水晶龍の洞窟 4

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私はお風呂派


騎士見習いになってから二週間が過ぎ、マーガレットは訓練が終わっても倒れこむことがなくなりました。午前中の三時間の走り込みと午後の五時間の剣の稽古を毎日続け、ほっそりしていたマーガレットの手足にしなやかな筋肉がつきました。
昼休み、丸パンをかじりながらマーガレットは腕を曲げ、カイルにちからこぶを作ってみせます。

「ほら、カイル。私も力持ちになったのよ」

「毎日見せなくてもわかってるよ。それよりパンを置いてから喋るべきだ」

カイルはあっという間に昼食を食べ終えてマーガレットを待っています。

「行儀が悪いから? カイルは母上のようなことを言うのね」

「礼節が騎士の第一義だ。食事のマナーも大事なことだ」

「でも、私は勇者になるんだから、騎士の礼儀は関係ないと思うわ」

カイルはぴしりと伸びた背を、ふにゃりと曲げて猫背になってみせました。

「こんな勇者を信用できる?」

ついでに口をぽかんと開けてみせます。

「……嫌だわ、国の命運を任せたくないわ」

マーガレットは両手で目を覆います。カイルは笑いながら姿勢をただしました。

「ほら、早く食べないと遅刻するぞ」

急かされて、マーガレットは急いで、しかし優雅に食事を終えました。



「本日から本物の剣での素振りを始める。くれぐれも怪我には気を付けるように」

普段は訓練には参加しないウォルター兵士長が珍しく姿を見せました。

「剣は騎士の忠誠心を示します。各々、自らの心を扱うのだと思い、剣にむかうように」

ピートが一本ずつ、剣を騎士見習いに手渡していきます。マーガレットも受け取って、そのずっしりとした重さにびっくりしました。訓練用の木剣とは比べものにならない重さに、思わず剣を取り落としそうになりました。隣にいたカイルはしっかりと剣を握ると、胸の前に立てて持ちました。そうしていると本当の騎士のようでした。マーガレットも真似して剣を掲げてみました。ふつふつとお腹の底から嬉しさが湧きあがります。

(これで私もまた一歩、勇者に近づいたんだわ)

「剣は行き渡ったか! これより訓練を開始する!」

兵士長の号令で皆は剣を腰に佩きました。皆の表情が今までとは違っています。眼差しはキリッとして、密かな意思を秘めたような目をしています。剣の重さが皆に変化をもたらしたのでした。

「抜剣!」

皆が鞘から剣を引き抜きます。銀色の刀身に日が射して白く光ります。マーガレットはその光を今まで見た何よりも美しいと感じました。

「かまえ!」

片手用の剣を右手に握り、右足を半歩前に出し左手は腰の位置まで下ろします。

「打撃!」

右手を大きく振り上げ、振り下ろします。剣の重さに何人か、引きずられるようにたたらを踏みました。マーガレットもあやうく前に踏み出しそうになりましたが、なんとかこらえ、剣をまた元の構えに戻しました。
それから一時間、本物の剣での素振りは続きました。皆腕が上がらなくなるほどに疲れています。ピートが全員から剣を受け取ります。ピートが前に立っても、マーガレットは剣を手放そうとしません。

