酔いの顛末 | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

日除けの厚い布を透して差し込んでいた西日はいつの間にか衰えていた。
薄暗くなった狭い天幕のなか、ほんの少し手を伸ばせば触れられる距離に
迫るランファンの顔。とろりと溶けそうな目をして、火照った頬をうす紅
色に染めて。なまめかしく唇が開かれ俺の名を呼ぶ。
「リン様ぁ・・・」
いつもと違う舌足らずな甘い声。
彼女のこんな悩ましい表情を見てみたいとずっと思ってきたけど、いざ
そうなるとなぜこんなうるさいほど心臓が高鳴ってしまうんだろう。
ていうか、俺、どうすればいいんだ・・・?




シン国西方の街とアメストリスのあいだを結ぶ隊商の主要ルートから外れ
クセルクセスへと向かう最初の晩は天幕での野営になった。
ちいさな水場を持つこの集落には宿というものがない。隊商が休憩に立ち
寄る程度は平気だが、宿屋を設け大人数の宿泊をまかなえるほど水が豊富
でないことがその理由らしい。
集落で唯一の商店の裏手に砂避けの植樹に囲まれたちいさな広場があり、
そこが今日のリン一行の宿営地になった。


「若、ご所望の瓜です。あとこんなものもありましたよ。」
砂漠では喉の渇きをいやすための瓜は必需品だ。そのほかにランファンは
素焼きの瓶に入ったものを俺に差し出した。
「ザクロの飲み物です。井戸に瓶ごと冷やしていたのを買ってきました。」
「へえ、こんな辺鄙な場所なのに気のきいたものがあるんだな。」
「どうぞ、ぬるくならないうちに。」
「ああ。あれ、でもフーたちはどうした?」
「駱駝引きに酒を飲ませろとゴネられて、店先でそれに付き合ってます。」
ハディと名乗る、ごつい体をして髭も濃ければ眉もまつ毛さえも濃い暑苦し
い顔の駱駝引きを雇ったのだが、奴は酒好きだったようだ。
遺跡を見たいがために寂れて不便なクセルクセスを経由するという物好きな
行程を請け負ってくれる駱駝引きはなかなかいなかった。そこをやっと見つ
けた人足なのだからそれくらいのわがままは聞いてやらねばなるまい。フー
も大変だけどこういうことには慣れているからまかせておけばいいだろう。
「なんだ。だったら二人で全部飲んじゃっていいな。」
「ご相伴してよろしいですか?」
「当然。一緒に飲もうよ。」
時ならぬ小さなねぎらいの宴のようで嬉しくなって、二人で乾杯をした。
ランファンがコップに注ぎ分けてくれたのを一息に飲み干す。甘酸っぱく
さっぱりしてて美味い。
さらに継ぎ足された二杯目を飲み始めて、俺は違和感に気付いた。
(あれ、もしかしてこれは酒なんじゃないか?)
果実の酸味に隠れて分かりにくいけどわずかに酒精の刺激がある。
(まあ構わないか。これくらいならたいしたことはないし。)
俺自身は幼い頃から酒だけでなく多くの薬種などに慣らされてきたので、
生半なことでは酔いつぶれたりはしない。儀式で酒を口にすることは多い
ので、宮中で暮らす者は皆ある程度の耐性は持っている。彼女はまだこれ
が酒だと気づいてないくらいだし、この程度なら任務に支障はないだろう。
その判断にランファンが酔ってしまってもそれはそれで一興、という下心
がなかったわけではない。ただそれは思った以上だった。



二杯目を飲みはじめていくらも経たないうちにランファンの様子が次第に
あやしくなってきた。
顔が上気し目がとろんとして姿勢がぐんにゃりし始める。
「失礼します。」と膝をくずしてしどけなく斜め座りする姿はけだるげで
妙に色っぽい。滅多に護衛としての姿勢を崩さぬ彼女だけれど、こんな顔
も持っていたのかと俺は内心で感嘆していた。
酔いはいよいよまわってきたようで、ハミ瓜を切り分けようとしても手元
があやしいので転がってしまう。
「あれ?おかしいですね。」
絵に描いたような酔っ払いぶりなのだが、本人は至って真面目なのだ。
それが面白くて瓶の中身の正体を告げぬままに見守らせてもらう。
「瓜はいいよ。それよりもう一本飲もう。」


