関東土木保安協会

Kanto Civil Engineering Safety Inspection Association

~ 土木の迫力 機械の技術 礎となった男達の魂 ~
関東土木保安協会は、鉄とコンクリートの美学と保全活動を追求します。

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関東土木保安協会です。

 

三国山脈・・・。一般的には「みくにさんみゃく」と呼ぶでしょうか。

では三国川と書いてなんと呼ぶでしょう。

これで、「さぐりがわ」と呼ぶそうです。

 

その川のダム、三国川ダム。なんと常に堤体内の見学を実施しているダムとのことです。

早速、行ってみましょうか。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

福島は尾瀬、群馬は水上と接する新潟県南魚沼市の山中に、三国川ダムはありました。

魚野川の支流 三国川。

恐らくは旧国名にはなるのでしょうが、福島、群馬と新潟と交わる峯が水源とのことで名付けられたといいます。

その清らかな流れは、米どころ魚沼を流れ、小千谷にて信濃川と合流、日本海へ注ぎます。

 

▲堤体外観。ロックフィルダムである

 

2011年の新潟・福島豪雨も記録に新しいですが、その昔にも新潟は豪雨に襲われています。

その一つが、1969年8月の豪雨でした。

当時、魚野川流域には8月に入ってから約10日間も雨が降り続いており、12日には三国川上流にて170mm/日となりました。

この結果、最大890㎥/sの洪水が発生し、ダム建設の契機となりました。

 

▲非常用洪水吐は左側に立派なものが設置されている

 

▲非常用洪水吐の流入部。左奥の赤いゲートは非洪水期の調節用

 

ダムの現場調査は1975年から行われ、6年後の1981年に本体工事に着手、1990年に堤体盛りたてが完了し、1992年に竣工しました。

契機となった洪水調節のほか、水道用水、発電と、多目的ダムとして複数の役割を持ちますが、安定した河川流量を捌く事で、米どころ魚沼への貢献も大きな役割でしょう。

 

▲非常用洪水吐から下流方を望む

 

▲非常用洪水吐の下流にある白い建物は東北電力の発電所だ

 

ロックフィルダムとして建設された、高さ119.5m、長さ419.5m、体積690万㎥もあるダムです。

元々は重力式コンクリートダムで計画されていました。

このダムが面白いのは、少しカーブした堤体と、その堤体内にコア部を2つ有する事です。断面図で見るとセンターコアのフィルダムが大小2つ連続しているようになっています。

上流側にフィルターを有す小さなコア部があり、工事中の上流からの水の流入を避けるために施工された物で、そのまま堤体内に埋め込まれています。

元々計画されていた重力式コンクリートダムとして竣工したのであれば、この特徴ある堤体も見られなかったことでしょう。

 

さて、ダムの説明はほどほどに、目玉の堤体内見学に参加させてもらう事としましょう。

 

堤体脇のエレベータから監査廊へ向かいます。

内部は見学に対応する掲示物などがあちらこちらに設置してあり、現在の場所や機械の役割を知ることができます。

 

▲監査廊の様子が図示されている

 

ロックフィルダムは、常にどこからか若干の水が流れていることがあります。

石や砂を盛りたてて造った巨大な構造物だけに、イメージがしにくいですが、中央の遮水層以外の部分では水を通すので、堤体内の監査廊なんかではちょろちょろ水が流れてくるのです。

どこかダム内部を見られた方はわかるかと思いますが、私達が見学した際も、湧水の様に特定の箇所から水が流れているのが確認できました。

これらはある程度想定内の水なので良いとのことですが、もし地震や風水害などにより想定外の堤体の損傷があるのだとすれば、一大事です。損傷が拡大すれば、ダムの修復は困難を極めます。

これを未然に監視するため、ダムの堤体内には、いくつもの計器類が張り巡らされています。

漏水量、揺れ、変位を常に監視しているのです。

 

▲埋設計器集中管理室。ダム各所のデータを集中管理する

 

▲機器へのケーブルが目立つ監査廊内部。階段は1100段強もある


見学をしていると、引率の方とは別のダムの管理所職員の方がやってきました。
職員A「ああ、○○さん、どうしたの?そろそろあがりでしょ?」
職員B「いや、そうなんですけど、今ゲートを操作したので見に来ました。雨がまだ降っているので。」

私たちが見学する少し前から、確かに雨が降ってきていましたが、時間と共に雨水のダム湖への流入量が増加したようで、若干ゲートを操作したとのことでした。

 

今回操作したゲートとその先の放流設備が、ちょうどその先の見学コースとのことでした。

ワクワクしつつその部屋、利水放流ゲート室に入ります。

 

今回操作した放流設備は、利水放流設備というもので、下流域に最低限の流量を保つ役割の他、管理用設備向けの1200kWの発電設備を有す設備です。

最低限、川の下流で一定の水が流れてないといけないので、その調節とほぼ必ず流れている水流を用いて自前の発電を行っているという訳です。

大規模な洪水調節は、洪水吐にて行いますが、今回の様な小雨では、利水放流設備で賄えるようです。

 

▲利水放流設備の説明図

 

「現在はゲートを6cmほど開けています。」と職員さん。

ごく僅かに思えますが、かなりの水量なんですよ、と話していました。

 

▲利水放流ゲート上部のシリンダ。開度計により6cmの上昇が確認できる

 

「放流の様子を見てみましょうか?」

なんと、ゲートの先の管路の様子を見せてくれるというのです。これは感動です。

大量の放流がある場合は危険で見学できないため、必ず見学できるとは限らないとのことでした。期待を膨らませその先の扉へ。

そこには、凄まじい音と水しぶきをあげる放流がありました。

 

▲驚きよりも水流の恐ろしさが先行する放流管路

 

僅か6cmの開門ですが、早い水流が猛烈な勢いで噴出しています。

誤って落ちたら、あっという間に水車の羽根に切り刻まれることでしょう。。

 

