映画「イミテーションゲーム エニグマと天才数学者の秘密」 平成27年3月13日公開 ★★★★★
原作本「エニグマ アランチューリング伝」 アンドルー・ホッジス   勁草書房 


 第2次世界大戦下の1939年イギリス。
若き天才数学者アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)はドイツ軍の暗号エニグマを解読するチームの一員となる。
高慢で不器用な彼は暗号解読をゲーム感覚で捉え、仲間から孤立して作業に没頭していたが、
やがて理解者が現れその目的は人命を救うことに変化していく。
いつしか一丸となったチームは、思わぬきっかけでエニグマを解き明かすが……。(シネマトゥデイ)

公開初日に鑑賞。
もう結果はわかっているのに「アカデミー最有力候補」というコピーがちょっと空しいけれど、
8部門ノミネートされたし、作品賞、主演男優賞、獲っても全然おかしくない傑作でした。
ちなみに受賞したのは「脚色賞」のみ。
ホッジスの書いた伝記本は「ブレイキング・ザ・コード」という戯曲になり、テレビドラマになり、
それがギレアム・ムーアの脚本で映画化されたとのことです。

1951年。ケンブリッジ大学の教授、アラン・チューリングの部屋が不審者に荒らされるのですが
「何も盗まれていない」と言い張る教授の傲慢な態度と、抹消された彼の軍歴を不審に思った刑事が
彼から話を聞き出そうとします。

映画ではこの1951年と、ブレッチリーパークの暗号解読機関で極秘任務に携わっていた戦時中と、
親友クリストファーと出会う少年時代の1928年の3つの年代を行きつ戻りつしながら
ドラマが展開していきます。

1939年ロンドン。
ドイツに最後通牒を送って戦争に突入したイギリスでは、エニグマ暗号機解読の極秘任務が進められていましたが
暗号のパターンは159x10の18乗の組み合わせがあり、毎日午前零時にはリセットされるから、とても追いつきません。
チェスのチャンピオンやパズルの名手ばかりのチームの中で、科学者のアランは、
「機械には人間の頭脳では太刀打ちできないと」たった一人で解読機の開発をしていましたが
傲慢で独りよがりの態度から、誰からも理解されずにいました。

解読機の巨額な開発費もとても上司には相談できず、思い切ってチャーチル首相に直談判したところ、
なんとそれが了承され、チームリーダーとなったアランは気に入らないメンバーをクビにして、チーム内はいやなムード・・・

「男社会で働く女は嫌われたらおしまい。誰からも受け入れてもらえない。あなただって・・・」
遅れてメンバー入りした女性ジョーン・クラークの力を得て、なんとか仲間との絆をつなぎとめられるものの
彼には人に言えない秘密がありました。

1928年、名門パブリックスクールのシャーボン校。
少年時代のアランは学業は優秀なのに、いつもいじめられていました。
「暴力を好むのは一時の気分の良さを求めるから」
「満足すればそれで終わりだ」

いくら乱暴されても精神的には屈することのないアランでしたが、いつも助けてくれたのは友人のクリスファーでした。
「君は変わっているね。でもそういう人間が偉業をなしえるんだ」
ところがたった一人の理解者だったクリストファーは結核で急逝してしまい、アランはひとりぼっちに。
以来彼は男性しか愛せない同性愛者となってしまうのです。
当時のイギリスの上流階級では、それは全く許されないこと。

「もう25歳だから仕事を辞めて実家に帰るように」
ジョーンの親が彼女を辞めさせようとしたとき、アランは思わずプロポーズして彼女をひきとめます。
ジョーンは、常識も兼ね備えた聡明な女性でしたから、
(異性として愛することはなくても)アランにかけがえのない人となっていました。

アランが「クリストファー」と名付けたエニグマ解読機は何とか完成したものの、
答えを出すのにあまりに時間がかかりすぎて、時間切れであわやチーム解散・・・
というときに、意外なヒントが見つかって、するすると解読に成功してしまいます。
要するに「試す必要のない設定を排除した」ってわけなんですが、理系オタクのアランはともかく、
パズルやゲームのチャンピオンチームならもっと早くに気づきそうなものだと思うんですけどね。

暗号解読に狂喜するものの、問題はこれから。
エニグマがイギリスに破られたとナチスに気づかれたら意味がなくなるので
阻止する攻撃、無視する攻撃をシビアに判断して、政府最高レベルでウソをつきとおす・・・
そして、当然、彼らのチームの功績も闇に葬られる、というわけです。

