君を守りたい | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

大きな鎧が道の反対側から歩いてくるのが見えて、ケイン・フュリーは
手にした筒状に丸めた地図を頭上に大きくかかげた。
「アルフォンス君!」
そう名を呼んで声をかけ、偶然見舞いの時間が一緒になったのをさいわいと
門の前でかるく立ち話をする。
先刻のホムンクルスをあぶりだす作戦は味方に2名の重傷者を出してしまう
という苦戦だったが、なんとか敵を一人倒すことができた。
アルフォンスは窮地のなかでもあきらめず中尉を守ってくれて、おかげで
死線を越えることができたというが、彼の鎧のひどいありさまを見ると
生身の体だったら取り返しのつかない事態だったろう。


そんな状態なのに大佐と少尉の見舞いにやってきたアルフォンスは
少し恥ずかしそうにしていたが、どこかたくましくも見えた。
彼に他の者を思いやる余裕があるからなのだろうか。


ごつい鎧の体に似合わないふわふわした声で彼が尋ねる。
「大佐たちの入院してる部屋はどこか知っていますか?」
「ああ、416号室だよ。あの真ん中の部屋。」
規則正しく並ぶ病室の窓を指さして彼の方に向き直った瞬間、先程までは
そこになかったモノを見てフュリーは愕然とした。


地面から影がスッと湧き上がったような、静かに音も無く佇む黒衣の人物。
アルフォンスの斜め横にそれがいる。
いつの間に?
フュリーの驚愕が警戒に変わりかけた時、影そのもののような人物が喋った。


「行き先はわかったカ?」
「416号室。西棟の4階の真ん中の部屋だって。」
「わかっタ、外で奴らの気配を警戒していル。
何かあればその部屋から見える方角に信号弾をあげるかラ、窓の外を見る
ようにしていてくレ。」


「・・・知り合い?」
事態がのみこめずおずおずとした口調になって尋ねる。
「ごめんなさいフュリー曹長驚かせて。あんなことがあった直後だから
護衛にって、ついて来てくれてるんだ。」
アルフォンスは背後の黒い影に向かって振り向き、
「ランファン、この人は僕らの知り合いのフュリー曹長。
これからお見舞いに行くマスタング大佐の部下の人だよ、心配しないで。」
そう説明した。


「曹長、彼女はランファン。あのシン国のリンのボディガードなんです。」
彼女、ということはこの鋭く隙の無い身ごなしの人物は女性だったのか、と
内心驚いたのが伝わったかのようなタイミングでその人物は仮面をずらし
頭を下げた。


「失礼しタ。訳あって今アルフォンスの護衛を務めていル。私のことは
気にしないでいただきたイ。」
か細いがピンと張りのある声といくらかなまりのあるたどたどしい言葉で
そう告げると黒衣の少女はさっと体を翻し、また風のように立ち去った。


「よろしくランファン、そしたらまた帰りにね!」
アルフォンスの言葉に返事はなかったが、彼は気にしていないらしい。


「あの子ね、ちょっとシャイなんだ。顔を隠してるのは仕事柄って本人は
言ってるんだけどね。」
ちょっと首をすくめるようにかしげたままそう話す鎧姿の少年は、もし顔が
見えたなら内緒話をする時のように目を輝かせ、苦笑しているのだろう。
仲間内の噂話をする顔だ。
そういえば、この旅暮らしを続ける少年から友達づきあいの話を聞くのは
初めてかもしれない。いつもは彼の兄の話ばかりだ。
アルフォンスは確か14か15。あの子もきっとそれほど変わらない歳だろう。



・・・妹みたいだな。
東部の実家にいる、今年から織物工場で働き始めた5歳下の妹を思いだし、
フュリーは自然に口元がゆるんで微笑を浮かべていた。
ほんの一瞬だったが、仮面をとって頭を下げたわずかな隙に垣間見た少女
の顔は、頭の上で纏めた黒髪と同じ色の大きな黒い瞳が印象的だった。
生真面目な礼の仕方と硬い喋りかたに似合わないそそくさと目を伏せる
表情は人見知りしがちだった内気な妹にどこか似ている気がする。


・・・あまり顔は見れなかったけど、かわいい子じゃないか。
先程の現れかたといい、護衛としてかなりの訓練を積んでいるんだろうが
こんな子にこの国で危険な目になんて逢ってほしくない。
守ってやりたい、僕は軍人なんだから。


軍の内部の黒い疑惑をあぶりだすような最近の仕事に、この国の軍人として
の自分を誇れなくなってきていたけれど、もっと単純に考えればいいんじゃ
ないか。
あの妹のような子をはじめ、身近な人を守りたい、と。
そう思わせてくれた黒衣の少女の去った方角を振り返るとフュリーは
その名をつぶやいた。
「ランファン、か・・・」


・・・弟がいたらあんな感じか。
広い前庭を見下ろす病棟の屋上のさらに上、旗をたてるポールの天辺から
アルフォンスとフュリーが並んで病院の正面入り口へと向かうのを見ながら
ランファンはなんとはなしにそう思った。
この国には少ない黒髪と黒い瞳への親近感がそう思わせたのかもしれないし、
軍人にしては威圧感のないどこかホッとさせるような雰囲気がいかつい軍服
には不似合いで、護衛の役について間もない者であるかのように感じたから
かもしれない。


・・・まだ若い兵だな。味方の軍人といっても戦力としては少々頼りない
かもしれない。今回の護衛の第一はアルフォンスだが、何かあったらこいつ
のことも守ってやらないと。


風の強い屋上に腕組みをしながら佇むランファンがそんな風に自分のことを
見ていたことを、当然のことながらフュリーは知らない。






あとがき


軍人フュリー相手に「守ってやらないと」と考える不遜なランファン(笑)。
ランファンの人を見る目は「敵か見方か」。行動指針は「不言実行」と
いうより「無言で実力行使」って感じだと思うのでフュリーを見たらこんな
反応をしたんじゃないかと思います。全く頼りにされてないフュリー、哀れ。
フュリーの妹というのは完全に捏造ですが、男兄弟がいるようには思えない
タイプですよね、彼は。
そして東洋人なので幼く見られがちなランファンは実際は16~18歳だと思い
ますが、それでもフュリーのほうが年上でしょう。
ランファンのほうが絶対的に姉御肌だと思いますけど(笑)。