確かに、このゲートの位置からして水圧がかかっているので、6cmの開口だけで凄そうですが、それはこの小ぶりのゲートが重量3.7トンもあると知ればすんなり納得です。

 

▲利水放流ゲートの下流方を望む。湿気の中に濁音が轟く

 

なお、放流に当たっては、気象台などの情報のほか、ダムにも雨量観測所、水位観測所が設けられているため、その情報を統合し管理しているとのことです。

水位観測所では、ダム上流に1か所、ダムに1か所あります。

このような環境により、天候に合わせたきめ細やかな対応ができるのですね。

 

 

堤体を一通り見た所で、見学は終了しました。

我々の質問にも答えて頂き、終始丁寧に説明して頂いた管理所の方々に感謝します。

 

 

それにしても、今回の見学で印象深いのはダム管理所職員の方の何気ない一言でしょうか。
「ダムは生き物ですから。刻々と気象条件など環境が変われば、それに合わせてあげないといけないんですよ。」

赤ちゃんを優しく見守る母、と言っては言い過ぎかもしれないですが、淡々と語りながらも真剣な眼差しの先には、まるで我が子の世話をしているような責務を果たすべく保守を貫徹するような志があるように感じました。


普段使っている蛇口を捻った瞬間、既にあなたはこの国の土木行政の恩恵を受けているのかもしれません。そして、それを支えるのは縁の下で奮闘する技術者たちです。
開かれた施設見学で「へぇー」と受け取ったその苦労をかみしめた時、私たちが受けとる水の一滴も、大いなる自然の恵みと、そしてこの国の熱き技術者達の一粒の涙と汗の一滴と感じるかもしれませんね。
 

 

 

<参考>

・国土交通省 北陸地方整備局 : 三国川ダム管理所

 

 

 

 

 

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関東土木保安協会です。

去る8月上旬に、八ッ場ダムの工事現場を見てきました。

もう一カ月経ちますが、現地の方との話も交えつつ、その時の様子を載せましょう。

 


八ッ場ダムは、現在2022年の完成に向け工事が進行中です。
(→公式サイトより、2019年度に訂正します。9/13)

付随する道路や鉄道も、付け替え工事が進み、八ッ場大橋を始めとする橋梁類も完成しているところです。

それでは、ダム工事の見学ができる展望台に行ってみましょう。


現在、ダムの堤体部については岩盤の掘削作業を実施中のようでした。
重力式コンクリートダムは、堤体下面が強固な岩盤と密着している必要性があるので、しっかりと固い岩盤面まで掘削しているのですね。

 

▲ダム堤体部。コンクリートを打設するために掘削中


堤体となるコンクリートの打設は、2016年10月より開始するとのことですので、それ以降に現在のプラントも本格稼働することでしょう。

工事は2年間続くとのことです。

 


▲本格稼働が待ち遠しいプラント

意外なのは、掘削した土砂をダンプトラックで搬出するのですが、搬出先がダム湖となる部分の八ッ場大橋付近なのです。

 

▲手前が土砂の埋め立て場。奥が上流側の八ツ場大橋


建設工事に携わっている清水建設の方曰く、ダム湖に対して今の土砂の量なぞ微々たるものなんですよ、とのことだそうですが、あれほどのダンプでのピストン輸送でできた山を見ると、本当かいなと疑ってしまうものです。
 

同じく建設に携わっている方から聞いたという面白い話も耳にしまして、堤体が完成し試験湛水を開始した際に、どこからか水が漏れだす可能性があり、それを特定するのが非常に難しいとのことです。

勿論、堤体からダバダバと漏れるのではありません。

今まで水が溜まる事のなかった地面が水に浸ることで、地面の見えないその奥で水が流れ出るルートができあがり、下流を始めとする各所で水が流れ出す事象があるようです。

こればかりは、素人目でも原因調査が困難になることが想像できますね。

 

トンネルなどを掘削した際に、破砕帯に当りそこから地下水が流れ出ることで、別の場所の湧水が減少し問題となる場合もありますが、本当に地面の見えないその先と戦う技術者の方々は苦労されていると思います。

 

なお、工事に従事する作業員の方々は、現地に寮がありそこで生活している方もいるようですが、通っている方も少なくないようで、毎日県外から通っている方もいるようです。

 

 

さて。今度は少し上流の八ツ場大橋から工事現場を見てみましょうか。

先ほどのダンプトラックが黙々とピストン輸送に従事しています。

 

ダンプはダム工事等の大規模工事で見かける大きいものです。

キャタピラー社のアーティキュレートダンプですね。

725Cというモデルのようですが、最大積載量は23.6トンとのことで、例えるならそこら辺の満載の大型トラックと同じ重量を丸々積載できる能力を持ちます。大きいですね。

 

▲山盛りの土砂が荷台から流れ出る

 

この、アーティキュレートダンプトラックというのは、通常のダンプと異なり車体が屈折するので、総輪駆動と相まって優れた悪路走破能力を持つのが特徴です。
工事現場を見ても、それほど道路も広い訳でもなく、作業場も限られていることから採用されているものと思われます。

 

▲車体が屈折する特徴を持つ

 

道路の広さといえば、この写真をご覧ください。
 



そして今度はこの写真。

 

 

この写真は、八ッ場大橋が建設中の2012年8月の写真です。

アングルが違うので分かりにくいかもしれませんが、この橋は旧道と吾妻線の橋を残して、ダム工事用に転用しているものなのです。

 

▲旧吾妻線のトラス橋。立派に転用されている

 

吾妻線のトラス鉄橋に「50」という制限速度標があるのが確認できますね。

ここいら、昔の鉄道橋である名残で、哀愁ある風景です。
 

 

そして、少し時間をおいて夕暮れ時の工事現場を覗いてみましょう。

同じく八ツ場大橋から。

 

▲工事現場全景

 

山あいの景色が闇に飲まれていく中、煌々と作業灯が光りだします。

 

▲堤体付近。斜面のコンクリートが照らし出される

 

