第48話 | 臨時作家

第48話


「あの……、忍壁先生」
「桂介だ」
「でも」
「桂介でいい。敬語も厳禁だ。それから……」
 桂介が前方に目をむけたまま、大きな手を建の肩にのせ、二、三度、軽くゆすった。建が面食らって息を呑んだ。
「肩の力を抜け。助手席に鯱鉾(しゃちほこ)乗っけてるみたいで、こっちまで肩がこる」
 建はハンドルを握っている桂介の横顔をまじまじと見た。周一郎は建に対しても桂介に対しても絶えず敬語である。周一郎と桂介が、どうにもつながらなかった。どうすれば、これほど対照的なコンビができあがるのだろう。
 建は肩をおとすとシートに深々と背をあずけた。「桂介さん」と、呼びかける。桂介が、かすかに口をほころばせた。
「白木さんは、桂介さんとはどういう」
「俺は忍壁流の技を周一郎の祖父から教わったんだ」
「白木さんのおじいさん?」
「ああ。周一郎の祖父は神坂英世(かみさかひでよ)といって、俺のじいさんに忍壁流相伝印可(そうでんいんか)を許された、たったひとりの高弟だった。あいつは、その神坂先生の孫だ」
「じゃあ、白木さんは桂介さんの」
「兄弟弟子にあたる」
「………」
 だとすると確かに周一郎と例の密告文はつながらない。しかし、それではなぜ周一郎は室士家に現れたのだ。
「じゃあ、白木さんはどうして……」
「最初に言っておくが、あいつはお前の敵じゃない」
「仁志にとっても?」
 桂介が束の間視線を泳がせ煙草を揉み消した。
「そうだ……と、言いたいところだが、俺はその仁志って人間をよく知らない」
「白木さんは、仁志のことをよく思っていないんじゃ……」
「泣かせでもしたか」
「技を……」
 桂介は長息した。
 やっぱり投げたか……。
「お前が知っている情報だけでいい。周一郎のことを教えてくれないか」
 建は、これまでの周一郎とのいきさつを詳しく桂介に話してきかせた。桂介は終始無言でハンドルを握っていたが、建が話し終えて一息つくと眉間に皺(しわ)をよせた。
 周一郎のやつ何を探っているんだ……。
 建の話が事実だとすると、これ以上の詮索は命取りだ。室士弥隅に訴えられてもおかしくはない。とはいえ周一郎のことだ、この程度のことは想定の範囲内だろう。
 つまり、決して訴えられない室士の弱味をあいつは握っている……。
 周一郎が躍起になって探っているのは、おそらく五年前の事件だ。あの周一郎が好奇心や興味だけで、何度も北鎌倉へ足を運ぶとは考えられない。忍壁への協力とは違う、何かもっと別の理由があるはずだ。
 ここまで考えて桂介は気が滅入ってきた。周一郎に惨劇だの密告文だのと、まるで猫の鼻先に活きのいい鯛を吊るすようなものだ。ますます深入りしていくだろう事は想像に難くなかった。
「問題の手紙と言うのは、どんな内容の手紙だったんだ」
「僕も仁志の秘密だってことしかわからなくて」
「その場には誰がいたんだ」
 建が探るように桂介を見てきた。
「無理強いはしない」
「え」
「聞いたところで俺がしてやれることは無いかも知れない」
 建はしばらくして呟くように喋り始めた。
「……おじいちゃんと、おばあちゃと、仁志。秘密を知らなかったのは仁志のお父さんだけだったみたいです。智司おじさんが、あんなに取り乱したの始めてだったから、僕、驚いてしまって」
 かなり込み入っているな……。
 桂介が大きくハンドルを切って駐車場に車を停めた。鎌倉街道沿いにある一軒のコンビニエンス・ストアだった。
「飲みたいものはあるか」



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