言霊 ことだま | 風紋

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鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています



『我』


重い。
体にどれだけの魂が入っているのだろう。
宮中のとある殿舎の最奥には祭壇を設えた薄暗い部屋に成巫がいて、起きて
いるのか臥しているのかわからないような生活をしていた。
幼い頃に一度覗いたきりだったがあの様子は忘れられない。
いつの頃から続いているのかわからぬようなしきたりだらけの宮中でも、
あの一角は更に因襲にとらわれた不気味なもののように思えた。

だが、今ならわかる。
身のうちに他者の魂を飼うことが、どれほど肉体を消耗させるものである
のかを。
そして時として権力者はこの世のものならぬ魂を必要とすることを。

自身の肉体と共に無に還ることもできずにこの世にとらわれたまま苦しむ
魂たちをとりこみ、その力を使うホムンクルス。
俺はそんなものになり果てたのだろうか。


―――そうさ、これがお前の望んだ強欲だ。


『得』


お前は何を望んで何を得たのか。
俺の魂の中のヤオの血がそう問いかける。
敗色濃い戦の中、独り敵将の首級を獲ってみせ、褒美に皇帝の姫を娶ること
を望んだ誇り高き龍犬。
犬の分際でとそしる他の臣下たちの迫害の手を逃れ、山の中の石室で十二人
の子を成した我らがヤオ族の祖・槃瓠。
その末裔は敵将の首級ならぬ賢者の石を獲ったが、何を得られた?
まだ何ひとつ得てはいない。
しかしあの場では、ああする他に道はなかったのだ。
野垂れ死にするわけにはいかない。


―――その通り。上出来だろ。


『到』


震えてこわばる手に無理に力を入れ、サラシの布に文字を書いてゆく。
残されたものはこの身ひとつ。
それも今後は「お父様」とやらの監視下におかれるだろうぎりぎりの時に、
いつも身につけていたサラシがあったのは幸いだ。
包帯やロープのかわりには使ってきたが、こうして手紙がわりに使うよう
なことになるとは思っていなかった。
犬歯で傷をつけた指先から滴る血を擦りつけてなんとか文字を綴る。


―――そうまでして誰に何を伝言しようってんだ?


『賢』


ああこんな下手くそな字じゃ、皇帝の親筆としちゃ格好がつかないな。
教育係の太傅から千字文を習い始めた頃、すぐに飽きて遊びだそうとする
俺に、奴はいつもそう言ったもんだった。
書かれた文字にはその方のお人柄が出るものです、と毎日のように。
奴の言うことを聞いてもっと手習いをしておくべきだったかな。
もっとも血文字の書き方などは決して教わらなかっただろうけど。


―――まだ皇帝だとかそんなデカいこと吹いているのか。


『者』


皇帝にならなきゃな、何としても。
あんなおそろしい数の魂を持ちながら全く生きていない、人のかたちを
した化け物を好きなようにのさばられていたなら、いつシンをも滅ぼされ
るかしれない。
国を操られていることすら気づかぬまま暮らすこの国の膨大な民の行く末
を思えば、なおさら故国を守らなくてはと決意に拳を固める。
俺には一族の存亡をかけてこの国へ送り出してくれたヤオ族五十万の民の
安寧の為、腕ぶった斬ってまで尽くしてくれる忠義な臣下がいるんだからな。


―――余程その臣下が気になるんだな。


『之』


これを受け取ったランファンはどんな顔をするだろう。
俺の身を案じて自分の傷の痛みさえ後回しにしている必死な顔が浮かぶ。
自らの腕すら投げ出してみせるあの娘に、俺は敵の手のうちに陥りながらも
生き永らえて挽回の機会を狙ってる、などと生温い気休めの言葉など言えるか。
待っていろ、諦めるな等は言わずもがな。
あの娘ならどんなことがあっても信じる事を止めないだろう。
ならば伝えるべきは唯一つの事実。
賢者の石を手に入れた、と。


―――それでこの伝言か。面白えなお前。


『石』


もし本当に文字に魂が宿るならこの伝言の七文字にこそ宿っていてくれ。
俺の魂は死んじゃいない。
グラトニーの腹の中でエドが言っていた。
錬金術で石は肉体をあらわす記号だと。
賢者の石は俺の肉体と融合したかもしれないが、俺の魂は俺のままだ。
石の力に勝てたこの肉体の持ち主は俺だとこの強欲に示してやる。
きっと取り返してみせるから。
ヤオの民もシンの国も全て背負い守ることのできる力を手に入れて
ランファンのもとへ戻るから。




  『 我 得 到 賢 者 之 石 』







あとがき

グリリンランの小説に行き詰って、お茶濁しに過去の作品をup。
『リン&グリリンアンソロジー/お前のものは俺のモノ!』という合同誌
に載せていただいた、3年ほど前の作品です。
この頃は二代目グリードがあんな寂しがりなお山の大将的カワイイ奴だと
判明してなかったので、どシリアスになって書いたものでした。
なんたって敵さんに体乗っ取られているんですから、伝言のときはああ
言ってたけどランファン襲っちゃったり(!)エド殺そうとしたりするん
じゃないかと、もうハラハラしながら。
それはそれでやりきれないながらも美味しかったかもw
というのは作品が完結してるからこそ言える冗談ですね。
グリードは人間に対する興味をリンを通しておぼえていったのではないか
と私は思っていますが、皆さんどう感じてらっしゃるんでしょう?