映画「午後8時の訪問者」 平成29年4月8日公開 ★★★★☆

 

 

 

若い医師ジェニー(アデル・エネル)が診療時間を大幅に過ぎてから鳴らされたドアベルに応対しなかった翌日、

近所で身元不明の少女の遺体が発見される。

診療所の監視カメラにはその少女が助けを求める姿が映し出されていた。

自分が診療しなかったせいで少女が死んだのではないかという思いにさいなまれるジェニーは、

少女の生前の足取りを調べ始める。                              (シネマ・トゥデイ)

 

(スタンプをもらいそこねた)武蔵野館で観た作品がこれ。

比較的高齢の男性中心に満席だったんですが、前の人の頭で字幕が全くみえな~い!

去年の改装後、傾斜をつけ、前後の席を互い違いにした・・・とHPには書いてありますが、私の好きな端っこの席だと

まさに字幕の真ん中に前の人の頭がかぶるから、もうストレスMAXです。(別に前の席の人が悪いんじゃありません)

いつも空いてる時間を選んでるからあまり感じてなかったんですが、あのご自慢の「フランス・キネット社の椅子」も

隣の人が動くたびにものすごく揺れるんですけど~ たまたま固定が甘かったんじゃないかと思うくらい。

 

ま、それはそれとして、「午後の8時の訪問者」です。

ダルネンヌ兄弟監督の最新作で評価高く、本作も立場の弱い人たちが一生懸命生きている姿を描いていて

「心優しい社会派ドラマ」のイメージが強いんですが、今まで見た中では「サンドラの週末」に似てるような気もしました。

 

町はずれの診療所で高齢の医師の代診をする若い女医ジェニー・ダヴァン。

アシスタントの研修医のジュリアンは言われた仕事をすぐにしないし、患者の発作をみて動転するし、

なかなかに使えない助手で困っています。

8時過ぎになって玄関のチャイムがなり、ジュリアンがすぐに応答しようとしますが、

「もう診察終了1時間も過ぎてる。急患なら何度も押すはずよ」と彼を止めてしまいます。

 

「医者になろうとしたら、もっと自分をしっかり持つべき、あなたは患者の態度に振り回され過ぎよ」

というジェニーがアドバイスするのですが、それに逆切れしたか、

また仕事時間も終わっていないのに、ジュリアンはさっさと帰ってしまうのです。

 

ジェニーは大きな病院での勤務が決まっている前途有望の医者で、貧困地域の往診や診療はもうこれが最後だったのですが

翌日、刑事が診療所の防犯カメラのデータを貸して欲しいとやって来ます。

前夜川岸の工事現場で若い黒人女性の遺体が見つかり、その捜査だったのですが、

8時に診療所のチャイムを鳴らしたその少女こそが見つかった遺体の女性だったのです。

派手な上着にピンクのスカートのその少女はジェニーの患者ではありませんでしたが、自分がドアを開けていれば

彼女は死なずにすんだわけで、ジェニーはの深い懺悔の気持ちから、この事件を解決しようと心に決めます。

 

ここからは一転「女医探偵ジェニーの事件簿」って感じで、ぼんくらアシスタントのジュリアンとの名コンビで事件解決!

と思いきや、ジュリアンは翌日から出勤せず、家に行ったら、「医者は向かないから田舎に帰って林業をやる」というのです。

「入り口を開けようとしたあなたを止めた私が間違っていた」

「あなたへのアドバイスも行き過ぎていたかも。医者になる夢を捨てないで」

といっても、ジュリアンは聞く耳をもたず、これ以降音信不通に。

 

そもそもジェニーはあの場面では必ずドアをあけるタイプだったのに、

あの時に限って、ジュリアンを止めることで力関係を見せようとしてしまった・・・そのときの自分が許せないのです。

そして、身元すら特定できない少女の名前だけでもなんとかさがしだそうと、ジェニーは必死になります。

無縁仏にされるのはかわいそうと、彼女のために420ユーロで墓地を購入し、

さらに、事件調査のために、決まっていた大病院の仕事を断って診療所を引き継ぐことを決めます。

 

