携帯ゲーム機として一時代を築いた「ゲームボーイ」です。

こんな貴重なアーケード用の宣伝個体、保存してあげてほしいものです。

 

 

さて、駅にでも行きましょうか。

 

桶川駅も、ごくごく普通の駅なのですが、その普通というのが大事で、昭和50年代頃によく建設された、いかにもな郊外型の橋上駅舎です。

 

 

自由通路という、線路による地域分断を解消し、利便性の向上と乗客増に対応した形態の駅舎ですね。

内装といい、あの当時に建設された郊外の駅はみんなこんな形とデザインです。

逆に、駅の改装が進む現在では、こんな駅ですら懐かしく感じます。

ネオクラシックカーが貴重になるのと同じで。

 

懐かしいといえば、中央に写るこれです。

 

 

駅の立ち食いそば、どれだけ団塊世代のサラリーマンがお世話になったことでしょう。

今では首都圏の駅そばも改装が進み、人目に晒されないで食事できる形式のものが結構ありますが、本来の姿と言ったらこれですよ、これ。
後ろに通過する人の波を感じつつ、ズルズルッとフニャっとしたやわい麺を口にすすりこむ。

駅そばなども、時代に合わせて古典的なスタイルと販売手法を改良し続けている、コンビニ的な社会の鏡なのだと思います。

 

 

夏になると平和を意識した展示が毎年行われているのでしょう。

駅の通路にあるこんなコーナーもなんだかときめきます。

 

脇には市民憲章も。

 

 

最近の改装された駅で、こういうものを掲示している駅を見た事がありません。
私が(都合よく)見落としているだけかもしれませんが。

縦社会から解放された21世紀に生きる現代人には、市民としての宣言など煩わしい物になってしまったのでしょうか。

 

 

最後に、ホームにて。

列車接近表示器です。これも絶滅危惧種でしょう。

 

 

1970年代、1980年代と続いて、バブルが弾けた1990年代。

全てを見続けてきたのだろうな、などと考えてしまうから、古典的な風景達がガラリと変わるのは受け入れ難いと思ってしまうのでしょうね。

そんな思いを持つあなたは、どこかあの頃に戻りたいと願う一人なのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

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関東土木保安協会です。

 

皆さん、転車台はイメージできますでしょうか。

そう、機関車トーマスなどで出てくる、機関車を転回させるものです。

転車台は容易に転回できない鉄道車両等には最適なアイテムですが、自動車でも立体駐車場などでその姿を見る事ができますね。

場所が限られれば、例え自動車と言えど転回が容易にできることが求められます。

 

しかし、それが大型の自動車となると話が少し違います。

今回は、その昔には所々で目にする事ができた「アレ」についてフォーカスを当ててみましょう。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

埼玉県桶川市。

それほど広くない面積ながら、高崎線沿線の他市町村と同じく、中山道の宿場町として栄えました。

現在、人口7万人を有す市となっています。

 

そんな桶川市ですが、高崎線の桶川駅で面白い物があります。

冒頭で述べたあれ、ターンテーブルです。

その期待された役割通り、狭い駅前の限られたスペースでバスを転回させるために設置されています。

というのも桶川駅は、工場跡地の再開発があった西口に対し、中山道沿いの古き良き街並みを残す東口は、現在でも昭和感あふれる雰囲気を存分に残しているのです。

 

▲桶川駅東口の様子

 

さて、東口に降り立ってみましょう。

駅前に向かって伸びてくるのは幅員7mの道路、そして左右に広がるのは一方通行の狭すぎる路地です。
この21世紀の現在でも、駅前ロータリーとは無縁の、田舎の駅前(より込み入ってるとも思えますが)のような光景が広がっています。

 

▲上写真の奥から駅舎方面を望む。バスが転回するのは難しい空間だ


日高屋、ロッテリアとテナントを横目に進むと、バス停があります。そしてその先に、、ありましたありました。。例のブツが。
 

▲バスのターンテーブル


こちらが、バス用のターンテーブルです。
外観は、滑り止め加工がされた鉄板が円形になっているだけで、立体駐車場に見られるような普通車用のものと変わりないです。

 

 

▲ターンテーブルの拡大。立体駐車場のものを大きくした印象

 

ここが特徴的というのは、テーブル上部に動作用のスイッチがブラブラと下がっているところでしょうか。

 

▲バスの脇に垂れ下がる操作紐。紐色と先端を色違いにして区別している


紐は2本下がっていて、説明書きによると青×黒が120度回転で赤×白は180度回転のようです。

 

▲操作紐の注意書き


以前は竹ノ塚にも同様のものが残っていましたが、このタイプでした。

各地でも似たようなものが散見されるので、運転士が操作するこのようなタイプが主流なのでしょう。

 

