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母さんと真緒姉さんを失ってから、俺は姉さんに守られてばかりいた。
二人がいなくなった後の姉さんはまるで二人の穴を埋めるように家事や修行に精を出した。
いつか必ず二人は帰ってくる。
絶対に帰ってくるからそれまでは兄弟で頑張って、二人が戻って来たら笑顔で迎えようといつも励ましてくれた。
本当に辛いのは真緒姉さんを助けられなかった負い目がある姉さんなのに。
御役目のために姿を消した母さんと、同じ御役目を背負っている姉さんのはずなのに。
玉依姫の修行をする姉さんを見て、俺は何度も確かな恐怖を感じていた。
もしかしたら、姉さんまで龍神の生贄になってしまうのではないか。
そしたら俺は、今度こそ一人ぼっちになってしまうんじゃないか。
そんな不安を口には出せず、俺は静かに拳に握り締めた。
そんな俺たち、いや、玉依姫を、村人たちは冷やかに責めた。
始まった梅雨は七月になっても終わらず、海は荒れて空気は禍々しい。
そのうえ妖が出没するようになると、村人たちはますますいきり立った。
妖への恐怖を、お役目を果たせなかった玉依姫への怒りに変えてぶつけて来たのだろう。
ただでさえ味方の少ない、母親と従姉を失った姉さんに。
いつかは玉依姫として、その命を散らさなければならないかもしれない姉さんに。
それでも俺は姉さんの苦しみや悲しみに寄り添うことしかできなかった。
声を荒げて村人に反抗することができなかった。
一番近いところにいたのに。
心ない村人たちのせいで、姉さんがどれだけ苦しめられているのか分かっていたのに。
悲しげな笑顔で大丈夫だと言われてしまっては、それ以上何も言えきなかった。
・・・いや、違う。怖かったんだ。
何も出来ない無力さを真正面から突き付けられるのが。
この世にただ一人残った家族のためにしてやれることが何もないと、知ってしまう事が。
真緒姉さんが豊玉姫として現れ珠洲姉さんを襲った時、俺は珠洲姉さんを命を賭けてでも
守りたいと思った。
そのためなら俺がどうなってもいいと思った。
だって、姉さんがいなくなったら俺は一人になってしまう。
真緒姉さんが珠洲姉さんを殺したら、俺は好きだったはずの真緒姉さんを心の底から憎く思ってしまう。
それは、それだけは絶対に嫌だった。
『力が欲しいか?』
戦いの中、声が響いた。
その声を聞いた時、俺はやっとこの時が来たと心の底から歓喜した。
「・・・ああ、欲しい。姉さんを守る力が、欲しい!」
宝具は俺を守護者として認め、俺に力を貸してくれた。
二人の姉さんを守るための力を。
玉依姫と豊玉姫の確執、そして豊玉姫に身体を奪われてしまった姉さん。
この戦いのために選ばれた五人の守護者。
俺たちが負けたら世界は豊玉姫に飲みこまれ、逆に俺たちが買っても豊玉姫にとらわれた真緒姉さんが戻ってこられなくなる。
それでも、俺は珠洲姉さんを守ると決めた。
それは幼いころから抱いていた姉への家族愛・・・だったはずが、最近、恐ろしい事にそれがどうも違ってきていることに気付いていた。
笑顔が見たい、傍にいたい。それは変わりないけれど、その感情は暖かいものばかりではなく、身を焼きつくすような衝動でもあった。
一番近くで、一番親しいものとして笑顔を見ていたい。
その笑顔を自分だけに見せてほしい。
それはどう考えても弟としてではなく、男としての考え方で、俺は芽生えかけている愛情にとてつもない恐怖を覚えた。
俺たちは血の絆で結ばれている兄弟だ。
けして結ばれることない関係。それなのに俺はその関係を求めてしまっている。
実の姉をそんな目で見ている自分が信じられず、俺は何度も現実から目を背けた。
姉さんは俺を弟として可愛がってくれている。俺と同じものを求めていない。
当たり前だ。だって兄弟なんだから。
だからそれで苦しくなるのはお門違いだ。姉さんが普通で、俺が変なんだから。
「あ、陸!」
姉さんが小走りで近づいてくる。
嬉しそうな笑顔で俺に笑いかけてくれている。
「こんなところにいたのね、探してたのよ!」
戻ろう、と姉さんは俺の腕を引いた。
脈が速くなる。身体が熱くなる。
「陸?」
・・・俺が守りたいのは玉依姫でも姉さんでもない、ただの高千穂珠洲だ。
だから、
「うん、分かった。」
__だから俺はこの感情を押し込める。
彼女を汚してしまわないように。
この気持ちに蓋をして、俺は珠洲を守ると誓った。
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あとがき
一人称の文だと文の進行とともに二人称を変えていくこともできるので幅が広がります。
二人称が変わると三人称も変わって、作者が一人で楽しくなっています。
ドロドロぐちゃぐちゃな愛情が好きなのでそちら路線で行きましたが、
陸はもう少し爽やかな愛情を抱いていると思います・・・。