野辺送り | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています


日が落ち夕闇が迫るころになって、やっと爺様の遺体を焼いた火は燻る
のをやめて静かに冷えはじめた。
こういうときは喉仏の骨をまず拾うものだと何かで聞いていたけれど、
どれがその骨にあたるのかは判然としなかった。
しらじらと白い焼けた骨は、爺様の体が生きることを止めただの物質に
なってしまったことを端的に見せていて、その乾いて単純な造形からは
もう爺様の姿は思い出のなかだけに見ようと思わされるだけだった。
ただ幼い頃膝に抱かれて見上げ手を伸ばして触ってあそんだ髭のある顔
と強い白髪の生えた頭蓋とを思い、大きな刀傷を負った小さい身体とを
繋いだあたりの骨片をいくつか収めるとまた涙が滲んだ。


「チャン家の。」
若が声をかけると樹木に背をもたれるように座って火を見ていたはずの
メイは頭をおこしハッとした表情をした。
眠りかけていたのだろう。
疲労の色の濃い顔をしている。
「お前もフーの骨を拾ってやってくれ。そのほうがフーも喜ぶ。」
メイは最初戸惑った顔をしていたが、黙って神妙にひとつの骨を拾って
小さく頭を下げながらそれを収めた。


爺様と国へ帰ることはかなわなかったが、かわりにこのチャン家の皇女
が一緒に帰ることになったのはどこかで繋がって円環となって影響して
いるこの世のめぐりあわせの妙だったのだろう。
今までの因縁からして反発する気持ちがないわけではないが、それでも
彼女がいてよかった。
若とふたりだけで爺様を送ったならば、今さらどうにもならない後悔を
噛み締めて沈みきってしまっていたかもしれない。



このセントラル郊外の空き家にまた戻ってくるとは思わなかった。
あの腕を落とした手術を受けたとき以来だ。
何もかも食い尽くす人造人間に半分喰われた状態だったが、まだ崩壊も
せずひと晩の夜露くらいはなんとかしのげそうな場所が残っていたのは
さいわいだった。


中央司令部の騒乱から早く抜け出さねばならないが、爺様の遺体を置いて
いく気にはなれず、まずはどこか近郊に隠れようと決まった時にこの場所
のことを思い出したのは若が先だ。
私がカナマというスラムから市内へと送ってくれた荷馬車の積み下ろし
場所のことを思い出し、ここへ送ってもらえるよう頼んだのだ。
スラムの人間はわけありな者に優しい。
「また俺らのとこに来ればいい、って言いたいけど憲兵がやたらと来て
いるらしいから無理だな。人目につかないところに心当たりがあるなら
そっちのほうがいい。乗せてってやるよ。」
そう言って、カナマに戻る道からは遠回りになるというのに、
爺様の遺体を連れた私達を乗せて送ってくれた。


荷馬車を見送ると、壊れた空き家の木材を集めた。
爺様の遺体を荼毘に付すのだ。
半壊した壁板も薪にしようと機械鎧の刃をふるって壊すと、また接合部
がひどく痛んだ。
「ランファン、やめとけ。無理することはない。」
若はそう言ったけれど、人ひとりを焼くには薪が足らないのは明らかで
どうすればいいかと思っていたときだった。
「少ない薪でよく燃やす方法があればいいわけですね。」
メイが集めた薪のまわりに陣を描いた。
「火水風土の流れを読んでうまく使えばこれくらいで十分です。」
陣に手がおかれると、灯油をまいたように炎があがった。
布で覆われた爺様の遺体が橙色の炎のしたになったのを見ると、思わず
私は座りこんでしまい、そのまま見守ることしかできなかった。


「ありがとう。」
本来は下がった場所で跪き、「ありがとうございます。」と言うべきだ
とは思っていたが、何かそれは違う気がしてそのまま言葉を発した。
メイはひとこと
「出来ることをしたまでです。」
と素っ気無く言っただけだったが、悼む気持ちを持ってくれていること
が伝わって、今度は自然に頭が下がった。


無言で燃える火をみつめ続けた。
誰も言葉を発しなかったが、同じ火を眺めていると色々な思いが炎のなか
に揺れて閃いて昇華し遠く空にたちのぼっていくようだった。
長いような、瞬く間だったような時間がすぎて火は鎮まり、いくつかの
骨を拾っておさめ、残ったものを土に埋めて爺様の野辺送りは終わった。



