貝の殻 | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

若干の性的描写がありますので、苦手な方はお戻りください。




























 幼い頃に、白い巻貝の殻をもらったことがある。自分のこぶしよりひと回り

大きく、角のような突起がいくつか生えた貝であったと思う。
 どこやらの海塩を商うヤオ族の同胞が都へ上洛した折に、土産として母妃
に献上したいくつもの品のうちに入っていたものが俺に与えられたのだ。
 その頃の俺は大河をゆく船の旅は知っていたが、それより更に大きな海
というものを知らなかった。


「巻貝を耳にあてると海の波の音が聞こえるんですよ。」
自分も海を見たことはないのに、貝殻を見てランファンはそう俺に言った。
「爺様が教えてくれました。」
 その時耳にあてて聞いた音はざわざわと不確かな音なのに、どこか繰り
返し聞きたくなるものだった。
「これが海の音か。」
「どんな音がするんですか?」
 目を輝かせて俺を見守るランファンに貝殻を貸し、その日は代わるがわる
何度も耳をすまし続けたものだった。


 今ならその音は耳のそばの血管を流れる血流の音だと知っているけれど、
まだ海を知らなかった俺たちにはあの音こそが海の音だったのだ。






 そして今俺は黒髪のあいだから覗く彼女の貝殻のような白い耳へ、

わけもない問いかけを注ぎ込んでいる。
「俺に聞かせてくれる言葉はないの?」


 人気のない夜に自室に呼び寄せ抱きしめた。
「こうして俺の好きにさせているのはなぜ?命令なんかしてないのに。」
 棒立ちに立ちすくんだまま腕の中でじっとしている彼女に尋ねても返答は
ない。目を伏せ表情を消している。
 
 俺と愛し合うことに後ろめたさを抱えたままの彼女は、いまだに自分から
何かをすることがない。
 しかし見つめ返すこともせず目を伏せたからといって、言葉やくちづけを
返すこともせず口をつぐんだからといって、君の魂は俺を拒もうとしている
わけじゃないのだということを確かめさせてもらおう。
 言葉で答えられぬのなら、それ以外の手段で。


 そっと頬に手をあてると彼女は身構えるように体を硬くする。
 このまま口づけと共に寝台に身体を押し付けられることを予感して。
 しかし拒むことはせずただうつむき、なされるがままを装う。
 そうして受身でいさえすれば、従者としての自分を踏み越えたことには
ならないと思い決めているように。


 ならば俺が手をひき、踏み越えさせてやろう。
 俺の思いは君を響かせてやれぬほど、ヤワなものではないのだから。
 そして君の持つ情熱はいつまでも口をつぐんだままでいられるほど、
寡黙なものではないのだから。


 思い知らせてやろう、恋情は引力だということを。
 ただそばにあるだけでお互いに引きつけあい、結びつこうとする力なの
だということを。
 無理に衣服に手をかけることなどせずとも、君のすべてを俺の手の中に
とらえることは可能なのだと。




頬にあてた手をすべらせ、耳元へと伸ばして頭を抱えるようにすると
彼女はちいさく息を呑む。


「指、冷たかった?」
問いかけに、ただ首を横に振る、無言の否定。
自分から言葉を発することを自分に禁じているのだろう。
そんな拘りは何の意味もないのに。


「そうだね、俺の指が冷たいんじゃない。」


 かるく掴んだ耳朶の柔らかさを親指の腹でこするようにして味わい

ながら反対の耳元に唇を寄せてひくく囁く。


「ランファンの耳が熱いんだ。」


 途端に腕のなかに伝わる激しい動揺。
 逃がしはしない。しっかり捕まえておいてやる。


「俺の唇となら、どっちが熱いだろうね。」


 唇で耳朶をそっと挟む。
 薄桃色に染まり産毛のうすく輝く耳朶のやわらかく弾力のある感触は
彼女の胸の膨らみの頂と少し似ている。
 口のなかでもてあそぶとより鮮やかに赤みが増すところまでも。