上で触れましたが、10月以降でコンクリートの打設が開始されるとのことなので、その後はプラントも、堤体工事も、24時間のフル稼働が開始されることでしょう。

 

▲闇に浮かびあがるプラント

 

本格稼働後は、更に照明も増強されるのでしょうか。

 

 

最後に、八ツ場大橋です。

夜もライトアップがきれいですよね。

 


ダムの展望台として、そして移転した川原湯温泉への入り口としても活躍していくことでしょう。

 

そういえば、ダム工事の概要を広報する施設として、なるほど!やんば資料館という施設がこの八ツ場大橋の先にあります。

見学の際は、こちらも行ってみては如何でしょう。

 

 

建設が再度動き出して数年。

今はここまで工事が進みました。

今後の工事も見逃せませんね。

 

 

 

 

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バスターンテーブルで訪れた桶川。

その駅前はまだ再開発されておらず、一昔前のよくみられた風景が広がっていました。

 

ちょっと散歩してみましょう。

 

 

 

下は前回と同じ写真です。この向かいにはタクシーの営業所があります。

 

 

いかにも、昭和の駅前タクシー営業所といった懐かしい建物です。

桶川タクシーです。

 

 

 

駅前の路地を進んでみましょうか。

 

メインストリートを進むと、これまた懐かしいタクシー乗り場が。

熊通タクシーです。

 

こういうタクシー営業所もそのうち見られなくなるでしょう。

思わずパチリと。

 


車庫に収まるのはプリウスのタクシーです。

時代は変わっていきます。。

 

一昔前はお客さんで賑わっていたであったであろうパン屋さんです。

モンテヤマザキ。時折目にする系列ブランドですね。

今では自転車置き場になっている辺り、こちらも時代の変化を感じさせます。

 

 

桶川駅前は、再開発が行われる予定だというお話を前回しましたが、再開発途中の街中は大抵こんな画ばかりです。

壁を見せる事のなかった結構な経年の住宅がだだっ広い空き地に面して並んでいる様。

奥の高いマンションとの対比もなかなかグッときますね。

 

 

広い敷地には、今後の方向性を示す看板がありました。

よい駅前になるといいですね。

 

 

前回も触れましたが、本当に道路が狭隘です。

バスも中型車なのがよくわかります。

 

そのかわり、ものすごく雰囲気がいいです。

 

 

これを雰囲気がいいと言ってしまう私は、所詮は外の人間。

実態は高齢化や空き家の問題など、課題が山積みなのでしょう。

だから再開発の話になるのですが。

 

 

街並みってのは、自然に構築されていったものであるからこそ、人工の物によらない魅力を秘めるのです。

だって、こんな看板だらけの住居の壁面、そしてその集合体、創ろうと思って創れないです。

 

 

昔は数少ない楽しみであった酒を求めて、多くの市民がこの街路に立ち寄ったことでしょう。

会社や地域のコミュニティで集っていたお父さん達。

今では、家族と共に足を運べる回転寿司とフードコートが吸い取ってしまいました。

 

 

昔懐かしの玩具店跡の前からはこんなものが。

 

 

携帯ゲーム機として一時代を築いた「ゲームボーイ」です。

こんな貴重なアーケード用の宣伝個体、保存してあげてほしいものです。

 

 

さて、駅にでも行きましょうか。

 

桶川駅も、ごくごく普通の駅なのですが、その普通というのが大事で、昭和50年代頃によく建設された、いかにもな郊外型の橋上駅舎です。

 

 

自由通路という、線路による地域分断を解消し、利便性の向上と乗客増に対応した形態の駅舎ですね。

内装といい、あの当時に建設された郊外の駅はみんなこんな形とデザインです。

逆に、駅の改装が進む現在では、こんな駅ですら懐かしく感じます。

ネオクラシックカーが貴重になるのと同じで。

 

懐かしいといえば、中央に写るこれです。

 

 

駅の立ち食いそば、どれだけ団塊世代のサラリーマンがお世話になったことでしょう。

今では首都圏の駅そばも改装が進み、人目に晒されないで食事できる形式のものが結構ありますが、本来の姿と言ったらこれですよ、これ。
後ろに通過する人の波を感じつつ、ズルズルッとフニャっとしたやわい麺を口にすすりこむ。

駅そばなども、時代に合わせて古典的なスタイルと販売手法を改良し続けている、コンビニ的な社会の鏡なのだと思います。

 

 

夏になると平和を意識した展示が毎年行われているのでしょう。

駅の通路にあるこんなコーナーもなんだかときめきます。

 

脇には市民憲章も。

 

 

最近の改装された駅で、こういうものを掲示している駅を見た事がありません。
私が(都合よく)見落としているだけかもしれませんが。

縦社会から解放された21世紀に生きる現代人には、市民としての宣言など煩わしい物になってしまったのでしょうか。

 

 

最後に、ホームにて。

列車接近表示器です。これも絶滅危惧種でしょう。

 

 

1970年代、1980年代と続いて、バブルが弾けた1990年代。

全てを見続けてきたのだろうな、などと考えてしまうから、古典的な風景達がガラリと変わるのは受け入れ難いと思ってしまうのでしょうね。

そんな思いを持つあなたは、どこかあの頃に戻りたいと願う一人なのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

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関東土木保安協会です。

 

皆さん、転車台はイメージできますでしょうか。

そう、機関車トーマスなどで出てくる、機関車を転回させるものです。

転車台は容易に転回できない鉄道車両等には最適なアイテムですが、自動車でも立体駐車場などでその姿を見る事ができますね。

場所が限られれば、例え自動車と言えど転回が容易にできることが求められます。

 

しかし、それが大型の自動車となると話が少し違います。

今回は、その昔には所々で目にする事ができた「アレ」についてフォーカスを当ててみましょう。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

埼玉県桶川市。

それほど広くない面積ながら、高崎線沿線の他市町村と同じく、中山道の宿場町として栄えました。

現在、人口7万人を有す市となっています。

 

