本当のこと | 風紋

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鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

 シン国皇宮の一角には膨大な書物が保管されている。
 この国では王朝を成り立たせるのに欠かせないのが歴史書であり、皇帝
はそのすべてを監督する権利と義務がある。他にも詩や経典や博物誌風土
記など、書物を愛し書き残すことを大事としてきた膨大な人々の文書の数
々が壮大な書院におさめられている。
 そのうちの一室に子どもが二人いた。一人は錦の襟のついた上等な絹の
衣服の少年。もう一人は黒い綿の筒袖下袴の少女。シン国皇帝の第十二子
リン・ヤオと、その歳若い従者ランファンだった。
 説話集ばかりをおさめたその房に、他の者はいない。「おはなし」を読
みたがる歳の皇子は側の者を使って借り出すし、自分から書院へ出向く行
動力を持つ歳の皇子は料試の問題に関する書物ばかりを探すからだ。
 もうすぐ十歳の皇子リンはちょうどその狭間にいるといえよう。何かと
過保護な女官の目を盗んで自分の房から抜け出し書院に来たが、退屈な勉
強をする気はさらさら無く、心の赴くまま物語をめくっているように見え
る。しかし見る目のある者が見ればただの徒然の遊びでないことがわかっ
たはずだ。




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「なかなか見つかりませんね、西の賢者の話。」
平綴じの草紙の束を取り出しめくっては収めてランファンが言う。
「賢者は出てこなくても、西方で不思議な力を使った話や急な災害で滅び
た街の話ならなんでも集めてくれよ。」
興味ぶかい内容があったのか、一冊の書物を脚立の上に座ったまま読みふ
けりながらリンは彼女に命じた。
「西の国の都が一夜で滅びた話と、西の賢者の話は本当につながっている
んでしょうか?」
「錬丹術を伝えた賢者がいなくなってしまったから滅びたのかもしれない
し、賢者と西の都の者が仲違いして戦になったのかもしれない。何にしろ
クセルクセスが滅亡したのには今のシンでは知られていないような大きな
力が働いたはずだと思うんだ。」
「正史には何も書かれていないんですよね。」
「大規模で豊かな国だったのに急に滅びたことしかね。でも草の根の雑話
としてならこんなのを見つけたよ。地から天に向かって這い出る黒い蛇に
囲まれて国ひとつが消えた話。すごいよこの挿絵。」
言われてランファンは草紙を覗き込み、感嘆の声をあげる。
「うわあ怖い。これ竜巻かなにかでしょうか?400年前なら三つ前の王朝
の時代ですね。国交もあったはずだし災害の記録ならありそうなのに。」
「本当なら公文書を漁ってみたいとこだけどさ。俺みたいな生意気な皇子
がそんなことしてたら、大人たちに知れたときに面倒なことになるに決ま
っているからね。」
「だからこの説話から探る秘密の調査なんですよね。」
興味しんしんといった態でランファンは目を輝かせた。


「でも本当はさ。」
リンは閉じた草紙の綴じ紐を指でなぞりながら、なかば独り言のように
ぽつりとつぶやく。
「本当はこんな書物にならなかった話のほうが大切なことかもしれない。」
「それってどういうことですか?」
 手を止め訊ねるランファンにリンは脚立を降りて床に座り込み、彼女に
も座るように促す。手の中の冊子を棚に戻すとランファンは遠慮がちにリ
ンのそばに膝をつき、彼の更に促す目におされて腰を下ろした。


「書物の力は強いよ。ふたつのものが善い者と悪者に分かれて書かれたら
その書物で初めて知った人はそういうものかと思ってしまう。でも滅ぼさ
れた者のことは、滅ぼした側や運よく生き延びた者の言葉でしか書き残さ
れていないから本当のことかはわからない。」
「ではリン様は、クセルクセスが一夜にして滅びたという伝説は、嘘かも
しれないと考えてらっしゃるんですね。」
「わからないけど、そういう可能性も考えておかないとひとつの書物だけ
を鵜呑みにしてたら騙されることになるからね。」
 瞬間浮かぶ怜悧な表情はこの齢の少年らしからぬ鋭いもので、ランファン
はハッと胸を衝かれる。
「織女と牽牛の話だって、天帝が二人を結婚させたけど仕事を怠けるよう
になったたから引き離した話と、衣を隠して天に帰れなくなった織女を牽
牛が妻にして、天帝が連れ戻したけど牽牛が追いかけてきて天の川の対岸
に住む話があるだろう?どっちにしても天帝の情けでしか二人が会えない
のは同じなんだけどね。」
 同じような説話をいくつも調べさせたのはこのためだったのかと、ラン
ファンは思った。


「何が正しいなんてことはわかりようがないけど、西の賢者はなんでクセ
ルクセスのことを話しておいてくれなかったんだろうなあ。」
ため息のようにそう呟くリンにランファンは言う。
「きっと悲しいことだったんですよ。人に話すのもつらいほど。」
いつもまっすぐな少女のまなざしがわずかに伏せられ、切りそろえられた
前髪と長い睫がその顔に蔭を落とす。
 ランファンが身寄りといえば彼女の祖父であるフーしか今はいないこと
をその表情を見て思い出し、リンは口をつぐんだ。
「反対に、本当に嬉しいことがあってもすぐ言葉にできなかったりします
し、言葉にしたら違うものになってしまいそうな気もしますし。」
「・・・それはよくわかるよ。」
 彼女といつまでも一緒にいたいという思いは、皇子である自分が口にし
たなら政争の種にさえなりかねないことをリンは身に沁みて感じていた。
仕事として仕える以上に、姉弟に似てしかしそれ以上に親身な感情をラン
ファンが自分に持ってくれているはずなのに何も言わないことも。


「西の賢者が本当にクセルスセス滅亡に関係してるなら、すごく不本意で
悔やんでいて、でも話せなかったんだと思います。人に話したならそれが
本当のこととして書物に残って、滅ぼされた人の気持ちはどこかに行って
しまいそうだから。」
 つい先ほど言った自分の言葉を、こんな風に咀嚼しているのかとリンは
珍しく口数の多いランファンを見て思う。
「だから私は何かを文に残すことはしないけど、きっと忘れません。」
 皇子である自分と違い、数ならぬ身であることを承知しながらも確かな
意思をもっていることをそのように宣言するランファンの言葉の力強さに
負けぬようにリンは言った。


「そうか。ならきっと覚えててくれ。俺は天帝のすることをおとなしく
受け入れてばかりではいない。自分の力でかささぎの橋をかけて見せる。
天の川ならぬ砂漠を越える途をつけ、ヤオ族が決して滅ぶことのない強い
力を手に入れる。」
 草紙を閉じて立ち上がったリンを、ランファンはまぶしげに見上げに見
上げながら続いて立ち上がり、彼に向かって無言でうなずき返した。





――――リンが護衛となったランファンと彼女の祖父で同じく護衛のフー
と共に砂漠を越え、クセルクセスを通って賢者の石を手に入れるために
アメストリスへ向かうのはこの五年後である。―――






あとがき

祝! リンランの日!!
素敵な企画をしてくださった銀花さんに感謝です。
とはいえとても書きあがるとは思っていませんでした、今回のss。
うろうろ迷った末、以前個人的にもらっていた雅さまのイラストのお力を
借りて、お蔵のなかのシン国宮中のリンラン話を書き換えました。
イラスト先行で、無理やり七夕伝説までぶちこんで、よくまあ短時間で。
雅さまの超絶かわいい十歳リンランのおかげです。
感謝してもし足りません! この場を借りてお礼申しあげます。
この企画で少しでもリンランの魅力が広まりますように!!