映画「アゲイン28年目の甲子園」 平成27年1月17日公開 ★★★☆☆
原作本「アゲイン」 重松清 集英社「小説すばる」連載
ノベライズ「アゲイン28年目の甲子園」 大森 寿美男、 重松 清 集英社文庫

 ある日、晴彦(中井貴一)のもとを、高校時代共に甲子園出場を夢見た野球部仲間の娘・美枝(波瑠)が訪ねてくる。
彼女は東日本大震災で亡くなった父親の遺品の中から、束になって投函されずに残っていた年賀状を見つけ、
晴彦のところへやって来たのだ。
その後晴彦は、美枝がボランティアとして参加する「マスターズ甲子園」に誘われ、
昔の苦い思い出が頭をよぎるも……。                 (シネマ・トゥデイ)



  「小説すばる」の2012年5月号からのバックナンバーをあちこちの図書館から調達して読み始めたのですが
気づいたら4回目くらいから連載が途切れ、何冊取り寄せても再開しないのに苛立っているうちに
映画が公開されてしまいました。
先月号が第14回なので、連載再開はけっこう最近のようです。
そして原作とおもっていた集英社文庫は、実は脚本も担当した大森監督のセルフノベライズ。
脚本からの書き起こしですから、基本映画と同じです。

原作の方は,マスターズ甲子園のボランティアスタッフである主人公が取材を通じて知り合った参加者をとりまく
家族や仲間たちのドラマで、回を追う毎に登場人物が増えていく「群像劇」ですが、
映画では、主人公の(震災で亡くなった)父の高校時代の野球部の悲しい過去にスポットが当てられています。

遺影となった亡き父の語りではじまるので、私はすっかりこの遺影の人が中井貴一だと思い込んで読んでいたので
なんだか変な気分です。
晴彦と美枝の父が甲子園をめざしていた高校はきっと最終回で登場するのかな?
ともかく、川越学園高校については未読なので、どんなドラマが待っているのかと思っていたら・・・

彼らが甲子園に出られなかったのは、決勝戦の前夜にある不祥事が発覚したためで、
彼らは「戦わずして」甲子園への夢が断たれた最も気の毒なチームといえます。
マスターズへの出場をすすめる美枝に、元キャプテンだった坂町晴彦(中井)、エースの高橋(柳葉敏郎)たちも
散々迷って出場を決めますが、不祥事の原因を作ったのが他ならぬ美枝の父だったことがわかって
メンバーのなかに亀裂が生じ、美枝が辛い立場に追い込まれ・・・・

高校野球は他では味わえないような清々しさが魅力なんですけど、
生徒たちには最大限の清廉さが要求されるから、ちょっとした問題でも全体責任で出場辞退。
怒りにも悔しさにもふたをして心の底に押し込め、川越学園ナインたちの今は、それぞれに訳ありの中年で
あんまり幸福に思えないんですけど、このマスターズ参加を機に過去のそれぞれの思いが吹き出し
次第に誰もが知らなかった真相が明らかになり、それぞれが新たな一歩を踏み出すことができる・・・
「ちゃんと負けることの大切さ」が繰り返し語られ、多分これが本作の主題なんだと思います。
「負けるときは逃げずにちゃんと負けて、負けを認めてやっと次に進める」
「甲子園は勝ち負けじゃない」といってもきれいごとに聞こえますけど、それでも結果がすべてだとは思いたくない。

「栄冠は君に輝く」という甲子園の歌がありますが、ここでの栄冠というのはけっして優勝チームではなくて
甲子園の土を踏んだすべての生徒たちの頭上に輝くものなんですよ。いい歌でしょ!
(歌詞を抜粋します)

  雲は湧(わ)き 光あふれて
  天高く 純白の球 今日ぞ飛ぶ
  若人よ いざ
  まなじりは 歓呼に答え
  いさぎよし 微笑(ほほえ)む希望
  ああ 栄冠は 君に輝く

ただマスターズに出られるのはここに集えなかった人たちだから、やっぱりそれは悔やんでも悔やみきれないことでしょう。

映画のほうでは、登場する高校は一つだけだから、それぞれの元選手の家族をそこそこ丁寧に描いてますが
それでも「マスターズ甲子園の映画」と思うと、かなり物足りないです。
原作では選手はもちろん、マネージャーや裏方やうぐいす嬢やプラカードガールまで登場してたのに
選手だけ、それもたった1校なんてね。
マスターズ甲子園を時間をかけて取材した重松さんの気持ちは複雑なんじゃないかと思いました。
今月号の「小説すばる」には映画公開記念の対談が載っていたのですが、監督や主要キャストではなく、
テーマソングを歌った浜田省吾vs重松清、でしたから、さては重松さん、映画にご不満なのかも?なんて思ってしまいました。

9回の攻撃を全打席見せてくれた「KANO・・」とは大違いで、試合経過はほんとにわずかだし、
28年前のほうも工藤監督の長男が出ると宣伝していた割には短いシーンでした。
野球を期待して観に行ったら物足りないですが、逆に野球未経験者の中井貴一も何の違和感なく溶け込んでいましたから
これはこれでいいんでしょうか?
↑の柳葉敏郎との取っ組み合いのけんかのシーンなんて、すべてアドリブじゃないかと思うくらい
大人げない熱いケンカでしたよ。
ドキュメンタリー色は全くないですが、なんかいい芝居を見せてもらいました、という印象です。

個人的には太めの元キャッチャーと、彼が監督を務める少年野球チームの万年補欠のぽっちゃり息子が好き。
野球が好きで好きでたまらない気持ちは、(たとえ下手くそでも)何物にも勝るし、
完全分業制の野球のルールの中では、一瞬でも活躍できる可能性ありますからね。

最後のほうで「甲子園は憧れか?思い出か?」と聞かれた晴彦が
「今は目標だな」と答えていたのが印象的でしたが、このセリフも、映画オリジナルなのかな?

原作のせりふそのままは
「一球入魂」を「ひとだま」と読んでしまったエピソードくらいで、どこらへんが重松ドラマなのかが不明ですが、
早く書き上げて(映画ノベライズではなく)単行本にしてほしいものです。