 耳の裏に乱暴に唇を押し付けると、その勢いと耳殻に直接触れてこすれる
音に、彼女は一瞬からだをすくませた。


「こわい?」
じかに問いを頭の中に流し込むように、これ以上ない近さで囁く。
怯えさせたならそれは心外なのだと伝わるように気遣いながら、
静かに、極力甘く。


「いいえ・・・」
 かすかにおののきながらそう応える彼女は、
言葉を返すことを自分に禁じていたことを忘れている。
 いや、忘れたふりをしているだけだ。


 耳の下、顎の付け根にちゅ、とかるく口づける音をわざとたてる。
 幾度となくそれを繰り返すと、腕の中の彼女は耐えかねたように俺の胸を
押し返そうとする。


「こわくないって、言ったよね。」


 自分の発した言葉にとらわれて、彼女は自分の耳殻のその複雑な形を
唇と舌でなぞるように隈なく愛撫してゆく俺のふるまいを拒めない。


「こわくないなら、なぜいつまでも黙っている?」


 今まで戸惑いぎみに押し黙っていたのが、この言葉に彼女は目を見開き
はっと息を呑む。


「あ。」


 思わず漏らした声はいやらしくかすれていて、無言でいる間に溜まった
熱がどれほどであったのかを如実に語っていた。
 目のように見つめ返すことも、唇のように口づけを返すこともない、
ただ伝わる響きを受け入れて震えることしかできない器官をひたすら
愛撫し溢れるまでささやきを注ぎ込むことが目論みだと、やっと彼女は
わかったのだろう。


「ランファンが答えをくれないなら、俺は求め続けるだけだよ。」
 押し殺した囁き声は謀殺されかける日常で自然に得たものでも、その声
で何を囁くかは俺の心のままだ。
それを聞いた彼女はどう応えるのか。


「自分の息遣いが荒くなっていくのが、聞こえてるんだろ。
どんなに息をころしたって自分の体を伝って頭蓋に響いているんだから。」
 ぎゅっときつく瞑ったまぶたと睫毛がふるふると震える。


「息を止められないのと同じさ。聞かずにいたくても耳は塞ぎきれない。
まして自分の声ならね。」
 まだ彼女の口からは、言葉は紡がれない。
 それでも言葉にならない熱い息が俺の首筋をくすぐる。
 否定するように、ふり払うように首を振ったって、俺の言葉からは逃れ
ることはできないのに。


「俺と目をあわせるのが恥ずかしいならそうして瞑ったままでいい。
外界を遮断すれば感覚は内へ向かうばかりだよ。こうして、」


 一度体を退き、固く抱きなおしながら囁き続ける。


「自分の体に起こることに耳をすましててごらん。」


 耳孔に舌を入れると腕の中の彼女はさらに体をすくませた。
 ぎゅっと服の裾を握った手はすがるようで、同じようにかたくつむった
ままの目元は赤く染まって目尻に涙が光っている。


「リン様・・・」
 目尻の涙が零れるのと同時に、やっと聞けたのは俺の名。


 「そうだ。若じゃない。今は従者だとか護衛だとか忘れていいよ。」
言ってそっと耳朶を口に含むと、びくりと大きく腕の中の身体がふるえた。
早鐘をうつ鼓動が聞こえた。






あの貝殻は幼い日々のうちにどこかへ失くしてしまったが、それでいい。
海の波音のような血潮の音は、こうしてじかに聞けるのだから。











あとがき:

すいません、ついカッとなってやった。反省はこれからします。
あまりの暑さに脳が沸いているんです。
以前にもこういう暑い時期に何やら書いた気がします。
随分前から「耳攻めのss」ということでネタはあったのですが、
いいのかこれ?というエロさになってしまったので寝かし続けてました。
R18にならずにどこまでエロくできるかという実験で、着衣のままなら
ブログに載せてもいいだろうと腹括って書き上げました。


これでもいちおう『私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ』という有名な
詩の一節を下敷きにしています。
でもこれ訳者の堀口大学に土下座しなくてはなりませんね。