帰り道 | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

別れは突然すぎて感傷的になる暇もなかった。
火薬や硝煙と土埃の匂いがたちこめる中ではロマンも何もないけれど。
戦いが終わって、アルフォンス様がガリガリの体で、でも元の生きた人間
の体で戻ってきてくれて、安心したのも束の間ヤオ家のリンに連れ去られ
るようにしてシンへと帰ることになった。
もっとアル様と一緒にいたかったのに。
国の一族のためには皇帝が存命のうちに帰らねばならないし、国家転覆に
なりかけたアメストリス動乱にシン国の皇女が関わったなんて知られたら
とんでもないことになるから急いで帰らねばならないのはわかるけど。
でも、私が一度は手にしかけた賢者の石をまんまと獲っていったこの男に
抱きかかえられてアル様の目の前から連れ去られるのは、ものすごく

不本意だった。



「おろしなさいよ!」
決然と抗議したのに、リンときたらへらへら笑って受け流すだけだ。
「おまえ足ケガしてるだろー。無理すんなよ。」
確かに何度目かの爆発でガレキの下敷きになって足が痛い。だけどこんな
無造作に小脇に抱えるなんて私は穀物袋じゃないんだから。
「だからって皇女に対してこの扱い、失礼じゃないの。ちょっとアナタも
この人に言ってちょうだい!」
「ムダだ。若が決めたことに私がとやかく言えるものではない。」
助けを求めたのに、護衛の女は無愛想だ。
「なによ使えないわね、ヤオ家の犬!」
「・・・ヤオ家だけじゃない。この先私が仕えることになるのは。」
すこしの沈黙の後に呟かれた言葉の意味を思うと悔しさがよみがえって
きて涙が出そうになり唇をかんだ。


「そういうことだ。観念して休めるとこまでおとなしく運ばれとけよ、
チャン家の皇女。」
「私にはメイという立派な名があります。」
噛みしめた唇をつきだすようにして言い返したけれど、それに対して返っ
てきたリンの言葉は
「あぁ思い出した。下のほうのあのあたりの子たちの名前、何度聞いても
忘れるんだよなー。そうか、メイだったっけ。」
その、あんまりな言い方にはもう憤慨するしかない。
「んまあっ、失礼じゃありませんこと?」
「ごめんごめん。でもこれで名前と顔覚えた。『お嫁さんにならない?』
って声かけて『異腹妹になにを寝ぼけたことを。』って怒られる回数が
おかげでひとつ減ったよ。」
「・・・まったく。『ヤオ家のバカ皇子』って噂はホントですね!」
すさまじい殺気が隣で立ち上がり護衛の女がクナイを構えて見せつける。
「貴様、若に向かってなんて口を!」
「やる気ですか。いつでも受けて立ちますよ。」
リンの気がそれた拍子に腕からするりと抜けて地面に立ち構えをとる。
「シャーッ!」
シャオメイも頭の上に駆け上がり同じ姿勢をとった。
「ランファン。」
まゆをひそめてリンは護衛の女の名を呼ぶ。そのひと言だけで護衛の女は
クナイをおさめ、すごすごと引き下がった。
いい気味だ。シャオメイは一瞬で終わった対決にわけがわからずきょとん
としていたけど。


リンは頭のうしろで手を組み伸びをしてすっかり休憩の態だった。私たち
のケンカを何と思っているのかしら。そう思っていると笑った顔のまま、
妙にまじめな声で彼は言う。
「俺は女の子と戦うシュミはないよ。たとえ政敵でもね。」
「随分と甘っちょろいお考えですこと。女だからといってあなたを害する
力がないと思ってたら大間違いよ。」
「その通り。だから懐柔するの。相手がどう出るかわからなくても『お嫁
さんにならない?』って言ってればまず害意がないって伝わるだろ。」
「あなたが節操なしだってこともね。」
そう皮肉を返してもリンはまるでこたえていない。
「それで争いが回避できるなら安いもんだろー。ついでに見込んだ男には
『俺の部下になって国を治めてみない?』って言ってる。」
「呆れた。あなた能天気にもほどがあるわ。」
「おまえは必死だったんだろ。」
そう言ってぽんと頭に手を置かれる。いたわっているつもりなのか、その
手はやけにやさしくて思わずの胸がぎゅっと詰まった。



