鉄を熔かす炉 | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

  鉄を熔かす炉


「こら、炉の中をそんなに覗きこむんじゃねぇ。」
「あ、はいッ。」
慌てて振り返った少女の方を向くこともせず、職人は
「まだまだ温度が低いな。」と言いながらふいごの調節をする。
「そうですカ。」
少女はそう言うなり燃料小屋の方へと小走りで向かおうとするが、
職人はその腕をつかんで止めた。
「待て。まだこのままでいい。」
どさっ、と荒い音をたてて作業用の椅子に腰掛け、職人は少女にも
座るようにうながした。


「まったくお前さんはせっかちだな。
それとも何だ、シンの人間はこういうのがふつうか?」
「いえ、そんなことはありませン。
ドミニクさんの言う鉄の色での温度の見極めというのが
なかなかわからないものデ、つい。」
「だから見極めができるようになるには5年はかかると
何度も言ってるだろうがよ。
だいたい女が、こんな一歩間違えば大ケガするような仕事を
モノにしようなんて考えるもんじゃねえ・・・っと。」


怒鳴りつける勢いだった職人の声が威勢をなくして飲み込まれた。
目の前の少女が顔色を変えて立ち上がり、上着を脱いで地面に
叩きつけたからだ。
あらわになった少女の左肩には引き攣れたまだ新しい傷跡があり、
そこにやはりまだ新しい鋼の光る機械鎧が装着されている。
「こうするしかないんでス!」
ほとんど悲鳴のような声で少女は叫んでいた。
「もう、こんな身体でス、今更ケガなどおそれていられませン!」
少女の右手は機械鎧の左腕を抱えて細かく震えている。


「若を守らなけれバ。
若をとりもどして国に帰り、若を陰で支えつづけるんでス。
技師がいないシンでは、私自身が機械鎧を扱えるようにならなくてハ。」
少女は目の前の職人よりも自分自身に言い聞かせるように切羽詰った
様子で言い募る。まるで祈りの言葉のように。
「いつでも戦えるように!
今だって若が大変な時なのに私ときたらこの腕を全然使いこなせてなイ。
訓練に日数がかかるんなら、その間に機械鎧のことを学ばないト。」


「だから、お前はせっかちだって言うんだ。」
少女の肩に上着を着せかけながら、職人は苦々しい顔で吐き捨てるように
言った。
「よく考えてみろ、お前さんは護衛だろ?」
「護衛の役目を果たすために必要なんでス!」

「何でもかんでも自分だけで成し遂げようなんて思い上がるな!」
あたりの空気がガラスになって砕けたかと思うほどの怒鳴り声が
工房のなかに響いた。
少女もその衝撃に打ち砕かれたように立ちすくんでいる。


「焦るな。よく考えてみろ。何でもかんでも自分のせいだと
思いつめるな。」
先ほどの怒号が嘘のような静かな声で職人は少女をさとす。
「いいか、お前さん一人が気張ったってできることは限られてるんだ。
機械鎧作りはそんなハンパなもんじゃねえ。
俺ぁこんなだからこの山奥に一人で工房をたちあげちまったが、
それでもリドルとサテラがいるから何とかやっていけてるんだぞ。」
怒鳴り声に何事かと後ろで見守っていた若夫婦は頑固な老職人の意外な
言葉に顔を見合わせている。


「お前さんが国に帰ってから機械鎧が壊れるようなことがあったら、
シンの職人の手を借りろ。
機械鎧が壊れるほどのタマのやりとりしなきゃならんような物騒な
とこでも、中には信用できる奴もいるだろう。
お前さんの国の事情はよく知らんが、その両刃の短刀
・・・クナイって言ったか?それを打った鍛冶屋で外装は直してもらえ。
それを見る限り、いい鉄を打ちそうだ。」
「そう、ですカ・・・。」
少女は袖口から振り出した短刀をじっと見つめた。
思いつめているような瞳の色は少しやわらぎ、黒鉄の短刀の柄を
いとおしいもののように指で撫でている。


「機械鎧の仕組みはできる限り教えてやる。
普通なら絶対そんなことはしねえが、遠い国からの客のためだ。
整備不良のなまくらな機械鎧をシン国人の目にさらすような
マネはしたくねえ。
ましてやこの俺の作った機械鎧なんだからな。」
「ありがとうございまス、ドミニクさん。」
「はっ、礼を言うには早え。
手前でメンテができるようになってからにしろ。」
「はイ。これからも工房のお手伝いさせてもらって、覚えていきまス。」
「ならまずこれを覚えろ。炉の中を長く覗き込むんじゃねえ。」
「はイ。」
「目をやられるからな。その若を守るための大事な目だろう。」
「はいッ!」
少女の顔が力を取り戻したように明るくなる。
その表情を見た職人はまぶしいもののように目をそらしながら言った。
「俺は目までは作れねえからな。」




あとがき
出番のないランファンがどうしてるのか想像してできたお話。
ラッシュバレーでフー爺がパニーニャと対戦したことと、
ドミニクさんが人嫌いで山の中に住んでいる設定は
ランファンに機械鎧をつける役目としての伏線だと思っているので。


ランファンはオヤヂ殺しですよね。
けなげで、浮ついたところのないしっかりした清冽な娘で、
目上の者に礼を尽くすとなったら親父モテして当然ですが。
ノックス先生は「ありがとウ」に撃沈されていましたが、ドミニクさんも
このようにして撃沈されるのでは、と。
ブラッドレイ大総統にも「見事なり」とまで言わせちゃうランファン、
ある意味最終兵器かも。


この後、もっと仲良くなったドミニクさんが、
「お前さん見てると思い出すんだが、女だてらに機械鎧作りで
メシ喰う奴が昔なじみにいてよ、もうせんに田舎に引っ込んじまったが、
それがムチャクチャな女でな・・・」
なんてリゼンブールの女豹の昔語りをランファンに聞かせるなんて話も
いいなと思っているんですが、何しろ本編に女豹の武勇伝を推測できる
ネタが全くない!
でも何かうまいこと思いついたら書きたいな。