かんくら's ライフスタイル!!(韓国在住物語)

韓国で暮らし始めてもう二十年!韓国のことから、ハングル、そしてかんくらのライフスタイルをご紹介

当ブログの無断転用転載ご遠慮ください

趣旨(韓国と友好を築こうという)が私と同じようなHPやブログのリンクは大歓迎です。


こんにちは。

韓国の暮らし、略して“かんくら”のブログへようこそ。


初めてこられた方はこちらの記事からどうぞ^^

<初めての方はこちらへ>


韓国語の勉強の仕方についてはこちら

<韓国語の勉強の仕方>



韓国で暮らし始めてはや20年!!

色々とありました・・・(・・・なことが)。
ブログが韓国語に翻訳されて、にもなって出版してもらったり、

今では韓国で日本のアニメの背景画を描くなんて仕事を

美術もろくに学んでない私がやっております。

人生、ほんと、何が起こるかわかりませんね。




韓国生活の悩み相談乗ります!!

韓国に対する疑問質問、何でもお答えします!!

気軽にメッセージ、メールくださいねドキドキ


kankokunokurashi@hotmail.com

(大体2週間に1度くらい確認するので

 返事が遅くなる場合もあります)



*観光関係について知りたい方は

  観光音痴のかんくらよりサイト:コネスト がお勧めです。^^


*政治的な質問はよくわかりません。



コメントは過ぎた記事でもぜんぜんOKです。

がんがん書いてくださいね。


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あれ?

 

 

このテーマ、なかったんだ~。

みたいな。

 

 

大体、原作のあるアニメの話をしていることが多いので

アニメというより、本だったり漫画だったりしちゃうからですかね。

 

 

SHIROBAKOは

前の会社で仲良くなって、

今でもカトク友達の韓国人の男の子が

お勧めしてくれたアニメです。

 

 

アニメ会社がつくる、アニメを作る話、で

実は私の仕事とはあまり関係のない話ばかりなので

私自身も

“へ~、そうなんだ~”

という感じで、新鮮な内容が盛りだくさんなんです。

 

 

見ていて、とても元気が出る話っていうか。

 

 

実は、これを見る数年前に

その時、勤めていた会社に来た仕事で

“花咲くいろはみたいな感じで”

と言われたことがあり、

その時、参考に“花咲くいろは”を見たんです。

 

 

SHIROBAKOも

なんとなく内容的に似ているなぁと思ったら

同じアニメ会社が同じテーマで作っていたアニメでした。

 

 

花咲くいろはもSHIROBAKOも

“働く女の子”シリーズと言われているらしく、

そういう意図があるアニメなので

見ていて、なんだか元気をもらえる感じがするようです。

 

 

~ここからネタばれあり~

 

 

SHIROBAKOというのは

アニメの納品の状態になったDVDディスケットのことを言うようで、

昔はたぶん、ビデオテープとかだったんでしょうね~。

 

 

地方からやってきた5人の女の子たちが

アニメのいろんな分野の仕事に就いて

お互いを励まし合いながら

いつか一緒にアニメを作ろうね!と

頑張るお話で、

まあ、現実的にはちょっとあり得ないシチュエーションもありながら

なるべく現実的に描かれているのがこのアニメの特徴です。

 

 

アニメ、というと

日本では本当に数多くのアニメがありますが

実は内情は非常にしんどい状態で

声優はあふれかえっているし、

アニメーター(キャラが動くセルに鉛筆で描いていく人)は

どんなに数をこなしてもそんなにお金にならないし、

能力があってもなかなか認められるチャンスに巡り合わなかったり、

制作進行は胃に穴が空きそうな毎日を送る~。

 

 

ほんと、よくまあ、崩壊しないな、この業界、

みたいな。

 

 

でも見ていてやりたいなぁと思うのが

セル画に絵を付ける仕事。

 

 

こういう単純作業が好きなんですよね~。

 

 

昔はセル画と言ったら、

ポスターカラーをセルの裏から

塗って行かなくちゃいけなかったので

色を作る人、という仕事もあったようです。

 

 

今ではコンピューターでちゃちゃっと塗っちゃう。

 

 

原画(セルに鉛筆でキャラが描いてあるもの)さえ

線が切れていなければ、

そんなに難しくないんじゃないかなぁなんて・・・。

 

 

塗り絵みたいな感覚?

 

 

ま、やってみたら、結構面倒かもしれないですけどね。

 

 

途中まで非常に仕事ができないトラブルメーカーだった

高梨太郎というキャラクターがいるんですが、

最初こそ、本当にどうしてクビにしないんだろう、

というくらい、トラブルメーカーでしたが

次に中途採用で入ってきたひねくれものの平岡さんとの絡みが

なかなか良かったです。

 

 

平岡さんはアニメ業界に夢を抱いて入ったものの

現実の厳しさに打ちのめされて

自分もブラックに染まってしまったという~。

 

でも、その心の奥底には

本当はもっといい仕事がしたいという思いがあって、

それを自分自身で否定しようと必死になっている、

みたいな、ややこしさがあります。

 

 