まだ土埃はおさまらなくて、いくらか傾きだした陽の光のなかにうっすら
とたちこめている。この中央指令部の中は秩序を取り戻しつつあるようで
がれきの撤去と救助にみなおおわらわだ。
「おい君たちケガしてるんじゃないか?救護テントに行きなさい。」
通りかかった兵士が私たちにそう声をかけてきた。装備からして中央軍の
兵のようだった。面倒なことにならないかとつい身構えてしまっていると
ヤオ家の二人は私を隠すように立ちはだかって兵士に言い返す。
「やだネ。かわいい妹をむさ苦しい軍人なんかに手当てさせられるカ。」
「さっきむこうで応急処置を受けて帰るところでス。ありがとウ。」
中央兵は苦笑して通り過ぎた。やりすごすための芝居をとっさに出来るこ
とに感心していたら
「ほら乗れよ。」リンはしゃがんで背中を向けてくる。
「早くおぶされ。あやしまれたらことだ。」
護衛の女が小声で囁き背中を押して促すから言うとおりにするしかなかっ
たけれど。
「うー、なんかこれも屈辱的だわ。」
「いいかげん機嫌なおせよー。」
リンは困ったように情けない声をあげる。
「こんな姿、国の一族には見せられないわよ。」
「おんぶくらいいいだろう。兄妹なんだからさ。」
それを聞いてなにか不思議な感じがした。きょうだいなんて他族の異母兄
弟しか知らないしそれはみんな競争相手でしかない。でもこの男は本当に
異族の私を守ろうとしているみたいだ。
そう思うと、メイはただ黙って大人しくリンの背中にしがみつくことしか
できなかった。



中央指令部の敷地の隅まで来たところでリンは立ち止まり物見台に上がっ
て、まだ騒然としている市街の様子を見て言う。
「さて、この先どんな手使ってセントラル市街から抜け出すかね。」
「なんで普通に行けないわけ?」
「ほら一応犯罪者だし。大総統殺害関与及び賢者の石密持ち出し。」
へらへら笑顔でとんでもないことを告げるリンに、深刻さより呆れる気持
ちが勝ってげんなりしてしまう。
「・・・私の知らないところで何があったのよ。」
「俺は正門前でブラッドレイとやりあって奴を堀に落としたのを中央兵に
見られてる。」
「あの賢者の石は私がブラッドレイから奪った。スカーが奴にとどめを
刺したところに行きあわせて。」
護衛の女の告げる思わぬ事実に私は驚いた。
「スカーさん、無事だったんですか?!」
「ひとりで動けぬほどの深手を負っていた。しかしブリッグズ兵が救護に
あたっていたからおそらく生きているだろう。」
「・・・生きてるんだ。」
逆転の錬成陣が発動したから彼がそれを成し遂げたことはわかっていたけ
れど、その後の爆発と混乱に彼のことを忘れていた。
(お別れのあいさつもできなかった。)
今さらだが、この国で一番の恩人は彼だったのではないかと思えてくる。
「スカーさん・・・」
行方不明になったシャオメイを一緒に探してくれた人。
地下の合成獣の群れからケガした私を守ってアル様と逃がしてくれた人。
一族のために自分の国に戻れ、この国の危機は己れたちでなんとかすると
諭してくれた人。
彼は国から虐げられた民族なのに、命がけで国の危機を救ったのだ。
「すごい錬金術師だな、あの男は。」
「そんなの言われなくても私のほうがよく知っています。」
物思いを護衛の女の言葉にさえぎられてついきつい物言いをしてしまった
けど、彼女はそれ以上は何も言わなかった。
「そうだな。おまえは錬丹術師だもんな。」
リンはわかった風な顔をしてうなずいている。
生き残ったスカーさんは、これからこの国でどうなるんだろう。
殺人犯として収監されるのか、あのしぶとさでまた逃げおおせるのか、
とにかく生き続けていてほしい。
メイはそれだけをただ、彼をこの世に繋いだ何ものかに祈った。



