青藍の夜 | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

祝福されたいなんて思っちゃいない。
ただ生きて存在することさえ、周囲のあらゆる人物をも巻き込む権謀の
雲行き次第で危うくなる、そんな立場に生まれついてしまったのだから
隠さねばならぬ恋なんてものは、当然のこと。
秘密でお互いを繋ぎとめることができるなら、人目をはばかることくらい
ものの数ではない。
主従という立場に引き裂かれる以前の甘やかな時を取り戻せるなら、
周囲の勝手な思惑を裏切るいくばくかの後ろめたさも気にならない。


そう思っていたはずのに、いざ二人きりになると、なぜこんな張り詰めた
空気になってしまうのだろう。
抱きしめて好きだと囁き、お慕いしてますとひと筋の涙と共に呟かれるのを
腕のなかに聞いたのは、ついこのあいだのことなのに。
やはり踏み込むべきでなかったというのか。
主従の垣を越えてはならなかったと。


ほかの側仕えの者を下がらせる時分が近づくと、彼女は目に見えて緊張
しはじめる。
窓の格子を透かして届く月明かりの美しさも、時折吹き込む花の香りを
含んだ夜風の心地よさにも気づけぬほど。
あのとき通じ合ったと思われた心は再び押し込められて、共にある喜び
よりも、今は戸惑いとおそれにとらわれている。
同じ時を過ごしながら、二人のまなざしは一向に重ならない。


彼女は隠しとおしているつもりでも、傍から見ればわかり易すぎるほどに
葛藤をかかえているのが見えて苛立ったからかもしれない。
「ランファン。」
彼女の名を呼ぶ声に怒りの棘が混じる。
はやく所用を済ませて引き下ることばかりを考えているのが明白な態度に
いきどおり、気づけば腕をとらえて壁際に押し付けていた。


「なぜ俺を避ける?」
怯えているのではない。
なのに顔を見ることすら厭うように目を伏せ、息を殺して佇むばかりで。

「避けてなど・・・。ただ、私は数ならぬ身です。若の妨げにならぬよう。」
自分さえ黙していれば、何もなかったことになるのだと自分に言い聞かせる
ように表情を消して、彼女は腕のなかをすりぬけようとする。


「自分の感情を安く見積もるな!」
無表情の仮面を引き剥がしたくて、そんな叫びに激した感情をぶつける。
おそれも苦悩も羞恥もためらいも溢れかえるほどあるはずなのに、
なぜそれをないもののように振舞う?
何より俺がそれを大事に思っているのだから、それを取るに足らないもの
のように片付けないでほしいのだと、なぜわからない?


「それと、俺だって平静じゃいられないことくらい、わかってくれよ。」
知らずしらずに懇願するような口調になってしまう。
主君などといっても、俺はままならぬ恋に身を焦がす若僧でしかない。
今だってこんな情けないくらいにうろたえているのだから。


かき口説くたび腰に提げられた佩玉が揺れて、その持ち主は天子に連なる
者なのだと無言の圧力を伝えてくる。
こんなもののために、俺は愛する者から身を退かれようとしているのか。
皇子という運命を動かせない己の無力に歯がゆさがつのる。


何を言っても伝えきれない気がして言葉に詰まった。



「こうすれば、わかってもらえる?」


思いついて壁に押し付けるようにして掴んだままでいた彼女の細い手首を
引き寄せ、自分の胸元へとその掌をあてさせた。
胸を打つ鼓動の激しさが肌をとおして伝わるなら、その速さと強さを少し
でも感じてもらえたら、と。
彼女の些細なことですぐ赤らむ頬や揺れる瞳は言葉よりもよほど雄弁で、
それを恥じて彼女は身を隠そうとする。
でも、それは俺も同じなのだと。


「こうして胸が高鳴るのはいけないことか?」


寄り添いつつも重ならぬ距離のまま向かい合い、じっと立ち尽くし続ける。
胸元で重ねられた手は祈りにも似た格好で、その内にあるものは祈りと同じ
くらいに切実な感情。
痛いほど乱れ打つ胸に押し付けたしなやかで小さな手から、ゆっくりと
体温が伝わってくる。


息詰まるような長い沈黙の末、ようやく彼女は顔をあげて口を開いた。


「いけないことだなんて、思いたくありません。」


小さく震える声で、それでもきっぱりと。
それはきっと今の彼女にできる精一杯の告白。


それを引き出せたのは、俺への思い故と自惚れさせてもらっていいだろうか。


「その言葉が聞けただけでいいよ。」
言って微笑みかけると、彼女はほっとしたように肩の力を抜く。


「今は、ね。」
思いきり含みを持たせた言い方でそう付け加えてやると、再び身を硬く
竦ませかける彼女を抱き寄せた。


いつか、彼女が心から笑って俺の側にいられる時を、俺は迎えることが
できるだろうか。
腕のなかの彼女のぬくもりを感じ、これを守るため手に入れねばならぬ
困難な道行の先を思って、俺は夜の中をただ立ち尽くすしかなかった。



風紋



あとがき:


相愛ではあっても、まだぎこちない青い二人を書いてみました。
ランファンは特に恋心を肯定できないだろうなと思うのですが、
体の声を聞くことに長けているはずだから、自然な感情に逆らうことは
最終的にはしないのではと思い、こんな話になりました。


実はこのssには元ネタになった絵があります。
一昨年のリンランオフ会で雅さまにいただいたシン国リンランのイラスト
なんですが、これが切なげで素敵なんですよ~。
私個人に頂いたものですが、もし雅さまに許可いただけたなら一緒にup
したいと思っています。
ということで雅さま、よろしいでしょうか(笑)?


追記:雅さまからOKいただきましたので初のイラスト付きssとなりました!

嬉しすぎます!