それで結局、周囲に溶け込まず、

トラブルを起こしてしまうんですが、

不幸中の幸いなのか、不幸中の不幸なのか

その件で高梨太郎に気に入られ、

早く帰れた日に、太郎に引きずられて一緒に呑みに行くんです。

 

 

ここで行かないと突っ張らないあたりが

社会人ゆえなのか。

 

 

引きずられながらも一緒に行っちゃうのが

私的にはちょっと面白かったです。

 

 

で、そこで半分酔いながらつらかった過去をちらっというんですが、

それを聞いた太郎が、GOOD JOBなフォローを入れ、

平岡もちょっと丸くなり始める、みたいな。

 

 

あ、太郎、いらない奴じゃなかったんだ感があって

アニメ全体の雰囲気がちょっとよくなりましたね。

 

 

でも、相変わらず自己評価の高すぎる太郎には

社員全員、外部の人たちにも

ガンガン突っ込まれていて、

そういうのも面白いです。

 

 

皆が働いている中、

一人学生ということで焦っていた後輩のりーちゃんも

先輩を手伝いたいという思いから始めたことから

どんどん目の前にチャンスが広がっていくさまが

またよかったです。

 

 

焦っている分、小さなチャンスをもつかもうと、

出会ったシナリオライターさんに弟子入りを申し込んだり、

今どき、こんなに積極的に何かをしようという人って

あまりいないんじゃないかなって思います。

 

 

最後に一番うだつの上がらなかった声優志望のずかちゃんが

やっと巡り合えたチャンスを掴んでアフレコに来た時、

その時、与えられたセリフもセリフなんですが、

それを聞いてたおいちゃん(制作進行)と一緒に

私も泣けました~。

 

 

皆が自分の夢に向かって試行錯誤しているさまを横目で見ながら

おいちゃん一人、何がしたいかわからない自分に悩んでいて、

作品全体のテーマとしてちょくちょく出てくる、

“夢(目標、ゴール)があるからそれに向かって何をしたらいいのかがわかる”

というのは、

私も現在進行形で探しているテーマで、

この作品の登場人物たちのように

早く、自分の夢を見つけたいです。

 

 

夢、というと程遠く聞こえるけど、

5年後、10年後、老後、

どういう自分になりたいか、

どういう暮らしをしたいか、

そういう具体的なものが見えてこないと、

今、やらなければいけないことが見えてこないし、

何も変わらない。

 

 

変わらないだけならいいけど、

今、日本でも問題になっている

自力で生活していけないレベルになったりすることもあり得る。

 

 

この作品では結構シビアな内容もちらほら出てきていて

仕事がうまくて速い瀬川さんは30歳くらいの設定らしいですが、

“あと30年はこれで食べて行かないと”

と言っていたり、

ベテランの杉江さんも

“できなければ食べていけない。

 食べていけなければ辞めていく”

と言っていたり、

他にも実力のない人間は使うな発言がちらほら。

 

 

世の中、甘くないよっセリフが結構あります。

 

 

食べていく、食べていけない、ということもありますが

それよりもまず、自分の夢、

現実的にどうなりたいか、をはっきり持つのと持たないのとでは

やっぱり未来が変わってくるというのは

いろんなところで言われている話です。

 

 

ま、こんな風に描くと

すごくお堅いアニメなのかなって感じがしちゃいますが、

主人公のおいちゃんがとっても前向きなので

作品全体としては明るく乗り越えていく話になっています。

 

 

そこいら辺は花咲くいろはと同じかな。

 

 

最近、仕事中は大体SHIROBAKOを流していて

ほかのアニメもみたいな、と思いつつ、

くだらないアニメも結構多いので

何を見たらいいのかわからない。

 

 

あまり内容が面白すぎるアニメだと

今度は仕事ができなくなっちゃうので

ダメなんですよね~^^;;

 

 

しばらくはエンドレスSHIROBAKOかも。^^

(中学の時からテレビデオが自室にあったので

 同じものを何度も繰り返してみてしまう癖がある)

 

 

あまりにも何度も見ているので

上の娘はオープニング曲を覚えてしまったりしています。^^;;

(大体、私が仕事をしている後ろで勉強してたりネットしてたりする)

 

 

見たことがない方はお勧めのアニメです。

 

 

アニメってこう作られるんだ~とかいうのもありますし、

そうだよね、社会って厳しいよね、という共感も得つつ、

おお、なんかやる気が出てきたっていう元気がもらえるアニメです。

 

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韓国の冬は

外は寒いけど家の中は温かい、

と、よく言います。

 

 

それは韓国の殆どの家庭が

床暖房になっていて

ちょっと資源の無駄遣いでは?!

と思うほどに温度を上げるためなんです。

 

 

中には真冬、外の気温はマイナス20度なのに

家の中では半袖~という人もいるくらい。

 

 

うちの旦那も結構そういうタイプだったので

そんな格好で寒いというものなら

“服を着ろ~~~!!"

とガンガン教育したため、

ここ最近、ようやく自ら服を着るようになりました。

(旦那は時間差で寝ているため

 一番暖かい部屋(ボイラーから近い部屋)で

 寝ているんですが、

 それでも電気敷布団をつけて寝ています)

 

 

そんな韓国の冬事情なのですが

実は、朝は結構寒い!

