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私は小さい


地球が手狭になった人々は月に移住した。
月に移住した人々は、月が手狭になると火星に移住した。
そうして豊富な資源を得たが、どこに行っても人間には水が足りなかった。

月には地球から移送された水も、火星までは届けられない。
火星の人々は地下にほんの少しある水と、サボテンからとれる水分で生活しているのだが。


「かなめ、地下に行こう!」

突然、サボテン倉庫に駆け込んできたジョーイが叫んだ。かなめは驚いて手にしていたサボテンを取り落とした。

「いったあ!サボテン刺さったあ!」

「あーあ。相変わらずかなめはトゲ抜きがヘタだな」

「ジョーイがびっくりさせるからだよ!」

かなめは慎重にサボテンのトゲを足から引き抜く。ジョーイはそれを見ながら足踏みしている。

「もう、トゲなんかいいから、これを見ろよ!」

かなめはジョーイを軽くにらみながら、ジョーイがもっている紙を受けとる。

「地下鍾乳洞見学ツアー?」

「当たったんだよ!カリカリ君の当たりクジが!」

かなめはジョーイの顔を見つめる。ジョーイの頬は赤く、目は丸く、嘘をついている顔ではなかった。

「地下鍾乳洞……?」

「そうだよ!地下鍾乳洞には何がある?」

「水だ!」

かなめはジョーイの手をとってくるくる回りだした。振り回されながら、ジョーイは真面目な顔でつぶやく。

「ただ、一つ、問題がある」

「問題?」

「ここを読んで」

ジョーイがさしだす当選のお知らせの書簡の下、いやに小さな文字で注意書が書いてある。

「中等生、ならびに宙航士訓練校生以下の方は保護者の同伴が必要です……」

「な?」

かなめはジョーイに泣きそうな顔を向けた。

「僕たち、保護者なんていないのに……」

かなめとジョーイは孤児のための全寮制の学校にいる。保護者である担任のミス・ジーンはムチを手に生徒の間を闊歩する。ただ、誰もそのムチがふるわれるのを見たものはいないが。

「ミス・ジーンは生徒をエコヒイキしたりしない。当たりクジがあっても僕たちだけ特別あつかいなんか……」

「そこで、だ」

ジョーイが胸を張って両手を腰に当てた。

「いないなら、作ってしまえばいいんだ!」

かなめはポカンとジョーイを見上げた。




「で?」

シュウの聞いたこともないほどの低い声の問いかけに、かなめはすくみあがる。

「だから、あの……ジョーイがね……」

「今は、ジョーイの話はいい。お前がどう思っているか、それを聞きたいと言ってるんだ」

「あの……シュウが僕のお母さんのふりをしてくれたらいいなあって……」

シュウは、ばん!と強く机を叩いた。

「お父さんならまだわかる。が、なんだ、お母さんというのは!?」

シュウの怒りに縮こまったかなめに、扉の方から援護射撃がやってきた。

「だってシュウ、びじんなだもーん」

「……ニナ、ここは男子寮だ」

「知ってるわよ。それより、お母さん用の衣装、持ってきてあげたわ」

「お母さん用のってなんだ」

「ワンピース」

「女装などできるか!」

シュウは椅子を鳴らして立ち上がる。ニナは目を細めてシュウを見据えた。

「まったく男らしくないわね」

「なんだと」

「困ってるルームメートに手を貸すことすらできないなんて」

「できないなんて言ってない。ただ、お母さんはおかしいだろうと……」

ニナはシュウの眉間に指を突きつけた。

「あなたの長い髪、まだ高い声、細い手足!それでお父さんは無理がある!」

「お兄さんでもいいだろう!」

「お兄さんなら、確実に身分証の提示を求められるわ。それに」

ニナはニヤリと笑う。シュウは恐る恐る問う。

「それに……?」

「ルカは快諾したわよ」

扉の影から、これまで隠れていたらしいルカが顔を出した。ジョーイのルームメートの強面のルカは、頬には丸く赤い頬紅、唇はきっちりと赤く、しかし眉毛はボーボー。筋肉質の腕がワンピースから見えている姿は、シュウに悪夢を見せそうだった。