(酔いのうちに彼女の普段見せない姿がもっと見られたらいいな。)
その思いは予想以上の酔いっぷりにより、十分すぎるほど叶えられた。
ランファンは俺の促すままに喋って、それは取り繕わない本音ばかり。
「ねぇ若ぁ。なんでいつも目を離すとすぐいなくなっちゃうんですかぁ。」
愚痴りながらうらめしそうにこちらを見る目になぜかぞくっとする。
「すぐに見つけてそばに駆けつけるじゃないか。」
「でも見失うのは護衛として失格ですよぉ。爺さまが言うように、私は
護衛に向いていないんです・・・」
愚痴っていたのが涙声に変わったと思ったら、目にいっぱい涙をためて
いる。あわてて俺は取り成す言葉を探した。
「そんなことない。すぐにふらふらする俺が悪い。でもこれはクセみたい
なもんだから大目に見てよ。」
「クセですか。」
「クセだ。子どもの頃からの。」
「お小さい頃の迷子とは違うでしょう?」
「変わりはないよ。図体が大きくなっただけでさ。」
「やだぁ、こんなおおきな迷子だなんて。」
今度はころころと笑い出す。
「大きな迷子のリンさま。」
自分で言っておいてひとり吹き出しているのだから世話はない。


「ふぅ。」
ランファンはやっと笑いの発作がおさまると息をついた。
笑い転げてほつれた髪をうるさそうにかき上げる仕草が色っぽく眩しい。
ふと彼女の視線が改めて俺に注がれているのに気付いた。
なんかそれがやたら熱いもののような気がするのは俺の気のせい・・・?
(・・・じゃない! なんだこれ?!)
笑みを浮かべてるのに黙ったまま、ランファンは俺の上衣の袖をつまんで
引き寄せようとする。
(これ、何の催促? もしかして誘ってる?)
まさかそれはない、いやでも今のランファンはかなり大胆になってる・・・
何にしろ下手に自分から動かないほうがいい。そう思いされるままにして
いると、袖口から手がしのび込み素肌の二の腕をつかまれた。


「・・・好き。」
「いきなり何を・・・」
動揺する俺にまったく構わず腕をつかんだまま、ランファンは繰り返す。
「好きなんです。」
酔いにまかせた繰り言だ。彼女がこんなことを自分から言い出すなんて、
普通じゃありえない。
そう自分に言い聞かせながらも心拍数は一気に跳ね上がった。
こんな時に本心じゃないことを言えるか?いつも思っていることを抑圧の
蓋が外れて口にしてるんじゃないか?ならどう答えてやればいい・・・
何と言えばいいか躊躇する俺の返事を待たず、ランファンは口を開いた。
「私、リン様の腕好きなんです。」
「は?う、腕?」
「私もこれくらい太い筋肉がついてたら大刀を振り回して戦えるのになぁ。」


(・・・そっちかよ!!)
俺の内心の激しいツッコミもまったく気づかぬ顔でランファンはこんどは
自分の二の腕を掴んでため息をついている。
がっくりだ。高鳴った鼓動のぶん、肩すかしをくった感が半端じゃない。
脱力感をごまかすように俺はザクロ酒をもうひと口あおった。
「ランファン。おまえね、そういうのは『好き』じゃなく『うらやましい』
だろう?聞いた方は勘違いしちゃうよ。」
思わず説教する口調になったが、ランファンは気にしていない。
「勘違いって、どういうことですかぁ?」
いつの間にかぽわんと上気した顔の彼女に目の前までにじり寄られていた。
真剣な目・・・なのだろうが、酔いで焦点があやしく寄り目になっている。
「いいなぁと思ってあこがれるのは、”好き”じゃないんですかぁ?」
滑稽と言ってもいい酔顔なのに妙に凄みがあって、笑ってかわせない。
「そういう”好き”じゃいけませんか・・・」
思わずたじろいで上体を引き、後ろに手をついてしまう。
ランファンは更に近く迫り、俺の手に自分の手を重ねた。
「え?」
視界が反転しどさっと体が床に投げ出される
見上げる先にランファンの顔があった。
肩を押されて押し倒されたのだと理解したときには、もう俺の脚の上には
ランファンが跨っていて身動きができない。
「リン様ぁ・・・」
とろりと酔いに潤んだ目がまっすぐ自分を見ていた。
(なにランファン、どうするつもりだ?)
「私・・・」
顔が近づく。柔らかい体の重みがのしかかってくる―――