「さて、私も不法入国で捕まりたくありません。どう動きますか?」
メイが気をとりなおして聞くと、リンはランファンも交えて密談の態勢を
とった。もれ聞こえる兵士たちの話を総合して今後の行動を考える。
「外出禁止令は解除されたけど、市内の封鎖は解かれてるか不明です。」
「鉄道も寸断してるところがあるらしいし、まず近郊のどこかに身を潜め
て様子を見てから帰国ルートを検討するのがいいだろうな。」
「近郊って言ってもそこまでの足は?歩きは厳しいわ。」
「エドたちと潜伏してたスラムの荷馬車が使えるんじゃないでしょうか。」
「よし、ランファンはまずそっちに当たってみてくれ。」
「わかりました。」
「ちょっと待って。」
行こうとするランファンをメイは呼び止めた。
「その腕吊ったままの姿じゃ目を引くわ。またさっきみたいなことがあっ
たらまずいでしょう?」
「しかし・・・」
「医者じゃないから気休め程度にしか治せないけど。」
壁に寄りかからせて陣を描き、術を発動させる。陣が発光して彼女の腕を
青い光で包んだ。
「痛みが引いた。これならふつうに出来る。」
腕の疼痛がやわらいだランファンは腕の三角巾をはずすと身なりを整え、
早速馬車の手配をしに行った。
「次はあなたよ。そのみっともない姿のまま同行なんて許せないわ。」
リンの黒いシャツの腹に空いた大穴の周囲に鏢をおいて手をかざし、術を
発動させる。伸縮性のある布織地の裂け目は端から徐々に修復してゆき
穴は塞がった。
「おおー、やっぱり錬丹術は便利だな。」
そう言いながらリンは穴の空いていたあたりを撫でた。それでやっと自分
のありさまに気づいたらしい。服の土埃を手ではたいて落としている。


(本当にしょうがない人。)
メイは内心ためいきをつく。この腹違いの兄にあたる男も、護衛の女も。
抜け目なくて手強いのに割にあわない無茶をしたり妙に甘かったり、やり
手なのか馬鹿なのか、あぶなっかしくて放っておけない。
(仕方ないからこの道中は私が面倒みてあげるわ。)
そう決めると賢者の石を得られなかった悔しさがしだいに消えていく。
気持ちが晴れるとシンへの帰途が明るく開けたような気がしてメイは顔を
あげた。東の方角は薄雲がかかって見通しが悪かったが、あのはるか先に
確かに故郷はあって私が救いをもって帰るのを待っている。
「私は錬丹術師なんだから。」
メイが小さく呟くとふところから顔を出したシャオメイがそれに応える
ように「きゅい」と啼いた。





あとがき:
退場シーン直後のリンランメイ。というか初めてメイ主役を書きました。
政敵だったけどお互い仲よくなってほしくて、その糸口になるような会話
=口ゲンカをさせてみたら、なぜかスカーが絡んでスカメイ風味に。(笑)
メイにはスカーのことも思い出してほしかったんだ!
(アニメの「なぜ国へ帰らなかった!(怒)」「だっテ・・・」のあとの
「もういい、泣くな」には萌え禿げたもんですv)
誇り高くあろうとしてツンツンなメイがリンやランファンに対し軟化する
なら、それは錬丹術師として頼られたからだと思います。
そんなエピソードを考えてはいましたが、文章化には難攻していました。
でもそこに救世主が!
銀花さんがとってもステキなリンメイのイラスト をいい兄さんの日に描か
れていたので、一気に完成に持ち込めました。
銀花さん、ありがとうございます。イラスト内のセリフも使わせていただ
きました。