モノローグ | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

その娘に感謝の言葉をかけられた時、思いがけず目頭が熱くなったのには
自分でも驚きだったが、それよりそんな顔を見られるこっ恥ずかしさが
先に立ち、わざとらしいほどぞんざいに追い出してしまった。
夜も遅いのにあんな風に立ち去らせることもなかっただろうが、あの礼は
まさに別れの挨拶そのもので、そんなかしこまった顔されたんじゃ
がらっぱちな俺なんぞはどうすればいいのか困るだろうが。


いやそれよりも、いつでも気を張って何かと闘っているような目ばかり
していたあの娘が、肩の力のぬけたしおらしい表情で目を伏せ慎ましく
礼をする姿を初めて見ちまったのがいけなかった。


・・・なんだよお前さん、こんな顔だってできるんじゃねえか。


そしてこれがこいつの素の姿で、こいつがただの娘っ子の顔に戻ったのは
他でもない爺さんが迎えに来たからだと、その一瞬でわかってしまった。
そんな家族の絆、薄汚いこの俺には眩しすぎて見てられやしねえ。


・・・お前さんのことを思って泣いてくれる爺さんがいるのなら、
この先俺は無用だからな。

とっとと出て行け。




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最初はなんてやっかいな話だ、としか思えなかった。
「重傷者がいる。医者が必要だ。」
あの内戦以降、治療者として人に関わることは俺はもうその資格がないと
自らに言い聞かせ、そういった場面からは退いたつもりだった。
それでも記憶というものは容赦なく刻まれ、それはあの狂った時を過ごし
た他の人間たちにも等分に傷となり重しとなって分け合っていたから、
『共犯者』の頼みを断ることは選択の内にすら入らなかった。
罪を分け合うことは時として家族の縁よりも強いものになるもんだな、と
皮肉な思いに口を歪め、しまいこんだ手術道具を探し出すだけだった。


それにその少し前の病院待合でのマスタングのあの目。
「部下が脊髄損傷で下半身不随だ。」
淡々と事実だけを伝えているつもりだろうが、すがりつかんばかりの
切実さがにじんでいた。
「なんとかならないだろうか。」
あれと同じ目で治療を要請されたからか、そしてその時と違い自分が
なんとかしてやれる分野だったからか。
危ない橋を渡ってでも進もうとしているマスタングの小僧の面倒ごとに
首を突っ込むことにした。
イシュバール以来、心を麻痺させて固めて蓋をして人を遠ざけ、死体の
相手ばかりをすることで辛うじて生きてきたが、ただそれだけのくだら
ねえ人生だ。
死んだふりをしてなんとか生き続けるだけなら、自分の軍監察医としての
保身など、たいしたことじゃないのだから。


郊外の廃屋で寝かされていた患者は年端もいかない娘だった。
結い上げられた黒髪がほどけかけ、視線さえ定まらない弱りきった血塗れ
の小さな体が木箱を並べた即席のベッドに横たわっていた。
意識レベルはかなり下がっている。今までに相当の失血をしたのだろう。


「何をやった。」
「相手がサーベルを使った戦闘で左腕を負傷しタ。血痕を伝って追跡された
んで、その腕を切断して囮に使い、下水道を使って逃げてきタ。」
「腕ぶった切ったまま下水道を歩いただと?破傷風になっても知らんぞ。」


なんでこんな子供がそんなケガをするような羽目になるんだ。
そして一国の首都で、戦地でもない場所で、手傷を負わせた者に腕か命か
選ばねばならぬ追い詰め方をするのがこの国の軍人のやり方か。
イシュバールでさんざん自問したことがまだここでも追いかけてくる。
この国には、自国民の所業として受け止めるには反吐が出そうな胸の悪く
なる話があまりに多すぎるのだ。


訓練された戦闘員なのだろう。娘は痛みに声をあげることもなく、荒い息を
ついて必死に耐えていた。
「最近死体の相手しかしていないからな。ちと荒っぽいぞ。」
そんな脅しのような警告にも目だけで頷き返す娘は気丈で、その強さはどこ
から来るのかと思う。