そのままランファンは俺の胸元にこてんと頭をのせ、動かなくなった。
(どうしよう。抱きしめるべき?でもそれだけじゃ済まなくなるきっと。)
彼女の背にまわしかけた手は決めきれず空をつかむしか出来ない。
ためらい続けること暫し、聞こえてきたのはすーすーと規則正しい寝息。
俺は全くの生殺し状態だが本人は酔いのあげく寝入ってしまったらしい。
ホッとしたような残念なような気がして、深いため息をつく。
(あぶなかった・・・)
あと少しで手を出して止まらなくなるところだった。
すっかり寝入ってしまった彼女をひきはがし、毛布でその肢体を隠す。
(よく我慢した、俺!)


もしかしたら俺は、千載一遇のチャンスを逃したのかもしれない。
でも酔いが醒めたら覚えていない状態のランファンに、ずっといだいて
きた思いの丈をぶつけてどうなるというんだろう。そんなの無意味だ。
酔ったうえでのことになんか、したくない。それだけは確かだった。
安らかで無防備な彼女の寝顔に背を向けてひとり呟く。
「こんどは酒なんか抜きで、本音を聞かせてくれよ。」
返事はすーすーという寝息しか返ってこなかった。



「・・・これはどういうことですかな、若?」
それから少しして駱駝引きのハディと一緒に天幕に戻ってきたフーに俺は
色々弁明しなくてはならず、大汗をかいた。
よく知らないものを用心もせずがぶ飲みした軽率を咎められて小さくなる
しかなかったが、その横でランファンは知らぬまま眠り続けている。
明日の朝きっと、目が覚めてから大慌てすることになるだろうが、せめて
今だけはゆっくり眠ればいい。


密度の濃い天幕の中の空気から逃れて広場に出て伸びをしていると、駱駝
引きのハディがニヤニヤしながらやってきた。
「どうだ、少しはいい目が見られたか?」
そのからかうような言い方で、これが奴に仕組まれたことと知れた。
俺はもう怒鳴らずにいられない。
「おまえ、ランファンにこれの中身わかってて買わせたな!」
憤る俺にもハディはどこ吹く風といった顔だ。
「なんだつまらねえ。何もしなかったのかよ。」
「何を期待してるんだおまえは!!」
「皇子だとか言って、尤もらしい顔ばかりしていると腐るぞ。」
騒ぎを聞きつけたフーにハディは懇々と説教され、俺とランファンの意図
しない飲酒は奴の悪戯あってのこととわかってもらえた。
もちろんハディの発言はランファンに伝えるつもりはないが、この構わな
い男は彼女にも何やら言いそうだ。
(たぶん俺と同じようにからかわれるんだろうな。クナイが飛ばなければ
いいんだけど。)
先行きが少々不安な、駱駝引きとの旅の最初の一夜だった。





あとがき:


先日maoさまが「リンが辛抱たまらなくなるシチュエーション」に酔っ払い
ランファンというネタをあげてくださったのと、
pixivである絵師さまが描かれていた酔っ払ってリンに迫ってるランファン
にあまりにも萌えたので思わず書いてしまいました。
王道・お酒ネタは秋野さまのところに私がリンランにハマるきっかけに
なった素晴らしい作品があるので今まで手を出さないでいたのに!
また、苦手な方もいるだろうオリキャラを出してますが、この人は5年も前
から存在だけは考えてて砂漠旅に不可欠になってたので許してください。
最後に みんな、酔っぱランファンかこうぜ!