チームカミウタ日誌 -2ページ目

チームカミウタ日誌

音楽の制作について書いていこうと思っています。

こんばんはー!!!

本日、チームカミウタ新作「サムライソウル」投稿いたしました~ヾ(@^▽^@)ノ

こちら↓↓

サムライソウル/チームカミウタ feat.MEIKO V3


サムライソウル/チームカミウタ




では、改めまして「サムライソウル」制作メンバーを紹介します!!


ボーカル:LIQU@。/ MEIKO(ボーカロイド)

ボーカロイド調整:タカオカミズキ

サウンド:マテューラ

映像:いぬころ

メロディー&歌詞:カミウタ


です!!



今作はですね…

ボーカロイド版と歌唱版で

ある部分の動画&歌詞が違うんですo(^▽^)o!!

ぜひ比べて見て聞いて下さい!!

チームカミウタがお送りするソウルフルな作品をどうぞご堪能ください(`・ω・´)ゞ



さて、ここで!!

皆さんお待ちかねの

私、カミウタの好きな武将ランキング!!

急きょ予定を変更して先に発表に移りたいと思います(`・ω・´)

感慨深いですね~…(*゚ー゚*)

いよいよ第1位の発表です!!!




曇りなき 心の月を さきたてて 浮世の闇を 照らしてぞ行く




(意味)何も見えない暗闇の中で月の光を頼りに道を進むように、
 先の見えない戦国の時代、自分が信じた道を頼りにただひたすら歩いてきた一生であった。



この辞世の句、MEIKO(ボーカロイド)ver.

で登場しております。。


そう!!!


栄えある第一位は!!!





独眼竜!伊達政宗です~!!!



やっぱりですよ、かっこいいんです(´∀`)!!

どうかっこいいのかヽ(*'0'*)ツ?!


ひとつエピソードをご紹介します!


豊臣秀吉が天下統一を成し遂げるべく小田原北条氏を攻めた際のお話です。

その時政宗は参陣するかしないか悩みまくっていました。

そして秀吉の参陣催促から実に4ヶ月たって、

ようやく重い腰をあげたのです。

これはとんでもない遅参ですので、

政宗は「斬られるかもしれない」と考えていました。

やがて小田原に着いた政宗でしたが、

秀吉は当然怒り心頭で会おうともしない。

そんな状況から政宗の開き直り&奇行により秀吉に会うことができ、

興味を引かせ、そして警戒されながらも、秀吉に気に入られていたとか!!


開き直り&奇行って何やったの(゜д゜;)?!


まずは、謝るわけではなく

「千利休にお茶を習いたい」と申し出たのだそうw

こんな状況でお茶って…(´□`。)ww

そして秀吉に会うときは白装束(死装束)で出向き

それにより「死ぬ覚悟がある」と示したのです。

さらに政宗は堂々とした態度で、遅参の申し開きをしました。

秀吉に近寄る際、政宗は自分の脇差が差したままなのに気付き

それをすぐに投げ捨て、秀吉の側によったといいます。

この時、秀吉は政宗の首をたたいて

「あともう少し遅かったらここが飛んでおった」と

言って笑ったと言われてるそうですよ!!!

ほぅ~!こわ~(。>0<。)!!!!


と、そんなえええ?!というようなエピソードでした。

あ、政宗さん、もちろん戦も強いですよ!!

政宗の関わった戦は、生涯を通しても敗北はほとんどないんです!!

勝ちもたくさんありますけど、引き分けも結構あるんですね。

負けそうな時は、引き分けに持ち込んでいたようです。

兵をしっかり統率できなければなせないことです。


いかがでしたでしょうか(・ω・)/??


あれれ~なんかイメージ変わったかも!なんて思っている方もいるのでは?!

さてみなさん!辞世の句をもう一度読み返してみてください!

開き直りや奇行等のド派手な振る舞い、そして安定した戦いぶりの政宗さんですが

彼は、辞世の句のごとく


”自分が信じた道を頼りにただひたすら歩いてきた”


のです。


確固たる信念があるのです。

窮地の中でも、兵士達を迷いなく導くリーダーシップ。

天下人をも虜にする、類なきカリスマ性。

全ては揺るぎない信念があるからこそのものだと思うのです。


そんな伊達正宗に魅せられてしまったのであります(〃∇〃)!!!


