映画「キャロル」 平成28年2月11日公開 ★★★★☆
原作本 「キャロル」 パトリシア・ハイスミス 河出書房



1952年のニューヨーク。
デパートでアルバイトをするテレーズ(ルーニー・マーラ)は、
娘へのプレゼントを探すキャロル(ケイト・ブランシェット)に応対する。
優雅で気品に満ちた美しさを誇るも、謎めいたムードもある彼女に魅了されたテレーズ。
彼女にクリスマスカードを送ったのを契機に、二人は会っては話をする仲になる。
娘の親権をめぐって離婚訴訟中の夫と争うキャロルと恋人からの求婚に思い悩むテレーズ。
そんな中、彼女たちは旅行に出掛けるが……。    (シネマ・トゥデイ)

あの「太陽がいっぱい」などのリプリーシリーズで有名なミステリー作家、
ハイスミスの作品とは思えないほどのガチの恋愛映画です。

運命的な出会いがあって、ドキドキしながら相手の反応を観察しつつ
お互いに惹かれあい、深い関係になり、
恋する人のうらの顔や抱えている問題に心痛め、この恋愛が自分の周囲を傷つけていることを知りつつも
なりゆきで逃避行をしてしまい、でももうこれ以上は無理と思って、きっぱり別れるも、
気付くと恋する人の方へ足が向いてしまう、というような・・・

誰にもひとつやふたつ、心当たりがあるような、非常に普遍的な恋の顛末なんですが、
恋する相手が年の離れた同性で、舞台が1950年代と言うと、これはもうドラマの中の世界かもしれません。


フランケンバーグデパートのおもちゃ売り場で働くテレーズは、ある日接客中に見かけた
上質なコートをまとった美しいマダムに心を奪われます。
気付くと彼女はテレーズの前に立っていて、4歳の娘のクリスマスプレゼントを探しているという。
彼女は革の手袋をカウンターに忘れてしまうのですが(配送伝票から住所がわかるので)
それを郵送してあげると、後日お礼とランチをごちそうしてくれます。
マダムの名前はキャロルで、郊外の豪邸に4歳の娘リンディと住んでいます。
夫のハージとは離婚調停中。
娘の親権をめぐって、はげしい口論をするふたり。それは遊びに来ていたテレーズの目にもふれてしまいます。

一方のテレーズは、写真家になるのが夢の19歳のアルバイト店員。
バイトの割には小洒落たアパートに住んでいて、カメラを修理してくれる器用なフィルとか
新聞社に勤める弟のダニーとか友人たちは労働者階級だけれど、それなりにリア充生活を楽しんでいますが、
テレーズを愛していて、プロポーズまでしてくれた
リチャード・セムコになんとなく物足りなさを感じています。
将来設計も抜かりなく、しっかり者で優しいリチャードで、テレーズとの旅行も企画中。
特別不満なんてないんですが、なんとなく彼との結婚には乗り気ではありません。


そんな状況でテレーズはキャロルと出会うのです。
「あなたは不思議な人ね。天から落ちた天使みたい。」
なんてささやきながら、急接近してくるキャロル。
実は
キャロルはこの時代には希少なレズビアンで、夫との間に娘はいましたが、
幼なじみのアビーとはずっとそういう関係を続けており、
離婚調停に至った原因もなんと「妻の(同性愛者との)不倫」だったのです。


最愛の娘を夫の実家に連れ去られ、傷心のキャロルは、公判の始まるまでの間、
テレーズを旅へと誘い、
大型のパッカードを自ら運転して、西へとさまよいます。

何日かあてもなくホテルを転々としたのち、ウォータールーのホテルで二人はむすばれるのですが
なんと隣室で夫が雇った探偵が盗聴をしていたのです!
ドアを蹴破って、ピストルをつきつけるキャロル。
「夫の3倍払うからテープをよこしなさい」
「いや、もうご主人に送りました、私は仕事が早いので」
なんて、ここだけハイスミスならではのサスペンス調になったものの、それもここまで。
不倫の決定的証拠を押さえられて、娘の親権の裁判では俄然キャロルの不利が決まってしまいます。