そんな桶川市ですが、高崎線の桶川駅で面白い物があります。

冒頭で述べたあれ、ターンテーブルです。

その期待された役割通り、狭い駅前の限られたスペースでバスを転回させるために設置されています。

というのも桶川駅は、工場跡地の再開発があった西口に対し、中山道沿いの古き良き街並みを残す東口は、現在でも昭和感あふれる雰囲気を存分に残しているのです。

 

▲桶川駅東口の様子

 

さて、東口に降り立ってみましょう。

駅前に向かって伸びてくるのは幅員7mの道路、そして左右に広がるのは一方通行の狭すぎる路地です。
この21世紀の現在でも、駅前ロータリーとは無縁の、田舎の駅前(より込み入ってるとも思えますが)のような光景が広がっています。

 

▲上写真の奥から駅舎方面を望む。バスが転回するのは難しい空間だ


日高屋、ロッテリアとテナントを横目に進むと、バス停があります。そしてその先に、、ありましたありました。。例のブツが。
 

▲バスのターンテーブル


こちらが、バス用のターンテーブルです。
外観は、滑り止め加工がされた鉄板が円形になっているだけで、立体駐車場に見られるような普通車用のものと変わりないです。

 

 

▲ターンテーブルの拡大。立体駐車場のものを大きくした印象

 

ここが特徴的というのは、テーブル上部に動作用のスイッチがブラブラと下がっているところでしょうか。

 

▲バスの脇に垂れ下がる操作紐。紐色と先端を色違いにして区別している


紐は2本下がっていて、説明書きによると青×黒が120度回転で赤×白は180度回転のようです。

 

▲操作紐の注意書き


以前は竹ノ塚にも同様のものが残っていましたが、このタイプでした。

各地でも似たようなものが散見されるので、運転士が操作するこのようなタイプが主流なのでしょう。

 

▲時代を感じさせるポールと、先端の修復感溢れるスイッチ収納箱


この場所は、比較的高頻度なバスの運行間隔とその敷地の制約から、進入してきた方向と全く同じ方向に180度転回しようとすると、すでに後続のバスが後方に控えていることがあるため、120度転回して車両の出入りをやりくりしています。
このやり方を行うとどういうことになるかというと、バス停が設置されている脇を通過したバスが転回後120度斜め(バス停より道路側)に向くため、バス停から少し離れた所にバスが停車することになります。
雨天時も何のその、乗客達には折角の屋根付きのバス停から数メートルの徒歩を強いることになっています。なんとも苦労が見られるバス停です。

 

▲東武バスが行っていた時代の注意書き。紐の色が異なっていたらしい


バス自体も、中型車が運用されており、私が訪れた日も全ていすゞ/日野自動車のエルガミオ/レインボーでした。
需要もあっての選定なのでしょうが、隣にはタクシーも並ぶなか、あの駅前にバスが3台も発着しやりくりするのを想像すれば、中型車でないと難しいのかと納得します。

なお、別にコミュニティバスも走っていますが、こちらはショートボディで小回りが利くようになっており、駅前での折り返しもしません。

 

▲先端には暴進防止の大きな車止めが設置されている


郊外、人口増加、団地、バス増発、駅前開発・・・
全く別の言葉同士が、繋がっているとふと感じます。
木造アパートから、鉄筋コンクリートの集合住宅へ。
そしてその集合体が団地へ。
団地の居住者達が通勤者となって駅へ。
桶川も他の都市同様、その流れに乗ってきたと言っても間違いないでしょうが、その痕跡が駅前のこの誰にも注目されないであろう丸い鉄板に凝縮されているというのは大袈裟でしょうか。

せかせか動く円盤に、想いを寄せつつ眺めている私であります。

▲ゆっくりとターンテーブルへ移動するバス。動作させるタイミングは状況による


なお、稼働中の様子を見たい方、現地に行かなくとも、動画サイトに他に取材された方々が動作の様子を多数アップしているので、見てみてください。

 

▲土地借用の詳細。平成92年までの30年契約だ


借地の看板を見ると、ターンテーブルは1987年に設置されたようで、契約上は昭和92年(2017年)までの借地となっています。
借用名目は、ターンテーブルの設置に伴うと。うん。
結構な代物かとも思いましたが、意外と経年は若かったですね。
が、それでも30年経ちます。他のターンテーブルも絶滅寸前の今、アフターサポートを考えると苦しい状況なのかと察してしまいます。

 

▲車両が載った状態。ここから動作を開始する


そんな希少なターンテーブルの今後ですが、去就は公式には明らかにされていませんが、既に余命宣告がされたに近い状況です。
長年暗礁に乗り上げていた東口駅前の再開発事業が決定し、2019年の竣工に向けて工事が進んでいます。駅前でも立ち退きが進み、今の古典的な街路が大きく姿を変えようとしています。
完成予想では、ロータリーが設置され、バス乗り場も新設されるとのことです。
となると、ターンテーブルは必然的に不必要となるのは想像できます。
撤去費用もかかるため、このまま残置されるとも思いましたが、前出の写真にあるように借地である上に更新の都合もあるため、早々と撤去される可能性は高いと思われます。

▲夕日を浴びて回転するバス


駅前再開発なぞ何のその、まだまだ郊外型大規模SCなど数少ない、往年の駅前街路の香りを存分に漂わす貴重なアイテムとして名残惜しいですね。

あまりの名残惜しさに、夜まで張り込んでみました。

 

▲昼夜働き続ける、縁の下の力持ちだ


て・ん・か・い・・・・・

ダム、発電所、全国の様々な土木施設がインフラツーリズムとして注目されるなか、炭鉱や製糸場など近代の施設も世界遺産となり注目されていますね。

このような現在細々と残っているような現役稼働中の生きた近々代遺産というべき代物は、その立ち位置から容赦なく撤去されるのは目に見えています。
どうか、生前の姿を多くの方に評価されて最期を迎えられるように、と願うばかりです。