 

 

というのは、

床を布団で埋め尽くしているためなんです~。

 

 

ベッドのお家は、

うーん、どうなんだろう?

 

 

ベッドをおけるくらいだから

それなりに床が見えるスペースもあると思うんですが

うちの場合、家族がみんな布団を敷き詰めると

床が見えるのは台所くらいになってしまうため、

そうなると、いくらオンドルと言っても

室内の気温まで上がりません。

 

 

オンドルなのに

何故か朝は寒いな?

と思ったら、

いち早く布団を片付けてしまうに限ります。^^

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スーパースターKが始まる前に

イギリスのXファクターに真似て作られた

韓国のオーディション番組に出場して

有名になった、ある孤児の男の子の話です。

 

 

最後まで翻訳する根性がなくて、

途中までですが、

映像を別の窓で開けて

翻訳した文字を記事から追ってください。

 

 

"誰かを条件なしに信じ、応援してあげてください"

 

左右に座席が分かれていて、

どちらを向いたら良いのか、微妙ですね。

 

こちらの方々は今日、何か個人的に嫌なことでもあったんですか?

 

私のライオン頭が気に入らないとか・・・。

私なりに一生懸命準備してきたスタイルなんですが。

 

私は歌を歌う者です。

最近、時々、歌を歌いながら話をしてほしいと言う方々が

おもったよりもたくさんいて、私に頼んでこられます。

 

それで私が生きてきた、大したことではありませんが

生きてきた話をしながら、最近、歌を歌っていますが、

それで、新概念、それなりに特別講義コンサートという概念で

やっています。

それで、一般の講師たちよりも二倍に大変です。

話をしたり、歌を歌ったり。

なのでみなさんは二倍に拍手をしてくださいね。

 

ありがとうございます。

 

実のところ、昨日、済州島から帰ってきたんですが、

済州島で、昨日だけでも二度、コンサートをしました。

一週間の間に、リレーでコンサートをしました。

なので、体力的には実は歌手として、非常に、

今、寝込んでも疲れが取れそうに無いのですが、

このライブコンサート、私が今までしてきたコンサートの中でも

一番気に入っているコンサートです。

生命のコンサート。

 

では話を始めようかと思います。

 

まず、私の生き様の中に、大した生き様ではありません。

私がある音楽家としての生活を

皆さん、気楽に聞いていただければと思います。

私が博士でもないですし、教師でもないですし、

みなさんより勉強もできなかったといえばできなかったでしょうし、

みなさんより勉強ができた方ではないと思います。

<05:00>

思春期からこの方、やってきたことといえば音楽しかありませんから。

 

なので、ただ私が生きてきた話を気楽に聞いてくださったら良いと思います。

 

<コマーシャル>

 

最初の話としては、ソンボンの話を私がしないわけにはいかないでしょう。

 

ちょっと前に映像で少し紹介しましたが(この映像は見つけてません)

もうすでに13年前に遡らないといけません。

 

13年前、ある日突然、私はピアノレッスン室で

音大に通っていましたので、レッスン室でピアノを弾きながら

一人で演技をしながらオペラ歌手を夢見て

イタリアのスカラ座でオペラ歌手になりたいと

ただただ自分のことだけを考えている、そんな音楽生徒でした。

夢だけはあふれている。

 

一生懸命歌を歌っていた時に、

ある子どもが私の前に突然現れました。

その子が今、全世界を驚かせている、

ガム売りのポール・ポッツ、チェソンボンでした。

14歳くらいでした。14歳位。

 

“なんだ、お前?!”

 

私は釜山出身です。

その当時はまだなまりがひどくて

 

“なんやねん、お前は”(すみません、ニュアンスで)

 

その当時、今は頭が整っていますが、

本当に肩ほどまで髪が伸びていて、近寄りがたい髪型、

わかるでしょう?

それにパーマまでしていました。

あそこに何人かいらっしゃいますね。

うつむいていらっしゃいます。

 

歌を歌っていたところにその子が来て、

とにもかくにも歌を教えてくれと言うんです。

 

そうしたら、普通、大概の先生は、大学生ですから、

大学生の課外レッスン先生がいるじゃないですか。

 

お父さん、お母さんに許してもらえたのか、

そうでなければ、なんで音楽をしたいのかなど

質問を投げかけるでしょう。

<07:00>

ところが、この子が私に一つ一つ平然と口にする言葉が

果たして信じられない、

ドラマや映画でも見たこともないそんな話を

自分が生きてきた話をするんですが、この小さな子が、

胸が非常に重苦しくなってきました。

 

そして、歌を教え始めて数日たった時、

 

“ソンボン、お前が暮らしているところに一回行ってみよう”

“先生、僕が暮らしている家といったらなんですが、

 とりあえず、僕がよく寝ている場所を先生に見せますね”

と、どこどこに来るようにと言いました。

 

行ってみたんですが。

 

コンテナご存知でしょう?

古いコンテナに、冬でした。

 

みすぼらしいソファがありました。

ソファがあって、ぼろぼろの布団みたいなものが見え、

水道もあるんですが、固く凍っていました、外に。

電気は通っていませんでした。

 

“お前がここで寝ているだって?どうやって?