「どうしたんですか、マーガレット。疲れて手が開きませんか?」

マーガレットは剣をぎゅっと抱きしめてからピートに手渡しました。

「私の最初の相棒に挨拶していたのです」

そう言ったマーガレットを、ピートは優しく見つめました。



訓練後、騎士見習いたちはいつもより大きな声で話しながら宿舎へと戻っていきます。マーガレットはカイルと並んで歩きます。

「どうした、マーガレット? 後宮に戻らないのか?」

「私も皆と宿舎で暮らしたいわ」

カイルはあっけに取られた表情でマーガレットの顔をまじまじと見ています。

「だめかしら?」

「だめだろう」

「どうして?」

「宿舎は男子のみが住んでいるんだ、女性が一緒に入れるわけがない」

「でも、私も騎士見習いだわ」

「それ以前に、一人の女性だ」

カイルにまっすぐ見つめられてマーガレットはすごすごと下を向きました。

「わかったわ。部屋に戻る」

とぼとぼと去っていく背中にカイルは「また明日な!」と呼びかけましたがマーガレットからの返事はありませんでした。


部屋に戻れば、マーガレットは姫として過ごさねばなりません。重たく長いドレス、結いあげた髪、きゅうくつな靴。それらすべてを、マーガレットは捨てたつもりでした。けれど騎士見習いとしている時間以外は、やはり姫は姫なのでした。
汗を流すために浴室へ入ると侍女が四人待っていて、入浴の手伝いをします。香りの良い湯に浸かり手足を伸ばしていると、昼間の疲れが抜けていきます。それと同時に自分の努力も水に溶けていってしまうようで、姫は悲しくなってしまいます。

(私はどこまで行っても、所詮は姫なのだわ。守られる存在であって、第一線に出る兵士にはなれはしないのかもしれない……)

すいすいと大きな浴槽を泳ぎながら姫は考えます。

(いくら剣を振れるようになっても、私はただの姫……)

「姫さま! はしたのうございます!」

侍女の一人が大声で叫びながらバシャバシャと湯を蹴立てて姫に走り寄ると、裸のお尻にローブを着せかけました。

「お尻をまるだしにするなど、レディーの仕草ではございません!」

たしなめられて、姫はプッと吹きだしました。そうしてザバリと湯音高く立ち上がり、侍女をめんくらわせました。

「私は勇者になるんだから! 姫ならはしたないかもしれない。けれど勇者なら……」

「勇者はお尻を丸出しにはいたしません!」

侍女はやっぱり叫ぶと、ローブをマーガレットに着せかけました。マーガレットは口をつきだして渋々ローブをまといました。

(でもいいわ。今日は本物の剣を振れるようになったのだもの。大きな前進だわ)

そうして姫として晩餐の席に向かったのでした。



剣を持った姫、やっとレベル2。









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定型の悪夢

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悪夢を見て目覚めると起き上がるのが憂鬱である。できればまた、ずぶずぶと夢に潜っていきたいと思うのが不思議だ。現実は悪夢より恐ろしいということだろうか。

久しぶりに悪夢を見たのだ。
高校に行かなければならないのに、制服のブラウスがないのだ。遅刻はできない。必死に探していると、窓の外、外壁から突き出た鉄骨の端にブラウスが引っ掛かっている。窓から下を見下ろすと地面が見えないほどの高層にいる。
それでも学校に行かねばならないから鉄骨を渡ってブラウスを取りに行く。全身から血の気が引く。鉄骨に抱きつくようにして這いより、あと少しで手が届くというところで目が覚めた。

私の悪夢は大抵、高校に行かねばならないという夢である。数十年前に卒業したはずの過去に未だ囚われ続けている。生きていくのが苦しかったあの頃に。

私には友人がいない。高校に入って一番に決めたことが「他人と関わらずに生きていく」ということだった。人と話したり笑ったりという日常の些細な何もかもが恐ろしく、辛かった。
今思えば、あれは思春期鬱だったのではないかと思う。けれどその当時、鬱という病気は遠い国の話を聞くようで、どんなものなのか見当もつかなかった。とにかく私は生き辛い毎日に耐え続けた。学校に通わなくなれば、この苦しみは消えるのだと思っていた。

ブラウスが見つからない。風にはためき今にも飛んでいきそうなブラウスを掴むことができない。私はあのブラウスを着て、学校に行かなければならないのだ。そうしなければ、この苦しみは消えはしない。

ある日、また悪夢を見た。クローゼットを開けると、端から端までずらりと濃紺の制服がかかっていて、夜の蓋が開いたかのようだった。やはりブラウスはない。真っ白なシミ一つない清潔なブラウス。私はブラウスを求めて制服をかき分ける。クローゼットに顔を突っ込んで探しても、どこにもブラウスはない。早くしないと卒業式が始まってしまう。卒業できなくなってしまう。