 

 

<参考>

・桶川市 : 桶川駅東口周辺地区の整備について

 

 

 

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写真を漁ったら、少し前の東京駅の写真が出てきました。


 
▲新しい架線柱と、古い架線柱が並んでいる


そういえば、東京駅には開業当時からの架線柱がついこないだまで残っていたんでしたっけ。

明治41年製。東京駅竣工時から使われていた架線柱です。
5,6番線に14本だけ残っていました。
柱には当時のレリーフが刻まれ、アカンサスを装飾化した柱頭など、優美なデザインでした。


隣には、何やら真新しい架線柱が光っています。
老朽化のため、この架線柱に置き換えられました。
現在は何事もなかったかのように、新しい架線柱のみが建っています。


▲置き換え間近の架線柱


ふと周りを見てみると、高度経済成長期に建った丸ノ内のビル街ですら、スクラップアンドビルドが進んでいます。



容赦なく古きが駆逐され、新しきばかりがもてはやされているのでは、と時折感じる中、「再現された」新しき古きがチヤホヤされています。
老朽化でやむを得ないのはわかるのですが、何かにつけ「現役のまま」保存すべきのものはあるのではないかと思ってしまうものです。


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おばんです。

関東土木保安協会です。

 

ダムの記事を書きたくても書けません。

 

 

さて、さいたま新都心という所があります。

ここは21世紀も始まったばかりの2000年代初頭、旧国鉄の大宮操車場の跡地を中心とした再開発で、一挙に中央省庁の張り出しやさいたまスーパーアリーナやコクーンを中心とする商業施設が立ち並び、名実ともに新都心となった一角です。

ここに、2014年になって新たに鉄塔マニアを振り返らせる塔が建ちました(私だけでしょうか)。
ソフトバンクテレコム大宮センターというビルの鉄塔です。

きれいな通信ビルの一言ではまとめきれないこの物件、鉄塔を眺めるためと言わんばかりに整備されたショッピングモールのデッキから撮影しつつ、 早速向かってみましょう。

 

 

▲さいたま新都心駅前からもよく見える鉄塔だ

 


ソフトバンクの公式HPでは、データセンターとしては登録されていない様子で、電話交換局とは言わないまでも、純粋なる電気通信設備を有すビルのようです。

外観は、近年建設が進んでいるデータセンターなどにみられるもので、窓が無く機械設備がビル内に並んでいることが伺えます。

窓が無いためにかえって目立つ壁面は白系で統一され、非常にクリーンな印象です。

 

 

▲ビル外観。電話交換局を最新のデザインで仕上げた印象

 

 

どうでもいいですが、窓なしのビルというのは、貨物機に似ていますね。

旅客機も通常のビルも窓を有しますが、貨物機も通信ビルも特に必要性のないものなので設置されていません。

人間が通常いない空間には、光というものは不要なのです。

こういう合理的な点はなかなか萌えるポイントであります。

 


▲窓は無く、これぞ電気通信設備を収容しています、といったイメージ

 


それでそれでそれで、一番触れたいのがこの現代において電波塔を堂々と搭載している点なのです。
しかも、後述しますが、諸事情によってか電波塔としては使用できないためか、今現在アンテナ類は一切確認できないんですね。

 

 

▲鉄塔。現状、アンテナ類は確認できない



何度もボケじいさんのようにお伝えしていますが、高度経済成長と共に発展の一途を歩んできたこの国のマイクロ波無線通信網は、光ファイバー網の充実と共に、現在では衰退の一途を辿っています。

特に、電気通信界においては、昭和末期から現れた新参の通信事業者らが、事業開始後で独自に無線網を全国へ構築した後、2000年初頭にはほぼ全ての無線局でアンテナの撤去などが行われていました。

現在、当時建設された多数の比較的新しい無線局は多くが更地となっており、以前からあったNTTの鉄塔も撤去が相次いでいます。

幸か不幸か、 技術の発展は全国の景色をあっという間に変えた後に、あっという間に元に戻していきました。

 

そんな背景を話した後に、この鉄塔です。

どうでしょうか、立派過ぎなのです。

 

 

▲正八角形の架台を持っている

 

 

架台は3段、電電公社系とは異なる正八角形のものが設置されています。

造りからして、大型のアンテナが載るガチな設計です。

架台の手すりが気になりますが、これがある辺り、パラボラアンテナの搭載などは意識していないものなのでしょうか。

さらに上部には同じ形の骨組みだけがありますが、何のデザインなのでしょう。

アンテナ類は一切設置されていない状態のようです。


ソフトバンクには、千葉ニュータウン内に旧日本テレコムが建設した「千葉ビル」がありますが、こちらが代表的な90年代の通信ビルでしょう。

近代的なビルに鉄塔が載っています。

しかし、その鉄塔も前述の理由により携帯基地局としてしか機能していないのが現状です。

 

携帯基地局であれば、従来みられた大型のパラボラアンテナのようなものではなく遥かに小型なアンテナとなり、鉄塔も小型ですみます。

 

ところがですよ、マイクロ波の風なぞ一切吹かないこのご時世に、携帯基地局向け鉄塔にしては立派すぎる鉄塔が建っているんですよ。

しかも、着工後に一部近隣住民から この鉄塔から発せられるであろう電磁波を心配する声が上がり、建設反対運動の理由の一つになっているようです。

そんな影響なのか、鉄塔にはアンテナ類が一切設置されていない状況です。

 

 

▲どのようなアンテナを載せる目的で建設したのだろうか

 

 

これからソフトバンク社内の独自無線通信網を構築するにしても、そんな動きはなさそうですし、それでは未だに独自の無線網を残す官公庁用に貸し出すのかとでも思いますが、そもそもそんな話もなさそうにみえます。

もしや、震災の教訓からネットワークの強化を謳っていた同社が、今後全国に無線通信網を張り巡らす計画があるのか、、と壮大な夢を見てしまいます。

 

