はらぺこの皇子さま | 風紋

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鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

シンの国のみやこにはそれはそれは大きな皇宮があって、うつくしい御殿が
数十もたち並ぶその真ん中に国を治める皇帝陛下がいらっしゃいます。
皇帝陛下にはたくさんの皇子や皇女があって、その中にリンという名の
ちいさな皇子さまがいました。
ちいさいけれどおおらかな気性で人なつこく、そしてとってもよく食べる
くいしんぼうな皇子さまです。
刃で削いだようなほそい切れ長の目であたりをうかがい、すばしこく動き
回るのが得意な皇子さまには、すこし年かさの女の子の御付きがいます。
名前はランファン。
ちゃんとした大人の護衛は彼女のおじいさんがつとめます。
ランファンのお役目は、ちいさい皇子さまのお遊び相手を、危ないことや
いけないことをしないようにご一緒することでした。



ある朝ランファンが皇子さまのお部屋にうかがうと、二人の女官がおろお
ろと往き来しているところでした。
皇子さまの姿はありません。
「おはようございます。あの、リン様は?」
ランファンがあいさつすると、女官たちは口々にいいました。
「それがお召替えして朝食が済むまではおとなしくしてらしたんですが。」
「臨書をされていたと思ったら途中でいなくなってしまわれて。」
ちいさい皇子さまはじっとしていることがきらいで、いつもなにかおもし
ろいことがないか、ひろい宮中じゅうを探してあるきまわるのです。
どうやら今日もそのくせが出て部屋をぬけだしたようでした。
「どうしましょう。書の先生がいらっしゃるまでにお戻りにならないと。」
「またわたしたちまでおとがめを受けてしまいます。」
二人の女官は心底こまった顔をしています。
「わかりました。わたしがすぐ探して連れ戻してきます。」
ランファンはそう言っていそいで出かけました。



皇子さまはいったいどこに行ったのでしょう。
ひとまずランファンは御膳房へ行ってみることにしました。
くいしんぼうの皇子さまは、宮中の食事をまかなうここの厨房でいろんな
料理が出来てゆく様子をながめるのが大好きだったからです。
給仕の女官たちのひしめいている表を邪魔にならないよう通り抜けて裏の
厨房へ行くと、顔みしりのおばさんがいました。
「こんにちは。リン様がこちらに来ませんでしたか?」
「あぁ、私が塩蔵に行ってるときに来てたみたいさね。ついさっきだよ。
これが置いてあったから。」
おばさんは一枚の紙をランファンに見せました。
『好吃』
おいしかった、と書いてある紙は皇子さまのお習字用の紙です。
「まあ。じゃあどこに行ったかわかりますか?」
「おおかた庭師のところじゃないかい。卵の殻がなくなってるから。」
よくわからない顔をしたランファンにおばさんは説明しました。
「庭師は卵の殻を砕いて植木の肥料にするのさ。前にいちど一緒に持って
行ったら、それからいつもそうしてくれてるんだよ。」
「そうなんですね。ありがとうございます。行ってみます。」
「あんたこれ持ってお行きよ。リン坊ちゃんにさ。」
おばさんはしゅうしゅうとまっしろい湯気のあがる蒸籠からふかふかに
蒸しあがった包子(パオズ)を出してランファンに渡しました。
「おいしかったと言ってもらえるのは料理人はいちばんうれしいんだよ。
私らは皇子さまのいるところにじかに伺えないけど、わざわざここまで
来てくれるなんてね。ひとりでちょろちょろ歩きまわって大丈夫かと思う
けど、こういうおつきの子もいることだし。今日は手紙をありがとうって
言っておいておくれよ。」
「わかりました。じゃあ、さようなら。」
ランファンは包子(パオズ)をふところに入れておばさんに手をふり厨房
をあとにしました。



つぎにランファンは庭師のところに行ってみました。
庭園をうつくしく整える庭師たちの納屋があるこの一角には、いつでも
植え替えできるよう、さまざまな庭木が植えられています。
重陽の節句にあわせてたくさんの菊の鉢植えを用意するのもここでした。
忙しそうにおおきな植木ばさみや鉈をもって立ち働く庭師たちの邪魔にな
らないようにして納屋に行くと、顔見知りのおじさんがいました。
「こんにちは。リン様がこちらに来ませんでしたか?」
「よぉ!俺が荷車を取りに行ってるときに来てたみたいだな。ついさっき
だよ。これが置いてあったから。」
おじさんは卵の殻がいっぱい入ったかごをランファンに見せました。
「まあ。じゃあどこに行ったかわかりますか?」
「きっと馬苑だよ。剪定したさざんかの枝がなくなってるから。」
馬が花を食べるかしらと思ったランファンにおじさんは説明しました。
「馬にじゃなくて馬神廟におそなえするのさ。前にいちど一緒にお参りし
に行ったら、それからいつもそうしてるみたいだよ。」
「そうなんですね。ありがとうございます。行ってみます。」
「あんたこれ持って行ってくれよ。リン坊ちゃんにさ。」
おじさんは脚立に昇るとわさわさ茂った緑の葉っぱのあいだに生っている
おひさま色をしたみずみずしい蜜柑をもいでランファンに渡しました。
「熟れたら食べさせてやる約束だったんだ。虫がついちまった時に、上の
ほうの枝に登って退治してくれた礼にね。木登りなんて落っこちたらどう
すんだってひやひやしたけど見事なもんさ。あん時は助かったって言って
おいておくれよ。」
「わかりました。じゃあ、さようなら。」
ランファンは蜜柑をふところに入れておじさんに手をふり納屋をあとに
しました。



