第58話 | 臨時作家

第58話


 次に向かう先はひとつしかない。与一の息子であり桂介の父親である忍壁勝也に会わなければならない。住所は新宿区。勝也はエンデバーワークという制作会社を経営していた。今日は日曜日だが事務所と自宅を兼ねていると、以前、英世からきいたことがあった。十年以上も前の情報なので移転していたら、そこで糸が途切れてしまう。事前に連絡をいれたいところだが、かりに秀二が勝也に先刻のことを話しているとしたら勝也は会ってはくれないだろう。勝也は室士家に対し被害者意識を持っている。元高弟であった片桐が室士一刀流に鞍替えしたとして、片桐に敵意を向けてくるだろうことは想像に難くなかった。だが、英世という存在がなくなった今、忍壁桂介の居所を知っているのは勝也しかいない。かつて、弥隅に興信所をつかって桂介の住所を調べてはどうかと提案したことがあった。だが、英世に任せた以上それはできないと弥隅にきっぱりと断られた。今度ばかりは興信所を頼るしかないだろうが、片桐にしてみれば自分で出来る限りのことをしておきたかった。


 勝也の家は変わらずにそこにあった。一階と二階が事務所で三階が自宅であるらしい。片桐は、しばらくビルを見上げインターホンに指を添えた。三階の窓が開き勝也が顔をのぞかせてきた。すぐと顔をひっこめ、ほどなくして三階から階段を下りてくる。事務所脇にある門をはさみ勝也は訝しげに会釈してきた。
「勝也さん、ご無沙汰しております」
 片桐が言うと、勝也は「こちらこそ」と、答えてきた。
「今日は、どういったご用件で」
 探るような目つきだ。どうやら秀二から連絡がきているらしい。
「じつは桂介くんのことなのですが」
「はい」
「いま、どちらにお住まいなのでしょう。どうしてもお話したい事がありまして」
「室士一刀流の先生が、うちの桂介になんの用があるんですか」
 万事休すだ……。
 片桐はひとつ息をつくと「いえ、たいしたことでは」と、言葉を濁した。潮時だろう。片桐は短い挨拶をして北鎌倉へと向かった。



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