 

 

時代と逆行しているといっても過言ではない、最新の通信ビルへの鉄塔搭載、これは何を意味するのかよくわかりませんが、近隣住民の方の不安材料になってしまったのは否めません。

 

立派なアンテナが載ることなく終焉を迎えるのか、はたまたバリバリの電波塔として機能し始めるのか、今後も目が離せない同ビルです。

新技術と話題性で市場に攻め立てる同社が出したこの解が、現状ではスマートフォンに昔の携帯のアンテナを付けて出したように滑稽かつ謎な答えとしてしか私は受け取れないのですから。。

 

 

 

 

<参考>

 

・大東京圏の案内とルポ : ソフトバンクが携帯中継基地を建設(さいたま新都心)

 

さいたま新都心に高さ39m、その上に51mの電波塔 巨大電波塔ビル建設

 

さいたま新都心東口ソフトバンクデータセンター 日陰の規制不適合で建築確認取り消し

 

・My News Japan : ソフトバンクが埼玉新都心のど真ん中で巨大電波中継局建設へ

 

・日本弁護士連合会 : 電磁波問題に関する意見書(PDF)

 

・東京・大阪 都心上空ヘリコプター遊覧飛行

 「(仮称)さいたま新都心第二期開発計画 商業棟新築工事」

 

・日経アーキテクチュア : 日影の算定方法に違法判決、さいたま地裁

 

 

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長野県は松本市。

駅前には城下町らしい活気ある風景が広がります。

 

城下町に限らず、旧来の鉄道交通の発展により栄えた地方都市の中心部には、バスターミナルが栄えていましたね。

バスタ新宿が最近開業し、最新のバスターミナルの姿とはこれだ、と言わんばかりの華々しい活躍をみせています。

対称的に、地方都市におけるバスターミナルは、バス路線の減少と設備の老朽化と共に、陳腐化している所も多く、駅前の改良事業によって当初の姿とは異なってきているものもありますね。

 

ここ、松本市の駅前にもありましたありました、バスターミナルが。

松本バスターミナルです。

上部にあるビルと合わせて少し触れましょう。

 

 

▲松電バスターミナルビル外観

 

 

松本バスターミナルは、松電バスターミナルビルに設置されています。

松電バスターミナルビルは1978年4月に竣工しました。

この頃は既にバスから車掌さんが消えていた時代でしょうか。

 

ビルのオーナーであるアルピコグループは、 電鉄事業を起源とし、スーパーからボーリングまで多彩な事業を有す巨大グループへと変貌しました。

そんな会社が、駅前に立地するバスターミナルについて、商売のチャンスと考えないわけがありません。駅ビルならぬバスビルとして、バスターミナル併設の商業施設を開業させます。これが松電バスターミナルビルです。

まだまだ郊外型大規模ショッピングdセンターなどない時代、駅前のバスターミナル併設にして立派なデパートということで、賑わったことでしょう。

 

 

▲現在の核テナントはアリオだ

 

 

平成23年にリニューアルが施され、現代的な雰囲気になりました。

現在の核テナントはアリオです。

これがヨーカドーだったらまた雰囲気が一昔前でいいんですがね。そんなものは一般消費者達が求めていない望みですから。

 

それでも、全体的な雰囲気は昭和のデパートそのもので、何ともよい佇まいではないですか。

ビル側面のガラス張りのエレベーターなど古臭くて素敵です。

夏季にはビアガーデンなどもあり、駅前デパートの姿そのものです。

店内の様子が出せればいいのですが。

 

 

▲写真右側よりバスが進入する

 

バスが行き来するターミナル部は現在も現役バリバリで、こちらも現代的な乗り場に刷新されています。

バスターミナル移転の話もないので、まだ暫くはその姿を駅前で見せてくれるでしょうか。

 

 

▲バスターミナル入口

 

 

ところで、バスターミナルの奥にある出口を見てみると、面白い物が。

車両の感知器がビルの庇から伸びて直付けになっています。

いちいちこんなところに触れてしまいますが、なんとも土木臭い。

 

 

▲バスターミナル裏側の出口

 

 

ふと、駅前の旧来の百貨店なりデパートなりの撤退報道が続く中、郊外型の大型SCの魅力とは何ぞやと思います。

消費者が離れこのような商業ビルが廃れていく一方で、ありきたりなテナントを有す大型SCは、結局はどこも似通った中身となってしまい、個々のアクが強いテナントでしか差別できないのではないでしょうか。

何故今○○が人気、などと昭和レトロへの人気を特集する事もある現代、敢えて'60's、70'sのデザインや空気感を残していく事は、当時の文化を伝える事にもなります。

 

クラシックカーが貴重な遺産として重宝され、昭和末期の車は陳腐化した単なる旧世代の車として扱ってはいないでしょうか。ネオクラシックカーなどと言われていますが、どの時代の物も大事な遺産になるべきものなのですが。

それと同じように、建物も、商業施設も、その空気感をと共に一時代を築いたものであれば大事にしないと、全国どこでも当たり前にみられた風景を二度と見られなくなってしまいそうで、なんだか残念なのです。

 

 

<参考>

・アルピコグループ公式サイト : グループ沿革 

 

・アルピコ交通株式会社 : 公式サイト

 

・アクセス信州 : 松本駅・松本バスターミナル のりば案内

 

 

 

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ちょっと前にグアムに視察に行ってきた際の写真がいくつか出てきましたので載せてみます。
公衆電話になります。


