映画「ハドソン川の奇跡」 平成28年9月24日公開 ★★★★★
原作本「機長、究極の決断 ハドソン川の奇跡」 C.サレンバーガー 静山社文庫

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2009年1月15日、
真冬のニューヨークで、安全第一がモットーのベテラン操縦士サレンバーガー機長(トム・ハンクス)は、
いつものように操縦席へ向かう。
飛行機は無事に離陸したものの、
マンハッタンの上空わずか850メートルという低空地点で急にエンジンが停止してしまう。
このまま墜落すれば、乗客はおろか、ニューヨーク市民にも甚大な被害が及ぶ状況で
彼が下した決断は、ハドソン川への着水だった。           (シネマ・トゥデイ)


バードストライクで飛行不能になった機体をハドソン川に着水することで乗客全員の命を救った話。
7年前の実話のクリント・イーストウッドによる映画化ですが、私は全くの「美談」としての側面しか知らなかったので
ひたすらカタルシスを味わう、爽やかな話なのかと思っていました。





先日機長本人の書いた原作を読んだんですが、そこにもNTSBの調査のことなどなかったから
(先日の日記には)本が書かれた後に起こった「後日談」なのかと書いてしまいましたが・・・・
そうではなくて、世間では「英雄」とたたえられながらも
(乗客が全員助かっていても)判断が間違っているということになれば、一転、罪人になってしまう・・・
そんな機長の苦悩を描いた映画なのでした。

前に「フライト」という映画があって、デンゼル・ワシントン演じる機長が超人的な技術で
胴体着陸に成功して被害を最小限に食い止めたけど、
後日、血液中からアルコールや薬物が出て、一転容疑者となってしまう映画がありました。
彼は、日頃から泥酔したうえに「コカインですっきり」という状態で操縦かんを握っていたんですよ。
(これはもちろんフィクションです)

サレンバーガー機長(通称サリー)はもちろんそんなことないんですが、
ヒューマンエラーの可能性を考えて、飲酒やドラッグ、睡眠状態や家庭での問題や個人的悩み事・・・
こんなことまで聞かれ、そのうえ
①左エンジンは、データ上、まだわずかに機能していた
②ラガーディアに引き返すことも可能だったのに危険なハドソン川を選んだのは判断ミス
という可能性も示唆されて、苦しむサリー。墜落する夢にうなされる毎日でした。

事故が起きたのは2008年1月15日、ラダーディア発シャーロット行きUS1549便、
離陸直後にバードストライク、エンジンが止まり、ガーディアンに引き返すことを諦め
ハドソン川に着水すると判断するまでわずか2分。1分後に着水。
5分後には救助がはじまっているから、離陸から数えても10分間の間におこった出来事なのです。
↓映画館でもらった新聞に乗っていた地図がわかりやすいので転載しますが、
「分表示」よりも秒で表示したほうがいいくらいのわずかな時間に起こっています。

ハドソン川の選択の可否は別にしても、無事に着水してひとりの犠牲者も出さなかったのには、
機長の操縦技術、副操縦士との連携、50代のおばちゃんCAたちの活躍、乗客たちの協力、
すぐに救助に向かってくれた通勤フェリーの乗組員やNYPDの潜水班や赤十字職員たち・・・・
こんな想定外のマニュアルのないような事故でもルールや常識を超えたチームプレイが
この奇跡を起こしたのだと思いました。

事故後も機内をくまなく点検し、「全員救出」を何度も確かめる機長の姿にもうたれました。
最後のひとりが救出されるまでも24分しかかからなかったそうです。

誰かが「ニューヨークのいいニュースは久しぶりだ。特に飛行機がらみでは」といってましたが、
地図をみると、着水したのはあの「グラウンドゼロ」のすぐそばだったんですね。

ほとんどの市民が彼を英雄視しているなかで、一部の報道が彼の判断が間違っていた可能性を示唆し
「彼は英雄か?ペテン師か?」の見出しがおどります。

そして、運命の公聴会。
パリと中継で、事故当日と同じ設定での人間によるシミュレーションが行われます。
すると、ラガーディア空港へのリターン、進行方向のデターボロ空港に緊急着陸の両方とも
他のパイロットの操縦でしれっと成功してしまうのです。

ただ、このシミュレーションを担当したパイロットたちは事前になんども練習を重ねていること、
また実際は機体の損傷を調べたりの手順が必要で、バードストライクの直後に管制官と交信するとは考えづらい。
そこで、バードストライクから35秒の間隔を取ったうえでおなじことをやると、
2パターンともけたたましい警告音の後に着陸に失敗し、
デターボロの方は、ニューヨークのビルに突っ込むという悪夢を再現する結果となり
サリー機長の正しい判断が証明されることになります。

続いてボイスレコーダーが再生されますが、離陸から着水まで、全部合わせても208秒。
たったの3分28秒のなかの緊迫した操縦席の音声、
「ヘッドダウン、ステイダウン」を繰り返す客室乗務員たちの声が響きます。

そしてこの後、「稼働していたかも?」といわれていた左エンジンが完全に損傷した状態で発見されて
彼の判断が、まさに奇跡と言えるくらい正しかったことが実証されるのです。

208秒という着水までの時間も、生還後、サリー機長が自分の判断に苦悩する時間も
人生のなかでは非常に短い時間ではありますが、それは彼の何十年もにわたる「長い飛行実績に裏付けられた
確固たる自信によるものなのです。

2時間ほどの映画も、そのなかに何千年もの歴史を凝縮することもできるし
208秒のできごとをいろいろな人の立場で見つめ検証し分析することもできるわけで
時間はその計測される長さでなく濃密さで語るべきなのだと思いました。


この飛行機事故の写真を見た時、思わず1982年の日航機のいわゆる「逆噴射事件」を思い出しました。
1982年のこの日、両翼の上で救助を待つ乗客たちもどんなにか恐かったことでしょう。
あの時は、川でなく海だったこともあってか、水難救助隊や消防艇などが救助に向かい
民間の船による救助はほとんどなかったように記憶しています、




ハドソン川の場合も、離陸直後で燃料もたくさん積んでいたし、爆発炎上する可能性もあったのに
躊躇なくすぐに救出にむかった、通勤フェリーや水上タクシーの船長たちの勇気は
称えられるべきものだと思いました。

ところで、トム・ハンクスが実際の機長にそっくり、と言われてますけど
たしかに白い髪とひげで寄せてはいますけど、本物の機長は、イーストウッド監督に近い
飄々とした感じの紳士ですよ。

本作は(「アイ・ソー・ザ・ライト」と違って)エンドロールで実際の映像をたっぷり見せてくれるので、
なんか心地よい感動を残しつつ終われました。
「アメリカンスナイパー」もそうでしたけど、
実際のできごとを、報道番組をみてても気づかなかったような切り口でしっかりと
ドラマでみせてくれるイーストウッド監督の映画にはこれからも期待したいです。