「……わかった」

「え!シュウ、やってくれるの?」

かなめが驚き立ち上がったのを、シュウが制した。

「わかったから、化粧は自分でやらせてくれ」

ニナがぷうっと頬をふくらました。



「うわあ、シュウきれいだよ!」

かなめの賛辞を、シュウは苦虫を噛み潰したような顔で受けとめた。

「シュウ……ずるいぞ、お前だけきれいになりやがって」

ルカが唸るように言う。

「きれいになりたければ顔を洗ってこい。化粧してやる」

ルカはぐぅっと言葉につまった。女装のままこれ以上、廊下を歩く勇気はなかった。

「準備できたなら、二人とも急いで!」

「窓から抜け出そう!」

「窓からって……」

「玄関からだと目立つでしょ?」

「いや、そうではなく」

シュウがかなめとジョーイに手のひらを向け、二人を止めた。

「地下鍾乳洞ツアーはいつだ?」

ジョーイがけろりと言う。

「今日だよ」

「……何時からだ?」

「K4トラムに14時集合」

「走るぞ!」

シュウが叫んで窓枠を飛び越える。ルカが続き、あわててジョーイが窓を越える。かなめはぽかんとただ見ていた。

「かなめ、来い!」

ジョーイに手を引かれ、かなめは慌てて窓枠を飛び越え走り出した。

「いってらっしゃーい!」

後ろからニナの明るい声が聞こえた。


トラム乗り場で、シュウとかなめの母子はなんということもなく通されたが、ジョーイとルカの母子は係員の冷たい視線に一瞬止められた。

「お父さん……ですか?」

「母親です!」

ルカの裏声の主張にジョーイが吹き出し、ルカはジョーイに拳骨を落とした。係員はジョーイのたんこぶを心配したのだろう。それ以上何も聞かずルカを通してくれた。

「まったく、私の美しさがわからないなんて、あの方目が腐ってるんじゃないの?」

ジョーイが母親のスカートを引いて黙らせるまで、ルカはぶつぶつと文句を言い続けた。


トラムは滑るように、あっという間にA1乗り場についた。
すべての水の出入り口。この星で一番賑わっている場所だ。

トラムを下りるとがやがやと道行く人のさざめきが世界いっぱいに広がっていた。
頭上のドームは水蒸気で曇っていた。

「僕、なんだか頭が重いよ」

「僕もだ」

「湿気のせいだな。気温と湿度が高いと、地球では不快に感じると読んだことがある」

シュウの言葉にかなめが心配そうに眉を寄せる

「ねえ、これからもっと湿度が高いところへいくんだよね?僕たち、大丈夫かなあ」

シュウは冷ややかにかなめを見下ろす。

「怖いなら、帰るか?」
かなめはぶんぶんと首を横に振った。

「いやだ!僕は見たいんだ!この世のなにもかも」

ジョーイが一緒になって口を開く。

「そうだ、僕たちは見るんだ、水を、この地面の下を!」

シュウは笑顔で二人の頭をぽんとした。

「いくぞ、息子たち。しっかり目に焼き付けろよ」



「わあ」

鍾乳洞に入ったかなめの第一声は、石灰質の壁に、天井に、地面に反射した。

「すずしい!」

「ちっとも不快じゃないよ!」

二人の声のこだまは、他の参加者のはしゃぎ声の中に飲み込まれていく。

「お前たち、壁をさわってみろ」

シュウの言葉に、二人は手を伸ばす。

「水だ!この壁、水でいっぱいだ!」

ルカも一緒になってはしゃいでいる。

それから進んでいく洞窟の壁はすべて水で濡れていて、ところどころには水溜まりもあった。
ツアー参加者は水溜まりに手を突っ込んで頭から水を浴びた。中には水の中に飛び込むものもいた。

「うわあ、さむいよぉ」

水で遊んでいたかなめはすぐにぶるぶると震えだした。
シュウはスカートの裾でかなめを拭いてやりながら、説明する。

「ここは地上の温風設備から隔たっている。地表のように寒いんだ。そこに水など浴びれば凍えて当然だ」

「わかってるのに止めなかったの?」

「止めたら、やめていたのか?」

「まさか!」

かなめはシュウの顔を見上げてにっこりする。

「なんだって見たいんだ!なんだってさわりたい!だって僕はまだ何も知らない!」

そうしてかなめは小さな手で、水をすくって飲んでみた。

「冷たい!おいしい!」

シュウはそれを見て微笑む。

「お前は、その小さな手で、どれだけたくさんのものをつかむんだろうな」

「たすけて、シュウ!」
ジョーイの叫びに振り向くと、ルカがそのたくましい胸にジョーイを抱き留め、暖めようとしていた。

「ルカ、お前の母性本能は強すぎだ」

シュウは苦笑いして二人を見守った。