「ランファン」
娘の視線に答えるように呼びかけられた声に納得がいった。
上半身裸で自身も傷だらけの若い男。
傷を負った経緯を訛りのある話し方で語った男。
こいつのせいか。そしてこいつのためなのか。
まったく女ってのはこんな娘っ子ですら思いこんだら折れないもんだ。


娘は布を噛んで悲鳴をこらえ、気を失うこともなく手術を乗り切った。
止血と斬り落とした腕の傷口の処置には器材の不足ゆえてこずったが
なんとか無事に終わってひと息ついた時には、この娘のために出来る
ことは全部してやろうという気になっていた。
面倒などという感情はとうに失せている。


その後自分の家に匿うことになったのは思いがけないなりゆきだったが、
もうその時にはその選択肢以外は考えられなかった。
人造人間?大総統が軍の闇と繋がっている?何もかも飲みこむ化け物?
わけのわからねえ話ばかりで混乱を極めている中で、
「ランファンを頼ム!」と言ったあの男の懇願が、傷を負った娘が悲痛な
声であの男を呼び続けていることだけが、確かなものだからだ。


一旦治療に関わった、身元バレを恐れて行き場のない患者を途中で放っぽり
出すほど腐っちゃいねえ。
なによりこいつの片割れが迎えにくるまでに、こいつの望むように機械鎧を
つけられる体の状態にもっていってやらなきゃ医者の名がすたる。
戦場での人殺しで心を腐らせただけならよくあるつまらねえ話だが、
治療の腕まで腐らせていたら、そりゃどうしようもなさすぎるだろう。
せいぜいやれるだけのことはできる限りやってやらねえとな。


おかしな話だ。
もの言わぬ死体の相手を7年も続けていた自分が、いかに無口とはいえ
小娘の治療と世話をすることをわずらわしく思わなくなるとは。


久しぶりの生身の人間の治療。
若い体の生命力に目を瞠らされた。
あの廃屋のなかで目だけに辛うじて気力を残していた、青褪めそそけた
顔が日に日に血色がよくなり、肢体に力が戻って内側から輝きだすように
皮膚が明るくなるのだ。
単純なことだが、何よりも嘘がなかった。


生きた人間の体というのはこんなにも力強く美しいものだったかと
半ばあきれる思いで無言で感嘆していた。
俺は医者でありながらこんなことも忘れていたのかということも含めて。


腕を失ったこと・主がどうやら敵の手の内に入って身動きがとれない事と
色々屈託はあっても、目標を見失わない娘。
そんな娘が俺の家にいて、飯を食って寝て起きて傷の手当てをして、その
回復具合を見ることはよろこびだったのだ。



去っていく時にやっとそれがわかるなんて、俺は本当に大馬鹿者だ。


目頭を熱くするものは、俺の愚かさだ。





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「ありがとウ、ノックス先生。」


煙草に火をつけるマッチの炎のゆらぎの中にあの娘の面影が見えたような
気がして、しばらく吸い付けることを忘れていた。


礼を言うのは俺のほうだったよ。
つかの間の、ほんのかりそめのものでも、俺にまっとうな医者のすること
を思い出させてくれたのだから。



急にがらんとして見える家のなかには、まだあの娘の気配が残っている。







あとがき


だいぶ以前に書いてたノックス先生の独白。
「×ランファンアンソロジー」投稿のときに『獏』というノックス先生と
ランファンの話を書いたときの副産物に今回手を入れてみました。
出来はアレですが、この機会を逃がしたら永遠にお蔵入りのままに腐って
いくだけですからね・・・
『獏』を読みたいという奇特な方はぜひ『還洸海』 のNeonさま宅から
「×ランファンアンソロジー」 を通販して手に入れてくださいませ。
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今作と同様かもとがノックス先生の中に降臨してて笑えると思いますw