 こんなに寒いのに?”

 

ソンボンが非常に明るく、平然と

 

“大丈夫ですよ、先生。

このソファーで布団を何枚か重ねて寝たら

少しも寒くないですよ”

 

“お前、どこでシャワーするんだ”

 

その水道では今は凍っていて洗えないんで、夏だけそこで洗って、

それから公衆トイレに行ったら全部自分のトイレだと言うんです。

気楽に洗えます、と。

 

続けて質問を投げかけるんですが、

私は本当に平凡に生きてきた私としては、

一体どうして、この状況が理解できなかったんです。

 

“わかった”

といって、背を向けて、ソンボンをその場において歩き出したんですが、

私が生まれて初めて、人のためにあんなに泣いたことは

あれが初めてだと思います。

 

歩きながら、我知らず、ずっと涙が出るんですが、

<09:00>

最後には私がその場で座り込んでしまいました。

 

それから家に帰ってきて一人でぼけーっと考えにふけりました。

そして自分自身を振り返ったりしました。

 

それからまたレッスンを受けに、平然とやってきました。

同じ服を着て、非常に痩せこけていて。

 

そして歌を教えて、送り出そうとしたんですが、

この子があそこに帰って寝るのかと思うと、

送り出せませんでした。

 

もちろん、みなさんも同じ状況に出会ったら送り出せないと思います。

 

私も大学生でしたが、よくある自炊して住むところも一つ無い、

ハングリー音楽生徒でした。

ただただ夢だけはあって、どこかに行っても声では絶対負けません。

私は声、カリスマ。

 

ソンボンが最近、いろんな番組で、話していますが、

私も番組でたくさん話しをしますが、

先生の最初のイメージはどうだったかと聞くと、

完全にどこかの暴力団体の幹部みたいだったと、

もう、髪が・・・。

声は今よりも“なんやねん、お前?!”と言うようなスタイルでしたし。

今は私が結婚をして非常に丸くなり、

おとなしく挨拶をしていますが、

当時は本当にやんちゃでした。

 

それでその子の生き様がだんだん気になり始め、

レッスンをしながら私はずっと、

この子は歌を習いたいのに、

私はずっとどんなふうに暮らしているのか聞きました。

 

そんなある日、

“ソンボン、幼いころ、

 お前の最初の思い出はなんだ?”

と聞きました。

 

そうしたらソンボンが話してくれたのが・・・。

 

普通、私達、大概の人は幼いころの最初の思い出が

両親と動物園に行ったとか、プールに行ったとか、

遊んだ、そんな思い出だと思います。

 

ところがソンボンがこんな話をしたんです。

<11:00>

我知らず逃げ出して(孤児の保育施設にいたようですが、

虐待から逃げ出したんだそうです。その時、適当にバスに乗って

保育施設から離れた場所にたどり着いたようです。

4~5歳の時のようです)

どこかに行き着いたんですが

幼い子が何処かに連絡をしたり、誰を訪ねたら良いかとか

何もわからないじゃないですか。

 

寒い冬に、ただ道を歩いていたそうです。

非常にお腹が空いているのに。

 

ただただ歩いていたら、我知らず、あまりにもお腹が空いて

倒れ込んでしまったそうです。道端で。

 

ふと気がついたら、ジャジャン麺を食べていたんだそうです。

 

気がついたら、ソンボンより3,4歳年上のあるお兄ちゃんが、

倒れ込んでいるソンボンの手を掴んで立たせたそうです。

そして、ソンボンをみたら、

ああ、自分と同じく捨てられたんだな、と。

 

そのお兄ちゃんはずっと前からそこで物乞いをしながら

ガムを売ったり、飲み物を売ったりしながら、

一日一日を生き延びていた道端で暮らす孤児でした。

(このお兄ちゃんはそれから数年後、

 事故だったかで亡くなってしまったようです)

 

それでソンボンが“You Raise Me Up”という曲をよく歌います。

 

私もよく歌う歌ですが、私のアルバムにも収録されています。

 

生きながら誰かが、苦しくて辛い時、

誰かがその人の手を掴んで起き上がらせてくれるという歌です。

 

そしてそのお兄ちゃんに習いました。

ガムをいくらで買って、いくらで売って、

ナイトクラブ(日本にはあるんですかね~。

若者が集まるディスコみたいなところから、

年齢制限が上のディスコみたいな

お酒を飲んで、踊ってみたいな。

女性もよく行きますし、おじいさんたちも。

既婚者だったら浮気相手を探すメッカみたいなところですね)

みたいなところにいって、酔った人に売ったら高く売れる。

 

正気の人に売ったら、誰がガム一つに1万ウォンもくれますか。

(そうして売ったお金でカップラーメンを買って食べるんだと教わり、

 かなり大きくなるまでカップラーメンしか買わなかったそうです。

 他のものも買えるという考えが思いつかなかったそうです)

 

そんな風にクラブを渡り歩いて、

でも、そういう子供たちを入れないようにするじゃないですか。

(それで捕まって、山で生き埋めにされたこともあったそうです。

 幸い、柔らかく土を盛ったので、掘って脱出できたそうです。

 たぶん、最大の脅しだったんでしょうね)

