映画「アメリカンスナイパー」 平成27年2月21日公開 ★★★★☆
原作本「ネイビーシールズ   最強の狙撃手」クリス・カイル 原書房 

 イラク戦争に出征した、アメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズの隊員クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)。
スナイパーである彼は、「誰一人残さない」というネイビーシールズのモットーに従うようにして
仲間たちを徹底的に援護する。
人並み外れた狙撃の精度からレジェンドと称されるが、その一方で反乱軍に賞金を懸けられてしまう。
故郷に残した家族を思いながら、スコープをのぞき、引き金を引き、敵の命を奪っていくクリス。
4回にわたってイラクに送られた彼は、心に深い傷を負ってしまう。 (シネマ・トゥデイ)

アカデミー賞有力といわれながら、残念だった方の作品です。
このレベルの映画としてはスクリーン数がダントツに多いのは、やはりイーストウッドのブランドがあるから?
国のために任務を粛々とこなす兵士たちのドラマで、監督が誰かなんてことはあまり意識せずに観ました。

主役のカイルを演じるのはブラッドリー・クーパー。
アカデミー賞主演男優賞は2年連続、役作りで激ヤセした人が獲っていますが
ブラッドリーは逆に体をかなり大きくしてゴリマッチョな最強スナイパーを演じています。
男優賞は3年連続のノミネート止まりでしたけど、年を重ねるごとに演技の幅をひろげて
新作情報が毎年楽しみでたまりません。
ただ「Aチーム」や「ハングオーバー」みたいなチャラい役も捨てがたいんですけどね・・・

彼の演じるクリスカイルは実在の伝説のスナイパーで、イラク軍やアルカイダ系戦闘員を160人も射殺している
(相手側からしたら)悪魔の殺人兵器です。
幼い頃から父に言われ続けたのは
「羊や狼になってはいけない。お前は羊を狼から守る番犬となれ」
そして一緒に狩りに出かけ、猟銃の手ほどきを受けてきました。
ともかく「男は強くなければいけない」というのが教育方針のようで、
弟がやられたらやり返すのが男だ!みたいな育ち方をした彼は、カウボーイ気取りでロデオ三昧の日々。
アメリカ大使館の爆破事件に誘発されて、国を守るためにと、兄弟で軍隊にはいることを決意します。

彼が目指したのはネイビーシールズ。
旧日本軍もびっくりのすさまじいしごきに堪え、選抜されて狙撃手となります。
的を当てる訓練では地面ばかり撃ってしまうんですが、子どもの時の狩猟の経験からか
動いているものに対しては的中率ピカイチだったようです。

最初に派遣されたファルージャでの、最初の狙撃体験。
それが、あの予告編で何度もみた「海兵隊に向かって爆弾をもって走る母子」に照準をあわせる、あのシーン。
無線で上官と会話するも、「お前の判断で撃て」という指令だったので
これはもう、実績のある人物だからかと思っていたら、
なんと新人スナイパーの初めての場面だったのですね。

予告編では、これから撃ち殺そうとしているアラブ人の幼い子どもと、自分の子どもや家族の姿が
フラッシュバックし、引き金を引くのか引かないのか、何回観ても心臓バクバクでしたが、
本編ではいきなり長い回想シーンに入ってしまうので、緊張感は持続しませんでした。

ともかく彼は初日に8人くらい撃ち殺し、華々しいスナイパーデビューとなりますが、
これは決して「狩り」をしているわけではなく、彼が打たなければ海兵隊がやられるわけで
「狼から守る番犬」の役回りなわけです。
ただほとんど自分の判断で撃っているわけで、劇中ではすべて正当な行為のように見えましたが、
明らかに誤射の時は責任はどうなるんでしょうね?「お前の判断で」なんて残酷すぎます。

テロリスト側にはシリア人の元オリンピック選手のムスタファという凄腕の狙撃手がいて
彼のために米軍は痛い目にあい、クリスの友人たちも被弾して失明したり殺されたりして
なんとしてもムスタファをしとめて報復しようという気持ちになるんですが、
それはクリス自身にもいえることで、アルカイダの戦闘員をたくさん殺している彼自身の首にも
高額の懸賞金がかけられているのですから、お互い様です。
ムスタファというのは自伝にはでてこないので、おそらく映画用の登場人物ですが
この二人に関しては戦争映画というより、西部劇をみているようです。

予告編からは、家に帰れば子煩悩な優しい父親、という印象でしたが、
実際彼は妻や幼い子どもを置いて4回も危険地帯に派遣されているわけで、
妻にしてみればたまったもんじゃありません。
私はいつも一人で思い出を作っている」
「帰ってきているときも貴方の心はよそにある」
という妻のタヤ。
ちなみに、タヤを演じるのは、シエナ・ミラー。
なんと「フォックスキャッチャー」で兄デイヴのノーテンキな妻ナンシーも彼女でした。
2作ともヒーローの妻ながら、全くタイプは別。
体型もずいぶん違っていたから、名前を聞くまで同一人物と気づきませんでした。スゴイ!

妻の苦悩をよそに、クリスに命を救われたアメリカ人やその家族からは、彼は命の恩人なわけで
キャプテンアメリカみたいにヒーロー扱い。
階級もどんどん上がり、ついに4回目は、シーア派の拠点サドルシティに向かい、
1920m先に潜んでいるムスタファを射殺するも、まわりを敵に囲まれて、
砂嵐の中、命からがら奇跡的にヘリでの脱出に成功します。

さすがにそれ以上戦地に赴くことはなくなったのですが、
アメリカに帰ってからも家族との平和な日常になじみきれず
度々の異常行動で、カウンセリングをうけることになります。
まだまだ戦地に行って仲間の命を救いたいカイルに、医師は
「ここでもあなたが助けられる人間はたくさんいる」と。
負傷兵やPTSDの退役軍人の支援をすることになるのですが、
なんと彼がサポートしようとしていた元兵士になんと射殺されるのです。
ラストの射殺による唐突な幕切れが「フォックスキャッチャー」とかなり近いですね。

2013年。享年38歳。
原作の自伝はこの1年前に書かれたもの。当然この驚きの幕切れには触れていません。
今月早川から出た文庫本はノベライズではなくて、この本の改訂版のようなので、
クリスの最期や、映画化にむけての情報が書かれていそうです。
立ち読みでもいいから、あとがきだけでも読みたいな~

 

対イラク戦を扱った戦争映画にしては意外なほど政治色はない淡々とした描写で、
すべては観た人が自分なりの答えを出してほしい、というスタンスのようです。
エンドロールは追悼の意もこめて無音となっていますが、これが理解できず、そそくさと席をたつ人の多いこと!
ただ長いだけでなんにも意味ないエンドロール(例「チャリー・モルデカイ」)もありますけど
本作で席をたつ(しかもおしゃべりしながら)帰っていく人の気がしれません。
サイレンサー付きの銃で一人残らず狙撃して欲しい!!と思ってしまいました。