悪夢から目覚めるたびに自分がどこにいるのか分からなくなる。歳も分からず、本当にブラウスを探さなければならない気持ちになっている。目が覚めきって、高校はとっくに卒業したのだと思い出した一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、呼吸が楽になる。けれどはっきり目覚めると現実は肌がヒリつくほどに痛いのだ。

私のブラウスはどこにあるのだろう。どうやったら掴めるのだろう。

ブラウスがない。巨大な迷路の真ん中でパジャマ姿のまま立ち尽くす。四方の道をどちらに進めばよいのか、おろおろと惑いながら、どこにも歩き出せない。

高校を卒業してから数十年私はブラウスを見つけられないままだ。果たしてそれは本当はどんな色でどんな形をしているのだろう。
手を伸ばしてもあと一歩届かない、あのブラウス。とうの昔に捨て去ったというのに。失くしてしまったというのに。








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平和な家庭の日曜日

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ビートルズで好きな曲は?

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「平和な家庭の日曜日みたいな曲だね」
そう言った彼女の音楽の好みはクラシックだった。僕にとってはクラシックこそ日曜日的だと思うのだけど。けれどどちらにしてもテレフォンオペレータという仕事のBGMにビートルズは向かなかったかな、と曲を変えようとしていると、彼女が僕を止めた。
「いいじゃない、そのままで。ねえ、この曲、なんていう題名?」
「Strawberry Fields Forever」
「ふうん。転調したり、ピッチが急に変わったり、すごく独特な曲ね。フルートやチェロも入っていたり、シタールもね。異国感があるけど、すごく身近にも感じられる。ああ、ラストの逆回転っぽさもよかったわ」
僕の一番好きな曲が彼女のお気に召したようで嬉しくなる。次に流れ出したのは僕が二番目に好きな曲。
「Lucy In The Sky With Diamonds」
「へえ、可愛いのね、君の趣味。私、好きだわ」
平和な家庭の日曜日、僕達は並んで座っておしゃべりをする。うん、なんだかビートルズの歌詞に出てきそうだ。僕はもっと彼女と話し続けたかったけれど、電話が鳴って彼女は働きだした。僕にもすぐに仕事がやってくる。電話のベルで二人は離れる。それ以上近づくには電話のない世界へ行かなくちゃ。いつか大音量のビートルズと、彼女が好きなクラシックで踊り明かして日曜日をむかえたい。
そのためにも、さあ、仕事仕事。電話の向こうからやってくる怒りや欲望や、ごくほんのたまに出会う感謝の言葉と過ごさなくちゃ。今日はまだ週の真ん中、水曜日。彼女という戦友と肩を並べてたたかう木曜日、ほっと息つく金曜日、いつまでも寝坊する土曜日。いつかやってくる、彼女と過ごす平和な家庭の日曜日。働かなくちゃ、それまでは。僕はインカムのマイクのスイッチを入れた。
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クチナシは忘れない

