黄色い花 | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

出立の時刻が迫っているのにふいに消えた俺を、ランファンはまたおろおろ
しながら探しているだろうか。
旅程がすすみ砂漠に入って面をつけることをやめさせてから、彼女の表情が
変わるのを見るのが楽しくてつい何かとしょうもないことをしては、困らせ
たり心配させたりしてしまう。


子どもじみた振舞いだと自分でも思うが、こんな他の者の目を気にしなくて
いい暮らしは幼子の頃以来だからだろうか。
子どもの頃に庭園の隅で遊んでいてかなへびを見つけ、手のなかに隠してお
いてランファンの眼の前で放して驚かせたことがあったけど、それと似たよ
うないたずらっ気が抑えられない。
それに、知らない町で誰も俺のことなど気に留めずそぞろ歩いている市場を
ふらつくのは楽しくて、特に用はなくても見てまわりたいのだ。


珍しいものを見つけたら、それをランファンに見せてやりたい。
でも彼女はほんの小さな小物でも与えられたなら恐縮し、時には「いただけ
ません。」と本当に申し訳なさそうに辞退するから、そんな遠慮のいらない
物といえば食べ物ばかりで。
「一緒に食べよう。」と言えば、慎みぶかく「お相伴してよろしいですか。」
と断ってから包子や果物や菓子などを美味しそうに頬張るのだけど、今日は
そんなものとは違うものを、俺は彼女にあげたかった。



砂避けの植樹が並び驢馬の曳く荷車があちこちに停まった表通りは、布屋や
鶏屋、青物市に籠屋、飾り細工店などで、もう見てまわってしまった。
それならと先ほど昼食を食べた店のある通りとは別の小路に入ってみると、
食べ物の匂いとは違う、何か甘い香りがしている。
誘われるように香りのするほうに歩いていくと、そこにあったのは小さな
黄色い花をたっぷりとつけた樹だった。
淡い可憐な色で、葉に隠れるように咲いているのであまり目立たない。
しかし甘く爽やかな香りは思わず陶然とするほど心地よかった。


手を伸ばし、枝を折ろうとしたがあと少しで届かない。跳躍すれば届くが
今度は枝がしなって上手く折れず、どうしたものかと思っていると市場の隅
で遊んでいた子ども達が俺のすることを面白がって集まってくる。
口々に何か言っては笑って跳ねて、俺の真似をしているらしい。
「よし、俺の手伝いをしてくれないか?」
すばしっこそうな顔の男の子に手振りで枝をとってくれと頼み、肩車をする。
頭のうえで声をあげてはしゃぐのを支えて張り出した枝の下に導くと、何度
か失敗しながらもひと枝を折りとってくれた。


手折られた枝を顔に近づけると花の香りはさらに甘く、知らぬうちに目を
閉じてゆっくりと味わいたくなるような芳香だった。
「この花、なんていうのかな?」
言いたいことは通じたと思うが、子どもたちの答える言葉は甲高い声で口々
に言うせいかちっとも聞き取れず苦笑していると、通りがかった商人が流暢
なシン語で言う。
「兄さんそれは『砂棗』だよ。」
「へえ、これが。」
「秋には甘い甘い実がなるよ。その頃またここに来るといい。」
―――秋、か。
その頃には賢者の石を手に入れてシンへの帰途を辿っているだろうか―――


商人と子どもたちに礼を言ってスナナツメの枝をかつぎ、馬と駱駝をつないだ
町はずれの宿営地へと足を速めた。
いい加減戻らないと心配性なランファンだけでなくフーまでが俺を探して
大騒ぎになってしまうだろう。


いつものように「どこに行ってらしたんですか!」と涙目になって詰め寄る
ランファンになんと言ってこの花を渡そうか。
くすぐったいようなそれでいて浮き立つような気分がさらに足を軽くする。
甘い香りのこの花の枝はきっと彼女に似合うだろう。
次の町までまたろくな色彩もないだろう砂漠の旅だけれど、彼女の馬の手綱
にこの花が括られていれば殺伐とした景色も和らぐに違いない。
それとも一輪だけ花の小枝をとって髪に挿してやろうか。
困った顔をしてそれでも断れない彼女の赤く染まる頬と、髪に移る花の香り
を思うと口元がゆるむのをおさえられない


「若!」
ランファンの声が聞こえる。その声に向かって俺は花の枝を振って応えた。






あとがき:拍手お礼ssサルベージ。

      スナナツメの花はシルクロード自転車旅行記に出てきたのを

      覚えていたので使いました。

      旅先の開放感で無邪気に楽しそうな若の姿が気に入ってます。