第7話 | 臨時作家

第7話

「今度は一堂先生が宗家の代わりを……ですか」
「あの乱取りはすごかった」
「あの時の一堂先生、本物の天狗のようでしたな」
 顔を見合わせ三人は哄笑した。一堂に皆伝印可を出すとき弥隅みずから一堂の相手をつとめた。弥隅がすすんで名乗りを上げたわけではない。一堂と互角に打ち合える門人が宗家である弥隅をおいて他にいなかったのだ。
 弥隅はちらと付け書院の上に置かれた上伝印可状を見た。
「わしから推薦したのでは何かと角がたつのでな。後は任せる」
「承知致しかねる場合は……」
「推薦しなければいい。任せるとはそう言うことだ」
 三人は一様にうなずいた。
 滋子は部屋の隅に端座し、複雑な面持ちでその様子を眺めていた。


 一堂が道場の更衣室で着替えをすませて出てくると、建があらたまった様子で深々と頭をさげてきた。
「今日の稽古、よろしくお願いします」
 一堂は「よろしく」と言って微笑んだ。
 宗家の孫となると苦労も多いだろう……。
 弥隅は礼儀に厳しい。建は箸をつかうより早く礼儀を教えこまれた。武道の世界において礼儀作法が最も有効な交流手段であるということを、建は経験から知っているのだ。
 平八郎が建の肩越しから、ひょっこりと丸い顔をのぞかせた。
「一堂先生、それ、なんですか?」
「ん?」
「右手に持ってはる、それ」
 一堂は右手に下げた、ひき肌竹刀(しない)を見下ろした。一堂が道場で竹刀や刀などの獲物(えもの)を持っている姿を目にするのは師範研修の時だけである。建が幼い頃は一堂も同じ稽古で汗を流していたが、ここ十年ほどは稽古をしなくなった。噂によると伊豆道場で稽古をしているそうだが真相は定かではない。一堂は学生の頃、剣道も習っていて、全国大会三位までのぼりつめた経歴を持っている。
 一堂がひき肌竹刀を持ち上げて言った。
「袋竹刀(ふくろじない)でしょ、これ」
「そうですけど、それで、なにしはるんですか」
「ああ、これね。腰の運動」
 建と平八郎は納得した様子でうなずいた。
「あのね。ここ、笑うところでしょう」



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