 

みなさんも思い出せると思います。

駅の周辺に行ったら、売っていますよね。

(私は子供が売っているのを見たことはありません。

 せいぜい、電車の中で事情を書いた紙を配って、

 それをあとで収集しながらお金を集める

 中学生くらいの子供たちは見たことあります。

 こういうのは全部、組織が指揮していて、

 組織に吸い上げられてしまうお金です)

 

それを売ったら、自分も一日一日生き延びて食べていけるから。

 

それが最初の記憶だと私に話すんです。

(施設から抜け出し、気がついたらジャジャン麺を食べていた、という)

 

そして二つ目。

ソンボンに“夢は何なんだ”

というと、

“僕は歌が上手になりたい”

というんです。

<13:00>

それも大衆歌謡ではなく、クラシックの声楽家になりたいと言うんです。

 

あまりにも似合わないではないですか。

 

道端で暮らしている子供とクラシックの音楽は

あまりにも似合わないですよ。パッと見ても。

 

ところのがこの子がある日突然、見たんです。

何を見たのかわかりませんが。

(物乞いをしにナイトクラブに行ったら、

 偶然、そのナイトクラブでクラシックをやっていたそうです)

 

それがどうしてか自分の心を掴んだようです。

 

それで私を訪ねてきたんです。インターネットを通じて。

 

それが私のファンカフェ(ファンたちが作ったHP)なんですが、

オバサマ方が約1000名ほどいる。

 

それを見つけたんです。

 

そんな風に縁が始まりました。二人の縁が。

 

私はクリスチャンなんですが、

教会でその当時、聖歌隊の指揮をしていました。

ソンボンを連れて教会にも行きました。

連れて行くと、教会の人たちが、私がやんちゃなのを知って、

“指揮者さん、若い頃に先走って生まれた息子さんなのかしら”

 

どうして未婚の青年が子供を連れて歩いているのか。

非常に気になっておられるようでした。

 

そしてソンボンの夢が学校に行きたいということでした。他でもなく。

 

平凡な子供たちは誰もが行ける、

時が来たら、当然、入学するそんな学校。

当たり前に通う学校。

ある時は行きたくない学校じゃないですか。

 

でもソンボンは本当に心の底からそんな学校に通いたかったんです。

 

道端でガムを売りながら、物乞いをしながら、

同じくらいの歳の子供たちが制服を着て、朝、学校に行く姿を見ながら

とても羨ましくて、

ふらふらついていったというではないですか。

 

よし!挑戦してみようじゃないか。

芸術高校に通いたいと言うんです。

 

ところが、小学校を卒業しましたか、中学校を卒業しましたか。

 

英語のアルファベットも知らない。

 

先生としての私は・・・私が英語を習った記憶が

to不定詞まで覚えた記憶があります。

思い出せません。ただひたすら音楽だけしてきたので。

<15:05>

完全にこれはもう、なんの準備もできていないではないですか。

 

でも、やってみよう!

 

それで教会である信徒に習い、

私の妻がミスコリアになりそこねたピアニストなんですが。

 

こういうのは自慢しないと。

私みたいなのが、そんな人と、本当に・・・。

 

そして学校の準備をはじめました。

 

中学認定試験の勉強を一年間したんですが、

本当にハングルの書き方から始めました。

 

最初、ピアノの前に座らせたら、ドがどこかもわからない。

 

でもその子にとっては非常に切実だったんです。

私達が当たり前のように手にしているものが。

 

一年で認定試験をパスして、

ついに、芸術高校の試験を受けに行きました。

 

私の妻が、ミスコリアになりそこねた妻が、

試験場に入って伴奏をしたんですが、

終わって、私に電話をかけてきたんですが、

なんて言ったかというと、

ソンボンが今までレッスンしたときより、ずっと上手だったと言うんです。

 

殆どの子供たちはこんな舞台に上がったら、

非常に緊張します。

 

でも、その目が。目をちらっと見たんですが、

自分がここで上手に歌って、金持ちの子供たち、

本当に上手に演奏する子供たち、

数年間レッスンを受けた子供たちよりも自分が上手で打ち負かしたら、

自分がこの学校に入れるんだというその切実さゆえに

本当にこの子のすべてを集中しました。

 

これがどうやって手にしたチャンスなのか。

 

自分が道端でどれほど苦労して生きてきて、

何度となく死にそうになって・・・。

 

何というと思いますか?

 

陸橋に登ると、ここから飛び降りたら痛み無く死ねるかな、

走っている車だけ見ていたら、飛び出してぶつかったら死ねるかな、

水を見たら、飛び込んだら死ねるかな・・・

いつも死のうとしか考えられなかった子供です。

<17:00>

そんな子が試験場でどれほど切実だったでしょうか。

 

私は早朝祈祷もよく通わない、名前だけの信徒なんですが、

(韓国は早朝5時、6時に早朝祈祷をしている教会が多く、

 朝、分厚い聖書を抱えて歩いている人が結構います)

私が自然と早朝に起きれるようになったんです。

 

早朝、教会に行って、膝をつけて祈りました。

私が信じている方に向かって。

 

“今回だけ願いを叶えてくれませんか?”

