思い | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

避けきれぬと悟った一瞬の後、とどめのひと太刀を受けるはずの身体が
力強い腕に攫われ肩を担がれた時に兆した思いは、この場にそぐわぬ
安堵にも似たものだった。


―――若、ようお戻りなすった。



尋常でない数の気を放ちながら、それでもこの傷を負った老体を支えて
かばいブラッドレイを睨めつけるのは、紛れもない我が主君。
若・・・ヤオ族の命運を背負う若き皇子リン・ヤオ。
つい先ほどまでのグリードというホムンクルスではない。
血飛沫で塞がれた目を開けずとも、その懐かしい気にふれればわかった。


―――半年以上のあいだ、離れておったのですな。我々は。


懐かしいと感じてしまうのは、この半年の別離を経たからではあるまい。
長い別離が間近に迫っている。
命がかかった場で、護衛が主君の足かせになってはならぬ。
消え去るべき時までに主君に対しできる限りのことをさせて頂こう。
最期のときにグリードではなく若に会えたことは望外の幸せだ。


―――ご立派になられた。


身の丈のことだけなら、十二の歳を越え王宮でのお立場を確かにされた
頃から五尺三寸の我が身にぐんぐんと追いつき、あっという間に追い抜い
てしまわれたのだから、今更な感慨だろう。
しかし、国を出てからの若は一層たくましくなられた。
部族間のかけひきで身を昇せるよりも、自身の力で活路をひらくほうが
性にあっておられたのだろう。
旅の苦労をものともせず活き活きとされる様子は、南西の蛮地を駆け回り
塩商いの首領としてヤオ族のみならず他族の首長たちを従えて身を昇せた
我が義兄の若い頃を彷彿とさせた。
義兄の愛娘を皇帝閣下の妾妃として王宮に送り出す、その供をいいつかって
都に上り、皇子にして彼の孫をお守りする役目をつとめることになろうとは
あの頃は思いもしなかった。
若との旅は過ぎたあの義兄との日々が甦るようで、色々無茶をなさろうと
するのをたしなめることさえ、この老体には懐かしく嬉しいものだった。


―――そうだ、こんな無茶はなさるものではない。


「若、この戦えぬ老いぼれなど捨てなされ。」
「バカ言うな! 俺にキング・ブラッドレイと同じになれというのか!
あれは俺の目指しているものと違う。」


こんな切羽詰ったなかで聞く若の言葉にも浮かぶのは安堵の思い。
この答えが返るのをわかっていながら、言わずもがななことを、儂は。
グリードというホムンクルスを身のうちに入れつつも、若は変わらず若で
あり続けていることを確かめたかったのか、今更。


ああそうだ。
グリードの気は若のこの一心の念を損なってはいない。
同じ方向を向き、同じように滾って何かを求めている。
ならば。



「グリード硬化しロ! 若の体を守レ!」


―――儂のかわりに。



「若、王になりなされよ。」
これが最後となるだろうこの言葉を最初に若に具申した日はいつのこと
だったろうか。
皇太后の手先の者によってもたらされた祝いのしるしの菓子に毒を盛られ
苦しまれる床に添いながら手を握り言ったときであろうか。
あるいは嵐の喧騒にまぎれて放たれた刺客に側仕えの者たちを殺され、
風雨の吹きこむ回廊の片隅で隠れ怯えているところに駆けつけたときで
あったか。


―――王になりなされよ。 立派な王に。
王は人の間で奪い合い勝ち取るものではないことを、
天命を聞いた者におのずともたらされるものであることを、
若こそがシンに、この世に証してくださると信じておりますぞ―――


そのために儂はひと太刀なりとも、王としてあるまじき男を倒すべく
最後の務めをさせていただこう。

永遠の暇の、その前に。







あとがき

別の小説を錬成中ですが行き詰まって、気分転換に書きかけで放っていた
このssに手を入れてたら、完成できました。
昨年9月に芦屋さんが「敬老の日」企画を立てられた折、その月掲載された
『永遠の暇』で戦死したフーさん追悼の意味をこめて書かせていただこう
と思ったのですが、書ききれなかったものです。
アニメ放映時もリトライしたけどダメだった・・・悲しくて。


今回書けたのは小説書きのほうに脳がシフトしてるからこそできたのか、
フーさんの死をやっと受け入れられたからかは自分でもわかりません。
舌足らずではありますが、彼の生涯への万感の思いをこめました。
リン祖父とフーさんの関係等は完全に捏造(ただし爺さま萌えの同志たち
と話し合った設定)ということをお断りしておきます。