ランファンはそのまま馬苑に向かいました。
皇帝陛下はもちろん、近衛大臣をはじめ都を守る騎兵たちの馬を世話する
この馬苑には、たくさんの馬がいます。
厩がたちならぶ先、馬場の隅に馬神廟はあって、死んだ馬を祀り今いる馬
たちをけがや病気から守ってくれるようお祈りするのです。
洗い場で馬の手入れをしている人や、馬場で調教している人の邪魔になら
ないように馬神廟の隣の厩にいくと、顔見知りのおじいさんがいました。
「こんにちは。リン様がこちらに来ませんでしたか?」
「おうおう、わしが藁を取りに行っているときに来てたようじゃな。つい
さっきさね。この花が供えられていたからの。」
おじいさんは廟の前に置かれたさざんかの花をランファンに見せました。
「そうですか。どこに行ったかわかりますか?」
「もう戻ると言っておったそうじゃよ。先生が来る時間だからと。」
「ありがとうございます。私も戻ります。」
「ちいさい護衛さんや、これ持ってお行き。リン坊ちゃんにのう。」
おじいさんは隅の棚に置かれた壺のなかから黒砂糖のかけらをいくつか
取り出すと、紙にを包んでランファンに渡しました。
「気難しいこの馬もだいぶ人に慣れたよ。他の馬とも気性があわなくて
暴れてけがをさせてしまうからとこんな離れたところにおいていたが、
寂しかったのかのう。坊ちゃんが来て話しかけてもそっぽ向いてばかり
いたのが、いつの間にか近くにいても嫌がらなくなっての。わし以外は
坊ちゃんが初めてともだちになれたみたいだと言っておいておくれ。」
「わかりました。じゃあ、さようなら。」
ランファンは黒砂糖の包みをふところに入れておじいさんと馬に手をふり
厩をあとにしました。



いそいで御殿に戻ろうとしたランファンは途中でリン様を見つけました。
ちいさい皇子さまは途方にくれたように石段にすわりこんでいます。
「リン様こんなところにいらしたんですか。どうなさったんです?」
「ああランファン、おれ・・・」
泣きべそ顔で皇子さまは言いました。
「おれ、おなかすいた・・・」
くいしんぼうの皇子さまはおなかが空いて動けなくなっていたのです。
「まあ大変。これ召し上がってください。」
ランファンはふところから包子と蜜柑と黒砂糖を出しました。
リン様はとびつくようにしてそれらをつかむとかぶりつきました。
ぱくぱく、むしゃむしゃ、もぐもぐ、ごくん。
「ああ、おいしかった。」
気持ちいいくらいのいきおいで食べおわると、リン様は笑顔で言いました。
「今日はどこに行っても何ももらえなかったから腹ぺこだったんだよ。」
「御膳房や庭師の納屋や馬苑の厩ですね。」
「なんで知ってるの?」
「リン様がお習字の途中で抜け出したから追いかけてって聞いたんです。
お稽古ごとはちゃんとやり通さないといけませんよ。」
「えー、めんどくさいー。」
「厨房のおばさんも、庭師のおじさんも、馬苑のおじいさんもみんなリン
様が好きなんです。立派な皇子さまになってほしいと思ってますよ。」
「だからがんばれっていうの?」
「がんばれって思ってるから、みんな美味しいものをくれるんです。」
そしてランファンは、厨房のおばさんや庭師のおじさんや馬苑のおじい
さんの言っていたことを皇子さまにつたえました。
「さっきの包子と蜜柑と黒砂糖はみなさんのそういう気持ちです。」
リン様は話をきくとうれしそうに笑いました。
「そうか。ねえそれじゃあ、ランファンからは?」
「私ですか?」
「みんないろいろ食べ物をくれたけどさ、」
「おれ、いつもランファンがくれる飴がいちばん好き!」
はじけるような笑顔でくいしんぼうの皇子さまは言いました。
ランファンはなぜだかちょっとどきどきして、でもうれしくなってきて
ちいさい皇子さまに言いました。
「よーし。じゃあ私とリン様、どっちが早くお部屋に戻るか競争です。
リン様が勝ったら飴をさしあげますよ。」
「その勝負、もらった!」
言うなり皇子さまは駆け出しました。
ランファンもあわてて後を追いかけました。
二人がかけてゆくと傍らのキンモクセイが橙色のちいさな花を散らします。
今から少しむかしの、秋が深まってゆく頃のおはなしです。




あとがき:

ランファンはリンが行き倒れないようにいつも何か食べ物をキープしてい
そうだなという構想と、ハロウィン的にあちこちでお菓子をもらうシチュ
エーションが浮かんだのが重なって、このお話になりました。
リンは宮中で、皇子としては困ったもんだけど子どもらしくてかわいい奴
じゃないかとこんな感じで餌付け(笑)されてたと思っています。
童話のようなかわいい感じにしようと文体を工夫してみたのですが、これ
でよかったのか謎のままです。
以前なら早けりゃ2日で書ける内容なのに、すっかり集中力が衰えていて
ハロウィンぎりぎりになってしまいました。