そんなふうに思いました。

“本当に、これを叶えてくれなかったら非常に冷たいです”

こんな風にも思いました。

 

でも、合格という実が実りました。

 

このくらいになったら、拍手をしてください。

礼をして受け取ります。

 

そんな風にソンボンの学校生活が始まったんですが

本当に順調にはいきませんでした。

 

コミュニケーションの方法を知らないんです。

 

先輩に会ったら挨拶をして、

先生に会ったら、礼儀正しく受け答えして、

友達とはお互いに尊重しあわないといけないのに、

全くコミュニケーションの方法がわからなくて、

友達としょっちゅう喧嘩するんです。

 

そして学校に通っていた時、高校二年生くらいでした。

電話が来たんです。

 

“大学病院なんですが、パク先生ですか?”

“そうですが、なんですか?”

 

ソンボンが足を骨折したと言うんです。

 

行きました。病院に。走っていきました。

 

その理由が、私も知らなかったんですが、

レッスン代や生活費を稼ごうと、

宅急便の会社のバイトをしていたようなんですが

その仕事が深夜の仕事だったんです。

 

夜11時から朝6時まで。

(この間に全国の荷物を一箇所に集めます。

 伝票は機械が読み取りますが、

 全国から来た荷物を出したり、

 また荷物を積むのは手作業で、

 場所が狭いので、非常に高く荷物を積み上げたりします。

 うちの旦那も以前この仕事をしていて、

 一回、見に行ったことがあります)

 

夜通しで仕事をして、朝、学校に行くんですから

学校で勉強になるわけがありません。

 

勉強は本当にできなかったんです、私みたいに。

そんなところまで似てしまって。

でも、歌は上手でした。

 

そんな生活をしていたので、眠気が襲ってきて

バイト中に落っこちて、足を骨折してしまったんです。

<19:00>

その時、ソンボンが私に言いました。

 

“先生、学校はもう良いです”

“なにいってんだ”

“僕なんかが学校だなんて。似合わないです。

 でも、学校というところに行って見れたので

 それで満足です”

 

また道端に行くべきなようです、そんな話をするんです。

 

カーっと来て。

(あまりにも頭にきたという表現で

 悪口を言おうとしたんですが、

 テレビ番組なので我慢されましたw)

 

私はこう言いました。

“ソンボン。大韓民国の男として生きていくなら

 高校卒業証書くらいはあるべきだ”と。

“何が何でも卒業しろ”

 

そうして卒業しました。

 

卒業して、さあ、大学に行こうとしたら、

大学は入学金が高いじゃないですか。

 

大体100万円近くするじゃないですか、最近。

そんな大金、どこにありますか。

 

先生も髪が長いだけで、お金といったらまったく・・・

 

でも、ソンボンが先に

“先生。二十歳になったから、成人になったから

 1年間、稼いでお金をためて、自分の力で学校に行きます”

と言ったんです。

 

それで私は“はー(良かった)”と肩をなでおろしました。

正直なところ。

 

そしてテグに行って1年間仕事をしたんですが、

ブラック業者に会ってしまい、1年間稼いだ稼ぎを

全部取られてしまったんです。

 

私は空を見て言いました。

“これは本当に間違っている”

“この子になんの罪があると、

 生まれた時からこんなに試練と苦痛を

 途切れなく与えるんですか”と。

 

他の子供達はあまりにも幸せに暮らしているのに。

 

その幸せな中にあっても不満とわがままを言って

そんな風にお父さんお母さんたちに対してそうじゃないですか、

最近の思春期の子供たちは。

 

なのにどうしてこの子にしょっちゅうこんな試練を・・・。

 

本当に私はその時、理解できませんでした。

 

そして最後に、ソンボンが本当に死のうとしました。

 

私にこんな風に言っていました。

100回自殺しようとしたと。

<21:00>

健康そうに見えますが、本当に、頭の傷や膝とか、

幼い時に寒いところで寝たために、よく凍傷になって

実際のところ、脱がすときれいなところがありません。

 

突然、数ヶ月間、連絡がつかなかったんです。

 

 

電話をかけてみました。かけたんですが、

その刹那にソンボンが本当に貯水池か川の岸辺から

飛び降りようと、自殺しようとしたその直前でした。

 

そこにその時私が“しつこく”ではなく、

偶然、電話をしたんですが、その電話を受けたんです。

 

ソンボンがこう言ったんです。

 

“先生、申し訳ありません”

そして、電話を切ったんです。

 

でも、その申し訳ありませんというその声がですよ。

 

本当に人が苦しくて、もしくは人が本当に力なくいう声と、

自殺直前の人の声とは違うんです。

 

本当にぞくっとするほど、私の胸にぞわっと来るほど、

その声が聞こえたんです。

 

それで私は本当にその瞬間、

“大変だ、何か大変なことが起こる”

と思って、また電話をしました。

 

“ソンボン、お前、どこだ”

 

“先生、本当に申し訳ありません”とまた切るんです。

 

ガタガタ震えました。

また電話をしました。しつこく。

 

“ソンボン、先生がお前に話したいことがあるんだけど、

 一回だけ会わないか?”

