旅の朝に | 風紋

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鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

粗末な隊商宿の部屋で目を覚ますと隣の部屋はすでにもぬけの殻だった。
中庭に出てみると臣下ふたりはすでに忙しく立ち働いている。
「若、お目覚めになられましたか。」
老人で朝が早いフーにあわせてそうなったのか、ランファンはいつも起きて
すぐからシャキシャキと動き回る。
危険がない時と場所ならば、ここぞとばかりなるだけ長く寝ていたいリンが
起き出す頃には彼女は既に臨戦態勢。
いつでも不急の事態に対応できますといわんばかりの頼もしさだ。
(少しは寝ぼけた無防備な姿も見たいもんなんだけどな。)
内心苦笑しながらリンは顔を洗いに水場へと向かう。


「リン様動かないで下さい。」
抑えた声で動きを制され何事かと身構えているとランファンのクナイが傍の
小さな藪のなかへ突き刺さった。
キイキイという啼き声がして、彼女が掴みあげたのは鼠のような小獣。
「朝のおかずが一品増えました。」
心底嬉しそうににっこり笑う姿には半ば呆れつつ微笑み返すしかない。
「フーも喜ぶな。」
「はい!」
たき火のほうへ小走りにとって返したランファンは、フーに獲物を渡すと
かわりに水桶を持たされ戻ってくる。


ふと気づくと宿の壁面から大きな蜘蛛が這い下りてくるのが見えた。
壁ぎわを歩いてくるランファンはそれに気づいていない。
「ランファン動くな。」
音をたてて壁に手をつくと蜘蛛はおどろいてまた上へと戻っていく。
俺の視線の先を見てランファンはなんとか事態を悟ったようだ。
「あ、ありがとうございます。」
戸惑った声。目は驚きにまるく開かれている。
そして、それが恥ずかしげに伏せられた。
期せずして俺の手は彼女を壁ぎわに追いつめたようになっていたからだ。
顔が、近い。
「あ、えっと、もう動いていいし。」
思わずそう言って離れると明らかに彼女はホッとして水桶を取り落とす。
「あーもう、ほら。」
水桶を手渡すとランファンはふわりと照れたように笑った。
「先に使うよ。」
なんだかまぶしくて見ていられず、リンは手荒く井戸水で顔を洗う。


―――ヤバいな。
あんな顔されたらよからぬことを考えてしまうじゃないか。
今さらながら彼女を臣下に持つことの隠微さに思いが向かう。


動くな。そう命令したなら彼女は当然のように従うのだ。
音を立てるなと命令したなら、声もあげずじっとしているだろう。
目をつむれと言えば、大人しく目を閉じて待ち続けるはずだ。
他ならぬ俺への信頼で。


だからこそランファンのあのまぶしいような照れ笑いを思う。
―――あれを見られなくなるようなことはできないな。まだ、今は。



濡れた顔を手巾で拭いながらリンは兆した思いを圧し込める。
雲煙に満ちたシンの朝と違いカラリと晴れた空はどこまでも青い。
乾いた大地を往く旅はまだ始まったばかりだ。





あとがき:


pixivで『壁ドン』が流行するはるか以前に書いていたネタです。
お蔵入り作品に、現在書き途中の小説からの逃避で手を入れてたら先に
完成してしまいました。
男女の主従というだけでエロいよね、と言いたかっただけです。(笑)
動かないで、って言うだけでエロいよね、と言いたかっただけです。(笑)
残念なことにこの作品中では何も起こりませんでしたがどなたか、
うごかないでだまってめをつむって、とランファンに囁いてるリン下さい。
おねがいします!!