「お腹が空きませんか。簡単な食事ならあります。」
司令部前の救護テントで怪我の処置を受けたときにもらった軍の携帯糧食
の袋を、若とメイに渡してゆく。
いつまでも沈んではいられない。まず私が動かなければ。
爺様の役目を継ぐのは私しかいないのだから。
もそもそしたビスケットをボトルの水で流し込んでいると若が口を開いた。


「最初にグリードから身体の主導権奪い返したときに、ここに隠れてたら
エドやあのキメラのおっさん達と会えたんだ。その時もこのレーションを
食べたんだよな。おっさんの背嚢にこれが入っててさ。」
若の言葉は遠い昔のことを話しているようだったけど、それはほんの幾月
か前のことでしかないのが私にも不思議だった。


「その時のこと、またゆっくり話してくださいますか。」
「ああ。」
でもそれ以上は若は話を続けなかった。
もはや半身としてずっと共存するつもりをしていたグリードがあんな形で
消滅するとは思わなかったのだろう。
私よりはるかに喪失感を抱いていてまだ言葉にできない、そんな様子が
伝わって痛いほどだった。
私たちはただ黙って糧食を口に運び続けた。


食べ終わって先に口を開いたのは若だった。
「ランファンは、その頃もう機械鎧つけてリハビリしていたんだろ。
その時のことを話してくれ。で、ひとまずはその技師のところに行って
調整しなおしてもらわないとな。主として礼を言わなくちゃならないし。」
「若・・・」
主のやさしさに涙が出そうだった。
「気遣ってくださって、ありがとうございます。」
「当然だろ。これから玉座をぶん取ろうって時に、腹心の護衛の状態を
万全にしとくのは。」
若の言葉に力強さが戻っていた。
またやっていける。私たちはまたきっとやっていける。
そう思うとまた涙が出そうになって、慌てて私は言葉を繋いだ。


「あ、ですが若。機械鎧の腕で落ちそうになった人を引き上げて痛めた事
は説明しますが、それが若だとは言わないでくださいね。
そんなこと聞いたらあの技師は、私だけじゃなく若のことまで容赦なく
怒鳴り散らしますから。」
「あー、余計なことは言わないつもりだけどバレバレになりそうだな。
俺も一緒に怒鳴られる覚悟しておくよ。」
「え、そんな。」
「だってランファン、怒鳴られるのも嫌じゃないって顔してるよ。
いい人なんだろ、きっと。」
目の前の若の顔と、痛みをこらえて機械鎧をつかいこなそうと訓練する
私を厳しく優しい目で見守ってくれた人の顔が重なった。
「そうですね。」
涙のかわいた跡に今度は自然に微笑が浮かんだ。


メイはシャオメイを抱き込むようにして眠ってしまっていた。
若とこの子たちを連れていったら、あの技師はきっとまた面倒くさそうな
顔をして、それでも息子さんがとりなしくれ、追い返しはしないだろう。
あの朗らかな若奥さんは驚いて泣いて、それから笑ってくれるだろう。
小さな坊やはシャオメイを見たら驚喜するに違いない。


失ったものだけじゃない。多くのものをここで得た。
爺さまだってまだ名残り惜しいに違いない。
もう少しだけ、この国の人の優しさに触れてからシンに帰ろう。
あと、もう少しだけ。








あとがき


フー爺さまのお弔いを帰国の前にしなければ! という必死の一念から
一気に書き上げました。
本誌のあの様子では遺髪だけを持って帰って、遺体は身元不明の事故死者
として扱われることになりそうだったので、それだけはなんとか避けたいと
いう切なる願いを自分でかなえました。
シンの死生観がどうなのかわからないけど、私の気持ちとして、爺さまを
ちゃんとランファンたちに見送らせてやりたかったから。


首謀者の仲間として事情を聞かれるのを避けて中央司令部からはさっさと
トンズラしたけど、あのまますぐ帰国ではなかったと捏造してます。
だって、東へ行く列車だって鉄橋爆破されてるから不通になってるよ!
(だから、ホーエンハイムがいつどうやってトリシャの墓に行き着いた
のかは本当に謎です。汽車賃借りたみたいな様子だったけどね。)
それにランファン機械鎧で砂漠越えはヤバいと思うよ!
なので、技師のところにも寄ってもらうことにしました。
ドミニクさんがランファンの機械鎧に関しどんな助言をして、
彼らがどういうルートで帰ることにしたたかはまったく想像がつきませんが、
リンが「ぜひ貴方の技術をわが国に欲しい。」とか言って、
ドミニクさんが「寝言は寝て言え!」といなす様子は目に浮かびます(笑)。


リンランのファンがこれを書かなきゃ他の誰が書く!という思いですが、
ここらへん、本当に公式で補完してくれないと足りないですよ・・・