 

気になるじゃないですか。

死のうというのに先生が何か話したいことがあるなんて。

でも、ソンボンの心の中はわかりません。

 

でも、生きてきて、先生という人に音楽を習って

本当に愛されたことのない人は誰かを愛することはできないんだそうです。

<23:00>

でも、先生が、ちょっと怖そうにみえるけど、

思ったよりも情があって、温かい人なのに、

死ぬ前にその人の顔を見て死のうとでも思ったんでしょう。

 

それで来ました。私に。

 

でも、私は何も言うことがなくて、言った言葉が

“お前、ちょっとオーディションに出てみないか。

 コリア ガット タレントという世界的な番組があるんだけど、

 それが1位が3億ウォン(3000,万円相当)らしい”

 

言うことがなくて言った言葉なんです。

 

笑い事ではないのに、笑われますね。

 

でもソンボンが私に言いました。

ソンボンは言葉を回りくどく言えません。直球です。

テレビ番組でも直球です。

本当に先生に向かって生意気にも、

先生がオーディションに出ろと言っているのに、

本当に話しにならない話をしないでください、と

こんな風に私に言うんです。

 

叩かれようとでも。

 

それで、Nella fantasiaという歌があるんだけれど、

私が当時、公演をしながらよく歌っていた、

さっき、私が最初に歌った歌です。

 

“これを歌ってでなさい”

 

そして、一月くらい。

 

1年間、高校を卒業して歌を歌っていなかったんですが、

一月、Nella fantasiaだけ習って出ました。

 

まさか、大韓民国5万人の中の1位になれるなんて

思いもしないで出たんです。

 

ところが、その日、予選の日に、

出ないと言うんですよ。

 

非常に体調が悪くて。

 

さっき見られたでしょう。

ぐちゃぐちゃの頭に、目はまったく生きていません。

 

 

(これかな)

 

熱は40度あって、そんな風に体調が悪いソンボンを

(車に乗せて連れてきて)、駐車場で、早く行け、と。

 

行って、帰ってきたんですが、

私にこんな風に言うんです。

 

“先生。僕が歌を歌ったんですが、あそこにいらっしゃる人たち、

 そして審査員の人たちが泣かれたんです”

 

“お前が歌を歌ったのに、なんで泣くんだ?”

私はその理由がわかりませんでした。

 

<コマーシャル>

 

そして2011年6月4日。

その放送が流れて、

それから信じられない、奇跡みたいな事が起こり始めました。

 

本当に全世界の放送局から電話が来ました。

 

アメリカCNN、イギリスBBC、日本NHK、

本当に韓国の少女時代も出られない放送局・・・

昔、幼いころにゴルフの大会で見た放送です。

(韓国のゴルフ選手が世界で活躍しているため)

 

オバマお兄様が出られている、そんな番組で

メインでソンボンの話を扱っているんです。

 

なんだこれ?

 

韓国の放送局はもっと大騒ぎでした。

 

なんだこれ?

 

ソンボンが夜を明かしました。

その放送があった日。

 

早朝、目を真っ赤にして・・・

 

その後、ずっと予選を上がっていって、決勝に来て、

最後に準優勝しました。

 

私が一番前に座っていたんですが、

みんな、ソンボンが一位になるだろうと言っていたのに、

準優勝したんです。

(準優勝者は賞金など、ありません)

 

その時、また初めて、10分間、泣きました。

 

“本当にこれは間違っている。

 ここまできて・・・”

 

でも、ソンボンが私にこんな風に言うんです。

 

“先生、泣かないでください。

 僕が2位だった理由は、これから頂上まで

 もっと努力して登りなさいということで2位をくださったんですよ”

 

あの幼い子が私に説くんです。

私は本当にぽけらっとしました。

 

そんなふうにしてソンボンが世の中に出てきました。

 

自殺を100回近く試した子が、

捨てられた子が、

道端で虫けらほどの扱いも受けなかった子が、

世の中にそんな風にして出てきたんです。

<27:00>

それで多くの人がこんな風に言われます。

 

お母さんたちは

“ごめんね、ごめんね”

 

本当にたくさんに人たちが激励の電話をしてくれました。

(が、その影に、本当に孤児だったのか、

 道端で現代、そんな風に暮らしている孤児がいるのか、

 作り話なのではないかと

 特に韓国内で徹底的に調査されたそうです。

 自叙伝の半分はその証拠書類で埋まっているそうで、

 ソンボンさんは海外のメディアの方がずっと温かいと言っています)

 

その後、本当に青瓦台(大統領官邸)で

アメリカで、ヨーロッパで、東南アジアで、

全世界で歌うようになりました。

 

数日前、私が先々週に、私がある地方で公演をしていたんですが、

ソンボンとメールをしていたんですが、

“おまえ、どこなんだ?”