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夜の散歩を日課にしてから三ヶ月が過ぎた。暗い道を歩いていると、色々な音や匂いに気づく。ある家の前を歩くと赤ちゃんの笑い声が聞こえる。ある家の前を歩くと包丁を使う音が聞こえる。
匂いにも敏感になった。猫の匂い、桜の匂い、星にさえも匂いはあった。夜のなかを気ままにどこまでも歩いた。
ある夜、どこからか仄かな甘い香りが漂ってきた。懐かしい香り、けれど何の匂いだか思い出せない。匂いをたどって狭い路地に入っていった。
右手にブロック塀、左手に山茶花の生け垣、その間の細い道を抜けると、小さな公園があった。ブランコと滑り台が、月明かりの中、ぽつんとおいてけぼりになっていた。
公園のすみに、クチナシが一群咲いていた。近づいて胸いっぱいに甘い甘い香りを吸い込む。
パッと目の奥に映像が浮かんだ。小さいころ、誰かとクチナシの花の香りのなかで大切な約束をしたのだ。小さな公園で、ブランコに並んで乗りながら。あの公園はここではなかったか?
「かすみ」
名前を呼ばれて振り返るとまだ小学生くらいの少年が立っていた。
「……かっちゃん?」
その名前を口にだした途端、記憶が過去に遡った。
『やくそくだよ』
「やっぱり、かすみだ。変わらないな」
かっちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「かっちゃん、どうしたの?どうしてここにいるの?」
「かすみに会えるかと思って。クチナシの匂いが好きだっただろ」
かすみは少年に歩み寄る。少年の背丈はかすみの肩までしかない。かっちゃんはこんなに小さかったんだ。
「かすみ、やくそく、覚えてる?」
「え……」
少年は頬をふくらます。
「やっぱり、忘れちゃったんだ。相変わらずかすみは忘れん坊だなあ」
「……ごめん」
「まあ、いいや。今日はやくそくを守りに来たんだ」
かすみは思い出そうと頭をひねったが、思い出せるのは優しい声ばかり。
「やくそくだよ。かすみ、クチナシの花が咲いたら……」
「あ……」
急に頭の中の靄が晴れたように、幼いころの情景が色鮮やかにまぶたの裏によみがえった。
「だから、かすみ。俺のところに来て」
少年の体がゆらりと歪む。
「かっちゃん?」
「もどってきて」
少年は声だけを残して、消えた。
途端に身体中に激痛が走った。甲高いクラクション、強い衝撃、地面に打ち付けられる。倒れふしたかすみの体にはらはらとクチナシの花びらが散る。


うっすらと目を開くと、やわらかな昼の光が白い天井に映っているのが見えた。ぼんやりとその光を見ているうちに、懐かしい香りに包まれていることに気づいた。顔を横に向ける。真っ白なシーツと真っ白な花が見えた。
「かすみ」
呼ばれて、ゆっくりと目をあげる。ベッドのそばに背の高い青年が立っていた。
「……かっちゃん」
呼ぼうとしたが、喉から息が少し漏れただけで声にはならなかった。唇も乾燥しきってうまく動かない。
「かすみは寝坊助だな。もう三ヶ月も寝坊だぞ」
青年がかすみの手を握る。
「クチナシの花が咲いたよ。やくそくだ、俺と結婚してください」
かすみは小さく頷いた。


毎年、二人の家にクチナシの花が咲く。そのたびにかすみはやくそくを思い出す。やわらかく甘く香る、過去からの呼び声を。

『やくそくだよ』



散り落ちた真珠

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努力は必ず報われる?ブログネタ:努力は必ず報われる? 参加中

私はそうとも限らない



「そうだな、あと10キロ痩せてお洒落したら付き合ってやってもいいかもな」

彼の言葉から真奈美の戦いは始まった。食べることが大好きな自分を叱咤して、甘いものも炭水化物も取らず、激しい運動をして一ヶ月で10キロ落とした。
今まで入ったことのない店で高い服を買った。
宝飾品店で身に付けたこともない真珠のネックレスを買った。真珠は変われた自分を祝福するようにきらめいていた。
鏡の前に立った真奈美は、それまでの真奈美とはまったくの別人だった。この姿なら、今の私なら、彼は振り向いてくれる。真奈美は踊り出しそうな気持ちを抑え、彼の元へと歩いていった。

「へえ、ダイエット成功したんだ」

そう言った彼の隣には美しい女性が立っていた。洗練されたドレス、上品な笑顔、見るからに優しそうな瞳。とても真奈美が太刀打ちできる相手ではなかった。

「誰か似合いの男を探せよ」

二人が去って行くのを真奈美は茫然と見送った。何かにつかまりたくて胸のネックレスを握りしめた。ぷちりとネックレスの糸が切れて真珠が散り落ちた。