ゴホン…


では戦国BASARAより伊達政宗のセリフをお借りしまして…


「奥州筆頭伊達政宗、推して参る!」

「Are you ready guys!?」


やーーーーーー(`・ω・´)ノ!!!



というわけで、今作「サムライソウル」を作るにあたって

突然思いついて始まった戦国武将ランキング!!


無事閉幕いたします(*゜▽゜ノノ゛☆!


最初はどうなることやらと思ってましたがどうにかなるものですね~(´∀`)


よかったよかった(^∇^)!!





改めて振り返ってみると…

ん~…('-'*)

なんていうんでしょう、、(,_,*)



ここに書いた武将は皆、間違いなく

戦国時代という荒々しい時代を、戦を、

命が果てる、その一瞬一瞬までをも。


自分の信じる正義を死にもの狂いで全うしたのだと思うのです。


まさに「今を生きた」人達なのだと思うのです。

こんばんは!!


新作サムライソウルいよいよ今週投稿となりました(*^▽^*)


予定では5/9(金)夕方投稿です☆


そして、いよいよ私の好きな武将ランキングも終盤!


ということで第2位の発表です!



まさにお館様と真田幸村みたい!!


第2位は



大谷吉継&平塚為広



です!!



一言。



「義に生きる」



この言葉がぴったりすぎる人たちです(`・ω・´)!!!!



ではまず恒例の!このお二人の辞世の句を先にご紹介します!


平塚為広

名のために 棄つる命は 惜しからじ 終にとまらぬ 浮世と思へば 
(意味)名誉のために捨てる命は惜しくはありません。元々人間は永遠に生きられないのだから。


大谷吉継

契りあらば 六の巷に 待てしばし 遅れ先立つ 事はありとも 
(意味)主従の縁は来世でもつづく。どちらが先に死んでもあの世にある六道の辻で待っていよう。



です!えーと、関係としては大谷吉継が上司、平塚為広が部下ですね。



ではこの句について少し歴史のお話をしましょう(`・ω・´)!


ここからは少し話が長くなるのでどうぞお菓子でも食べながらお付き合いください!


私はサーティワンのアイスクリーム(ダブル)を食べながらお話しさせて頂きます(。-人-。)



石田三成(西軍)VS徳川家康(東軍)


といえば、関ヶ原の戦いですよね!


その戦いでのエピソードを一つ。


石田三成についていた大谷吉継、そしてその部下の平塚為広。


明らかに西軍に勝機はないとわかっていたこの戦。


関ヶ原の決戦前夜、吉継は三成を止めるため説得するものの


三成の決意は変わらず、その場に同席していた吉継の部下為広も


関ヶ原の戦いに西軍として参戦します。



西軍全軍の指揮をとるのは大谷吉継、前線には平塚為広。


西軍の中でも、主力部隊とされていたのは小早川秀秋。


でもですね、もともと為広は吉継と西軍に勝ち目はないと悟っていたので、


色んなことを冷静に分析していたんです。例えば、小早川も東軍へ寝返る…とか。


それはものの見事的中(/TДT)/


為広は自身の手勢600の兵で15000率いる小早川軍に真正面から向かっていったんです。


最初から小早川軍に備えていたとはいえども、この兵力では勝ち目はないですけれど


立ち向かっていったんですよね(><;)


その後も他の部隊は次々と、4000をも超える兵が寝返っていくのです(。>0<。)


それでも為広は攻め続けます。


しかし多勢に無勢。


為広はついに討ち死にを悟り


そして辞世の句を自分が討ちとった首につけて主君でもあり、


盟友でもあった吉継に決別の句として送りました。


それがさっき書いた1番目の句、


名のために 棄つる命は 惜しからじ 終にとまらぬ 浮世と思へば』 
(意味)名誉のために捨てる命は惜しくはありません。元々人間は永遠に生きられないのだから。

です。


為広の句が吉継の元についた頃には為広はすでに東軍に討ち取られていました。


吉継はこの句で戦局の全てを悟り、為広の句への返句とされたのが先程2番目に書いた句、


契りあらば 六の巷に 待てしばし 遅れ先立つ 事はありとも』 
(意味)主従の縁は来世でもつづく。どちらが先に死んでもあの世にある六道の辻で待っていよう。

です。


そして吉継は直後、自刃したといわれています。



この二人はですね本当に固い絆で結ばれています!