と聞いたら、

“僕はシンガポールです”

というではないですか。

 

先生が韓国を守っているから(心配するな、という意味)、

靑出於藍という言葉があるじゃないですか。

(師匠より弟子が秀でるという意味)

弟子が成功しているので、胸がいっぱいです。

 

あの子がそんな風に世の中に出てきて、

多くの人にとって、希望のアイコンになるなんて、

私は想像もつきませんでした。

本当です。

 

私が皆さんに言いたいのは、

少なくともここにいらっしゃる方々は

ソンボンより生まれも生きてきた環境も

大変だった方はいないと私は思います。

 

いらっしゃったら手を上げてください。

 

ソンボンはおばあちゃん、おじいちゃんの顔も見たこともなく、

家族が誰もいません。

(歳と名前がわかったのは、ある日、警察に行ったら

 照会できると教わって

 そして戸籍を探し出したんだそうです。

 その時、保護者がいたのかはわかりません)

 

でも、その子も自分の夢のために

切実に、何度も何度もしがみついて、

世の中に出てきました。

 

それでお陰で世の中の人達は私に向かって、

新聞にこんな風に載りました。

 

才能寄付の達人・・・サリバン現代版・・・

 

ですが、本当に恥ずかしくて仕方がありません。

そんな話が出るたびに。

 

私がしたのは、お金もなかったといったじゃないですか、少しも、

性格はおかしいし、

私が持っているものといったら、歌をうたうこと。

歌をちょっと教えてあげて、

そしてジャジャン麺を食べる時に、もう一皿頼むこと。

 

ソンボンの癖が何かわかりますか?

 

12時に私と食事します。ジャジャン麺を。

そして1時に誰かが聞きます。

“ソンボン、ご飯食べた?”

すると

“いいえ”

そしてまた食べます。

<29:00>

2時に誰かがご飯食べたかというと、いいえと言って

また食べます。

 

3時になったらトイレに行って、スプーンを突っ込んで

吐き出していました。

 

その理由が幼い時に道端で

誰かが自分に好意で

“お前、ご飯食べたのか?”

と聞くと、ご飯をその時食べないと

自分が何日食べれないかわからないからそうなんです。

 

そんな子供でした。

 

私がこのストーリーを全部話をしようとしたら

皆さんと一緒に夜を明かさなければなりません。

 

それでソンボンの本があります。

 

“無条件生きろ、一度きりの人生だから”

 

その本の最期をソンボンと私がどこで終わらせたのかというと、

ソンボンがニューヨークでしました。

ニューヨークで。

 

自慢しようと言ったのにな・・・。

(観衆の反応があまりなくて^^;;)

 

田舎の音楽家と道端にいた子供が

ニューヨークで最後、ゲストハウスで、本の最後のページを書きました。

 

そして私が一番最初に読みました。

 

私を悪い奴として書いていましたよ。

 

皆さんは私がソンボンを助けたと思っているでしょうが、

私がソンボンから学んだことがもっと多いです。

 

もし、私がソンボンに出会わなかったら、

ただただ自分ひとりうまくやろうと、歌だけ

そんな風に過ごしていたでしょう。

 

今みたいに沢山の人の前で私みたいな人間が

壇上に上がる理由がなかったでしょう。

 

私はそんな風に思います。

 

“分け与えることは祝福の近道だ”という、

私には似合わない名言ですが、皆さんに植えてみたいと思います。

 

 

 

 

~~~~~

 

このあと、ご自分のお話とか、

成功するには何が必要か、という話をされています。

 

 

私はこの映像の他にも二、三個、ソンボンさんに関する映像を見たので

この映像にはないエピソードも加えてみました。

 

中でもショックだったのか

嘘じゃないのかと徹底的に調べられたという話。

 

確かに、最初に出た番組で、

独学で音楽の勉強をしたと言っていますが、

実際はこの方に教えてもらったりとか

学校に通ったりとかしていましたからね。

 

やっぱり何もない素人がいきなりオペラが歌える、

という衝撃が番組を通して感じられるので、

ちょっと大げさに言い過ぎたのかなという部分もあります。

 

ただ、ソンボンさんが意図して嘘をついたとかではなく、

彼の中ではそのまんま思ったことを言っただけなんだろうな、

というのが、

またこの先生の話から伺えます。

 

それも非常に冷たく調べられたそうで、

ソンボンさんはそういう扱われ方に慣れているから

それほどその話を表立ってされませんが、

海外に行った方がずっと暖かく迎えてもらえる、

というのが、韓国の現実をまざまざとみせているな、

と思いました。

 

2011年のことなので、

今はもう少し、韓国も良くなってきていますが

誰でも、どんな人でも

同じ人間なんだという認識が

必要だと思わされる一件です。

 

 

そして、何度となく自殺をしようとしてできなかった、

たぶん、やってみたこともあると思います。

それだけ絶望の中で生きてきて、

その中で見つけたたった1つの光。

 

それも降ってわいたのではなく

自分で掴み取っていったソンボンさんは

本当にすごいなって思います。

 

韓国ではあまり見かけませんが

海外で活躍しているんだろうな、と思います。

 

そしてこの先生も

非常に平凡でどこにでもいる青年ですが、

目の前に現れた少年を通して

ものすごく成長されてよかったなって思います。

 

普通、音楽家なんて、なかなか食べていけないですからね。

 

正直に、その時その時で、自分ができる精一杯を

ソンボンさんにやってあげている。

 

それってそうするしか無い状況だけれど、

それでも何度も何度も助けるって

難しいことだと思います。

 

先生もすごいなって思います。

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