如月の満月に亡くなりたい(後編) | 占い師・亀丸公式ブログ 亀丸の占い教室

亀丸です。


前編 よりの続きです。



そもそもお釈迦様は旧暦2月の満月の日に亡くなったのでしょうか?



インドや東南アジアでは、お釈迦様は生まれた日、悟りを開いた日、亡くなった日の3日は
すべて同じ日に起こったとされています。
その日は現在の太陽暦5月の満月の日で、タイではこの日を「ウィサーカブチャー」と呼びます。
http://ameblo.jp/kamemaru555/entry-11545161868.html



もう少し正しくいうと、インド暦のウィサーカ(visakha)月(=おうし座の月)の満月の日のこと。だいたい5月になります。

如月(2月)では全くありません。


なぜ日本とインド・東南アジアで、このような時期のズレが起こっているんでしょうか?


調べていくと、答はたぶん難しくありません。
インド暦でウィサーカ月は2番目の月にあたるのです。


1番目の月がチャイトラ月と呼ばれ、おひつじ座の月になります。
十二星座はおひつじ座が先頭ですから、4月頃が新年になるのです。
タイでは今でも4月が新年です。
http://ameblo.jp/kamemaru555/entry-11508483121.html


その次の2月がウィサーカ月になります。
おひつじ座の次はおうし座です。5月頃です。


中国に仏教がやってきた時「お釈迦様は2番目の月の満月の日に亡くなった」という話で伝わって、「ああ、2月(如月)の満月に亡くなったんだ」と勘違いしたんでしょうね。
これがそのまま日本にも伝わりました。
以降日本ではずっと仏陀は如月の満月に亡くなったこととされています。
現代でもお寺での涅槃会(仏陀の入滅を弔う行事)は2月15日か、3月15日(2月または旧暦2月=3月)に行われています。


こういう系の話は一度伝わってしまったものがなかなか元に戻らないものなんだなと思います。





でも、『願わくは 花のもとにて 春死なん その如月の 望月の頃』が名歌なのには変わりありません。


この歌の「花のもとにて」の「花」とは、桜のことです。

西行は大の桜好きです。
毎年、吉野山に桜を見にいっていたほどで、白洲正子氏の著書によると、現代でも名所として名高い吉野山の桜の素晴らしさを最初に評価したのは西行だそうです。



旧暦2月の満月の頃は、桜の咲く時期と近いです。
年によってはちょうど満月の晩に、桜が咲き誇っていることもあります。
満月と桜の組み合わせは、芸術家・西行の美意識を最高に刺激したのでしょう。


満月の光が照らすサクラ満開のなかで、静かに息を引き取りたい──というイメージは日本人の美意識の究極形かもしれません。

西行の激しい美意識が込められたこの歌は、如月の満月じゃなければならないんでしょうね。



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