成田空港なのですが、こちらの見慣れない電話はKDDIのものです。
NTTのグレ電ことDMCシリーズと仲良く並びます。



▲成田空港に鎮座するKDDI公衆電話


いわゆる、外国の公衆電話の外観を持ちます。
クレジットカードも使えるとのことです。
流石は海外仕様です。


▲電話機外観。大きさはさほどではない


しっかりとKDDIの固定資産管理がされているようでした。
なんと1996年頃のもののようですね。
古臭くありません。


続いてホテルにあったものです。
こちらは外観も中身も完全に海外といった面持ちです。




▲ホテルの公衆電話


こちらも勿論カード対応です。
消防救急の緊急連絡先の記載もあるほか、リムジンというボタンもあります。
タクシーやリムジンの会社に直通なのでしょうか。



▲ディスプレイ部拡大


日本と海外の様々な製品・機器との比較同様、こちらもディスプレイと操作ボタンはシンプルなものです。
何か、国内にもこう、シンプルな電話があったような。。。


あ、NTTが10年強前に設置していたICカード電話ですね(笑)




最後はグアムの空港の電話機です。
やはり、こちらも簡易ディスプレイがあります。




国内の公衆電話も、DMCシリーズになってからこの様なディスプレイが設置されましたね。





そういえば、これらの電話機は受話器のコードが全て金属製です。
海外では取扱を雑にされる事が多いからなのでしょうか。

電車のシートがモケット張りじゃない点などもそうですが、耐久性などのメンテナンス性を考慮しての仕様なのでしょうか。







面白いですねぇ。


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関東土木保安協会です。

 

栃木県の県道を走行していると、何やら臭いものを発見しました。

こういうの大好きなので載せてみましょう。

 

 

栃木県の県道4号線が、丁度東北自動車道を跨ぐ箇所です。

飯田橋という橋がかかっています。

 

 

▲鹿沼方面から見た飯田橋。片側1車線の道路なのだが

 

 

この県道は片側1車線なのですが、写真奥(南側)に何やらもう一つ橋が架かっています。

どれどれ近づいてみましょう。

 

 

▲県道南側にもう一つ橋が架かっている

 

 

分かる方はもう御察しかと思いますが、こちらがこの県道の拡幅準備工事部分になります。

こんなネタは全国にゴロゴロ転がっていますが、ここまでがっちりと橋桁を架けてしまっている例はあまりないかもしれませんね。

 

県道4号線は、宇都宮市と鹿沼市を結ぶ主要なルートで、「鹿沼街道」の愛称で呼ばれています。

道路は利用者も多く朝夕には結構な交通量があるものの、片側1車線で慢性的な渋滞が発生していました。

そのため、宇都宮環状線との合流部付近から道路の拡幅・付け替え工事が行われ、現在約2km程度が片側2車線道路として開通しています。

 

 

▲車道予定部分は暫定歩道として運用している

 

 

で、何がグッとくるのかと言いますと、その経年なんですね。

この道路は遥か昔からあったのですが、そこへ東北道が後からできたため、この橋が新設されたのですが。

東北道が開通したのが1972年ですが、この時に既に飯田橋は完成しています。

東北道としては最も初期に開通した区間です。

橋に掲げられた銘板にもしっかりとその記録が載っています。

1971年・・・現時点で既に45年も経過していますよ。。

 

 

▲飯田橋の銘板。旧日本道路公団が建造した

 

 

これは、45年前に既にこの県道が4車線化する目論見があった、ということでしょう。

今でこそ周囲の拡幅工事が進んでいるために先見の明があったということになりそうですが、それにしても45年間も計画が埋もれたままで、ようやく今の今になってその結果を出すことになるかもしれないとは。

なんとも面白いですね。

 

恐らく、当時から県側では道路の4車線化計画だけはあったのでしょうが、その具体性はさておき、高速道路の建設で費用は公団持ちだという事で、前もって架橋しておいたのではないかな、と察せます。

時代は70年代、これから人口も交通量も伸び続ける筈で、どうせなら建ててもらってしまおう、みたいな背景もあったかと思われます。

 

 

▲橋は経年もあり、コンクリート表面などは風化が進んでいる

 

 

それにしても、本来の使い方をされずに約半世紀が経過した土木施設とは、なんともトワイライト的な、哀愁漂うプチ遺構の旅情を誘ういいものです。

歩道なども旧規格そのままの設計で、正方形のタイルを敷き詰めたバリアフリーってなんですか臭漂う'70sそのものの姿なのです。

よく高度経済成長期に多数建設がされた都道府県立のスポーツ施設などもこういう歩道の造りをしている所が多いですよね。

 

苔とか生えていい味出してますねぇ。

えっ?風化?いやいや「いい味」です。

 

 

▲旧態然とした歩道。これでいてまだ最終の形態ではない

 

 

そんな県道4号線ですが、流石は土木大国北関東の栃木県。

造り過ぎと言っても過言ではない優秀な道路整備網の流れに乗り、この道路も4車線化計画が進められています。

宇都宮側からはもう目の前まで、鹿沼側からはまだ少し距離がありますが新規のバイパスが、この橋に向かって4車線を進めてきてくれています。

 

 

▲なんとか4車線化で開業した姿をみたいものである

 

 

約半世紀の間、風化するだけの片側と車に踏まれ続けた片側。

既に人口減少の社会情勢の中、4車線分全てが開通日はいつ来るのでしょうか。。

 

 

10年後開通していなかったら「違算幻影」の企画としてでも取り上げましょうか(笑)

 

 

 

<参考>

 

・栃木県 鹿沼土木事務所 : 主要事業について(PDF)

 

・栃木県 宇都宮土木事務所 : 主要地方道宇都宮鹿沼線荒針工区の4車線化供用開始について(PDF)

 

 

 

 

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関東土木保安協会です。

3連続の電波塔ネタとなります。

 

 

 

 

新橋は駅の北側に、いくつか赤白の背の高い鉄塔が見えますが、山手線の線路沿いにある鉄塔があります。

これが皆さんご存知の方も多いであろう、東京電力の本社ビルです。

今回は、鉄塔の追っかけであれば一度は気にしたであろうあの塔、あまり注目はされていないようですので、本協会でガッツリと表舞台に出てもらいましょう。

 

 

▲新橋駅前のビル街に顔を出す東電本社ビルと鉄塔

 

 

