傷とくちづけ | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

砂漠の村の市場(スーク)で仕入れた見慣れぬ木の実は思ったより硬くて
皮にあてた小刀の刃が滑ったのだろう。
「っつ」
痛みにちいさく呻く声を聞き、主の左の親指の指先から小さな血の珠が
滴るのが目に入った瞬間、考える前に身体が動いていた。
切り傷ごと指を口に含み、血を吸い取る。
舐めあげると鉄錆のような血の味とともに砂埃と汗の味が広がった。
血の量からして大きな傷ではないだろう。でも傷口からの感染が一番の
心配だ。末端の傷だからすぐ塞がるだろうか。


「ちょっ、ランファン。」
動転するほどの怪我ではないはずなのに、主はうわずった声をあげる。
いったん口から離し、指の付け根をつよく握って圧迫していた手をゆるめ
ると、ふたたび赤い色が滲み出した。
「もう少しですから。血が止まるまで。」
言ってもう一度指をくわえ込むと、主は何か言いたげなのに言い出せない
時のような微妙な表情で私を見つめた。


どうしたのだろう、と問いかける目で見つめ返した途端、自分のしている
ことの大胆さにやっと気づいた。うわ、なんてことを。
慌てて唇を離すと今度は血がにじむことはなく、傷口からの出血は止まっ
たようだった。


「わ、若、申し訳ありません!こんな不躾なことを・・・」
「ちょっと驚いたけどね。適切な手当てじゃない?こんな場合。」
先程のうわずった声が嘘のように落ち着いた声でそう返されると、

余計に自分のしたことが恥ずかしくなってくる。


「ここの風土が悪くて若が破傷風を起こしてしまうかもと思ったら、つい。
あの、洗い流す水も満足にありませんし。」
しどろもどろになって言い訳するのを
「いいよ、別に。謝ってもらうようなことじゃないし。」
主は鷹揚に笑って止める。


「ただね」
そう言いさす主の笑顔のなかに、どこか不穏なものを感じとったときには
既に遅かったのだろう。
「こういうことされて平静でいられるほど、俺は木石じゃないからね。」


―――わかるだロ?
そうアメストリス語でつけ加えられるのを聞いたときには、すでに手首を
つかまれてしまっていて身体をすくませることしかできない。


「お返しをさせてもらおうかナ。」
楽しげに歌うような口調と底の見えない微笑みで、主は私を追い詰める。
「な、何をなさるんですカ?」
言ってから、ああまたやってしまった、と焦る頭の隅で後悔した。
受け流すことをしないで、わざわざ主にあわせてアメストリス語で聞き返
すなんて、私は律儀というより馬鹿みたいだ。
もっとも、主の言葉を受け流せる自信はまったくないのだけれど。


案の定、覆いかぶさるように耳元に近づいて囁かれた言葉は
「キス。」
それこそ唇がふれてしまいそうな近さで、
「そ、そんな、あの、困りまス・・・」
慌てて精一杯身を引き、やっと一歩ぶんの距離を開けたけれど、それで
解放してくれるような主であるわけがなく。


「仕方ないネ。」
あきらめたような口ぶりで言いながら、
「じゃあ、ランファンに選ばせてあげるヨ。」
静かに、と制する時のように唇に当てた指をひらりと翻し、それを主は
私に向かって伸ばしながら訊いてくる。


「どこがいイ?」


どう答えたらいいのかわからず絶句したまま、私は恥ずかしさに目が眩み
そうになりながら、真っ赤な顔で立ちすくみ続けることしかできなかった。






あとがき


長いこと拍手お礼にいたssです。

若の「どこがいイ?」に回答をいただきたいとメッセージを入れておいた

ところ、色んな回答をいただけてとても嬉しかったです。


どれも複数の方の回答がありましたが、

『おでこ』と答えてくださった方は可愛いのを見守りたい感じで、

『こめかみ』と答えてくださった方はちょっと冒険したい雰囲気、

『唇』と答えてくださった方はものすごく恥ずかしがりながら、

『首筋』と答えてくださった方はこれしかないでしょと言わんばかりに

コメントくださってたのが面白かったです。

なんか占いができそうなくらい、部位と回答者のコメントの雰囲気が

揃っていました。

こちらも楽しませていただきました。ありがとうございました!!