三つ数える前に | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

まだ明けきらぬセントラルの街でまっすぐにたちのぼる狼煙を見つけた
ときには早く駆けつけねばという思いだけでいっぱいで、その後の慌た
だしい打ち合わせの後にフー爺様がまたシンへととって返すのを見送った
途端、自分のなかの若の存在の大きさに気づいた。


「よかった・・・ご無事で・・・」
安堵に気が抜けて声がふるえてしまっていた。
通行人の話で不法入国者が憲兵に捕まったと聞いたときには若に起こった
かもしれない最悪の事態を考えていたのだ。
面をつけていてよかった。
こんな取り乱した顔をしていては護衛としてやっていけない。


「若。」
今さらかもしれないが、こうして拘束されることも、怪我もせず無事で
現れた若が横にいることがどれだけ大切なことかと思うと胸が締め付け
られるようになる。
お守りするはずが、若の存在を支えにするどころかよりかかっているの
ではないかと自分の心を叱咤した。
爺様がいないあいだ、私がしっかりしなくてはならない。


「ごめんごめん。フーがしばらく欠けるのは痛いけど、不老不死や賢者の
石に近づけそうな奴らと繋がりが作れたのは思わぬ収穫だったよ。
行き倒れたおかげでこの国での足がかりが掴めたんだからオーライだろ。」


「そうは仰ってもこれでもう何回目ですか?不法入国で捕まってはなら
ないのはわかってるのに、国境の町に入るなりすぐ行き倒れて!」


なんだか、お小さい頃の若につかせていただいていた時のような口調で
つい出てしまう。
教育係の宦官の目を盗んでは、どこかへふいと抜け出してしまう若の
居場所を探すのがその頃の私の仕事だったから。


「ラッシュバレーでもう一回。」
小指から折って数え上げる私の手に、つっと若の手が添えられて次の薬指
をそっと折りたたまれた。
驚いて首を廻らせ振り返ると、若はいつの間にか私の斜め後ろに寄り添う
ように立っていて、その距離の近さに頬がカッと熱くなる。


「そして今回セントラルで3回目。」
若のおおきな掌で包み込むように中指も折り曲げられた。
人差し指と親指を残して握られた、拳銃のかたちの手を握って若はそれを
ご自分のこめかみに当てて言う。
「こうやって撃たれてもおかしくないよな。
あの憲兵どもならともかく、ランファンになら撃たれても本望だけど。」
そんなとんでもないことを言われて思わずどもってしまった。


「ご、ご冗談でもそんなことおっしゃらないで下さい!私はっ・・・」
うろたえる私の顔の横に手を伸ばし、若は面をはずしてしまう。
虚をつかれて黙り込むと頬がまたカッと熱くなるのがわかった。
「まだまだ、やらなくちゃならないことがあるから死ねないよ。
成し遂げなくてはならない使命がある。熱い思いを遂げる決意もね。」


「あ、あの?」
若は私の額に自分の額をかるくぶつけて、子どもが内緒話をするような
姿勢で語りかけてくる。
「こんなに何度も心配かけてごめん。ちょっとはぐれてもランファンは
必ず見つけてくれるから、子どものころからずっとそうだったからって
慢心していた。」
顔の近さはとてつもなく恥ずかしかったけれど、私と同じように若が
子どもの頃のことを思い出していたことが嬉しくて、若のされるままに
しようと思った。
若のする子どもの頃の話は私を素直な気持ちにさせてくれる。


「私のほうこそ言葉がすぎました。こんな複雑な事態になったのは若の
せいじゃないのに、責めるようなことを言ってしまって。」
「いいよ、わかってる。」
こういう時の若の声は低く染み渡るように響いて、いつも私は言葉を失う。


「ランファンが誰よりも俺のこと大切に思ってくれてるの、知ってるから。」
言いながら髪をなでられて、その甘やかな心地よさについ頭を若の肩に
預けるようにして目をつむった。


「やっと少しリラックスしたね。そんなに張り詰めていちゃ保たない
だろうと心配だったんだ。」
「なんか私たち、お互い心配ばかりしてるみたいですね。」
そう言うと若はにっこりと微笑んで言った。
「じゃあ、安心して休めるおまじないをしてあげるよ。」


私の手をとり引き寄せて、中指まで折り曲げられたままのその指に若は
いきなり口づけられた。


「これは国境の町の分」
反射的に引こうとする手を粗暴さはまったくないのに抗うことを許さない
つよい力で引き寄せられ、また唇を押し当てられる。
脈をとるあたりに口づけられると、あたたかい唇の感触に腕全体が内側から
火をともされたような感覚が広がった。


「これはラッシュバレーで行き倒れたときの分。」
そう言いながら若は私の腕に舌を這わせる。
手甲を外していたので上着の袖口はひろく寛いでいて、それを若は迷わず
たくし上げ、ひじの内側から二の腕までも唇でたどっていく。
「あっ」と抑えきれない声が漏れてしまった。
緊張しているのか、崩折れてしまいそうなのか、自分がもうわからない。


「セントラルで行き倒れたときの分は、このままじゃムリだね。」
そう笑って言いながら若は窓を閉ざし、粗末なカーテンを閉めた。
黄昏時の室内は布越しに陽光を遮られて翳り、逆光で黒く翳った若の顔は
表情が窺えなくて、カーテン越しにあたる西日をうけたその姿がシルエット
になってまぶしく見える。


ドアに鍵をかける音が響いて、戻った若は寝台に脚を投げ出して座った。
固まってしまったように動けずまだ窓際で立ち尽くしていた私に、
若の声が呼びかける。



「ランファン」



「早くそばへおいで。三つ数える前に。」




迷う暇も与えない若の命令が、恥ずかしくて恨めしくて悔しくて歯がゆくて。




でもかすかに嬉しいなんてことは、 絶対に、 言えない。








あとがき

毎度すいません、いちゃこら微エロでございます。どんだけ好きなんだか。
最後の若のセリフは昔かもとが好きだったバンドの歌の歌詞で出てきます。
うん、あのPaulの歌い方は実にエロかった。


中国人が数をかぞえるのに小指から指を折っていくというのは、
故・景山民夫の『虎口からの脱出』で、ヒロインの中国娘・麗華が
やっていたのを記憶していて、いつか使ってやろうと思っていました。
初リンランオフ会の時にも話させてもらったのですが、男が後ろから寄り
添ってふたつめ、みっつめと手を添えて指を折っていくシチュエーション
にむちゃくちゃ萌えた記憶があって。
でも、これを書くために15年ぶり位に再読したら、『虎口』では麗華の
指を折っていくのはヒーローの日本人将校・西慎一郎ではなく、運転手の
アイルランド人のおっさん・オライリーの方でした(爆)。
記憶というのは自分の好みに書き換えられてしまうものなんですね。


お誕生日のトモマルさんに捧げるつもりが間に合わなかったという・・・
今さらですが、トモマルさまお誕生日おめでとうございました!