等々力渓谷へ行く・・・の巻 | 乾パンのブログ

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一時の猛暑に比べて気温自体は下がり気味の最近の東京ですが・・・

変わって湿度が高くなっているので、発汗が著しくて、これはこれでなかなか辛いですな汗


昨日は午後から世田谷区にある等々力渓谷に行ってみました走る人

東京23区内にある唯一の渓谷として、結構有名ですね。

前々から行きたいと思っていました。


なお、多摩川を挿んで、東京都側と神奈川県側で同じ地名が結構多いのですが、等々力も代表的な一つ。

かつての多摩川はもっと南側を通っていて、神奈川県側の等々力緑地も東京府(当時)でした。

yahooの航空写真で見ると、等々力緑地南側の旧河床跡が何となく分かりますひらめき電球



東急大井町線等々力駅前の「ゴルフ橋」が等々力渓谷の出発点。




かつて(昭和戦前期)この辺りにゴルフ場のあった名残だそうですが・・・

赤い上路式のアーチ橋。


美しい橋ラブラブ!




等々力渓谷を貫く谷沢川。

その川縁は遊歩道として整備されていますね。




様々なセミの鳴き声でうるさいうるさい音譜

湿地帯ですが案の定、ヤブ蚊が多いので、虫除けが必要だったり・・・




でも、涼しくてこりゃ良いやラブラブ!


ただ・・・積雪している等々力渓谷の情景をふと想像してしまって・・・

今度は大雪降った時に行くことにしようべーっだ!




不動の滝。

湧水が浸み出した滝なのですが、大雨があった後なので、比較的流量は多いのだろうかはてなマーク


かつてはもっと流量が多くて、轟く滝の音から「とどろき」と名付けられたと言うことですが・・・

まぁ、あっちこちから湧水がわき出ていて、これが等々力渓谷の豊かな自然を支えているのは間違いないビックリマーク



等々力不動尊(満願寺)

弘法大師さん(空海)の偉績(稚児大師御影堂)があったりと、真言宗のお寺のようですね。




等々力渓谷(谷沢川)は、多摩川左岸側(東京側)の河岸段丘(いわゆる、国分寺崖線)を

垂直に貫いて流れる、かなり特異な地形とも言えます!?


どうも谷沢川の最初は国分寺崖線を穿いて多摩川に至る短い川だったようで、

それが崖線を削っているうちに河岸段丘を突き抜けて反対側に出てしまった・・・


で、そこにあった九品仏川の流域を奪い、かつては呑川方向(東川)に流れていた川を、

多摩川方向(南側)に誘導してしまったと・・・

こういうのを「河川争奪」というそうです。


国土地理院関東地方測量部さんのサイト6.谷沢川の河川争奪 を参照。






等々力渓谷を下って多摩川に向かう谷沢川。


用水路状に極端に深くて狭い。

こういう川は、一旦大雨が降ると容易に増水する上に落ちたら助からないし、かなり怖いショック!




谷沢川と丸子川との「交差点」


河川で交差点とはおかしな話ですが、丸子川は江戸時代初期に人工的に掘った六郷用水の跡ですからね。

江戸期は谷沢川の上を石樋を渡して跨いでいたそうです。




現在は丸子川の流水を全て谷沢川に落として、そこから揚水して再び丸子川に戻す方法を取っています。

ここ以降の丸子川は「要らない川」ですが、今は都市部の景観保全や環境対策としての意味合いでの

存在なのかなはてなマーク




多摩川との合流点、堤防に設置されているのが、玉川排水樋管。

今は立派な樋門ですが、かつては管路状の簡単な施設だったのだと察します。


本流(多摩川)が増水した場合、樋門を閉じないと支流(谷沢川)から堤内に洪水となって押し寄せますから、

非常に重要な構造物ですねチョキ




多摩川に さらす手作り さらさらに 何そこの児の ここだかなしき

「多麻河泊尓 左良須弖豆久利 佐良左良尓 奈仁曽許能兒乃 己許太可奈之伎」


古代の人々が万葉仮名を使ってくれたからこそ、古代日本語の使い方(=現代日本語との繋がり)が分かるわけで、ホントに有り難いことですm(u_u)m