ジュリアンも戻らないし、看護婦もいないから、ジェニーはたったひとりで、診療をし、車で往診をし、

カルテの整理や医療事務やその他すべてをこなす傍ら、街へ出て聞き込みしたりします。

患者たちは真夜中だろうが、電話をかけてきて、そのたびにジェニーは出かけていくので、プライベート時間なんて皆無です。

 

アルコール依存の女性患者の息子が胃痛で往診を頼まれるのですが、事件の話をして少女の写真を見せた瞬間に

息子のブライアンの脈が速くなったことに気付いたジェニーは、忘れ物をしたふりをして戻りブライアンを問い詰めます。

ブライアンの話で殺された少女はトレーラーのなかで売春をしてたとわかると、

「医者には守秘義務がある、誰にもいわないから心配しないで」といいながら

そのトレーラーの持ち主に接触したり、ブライアンのバイクを追跡したり、

ほとんど女刑事みたいで、ヤクザみたいな人に問い詰められて脅されたり、穴に落とされたり、恐い目にもあったりして・・・・

 

自責の念が強いのはわかるけれど、それ医者の業務範囲超えてません?って思いますけどね。

 

サンドラの週末」でも、マリオン・コティヤール演じるサンドラが、自分の職を取り戻すために、

何かにとりつかれたかのように同僚の家を訪問して強引な説得をしてまわるのですが、

「ヒロインの真意が理解できないまま見守る時間が延々と続く」というのは明らかに共通点です。

あの時は絶世の美女のマリオンがノーメイクで、ブラひもが丸見えのタンクトップ姿が印象的だったのですが

本作のジェニーも、美人なのに全く身なりはかまわず、いつも同じチェックのコートを着ていたのもなんか似ています。

 

それにしても、被害者の身元を割り出すのは警察の仕事なのに、何にも働かないから、ジェニーが頑張り過ぎちゃうじゃないですか!

結局警察が分かったと言っていた身元は間違っていましたよね。ジェニーがしつこいから適当にでっち上げたということ?

単なるミスだとしても、警察がこんなにポンコツでいいんだろうか?

 

まあ「火サス」的には、直後に診療所を出たジュリアンが何かを目撃して、それが原因で身を隠した・・・みたいな展開を予想しますが

そこは、ダルデンヌ兄弟ですから、そんなことになるわけないです。

 

「事件の真相」は拍子ぬけするくらいつまらないから、あえて書きませんけど、ともかく「移民少女の死」という一つの事件があって、

それに直接的に間接的にかかわった人たちは、何らかの心の内なる衝突に苦しむものだ、というのはわかります。

無関心に徹しようとしたり、でも忘れられなかったり、必要以上に自分を責めたり・・・

そういった人間の心の葛藤をあぶりだした作品と言えると思います。

 

医師の仕事って、高学歴高収入で社会的地位が高い仕事ですけれど、本来の仕事は、弱ったり苦しんでいる人に触れて

彼らの苦しみを理解して寄り添う仕事なんですよね。

本作の中でも、患者の前に跪いて脈をとったり触診するシーンがとても多かったように思います。

現実的にはあの診療所に看護婦が一人もいないというのは不自然なんですけど、その辺を際立たせるために

あえて看護婦の仕事も全部ジェニーにやらせたんでしょうかね。

 

全編フランス語だったので舞台はフランスだと思い込んでいたのですが、ダルデンヌ兄弟ですからベルギーのどこかなんでしょうね。

EUの本部のある国だから離脱はできないし、今後もいろんな国からの移民は減ることはないでしょう。

きっとこの国の「移民問題」も背景にあるんでしょうね、日本人にはわかりづらいけれど・・・