第40話 | 臨時作家

第40話

 弥隅の部屋では、輪島塗(わじまぬり)の座卓を囲み、弥隅と片桐と一堂が顔を突き合わせていた。どの顔にも難色が見てとれる。最初に口を開いたのは一堂だった。
「やはり、白木ではないでしょうか。内容が内容ですし、この道場に、こんな悪質な悪戯(いたずら)をする門弟がいるとは、私には考えられません」
 弥隅と片桐は、ちらと視線を交わした。弥隅が、しわぶきをひとつして、「片桐先生」と、呟いた。
「私は、言える立場ではありませんので。ただ、今回の件、一堂先生の協力なくしては、なにかと……」
 一堂は、弥隅と片桐を交互に見て、膝をすすめた。
「協力を惜しむ気はありません。ですが、知っておくべき情報を知らずにいては、私としても適切な手が打てないんです。早急に手をつけなくては、今回の件、取り返しのつかない事態に発展するような気がして仕方がないんです」
 弥隅が、「そうかも知れん」と言って押し黙った。
 一堂は、弥隅の言葉を、ひたすら待った。風鈴の涼やかな音色が聞こえてくる。遥か遠くで、車のクラクションが鳴った。
「……すべて事実だ」
「事実……?」
「あんな情報を、どこでどう手に入れたか知らんが、あの手紙に書かれていたことは、すべて本当のことだ」
「しかし、河勝さんは……」
 一堂が、後の言葉を呑み込む。弥隅が、無言で首を横にした。
「それでは、仁志も」
「知っていた」
「知っていた……?」
 一堂が片桐の表情をうかがうと、片桐は胸の前で腕を組み、うつむきかげんに硬く目を瞑(つぶ)っていた。
「……どういう事でしょう」
「わしにも、わからん。あいつが、どこで知ったのか。誰が、あいつに教えたのか。さっぱり、見当がつかんのだ。ただひとつ、はっきりしているのは、あれを仁志に教えたのは白木では無いと言うことだ」
「しかし、だからと言って、今日の手紙の一件が白木の仕業ではないと断定するには、あまりにも……」
「頭のいい男だ」
「は?」
「白木だ。あんな男が今日のような子供じみた悪戯(いたずら)をするかの」
「ですが、実際、我々の誘いに乗って、のこのこ、この屋敷に来たわけですし。私には、それほど頭のいい男とは思えませんが」
「そうかの」
 一堂が、何か言いかけた時、背広の内ポケットにある携帯電話が鳴った。一堂が、「すみません」と言って、電話を開いた。
「興信所です」
 片桐は、なにやら思案顔で座卓を睨(にら)んでいる。弥隅が、「片桐先生」と、声をかけると、片桐は夢から覚めたかのように目をしばたいた。
「このところ毎週のようにご足労いただいて、お疲れではありませんか?」
 片桐が首を横にしながら、「私が好きでしている事です」と、温色をたたえた。
「なんだって?」
 電話をしていた一堂が声を荒げる。弥隅と片桐が顔を見合わせた。


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