098:胸を焦がす君の色 | 椋風花

椋風花

夢小説を書いています。
長編はオリジナルキャラクターが主人公で、本家と設定が違う点もございますのでご注意を。

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一年に一度晴天を願う日、七月七日、七夕。

鵲が天の川に橋を掛け、その橋を渡り織姫と彦星が再会を果たす大切な日。


何光年も距離があるのだから遠距離よりもさらに遠い、超遠距離恋愛だ。

会えるのは一年にたった一回、それも雨が降って天の川の水かさが増したらその一回の機会すら失うのだから、二人の障害は大きい。


「なあ兄貴、これやってかね?」


夕飯の材料を買いに商店街に出た小太郎は、前を歩く兄を引きとめて短冊に手を伸ばした。


和菓子屋の前に飾られた笹にはすでに多くの短冊がぶら下がっている。

壬生村の特性か、願い事の多くは己の術の向上についてだ。


白い髪を軽やかに揺らして克彦は振り返り、

「そんな物書いてどうする。」

「だって縁起ものじゃん!願い叶うかもだぜ。」

「だったら今頃日本中の願いが叶えられているはずだろう。」


鼻で笑う克彦は相変わらず捻くれている。

去ろうとする克彦の腕を捉え、小太郎はぐいぐいと引っ張った。


「いいからやってこうぜ兄貴~!書いたら叶うかもしれないじゃんかー。」

「放せ重い。」

「一枚!一枚だけだからさあ。なあ兄貴~。」

「くっ、重いと言ってるだろう!」


全力を出すか関節技を出されればおそらく小太郎が負けていたが、克彦もそこまで大人げない抵抗はしなかったので小太郎はなんとか店先まで克彦を引っ張ってくる事が出来た。


「まったく・・・書きたいならお前だけ書けばいいだろう。」

「一人じゃ寂しいじゃん。」

「何を子供みたいな事を。」


手に持っていた短冊はいつの間にか握りつぶしてしまっていたので新しい短冊をもらう。

和菓子屋だけあって、短冊には和紙が使われていた。


「どれ、一体どんな願い事が書かれているのやら。」


あくまで短冊を書く気はないようで、克彦はプラプラと短冊の周りをうろつく。


「誰誰と付き合えますように、大金が手に入りますように、受験が上手く行きますように、か。

相変わらず自分勝手な願い事を好き勝手書く輩が多いな。」

「他にもいいのいっぱいあんじゃん。なんでわざわざそういうの選んで読むんだよ。」

「決まってる。その方が面白いからだ。」


・・・たった二人の兄弟だし克彦のことは兄として尊敬しているが、この歪んだ思想は似てなくてよかった。

数ある相違点の中で、もっとも喜ばしい点かもしれない。


「それはとりあえず置いておくが。

七夕の願いは技術の向上を願うのが本来の形だ。下らん事は書くなよ。」

「え、マジで?」


ペンを止める。


「当たり前だ。叶うわけじゃないから何を書いてもいいがあまり高いものは頼むなよ?」

「書かないってそんなの!クリスマスじゃねえんだから。」

「そうか?安いものだったら叶えてやってもよかったんだが。」


父親のような事を口に出しながら克彦はまた短冊を眺め始めた。

そんな克彦にため息をつきつつ、小太郎は唇を尖らせる。


「・・・でもさ、織姫と彦星がやっと再開できる日なんだから簡単な願い事くらい気前よく叶えてくれると

思うんだよな。」

「まだ言うのか。」

「だって叶ってほしいじゃん。」


神社で書く絵馬や御賽銭を入れての願い事。

願いを叶えるための手段としては現実的なやり方ではないが、こういうやり方でしか願えない事だってあるものだ。

自分が努力すれば叶えられるのならいくらだって努力できる。

でも、努力して叶うものじゃないのなら苦し紛れでもなんでも、星に願ってみたっていいじゃないか。


「・・・ほう?」


克彦と視線が絡む。


(あ、やべ__)


「そういうからには、お前にはどうしても叶えたい願い事があるんだな?

どれ、見せてみろ。」

「わ、ちょ、兄貴!」


短冊を背後に隠せばすかさず克彦は腕をまわした。

身体を反転させて何とか短冊を抱え込む。


「やめろよ、ちょっと!」

「ほらさっさと見せろ。お前が星に祈ってでも叶えたい願い事はなんだ?

俺が目を通してやろう。」

「それただ兄貴がからかいだけじゃんか!」


本気で攻防戦をやれば背の高い克彦が勝るに決まっている。

小太郎は必死にもがきながらもシワのついた短冊を克彦の目前に突き付けた。

不意をつかれてか克彦の動きが止まる。

「ほら・・・俺、まだ書いてないから。」


ぴらぴらと短冊を裏返してそれを証明すると、克彦はつまらなそうに身を引いた。


「ならさっさと書いて吊るせ。ぐずぐずしているとご飯が炊きあがるぞ。」

「はあい。」


(危ないところだった・・・。)

死角に追いやった短冊をそっと取り出し、小太郎は安堵の息をついた。



「それで、なんて書いたんだ。」


寄り道をしたせいか克彦の歩くペースが速い。

悔しいが、足のリーチの問題で駆け足気味にならないと隣を歩けない。


「んー、内緒。」


ニシシと笑って空を見上げる。


夕焼け空は雲がかかっているものの鈍色ではない。

この調子でいけば星は見えなくても雨が降る事はないだろう。


__それだけでいい。二人が会えるなら。

二人が会えたのなら、きっと俺たちも会えるから。


「これも人に聞いた話だが。」


感傷的になっている小太郎を見て克彦が真顔で呟く。


「願い事はなになにが叶いますようにというものよりも、なになにを叶えるといったような断定系の方が叶いやすいらしい。

祈るだけではだめという事だな。」


思わず買い物袋を落とした。


「それ、マジ!?」

「マジだ。」


数秒の沈黙ののち、小太郎は頭を抱え


「やっべ!どうしよう兄貴!俺会えますようにって書いちゃった!会うじゃなきゃだめなのか!?」

「・・・まあ今のでお前の願いは分かった。」

「やべっ。・・・いやそれよりもどうしよう、叶うかな!?やばいかな!?」


ぎゃあぎゃあ騒いでいると克彦は深々とため息をつき空を見上げた。


「まだ星も出ていない。

二人が会うまでは願い事など見向きもしないだろうから、今のうちなら何とかなるんじゃないか?」

「ちょっと俺書き直してくる!」


落とした買い物袋に目をやることもなく小太郎は走りだした。

その背を見て克彦は笑う。


「まったく・・・分かりやすい奴だな。」


こちらの彦星はだいぶ抜けている。

願いを叶えてしまうのは癪だが、そろそろ橋を掛けてやってもいいだろう。


今は遠くにいる織姫の顔を思い浮かべ、鵲は一人ほくそ笑んだ。


















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あとがき






三人の関係がぴったり当てはまりました。

小太郎が一人で綿津見村に行くことはないでしょうから、すべては克彦の気分次第です。

鵲はカササギと読みます。






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綿津見村の雰囲気は七夕に合う気がします。

でもあまり盛り上がらなそう。(平和ともいう)