西軍の総指揮をとる吉継のそばに為広がいて、


実質彼の手となり眼となり大谷吉継軍の直接の指揮も為広がとっていたようです。


この戦において吉継と為広が仕掛けた計略は


もはや伝説の域に達しているとも言われているようです。



ではなぜ、吉継たちは勝ち目はないとわかっていながら東軍に寝返らなかったのか?


という疑問がでてきます。そしてなぜ大谷軍も為広が直接指揮をとったのかも…



次のエピソードに参りましょう(`・ω・´)!



それはですね、吉継と三成の出会いに遡ります。


ある日の茶会で、お茶の回し飲みが行なわれました。


大谷吉継は当時ハンセン病(肉が腐って崩れてゆく病気)に侵されていて、


体や顔からも膿が出るほど重いものでした。


吉継がハンセン病に侵されていることは周知のことだったので、


その茶会にいた他の誰もがそれを気味悪がって、


吉継の飲んだ後の湯のみは、回ってきても飲む振りをするだけでした。


その時の吉継の心中は、いくら自分の病気が原因とはいえ、


その恥ずかしさ、悔しさは、計り知れず。



しかしですよ!!


三成だけは、回ってきたそのお茶をためらうことなく飲み干したのです!


ほかの誰よりも吉継自身が驚きですよね!


屋敷に帰った吉継は、茶会での屈辱に悔し涙を流しましたが、


そんな中での三成の心意気に感動し、


それ以来三成との友情を堅く誓ったといわれています。



東軍に寝返らなかったのも、冒頭で話したとおり


「義」を重んじる武将だからです。


何があろうとも三成についていくのだと決めていたのですね。


そして為広もまた同じく。


吉継も為広も負け戦と知りながらも、


それでも持てるもの全ての限りを尽くし、己の限界まで戦い


武士として最後まで死にもの狂いで生き切ったのです。






辞世の句如く、吉継と為広の強烈な生き様、、、






「義に生きた」





まさにこれに尽きるのではないかと思うのです。







「サムライソウル」此処にあり!!!





シャキーン(`・ω・´)★

はい!そんなわけで!!


みなさんお待ちかねの!あの!


私の好きな武将ランキングベスト3の発表に移りたいと思います(´∀`)!!




「毘沙門天の化身」




「越後の龍」




と言えば、あのお方!!




第3位は上杉謙信です!!!




戦も強いし戦略も素晴らしい!まさに戦の神様みたい。


後に織田軍と戦う予定だったのですが謙信さんは病死してしまい


織田軍との戦はなくなってしまったのです。


もし、仮に上杉軍と織田軍が戦ったのなら、、、


歴史はどうなっていたでしょうね。


さらには!バサラの謙信さん、荒々しい武将たちとは違って


なんだか美しい。それに女の人のような…?


というのも、謙信さん実は女性だったんじゃないか説もあるんですよね!


まだまだエピソードはつきません!とても興味深い戦国武将であります。




さてそんな謙信さんの辞世の句をひとつ。





極楽も 地獄も先は有明の 月の心に懸かる雲なし 


(意味)今から向かう先が天国でも地獄でもよい。夜明けに残る月の様に今、私の心は晴れ晴れ。






その様を想像したくなる句です、とても。


きっと負けなしの戦は


一切の迷いもない強い信念があってこそだと思うのです。


「畏れも迷いも揺るぐこともなく全てを受け入れる自分」というものは


「無敵」なのだと思うのです。


これ以上に強い武器も楯もないんだと思います。


最高にかっこいい句です!!





一瞬だけ想像しちゃいましたよ(*゚ー゚*)!


私がこんな心境になる時ってどんな時かな?って




~妄想スタート~



東京ドームでチームカミウタのライブやるよ~ってなった時。



会場内はお客さん満員で今か今かと盛り上がっている…



そして開演5分前、ステージ裏のピリリとした空気の中…





私は




大きく深呼吸して




目をつぶって




静かに武者震いした手をギュっと握って




みんなで円陣組んで言うんです…






「し…しまっていきましょおおお!!!」





(そのあと私はステージ横で一生懸命手拍子(*゜▽゜ノノ゛!!)




(`・ω・´)ゞ!!!!!