081:何時か辿り着けるその場所は、今は遠くて | 椋風花

椋風花

夢小説を書いています。
長編はオリジナルキャラクターが主人公で、本家と設定が違う点もございますのでご注意を。

________________







綿津見村の長い梅雨も終わり、熱い夏がやってきた。

駄菓子屋で買ったラムネを片手に、足に引っかかった白いサンダルをプラプラと揺らす。

太陽光が肌を刺し、珠洲の額にうっすらと汗が滲む。



__龍神の厄災はもう二度とやってこない。

勾玉に封じ込められていた豊玉姫の怨念はもう跡形もなく消滅したのだから。


もう玉依姫は封印の贄にはならない。


御役目のために自身を犠牲にすることはもうない。


これまでのどの玉依姫にも為し得なかった偉業を珠洲とその守護者はやってのけた。

世界の終わりを防ぐことができたのだ。



カラン、


ビー玉がなる。



当代玉依姫、高千穂珠洲。

冴えない表情を浮かべてため息をつく姿からは、先程の偉業を成し遂げた人物の面影はない。


「・・・はあ。」


何度目かのため息。


「何でため息なんかついてるんだ?」

「!?」


いつの間にか後ろにいた幼馴染の姿に珠洲はびくんと背中を揺らした。


「あ、晶?いつからいたの!?」

「いつからって・・・今だよ、今。」


まだ口をつけていないラムネを手に、晶は珠洲の隣に腰掛けようと前に回る。

珠洲は晶が座りやすいように間隔を開けようとして、思いとどまってそのまま顔をうつ向かせる。

晶は膝が触れそうな距離で珠洲の隣に座った。


「で、どうした?こんないい天気なのに、そんな浮かない顔して。」

「・・・うん。」


手にしたラムネのビンを回しながら珠洲は呟く。


「・・・なかなか全部同時には解決しないんだなあって。」


晶は何も言わずに続きを促す。


「ほら、もう竜神様の厄災はなくなったでしょ?だから梅雨も明けて夏が来た。

村の人たちももう厄災におびえなくていいし・・・玉依姫の御役目もなくなった。」


玉依姫は封印のための道具として扱われてきた。

だからこそ役に立たなければ白い目で見られたし、いつか消えてしまうものだから村の人たちは冷たく扱ってきた。


・・・情が移れば、道具として使えなくなるから。


「だから村の人たちも私のことを・・・少しずつ、認めてくれるようになってきて。

それがすごく嬉しくて、私生きててよかったなあって。」


話しかけてくれるようになった。

話しかけたら応えてくれるようになった。

それを当たり前だとはまだ思えないけれど、今は嬉しさを噛み締めていたい。


「何言ってんだ。最初からお前は生きてていいんだよ。」

「・・・ありがとう。」


最初の守護者、重森晶。

存在を肯定してくれてずっと命がけで守ってくれた初めての存在。


「それより、なんでお前は落ち込んでたんだ?今の話にお前が落ち込む要素はなかっただろう。」


晶の持つラムネのビンが汗をかいて、アスファルトに水滴が落ちる。


「・・・さっき、クラスの子に会ったの。」


その一言で晶は悟ったようだ。


「何か言われたのか?」

「ううん、何も。」


嘘じゃなく、その子たちは本当に珠洲に何も言わなかった。

遠目に見えたときも、顔が確認できる距離まで近づいても__すれ違った瞬間も。


「・・・目を、一度も合わせてくれなかったの。」


声が震えていた。


厄災を封じればすべてが解決すると思っていた。

村の怪奇現象も、村の人たちとの関係も、教室での立場も。

でも、そううまくはいかないみたいだ。


村の大人たちが玉依姫である珠洲を疎んじていたことで、事情を何も知らない子供たちも同じように珠洲を無視してきた。

だから珠洲は教室でもどこでも『いないもの』として扱われてきたけれど、それは御役目を果たせていない以上仕方のないことだと諦めてきた。


でも、玉依姫としての役割がなくなった今でも同じように『いないもの』、もしくは『いてはいけないもの』として扱われるのは__辛い。


噂されるのも無視されるのも、何度心の中で慣れたと繰り返しても無意味だった。

悪意に慣れるなんて、そんなことできない。


「・・・気にするな。」


気にするな。

晶が繰り返し呟く。


「あいつらは何も知らないんだ。・・・でも、すぐに知ることになる。」


大人たちが玉依姫を疎んじてきた理由。

珠洲が終わらせた厄災。


「そしたら・・・少しずつでも変わる。絶対に。

お前を認める日が来る。」

「・・・そう、かなあ。」


もうやり直せないんじゃないか。

ずっとこのままなんじゃないか。


そんな不安を吹き飛ばしてくるほど、晶の言葉は力強い。


「少なくとも俺は認めてる。お前は・・・その・・・ちゃんと普通に女の子だ。」


晶は珠洲を認めてくれる。

守護者が玉依姫を認めているんじゃなくて、晶は晶として、珠洲を珠洲として認めてくれている。


照れくさそうにラムネをラッパ飲みする晶の横顔を見つめるうちに、珠洲は小さな笑みを浮かべていた。


「晶。」


晶は横目で視線を合わせる。


「ありがとう。」

「・・・・・・。」


少しだけ目が笑った。




今はまだ無理だけど。


歩み寄るのはまだできないかもしれないけど。



__いつか、遠くない未来。


一緒に笑いあえる日が来るのなら。




その時にも、きっと貴方が隣にいる。
















■□■□■□■□■□

あとがき





お題の言葉が切なくて悲しい終わり方を予感させるものでしたが、希望のある終わり方になってよかったです。

何時か辿り着けるとわかっているから明るく終われたんですね。

書いている途中でだんだん憂鬱になっていたので、きれいに終われて本当によかったです。



ラムネ(ミネラルウォーターだったような気もしてる)を飲む晶(と克彦)のイラストを見たことがあるせいか、二人とも自然にラムネ飲んでました。




にほんブログ村 小説ブログ 夢小説へ



最初珠洲一人の短編にする予定だったのですが、ブログ検索で珠洲と晶と調べてこられた方が多かったのでせっかくだからと晶も混ぜました。

長編まだまだ出てきそうにないですしね!


珠洲一人だったら暗くて悲しい内容で終わっていたと思います。