メンバーの中に「ソ連のスパイ」がいたのに気付いたアランは、それをM16に密告するのですが、
なんとそれを知ったうえで泳がしていたといわれ、自分たちの身の危険を感じるようになります。
特に(恋愛感情はともかく)強い友情で結ばれていたジョーンの身を心配して、
彼女に自分がホモセクシャルだということを告白し、婚約を解消し、ブレッチリーを去るようにいうのですが、
「私たちはほかの人とは違う」
「私たちなりに愛し合えばいいんじゃないの?」
「私はあなたの帰りをラム肉を焼いて待っていたりしないし、あなたも望まないでしょ」

そして、なんと、アランが同性愛者だということも、ジョーンにはとっくの昔にバレていたのでした。
暗号解読のプロのアランが、人の気持ちを解読するのには全く疎いというのは皮肉ですね。

後日別の人の妻になったジョーンに
「仕事も夫も普通の暮らしも君は手に入れたね」
というと、
「普通って何よ?」
「この街もあなたが助けたもの。ここに住む人たちもあなたが助けた命。
誰も思いつかないような人が、驚くようなスゴイをやってのけたりするのよ」

ジョーンのことばは、かつてクリストファーにいわれたことと同じでした。

ところがアラン自身にとって世の中は終生住みやすいところではなく、戦後になっても
男娼との性行為を「わいせつ」とされ、ケンブリッジ大教授のスキャンダル事件として報道されます。
わいせつ罪で有罪となった彼が、懲役刑でなく女性ホルモン投与の「科学的去勢」を選んだのは
自室に運んだ解読機「クリストファー」が処分されるのを防ぐためだったのか?
そうだとしても、彼はその直後に謎の自殺をとげるのですが、彼の業績は伏せられたまま。

Uボートからイギリスを守ったのも、ノルマンディー作戦などで連合国を勝利に導いたのも
実は「パズルやゲームを愛する6人のオタク」だったかもしれない、というのには萌えました。
ただ、それが公表され、アランの名誉が回復されたのはごく最近になってからのことなのです。

邦題の「イミテーションゲーム」とは「チューリングテスト」ともいい、機械か人工知能なのかを判断するテストのこと。
今から60年以上前にここまで想定しているアランはやはり只者じゃありません。

最後の字幕は、
「のちの研究者に影響を与えた機械のことをチューリングマシンと名付けた」
「今日、我々はそれをコンピューターと呼んでいる(Today, we call them computers)」

戦争の行方もだけれど、今のITの基礎を作った偉大な人物のひとりが彼だったかと思うと鳥肌がたちました。



 
  
原作とされるホッジスの著作は、映画を観た後だと意外とサクサク読めたのですが
残念ながら刊行されているのは上巻のみ。
チューリングマシンが完成する前までで終わっているので、夏に刊行予定の下巻が待たれます。

↑右下は週末限定のポストカード(初回はすでに終了)
来週もちがう絵柄のがもらえるそうなので、リピートしようかと思っています。

本作はノルウェイ人監督の「英米合作」のようですが、出ている俳優さんはイギリス人ばかり。
ベネディクト・カンバーバッチ、キーラ・ナイトレイ、マーク・ストロング以外はそんな有名じゃないですが
良くも悪くもイギリスの香りたかい映画です。

「イギリスの生んだ天才」ということでは、ライバルの「博士と彼女のセオリー」とかぶってしまっていますが、
そういえば、カンバーバッチも若い時にホーキング博士役やっていましたね。

そのベネディクト・カンバーバッチ。
「シャーロック」でブレイクしましたけれど、アランもまた「他人になびかない変人の天才」。
ただ、シャーロックみたいに飄々とした自信家ではありません。
傲慢さと屈折した感じを繊細に演じ分けられるのもカンバーバッチならでは、ですね。
アランは虚弱な印象でしたが、実際彼はアマチュアのマラソンランナーだったそうで(唐突に走るシーンありました)
インドア派と思わせて「棒術、拳闘および剣術の達人」のシャーロックと似ていますね。

それにしても、アランの育ったイギリスが今みたいだったら、もっと生きるのが楽だったのに・・・
「古き良き時代のイギリス」なんて憧れますけど、上流階級に生まれたとしても、同性愛は犯罪で、女性は差別され・・・
彼のような「埋もれていた偉人」がこれからも発掘されて、同性愛なんて問題なしに
児童書の偉人コーナーに並ぶようになる日がくるかもしれません。

ストーリーとは関係ないのですが、
アランがチームのみんなと仲良くなろうと、みんなにリンゴを配ったあと、
彼なりの「ジョーク」を披露するシーンがあって、
個人的に面白かったので、最後にメモしておきます。

クマに襲われそうな二人の男。
Aは祈り、Bは靴ひもを結んだ。
「靴ひもを結んだところで、クマには勝てない」とA
それにBが答えて
「クマには負けるが、君より早く走ればいい」