黄金(きん)のおとこ | 風紋

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鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

むかしむかしあるところにきんのおとこがおりました。
瞳も髪もおひさまの光のような金色で、血までもが金でできていました。
おとこのすがたはふつうの人とかわりませんが、ナイフで刺されても
首をしめられても崖からおちても、体のなかの金の血は流れ出すことなく
ふわりと光るとたちまち傷がなおり、死ぬことがありません。


おとこはもうずいぶん長いあいだ生きていました。
自分の年を数えることも、いつの頃からかやめてしまっていました。
あんまり長く生きたので、おとこがどこで生まれてどこから来たのか
知る人はひとりもいません。
おとこはどこへでもふらりとあらわれ、そしてあるときまたふらりと
どこへともなく去ってゆくのでした。



あるとき、おとこはおおきな砂漠をさまよっていました。
かわいた大地がどこまでも続いて熱い砂嵐がまきあがり、おとこの体を
じりじりと灼きつづけました。
おとこは渇きでうごけなくなり地面にたおれましたが、おとこの体のなか
の血がふわりと光っていのちをつなぎました。
やがて砂漠を旅する隊商の一行が近くを通りかかりました。
おとこは一行にひろわれ、かれらの国へと行くことになりました。


あるとき、おとこは荒野のなかのまちで金物細工をして暮らしていました。
おとこのつくる燭台やかざりものはうつくしく立派だったのでひとびとの
評判になり、まちは商人たちでにぎわいました。
しかしあるとき、おそろしい盗賊たちがやってきてひとびとを襲いまちに
火をつけてすべてを奪っていこうとしました。
おとこはナイフで胸を刺され地面にたおれましたが、おとこの体のなかの
血がふわりと光ると傷がふさがり、また立ち上がりました。
「てめえ、いったい何者だ?」
盗賊の頭領はおどろいてしりもちをつき、あとずさりしながら言いました。
「わたしは・・・」
おとこは自分のてのひらへ目をおとし、口ごもったきりでした。
盗賊たちは気味わるがってみなわれさきに逃げ出しました。
まちのひとたちはおとこを遠巻きにしたまま近づこうとしませんでした。
おとこはただ黙ってまちを立ち去りました。


あるとき、おとこは山のなかのむらで薬草をとって暮らしていました。
おとこのとってくる薬草はさまざまな病気によく効いてひとびとの評判に
なり、むらは病をいやす人たちでにぎわいました。
しかしあるとき、むらを支配しようと隣の国の軍勢がやってきてひとびと
をいたぶり追いつめました。
おとこは崖から落ちて地面に叩きつけられましたが、おとこの体のなかの
血がふわりと光ると潰れた体が元に戻り立ち上がりました。
「きさま、いったい何者だ?」
将軍はおどろいて馬から落ちそうになり、ふるえながら言いました。
「わたしは・・・」
おとこは自分のてのひらに目をおとし、口ごもったきりでした。
軍勢は散り散りになり逃げ出しました。
むらのひとたちはおとこが仙術を使ったのだとうわさしました。
おとこはただ黙ってむらを立ち去りました。


あるとき、おとこは都の王宮で学者として暮らしていました。
おとこの教える風水術や医術はくわしくふかい見識をもっていてひとびと
の評判になり、王宮は学を志す者たちでにぎわいました。
しかしあるとき、王を倒そうとする結社が立ち上がって反乱を起こし
宮殿を壊して王都を占領しようとしました。
おとこは砲弾を受けて頭のはんぶんを吹き飛ばされましたが、おとこの体
のなかの血はふわりと光ると欠けた頭が元に戻りました。
「おまえはいったい何者なのだ?」
王はよろけながら玉座にすがって立ち、目を剥いて言いました。
「わたしは・・・」
おとこは自分のてのひらに目をおとし、口ごもったきりでした。
王宮のひとたちは、おとこがこの世のものではないとうわさしました。
おとこはただ黙って王宮を立ち去りました。