▲時代を感じさせるポールと、先端の修復感溢れるスイッチ収納箱


この場所は、比較的高頻度なバスの運行間隔とその敷地の制約から、進入してきた方向と全く同じ方向に180度転回しようとすると、すでに後続のバスが後方に控えていることがあるため、120度転回して車両の出入りをやりくりしています。
このやり方を行うとどういうことになるかというと、バス停が設置されている脇を通過したバスが転回後120度斜め(バス停より道路側)に向くため、バス停から少し離れた所にバスが停車することになります。
雨天時も何のその、乗客達には折角の屋根付きのバス停から数メートルの徒歩を強いることになっています。なんとも苦労が見られるバス停です。

 

▲東武バスが行っていた時代の注意書き。紐の色が異なっていたらしい


バス自体も、中型車が運用されており、私が訪れた日も全ていすゞ/日野自動車のエルガミオ/レインボーでした。
需要もあっての選定なのでしょうが、隣にはタクシーも並ぶなか、あの駅前にバスが3台も発着しやりくりするのを想像すれば、中型車でないと難しいのかと納得します。

なお、別にコミュニティバスも走っていますが、こちらはショートボディで小回りが利くようになっており、駅前での折り返しもしません。

 

▲先端には暴進防止の大きな車止めが設置されている


郊外、人口増加、団地、バス増発、駅前開発・・・
全く別の言葉同士が、繋がっているとふと感じます。
木造アパートから、鉄筋コンクリートの集合住宅へ。
そしてその集合体が団地へ。
団地の居住者達が通勤者となって駅へ。
桶川も他の都市同様、その流れに乗ってきたと言っても間違いないでしょうが、その痕跡が駅前のこの誰にも注目されないであろう丸い鉄板に凝縮されているというのは大袈裟でしょうか。

せかせか動く円盤に、想いを寄せつつ眺めている私であります。

▲ゆっくりとターンテーブルへ移動するバス。動作させるタイミングは状況による


なお、稼働中の様子を見たい方、現地に行かなくとも、動画サイトに他に取材された方々が動作の様子を多数アップしているので、見てみてください。

 

▲土地借用の詳細。平成92年までの30年契約だ


借地の看板を見ると、ターンテーブルは1987年に設置されたようで、契約上は昭和92年(2017年)までの借地となっています。
借用名目は、ターンテーブルの設置に伴うと。うん。
結構な代物かとも思いましたが、意外と経年は若かったですね。
が、それでも30年経ちます。他のターンテーブルも絶滅寸前の今、アフターサポートを考えると苦しい状況なのかと察してしまいます。

 

▲車両が載った状態。ここから動作を開始する


そんな希少なターンテーブルの今後ですが、去就は公式には明らかにされていませんが、既に余命宣告がされたに近い状況です。
長年暗礁に乗り上げていた東口駅前の再開発事業が決定し、2019年の竣工に向けて工事が進んでいます。駅前でも立ち退きが進み、今の古典的な街路が大きく姿を変えようとしています。
完成予想では、ロータリーが設置され、バス乗り場も新設されるとのことです。
となると、ターンテーブルは必然的に不必要となるのは想像できます。
撤去費用もかかるため、このまま残置されるとも思いましたが、前出の写真にあるように借地である上に更新の都合もあるため、早々と撤去される可能性は高いと思われます。

▲夕日を浴びて回転するバス


駅前再開発なぞ何のその、まだまだ郊外型大規模SCなど数少ない、往年の駅前街路の香りを存分に漂わす貴重なアイテムとして名残惜しいですね。

あまりの名残惜しさに、夜まで張り込んでみました。

 

▲昼夜働き続ける、縁の下の力持ちだ


て・ん・か・い・・・・・

ダム、発電所、全国の様々な土木施設がインフラツーリズムとして注目されるなか、炭鉱や製糸場など近代の施設も世界遺産となり注目されていますね。

このような現在細々と残っているような現役稼働中の生きた近々代遺産というべき代物は、その立ち位置から容赦なく撤去されるのは目に見えています。
どうか、生前の姿を多くの方に評価されて最期を迎えられるように、と願うばかりです。

 

 

<参考>

・桶川市 : 桶川駅東口周辺地区の整備について

 

 

 

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写真を漁ったら、少し前の東京駅の写真が出てきました。


 
▲新しい架線柱と、古い架線柱が並んでいる


そういえば、東京駅には開業当時からの架線柱がついこないだまで残っていたんでしたっけ。

明治41年製。東京駅竣工時から使われていた架線柱です。
5,6番線に14本だけ残っていました。
柱には当時のレリーフが刻まれ、アカンサスを装飾化した柱頭など、優美なデザインでした。


隣には、何やら真新しい架線柱が光っています。
老朽化のため、この架線柱に置き換えられました。
現在は何事もなかったかのように、新しい架線柱のみが建っています。


▲置き換え間近の架線柱


ふと周りを見てみると、高度経済成長期に建った丸ノ内のビル街ですら、スクラップアンドビルドが進んでいます。



容赦なく古きが駆逐され、新しきばかりがもてはやされているのでは、と時折感じる中、「再現された」新しき古きがチヤホヤされています。
老朽化でやむを得ないのはわかるのですが、何かにつけ「現役のまま」保存すべきのものはあるのではないかと思ってしまうものです。


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