映画「帰ってきたヒトラー」 平成28年6月17日公開 ★★★★☆
原作本 「帰ってきたヒトラー 上・下」 ティムール・ヴェルメシュ 河出文庫




ナチス・ドイツを率いて世界を震撼(しんかん)させた独裁者アドルフ・ヒトラーが、現代によみがえる。
非常識なものまね芸人かコスプレ男だと人々に勘違いされる中、
クビになった局への復帰をもくろむテレビマンにスカウトされてテレビに出演する。
何かに取りつかれたような気迫に満ちた演説を繰り出す彼を、視聴者はヒトラー芸人としてもてはやす。
戦争を体験した一人の老女が本物のヒトラーだと気付くが……。  (シネマ・トゥデイ)

ベルリンの公園でいきなり目をさますヒトラー。
まわりはすっかり変わっており、市民の自分への無関心に戸惑いながらも
キオスクで新聞を立ち読みして、今は2014年だということ、すでに政権も変わっていることを理解します。

一方、テレビ局をリストラされたザヴァツキは、なんとか起死回生のネタを・・・と探していたところ
あまりにそっくりなヒトラー芸人(実は本物)を見つけ、彼をキャスターにした旅番組を計画します。
母親にお金を借りて、
ぼろ車で安モーテルの貧乏旅行。

じめてテレビをみて、ヒトラーは、すごい発明だと感動し、
それなのにやっているのはグルメとかお笑いとかどうでもいいことしかやってないのに大憤慨。(私も同感!)
こんなプロバガンダに最適なツールを有効活用せず、低俗な番組を垂れ流すとは
「8.8㎜高射砲を撃ち込んでやる!」

ドイツ各地でゲリラ的にインタビューをして、国民の不満を吸い上げるのですが
このヒトラーそのものの男に、政治不信とか移民問題とかを訴えるという変な光景。
なかには取材に答える人の顔にモザイクがかかってたり、目が隠れていたり
この辺は完全のドキュメンタリータッチです。

やがて資金も底をついてしまったので、やむをえず、資金集めのために
画家志望だったヒトラーの特技を生かして、似顔絵を売って稼ぐことにします。
風刺画風であんまり似てないのですが、それはそれで、けっこう喜ばれます。

この辺も映画のロケというよりは、「ガチのぶっこみ取材」、という感じで
不快感を示す人もいる一方、ほとんどの人は割と好意的。
現実でも、ヒトラーへの反感はそうでもないのかも。

ザヴァツキはカメラを回してはいますが、フィルムの編集もまだだし、もちろん放送予定もまだ先なんですが、
それでも、彼らに出会った人たちは、どんどんツイートしたり、SNSにアップしたりするので
ヒトラー芸人の映る動画の再生回数も大変な数になってしまいました。

実はザヴァツキの直属の上司の副局長は、有能な女局長ベリーニに出世で負けており、
この無謀とも思えるヒトラー芸人を出演させて、局の問題になれば、局長を失脚するだろうと
過激なネタの生放送が売りの「クラス・アルター」に出演させます。

オバマのそっくりさんの司会者にアルカイダみたいな人もいて、みんな放送コードギリギリの発言で

ヒトラーにも放送作家が用意したセリフを言わせようとしますが、ヒトラーはカンペを全く無視。
持論を展開して低俗番組も痛烈に批判して、みんな大喝采です。
別に面白いことをいっているわけではないんですが、話のもっていきかたが小気味よく、
ちゃんとオチをつけるところがすごい。
演説の天才ですからね。

「朝からずっと総統を出せ!」
ということで、一日出ずっぱりでも、なにせ本人だから、オンとオフの区別もなく
ストレスなく、常に総統を貫いていることから
ヒトラーは当代一の売れっ子タレントになり、テレビ局の視聴率もうなぎ上りです。
当初の副局長の思惑ははずれますが
どうしても女性局長を失脚させたい副局長は、未編集のフィルムの中から、
たくさんの未編集フィルムのなかから、
ヒトラーが犬にかみつかれ、怒って銃で撃ち殺す動画を見つけて公表します。
そして思惑通り女性局長は職をおわれ、副局長は局長に昇格しますが、
ヒトラーなきあとのテレビ局の視聴率はがた落ちです。

それでヒトラーは自伝を執筆し、ザヴァツキはそれを監督して映画化にこぎつけます。
そしてできたのが本作、というわけ。

ヒトラーのお気に入りはパソコン操作を優しく教えてくれる(密かにサヴァツキもあこがれている)
テレビ局の女性スタッフスレマイヤー譲で、
彼女のお宅訪問をしたときに、ユダヤ人の認知症の祖母に、ヒトラー本人だということを見抜かれます。
ユダヤ人の排斥に関してだけはどうしても譲れないヒトラーですが、
2014年のこの国ではそれがNG事項であることもちゃんと把握しています。

最近、永らく発禁だった、ヒトラーの「わが闘争」が出版されたと聞きましたが
内容を知ることなく批判していたのもどうかと思うんですが・・・・
映画の中でも、ヒトラーがドイツの極右政党NPD(ドイツ国家民主党)の本部を訪ねるシーンがあるんですが
ここの党員たちでさえ、「わが闘争」は国内では入手困難で読んだことない、と言ってました。
ヒトラーはこの党には絶望して、むしろ、環境保護政策の「緑の党」推し。
原子力の否定には賛成できないものの、この党には光明がある、というのがヒトラーの考えです。

で、現首相のメルケル女史を「迫力あるデブ女」といい、この指揮下にあるのは嘆かわしいと。
やはり、移民受け入れには絶対に賛同できないようです。
シリア難民の受け入れのことを知ったら、ヒトラーは何というでしょうね。

そもそもナチスはきちんと民主主義の手続きに基づいて、人々に支持を受けて誕生した政権だということを忘れてはなりません。
彼が人々の心を捉え、どんどん支持者を増やしていく過程も、けっして力づくではなかったはずです。
うすら恐ろしさを感じながらも、かなり面白かったのが、どうしたものかと・・・困ったものです。