東京電力は数年前まで本社機能を3ビルに分散していたようですが、昨今の原発問題の波で資産整理を余儀なくされ、現在は2ビルに減少、うち1ビルがこの本店本館ビルです。

 

このビルを指しているのかはわかりませんが、原発問題の最中にはしきりに「本社ビル売却」の声もあがったようですね。しかし、このビルに関してはそんな事はたやすくできません。

何せ首都圏の根幹を担う電力送電網の制御など行っているためで、内部には送電網の制御に関わる機械類などが収容されているとみられます。

このビルに関しては何が何でも直轄でなければ、健全な電力運用上大きな支障が生じることでしょう。

 

 

▲東京電力本社、本店本館の外観

 

 

このビルの脇を通過する際に、ブラインドが閉められた窓の隙間がちらっと見えたりします。

スモークがかった窓越しに見える中の景色は、映画で出てくるような大きな古典的な会議卓と数名の職員達の姿だったりします。それが夜遅くであったりすると。。ああ、遅くまで御苦労様です、といった気分になります。

電力会社だからこそでしょうか。あの重厚な雰囲気、ちらっと見えただけで少し重くなりますね。

 

 

▲ビルにはパラボラアンテナも設置されており、衛星回線も保有しているとみられる

 

 

本店本館は1972年に竣工しました。あの福島第一原子力発電所の運転開始の翌年です。

当時、これからの日本の電力網に新しい光が差し込むことが期待される中での竣工であったと予想され、そびえ立つ電波塔も誇り高かったことでしょう。

当時は高度経済成長期も終わり、オイルショックの時代。それでも、爆発的に増加する人口に、送電網の拡充を行っていた背景があります。

 

 

▲ビル外観。14階建てのようだ

 

 

ところで、ブログにてビルのフロア数が記事によって異なることを突いているネタがあります。

なんでも、公式資料では15階建てなのに対し、記事によっては16階建てになっているとのこと。

これなのですが、文末の東電公式資料の通り、15階で正解なのでは、と思われます。

外観からビルの階数をカウントすると、14階あり、そのほかによく見るとビル最上階の目隠しがされた部分に、鉄塔直下の1階が確認できます。

ただ、鉄塔直下のところはよく見えない上にペントハウスは2階あるとされているので、具体的にどうカウントするかは不明ですが。

 

 

▲鉄塔部。3本の鋼管によるラーメン構造だ

 

 

鉄塔は鋼管を3本組み合わせてラーメン構造としたものです。

送電鉄塔を始め、各発変電所間通信用の電波塔を建設し続けてきた同社からすれば、随分とすっきりとしたシンプルなデザインです。

各柱は寄り添いあって、折れない3本の矢を指すような、そんな印象です。

あぁ、褒めすぎですかね。

 

アンテナは、電力会社のマイクロ回線はまだまだ主要区間で残っているので、結構載っていますよ。

円形の架台にびっしりと取り付けられたその姿、今後も続けてほしいものですが。

先端の丸いレドームは、パラボラアンテナか何かが収容されているものかと思われます。

 

 

▲鉄塔頭頂部拡大

 

 

あの鉄塔は何のためにあるのですが、など質問サイトに載ることが多いですが、行政機関のマイクロ波アンテナと同様、この鉄塔もアンテナも、各地の発変電所と通信を行うためにあります。

電力会社は、送電網においては無人運用がほとんどですが、そのため各発変電所の計測、監視、緊急時の操作などを遠隔で行う必要があります。そのため、空中の無線回線を保有しているという訳なのです。

現在は、電力会社自前の光ケーブルによるネットワークが充実してきましたが、それでも地上での不測の事態に備えられるマイクロ波網はメリットがあります。

 

 

▲アンテナ付近をさらに拡大。カメラや八木アンテナも確認できる

 

 

さらにアンテナ付近に寄ってみると、何やら防犯カメラのようなドームが確認できます。

防犯上設置されているのでしょうか。地上をみるものではなさそうですが。

小型の八木アンテナも確認できますね。何かの局として貸し出しているのでしょうか。いやいや、自社回線でしょうか。

 

 

▲鉄塔下部。カモフラージュされている

 

 

鉄塔下部は最近のビルじゃないですが、カモフラージュのような加工がされており、鉄塔の長さが分からないようになっています。

もうじき経年半世紀を迎えるビルにしては、随分とお洒落なデザインではないですか。

鉄塔に対し、ビルが比較的低層なのですが、このプロポーションの悪さを綺麗に打ち消しているのに気付かされます。

内部には螺旋階段があり、鉄塔へとつながっているようです。

 

同社の資料では、13,14階が情報通信機械室、15,PH1階が機械室とのことなので、この辺りに電波を送信するための機械類がうじゃうじゃと収容されていることでしょう。

 

 

▲結構背が高い鉄塔は、都内でも目を惹く存在だ

 

 

現在。ホールディングス制に移行した同社は、業務別の3社に分裂し、ロゴマークであるCIも変更されてしまいました。

1987年から使われていた「T」をモチーフにした旧CI、でんこちゃんと合わせて一時代を築いた感もあるあちらも結構好きだったのですが、今や旧塗装の社用車などは塗装以外のレタリングを全て消されて運用されているなど哀愁ある姿になっています。

本社ビルの前では過激派対策で未だに機動隊のバスが待機し、仁王立ちの警察官が監視する物々しい雰囲気です。

 

そんな中、ビルの周囲にあるマンホールには、同社の旧CI以前に用いられていた、稲妻マークのロゴが光っていました。

 

 

 

 

このような社会情勢の中、真面目にコツコツと進んできた技術屋の方々も、苦汁を味わってきたであろうとお察しします。

高い送電網の信頼性で高度経済成長を支えてきた原動力は このマークであると信じていた方々が、再び堂々と社名を掲げられる日々が来ることを願います。

 

 

<参考>

・東京電力ホールディングス 公式サイト

 

・東京電力株式会社 : 2014年度地球温暖化対策計画書(PDF)

 

 

 

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