「結婚している女性がレズビアン」というのはマッカーシズム全盛のこの時代には、「カッコ悪い」というより
ほとんど重病人、ないしは犯罪者や国賊の扱いでしたから、親権はく奪は当然の報い。
それでもハージはキャロルを愛していたから、本当は離婚せずに元のさやに納まってほしかったのでしょうが
彼女が要求したのは離婚と「(監視付きで構わないから)娘と面会できる権利」のみ。
そして
ハージとは離婚し、家具のバイヤーとして働き始めるのです。

一方のテレーズは、ダニーの口利きでタイムズで働き始め、写真家としての夢に向かって再出発します。
そして、冒頭の二人のシーンへとつながっていきます。


ミステリーでもサスペンスでもないばかりか、「同性愛映画」にありがちな、
恋愛の多様性を謳いあげたり、
人権をふりかざすような作品でもありません。

生まれも境遇も年齢も違うふたりが、急速に惹かれあい、求めあい、周囲を傷つけている恋愛ドラマですね。

終始
テレーズ目線で語られますが、彼女の生い立ちについては、詳しくなく、
ベリベットという苗字のチェコ出身の19歳で、おもちゃも買ってもらえなかった貧しい幼少期。
この時代のこういう女性たちは、
こつこつと真面目に働き、自分を大切にしてくれる男性とつつましい家庭をもつことが最大の幸せだったはずです。

テレーズは著者のハイスミス自身の投影でもあり、デパートで働いていた時に
美しいマダムに出会って心奪われた、という部分は「実体験だった」と原作本のあとがきにありました。
もちろんその後深い関係になるのはフィクションですけれど、ハイスミスは後に同性愛者を
カムアウトしているから、細かい描写はとてもリアリティがあります。

私は同性愛者ではないけれど、デパートでバイトしたことはあるので、
このフランケンバーグの売り場や社員食堂の雰囲気が昔の「三越本店」に似ていて驚きました。
映画では全くカットでしたが、ベテランの売り子のオバさんがテレーズにすごく優しくしてくれるんですね。
たしかにそういう人私にもいて、(申し訳ないけど)自分の人生の目標にはしたくないけど
こういう仕事ひとすじに続けることで得られるものはあるんだなぁ~とか思っていました。
彼女の存在はキャロルとの対比で必要じゃないかとも思ったんですが、
この映画では、主役の二人以外はけっこう雑な扱いで、みんな埋もれまくっていましたね。
婚約者のリチャードですら「男友達①」くらいの存在です。
私は、冒頭でキャロルとテレーズを見つけた男性がリチャードだと思い込んでいたのですが
たしか、ジャックといってましたね。

ところで、ジャックって誰だっけ?

とにかく、ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラーふたりありきの映画です。
一応ケイトが「主演女優」ルーニーが「助演女優」ということになっているようですが
主人公はストーリー的には、どちらかというとルーニーの方だと思います。
ケイトのあでやかさ、ドスの利いた恐ろしさ、NOとはいわせない押しの強さは
まさにキャロルそのものだと思いますが、
テレーズ役は、あまりキャリアのない、イメージの定着していない、無名の新人のほうが良かったのでは?
ルーニーはすでに大作にいっぱい出ている人気女優ですから、
最初サンタ帽かぶった人形売り場の売り子で登場したときから

おぼこい小娘というより既に垢抜けていて、最後のシーンとの落差もないし、
たとえばベッドシーンでどのくらい脱ぐか・・まで、ほとんど予想がついてしまいます。

最近、喫煙シーンのある映画を成人向けにするようWHOが要求していると聞きましたが
本作も喫煙シーンはとても多いです。
昔の映画では、ここで吸うか?と思うようなところでもお構いなしに吸ってますよね。
この映画の中では「上流階級の女性は喫煙NG」ということらしくて、パーティーの時も
夫に内緒でこそこそ吸うシーンがありましたが、キャロルはどうもヘビースモーカーらしい。
テレーズも誘われるままに喫煙して・・・・って、これはどう考えても成人指定になりそうです。

「心に従わなければ、人生は無意味よ」
これはキャロルの印象に残るセリフですが、この言葉を無条件に受け入れられるか
それとも(私のように)抵抗があるかで、この作品の見方はずいぶんと違うと思います。

ただ、作品に共感できるかどうか、ということより、むしろ、
エレガントなコスチュームや小物、時代を映し出した美術セット、
そしてなにより二人のかわす視線や表情を堪能するのが一番。
とにかく映像の美しさを楽しむ、アート系の作品だと思いました。