あるとき、おとこは世捨て人となって暮らしていました。
おとこは人目を避けるようにひっそり住まい、誰とも交わらずにいました。
しかしあるとき、おとこの死なない体のうわさを聞いた教団がやってきて
おとこに教祖になって自分たちを導いてくれとすがりました。
体のひみつを教えてくれ、その力をわけてくれと言い募りました。
おとこは逃げるようにそこを立ち去りました。



おとこはどこまでも行きました。
遠くへ。また遠くへ。
山があれば登り川があれば越え、やがて海に出ると港から船に乗り航路を
渡ってはるか遠い国へと向かいました。
遠い国の港につくとおとこはまたどこまでも行きました。
人交わりをしようとはしませんでした。
仲よくなってもみな先に死んでしまいますし、そんな頃になるときまって
老けないおとこをあやしむ人がでてくるからです。
おとこは山の中に開拓されたちいさな村で、草や樹や風や虫たちだけを
ながめて暮らしました。



そんなあるとき、おとこは栗色の髪のむすめに会いました。
ひとめ見ておとこはむすめに心をうばわれました。
かがやく瞳や風になびく髪をいつまでも見ていたいと思いました。
羊を追うむすめが手綱をふりきって逃げてきた馬に蹴られそうになった時
おとこはそれをかばって額をかち割られました。
むすめは身代わりになって倒れたおとこを見て悲鳴をあげました。
おとこの体のなかの血はふわりと光ると額の傷が見る間に塞がります。
むすめはおとこに言いました。
「あなた、何者なの?」
「化け物だよ。」
「こんな優しい人が化け物なわけないわ。おかしなこと言うのね。」
むすめはくすくす笑います。
「この体は死なない呪いを受けているようなもんなんだ。」
おとこはうなだれながらしぼり出すように体のひみつを打ち明けました。
「つらかったのね。」
むすめは話を聞き終わると言いました。
「でも、わたしはよかったわ。あなたが死んでしまってたらこうして
会えなかったもの。」
それを聞いて、おとこは涙を流して泣きました。
むすめはだまっておとこが泣き止むまで手を握っていました。


おとこはむすめと一緒に暮らしはじめました。
やがてふたりのあいだには元気な男の子がふたり生まれました。
おとこははじめてずっとここで暮らしたいと思いました。
しかし年月がたち赤ん坊が歩きだししゃべるようになっても、おとこの体
はすこしもかわらず年をかさねることはありません。


おとこは金の血を捨てる決心をしました。
何年もかけてほうぼうに、金の血の呪いを解くための旅を続けました。
ながく生きてきたおとこにはほんの少しの時間でした。
でもふつうの人には長い時間でした。
そのあいだに栗色の髪のむすめは病気で死んでしまったのですから。
もうすぐ呪いを解くことができる、その時に大きくなったふたりの息子に
巡り会っておとこは彼女の遺言を聞きました。
「ごめんなさい。先に逝きます。」
おとこは涙を流して泣きました。
金の血の呪いは大がかりでしたが、ふたりの息子の力を借りておとこは
何度も死んではよみがえり呪いをかけたものを倒しました。
そうして黄金(きん)のおとこは、やっと力つきおとろえて死にました。
死に顔はとてもうれしそうにほほえみを浮かべていました。




あとがき:


Neonさんの年末企画おしながき時点での惹句、
「ホーエンハイムがトリシャに出会うまでを外国の物語風に」を想像したら
『100万回生きたねこ』が浮かんでしまった結果できたssです。
Neonさんの『一滴』はホーエンハイムが軸の壮大な叙事詩で圧倒される
力強さと厚みの作品でしたが、こちらはなんか残念なパチモン感が・・・
古い物語らしい雰囲気が少しでもあらわれているといいのですが。


何度も生を繰り返すといえば、「軍幹部の子どもとして50年以上前から
国の中枢近くにいた」セリム=プライドも似ていますよね。
何度も家族ごっこを繰り返した彼の物語もじつはすごく気になってます。
セリムの物語を書いてくれる人はおりませんかね?