映画「わたしに会うまでの1600キロ」 平成27年8月28日公開 ★★★★☆
原作本「わたしに会うまでの1600キロ」 シェリル・ストレイド 静山社
 


砂漠と山道を徒歩で旅することにしたシェリル(リース・ウィザースプーン)。
旅をスタートさせる少し前、シェリルは母の死を受け入れられず、薬と男に溺れる日々を送り、
結婚生活は崩壊してしまう。
シェリルは人生について思い直し、自分自身を取り戻そうと決意。
こうして彼女は旅に出たが、寒さが厳しい雪山や極度の暑さが体力を奪っていく砂漠が彼女を苦しめ……。
                                       (シネマ・トゥデイ)

アカデミー賞関連作品はほぼ出尽くしたと思っていたら、
原題「WILD」の本作も、受賞は出来なかったけれど、主演・助演女優賞にノミネートしていたんでした。原題からはエミール・ハーシュの「イントゥ・ザ・ワイルド」のような作品を連想しますが
そこまで過酷な挑戦ではなく、
アメリカ西海岸のトレイルロードをひたすら北へ1600km歩き続ける旅です。

 PCT(パシフィック・クレスト・トレイル)は「長距離自然歩道」でして、カリフォルニア州と
ネバダ~オレゴン州の州境にそったコース。
道は険しいけれど「冒険」というよりは、「旅」と言う感じ。

邦題からも「女性の自分探しの旅」的な匂いがしますけど、(いつも引き合いに出して申し訳ないけど)
食べて、祈って、恋をして」系の無防備な現実逃避の旅ともちょっと違うかな?

冒頭は、トレイルの途中、険しい山肌でシェリルが登山靴を脱ぐシーンから。
ソックスは血にまみれ、足の爪は見事にはがれ、痛そう~!
脱いだ靴の上に重いザックが倒れ掛かったと思ったら次の瞬間、
片方の靴は一気に谷底へと転がっていくのです。
もうひとつの靴を抱きしめ、そしてそれも思いっきり放り投げるシェリル。

こんあ荒野に裸足でとりのこされた、一人ぼっちの私・・・
そう、母親に死なれたみなしごの私・・・・

1600キロの旅のシーンには、過去の回想シーンが度々織り交ぜられます。
夫との離婚・・・それはシェリルに責任があるらしいということ・・・
父親の暴力・・・両親の離婚・・・母親の支え・・・そしてその母の死・・・・
それまでのシェリルの人生と、このトレイルに向かわせた経緯がすこしずつ示されていきます。


彼女の半生を支えたのは、常に明るく前向きな母親の存在でした。
「乱暴な飲んだくれと結婚したけれど、後悔はしていないわ」
貧乏でも子どもたちをしっかりと育てあげ、無学な母は、子どもたちが手を離れると、
娘のシェリルと同じ大学の学生となって夢をかなえます。
ところが、母の身体は病気に侵され、あっという間に亡くなってしまいます。

シェリルは最愛の母を失ったショックから立ち直れず、自暴自棄になって
夫のいる身でドラッグとセックスにはまり、離婚されて一人ぼっちで放り出されます。
このどん底の自分から決別するべく、あえて自分に無謀ともいえるPCTの旅という課題を与えるのです。

そもそもPCTは、それなりのトレーニングをした人がきちんと装備を整えて出発すれば踏破できるもの。
以前観た「星の旅人たち」という映画は、フランスのサンジャンからピレネー山脈を越えて、
スペインのサンティアゴ・デ・コポステーラまでの巡礼の旅でしたが、これにも似ています。
日本でいったら、四国八十八ヶ所霊場めぐりのような?

コースはあらかじめ決まっていて、ガイドブックもあるし、キロポストのようなポイントもあり、
食料などの補給ステーションやハイカーたちの交流場所もあり、過酷だけれど無謀ではありません。

ただ全く初心者のシェリルが30kgものザックを背負って、たった一人で踏破するにはあまりに長い道のりでした。
燃料を間違えて食料を調理できなかったり、重いザックの中は不要なものが多かったり。
時にはヒッチハイクしたり人の家に泊めてもらったりの「ズル」をしながらも、ひたすら北を目指します。

普通こういう「ロードムービー」は、時系列に話が進むのですが、本作に限っては
すぐに過去にフラッシュバックするので、時々混乱してしまいます。
幼少期以外は、10代から20代にかけて、回想シーンもすべてリースがひとりで演じてるんですよね。
39歳の彼女がほぼノーメイクで10代の役を自然にやっちゃうからスゴイ!

シェリルが母の死に絶望して、マリファナやったり誰とでも寝るようになったことは理解しづらいですが
娘の母親への思いは誰も同じなんだと思います。

ひと世代前の女性である「母親」はたいてい、娘より生きにくい時代に生きていて
充分に教育を受けられなかったり、妻として母としてガマンすることを強要されたり。
いつの時代もほとんどの母親は自分よりちょっと不幸で、気の毒に思いながらも
自分がこれから行く道なのだから、いつまでもキレイでいて欲しい、幸せでいて欲しい・・・
というのが娘の切なる願いです。
小言をいいながらも、自分のことを誇りに思ってくれている母を、ちょっとうっとうしいと思う反面、
それにこたえる自分でなくてはいけないと心の奥では思っているのです。

それなのに、まだ40代で死んでしまった母。
20代で母を失った娘はその重みに耐えきれず、残りの人生を棒に振ろうとしている・・・

映画の中で、母の臨終で、娘が号泣するシーンはよくありますけれど、
本作ではそこをあえて映していません。
一人ぼっちで灼熱の砂漠や極寒の雪山を歯を食いしばって歩きながら
母や母のことばを思い出しては、それを糧に前に進もうとするシェリルに心から共感できました。

神秘的でかけがえがなくて神聖で確実に存在する奇跡的な存在は私の命・・・
旅の終わりの頃には、一人ぼっちのはずの自分の中に宇宙がすべてあるかのような・・・
母から受け継いだ命の重さを知ったシェリルにはもう迷いは消えたかのように思えました。

エンドロールにはシェリル・ストレイド本人の写真が。

 
 
このTシャツ、リースも着ていましたね。
かなり忠実に再現していることがわかったし、その後のシェリルが
目標だった「もの書き」になれたことを知って嬉しくなりました。

公開前に↑のチラシをいただき損ねていたのですが、公開初日に映画館の人に頼んだら快く分けてくれました。
ミニシアターだったら、お願いするのもアリですね。