映画「ハンナ・アーレント」 平成25年10月26日公開 ★★★☆☆



1960年、ナチス親衛隊でユダヤ人の強制収容所移送の責任者だったアドルフ・アイヒマンが、
イスラエル諜報(ちょうほう)部に逮捕される。
ニューヨークで暮らすドイツ系ユダヤ人の著名な哲学者ハンナ(バルバラ・スコヴァ)は、
彼の裁判の傍聴を希望。
だが、彼女が発表した傍聴記事は大きな波紋を呼び……。(シネマ・トゥデイ)


「難しい哲学の映画が 日本で予想外に大ヒットした!」 
とニュースで聞いた記憶があります。
単館上映の岩波ホールは連日満員御礼だったとか・・・

この人物1906年生まれのユダヤ系ドイツ人。
哲学者で大学教授。
でも結婚2回していて、若いころには(私でも名前をしってる)ハイデガーと不倫関係だったとか。
なかなか波乱万丈な人生で映画にしたら面白そう・・・
とおもっていたら、ぜんぜん予想が外れました。

1960年、アルゼンチン逃亡中のナチスSSのアドルフ・アイヒマンが
イスラエルの諜報機関であるモサドにつかまり、エルサレムで裁判が行われます。
ハンナ・アーレントは、雑誌社の依頼により、
その裁判を傍聴してドイツ系ユダヤ人記者としての傍聴記録を書くことになります。

当時ハンナは54歳の哲学の教授。
彼女の家にはいつも親友の作家メアリー・マッカーシーやドイツ人の研究者連中がいつも集まっていました。
ハンナは研究者としても日々膨大な量の仕事をこないしていたのですが、
夫にも相談してこの仕事を引き受けることにします。
エルサレムでのアイヒマンの裁判の様子は法廷記録の実写フィルムで映し出されるのですが
ガラス張りの被告席にいるアイヒマンはふてぶてしい悪人顔とはかけ離れた
おどおどした小役人の姿で、
彼女によれば
「ガラスケースのなかの風邪ひきの幽霊」みたいでした。そして、
「命令にしたがってやっただけ」を繰り返すばかり。

帰国後、出版社のたびたびの催促にもかかわらず、なかなか書きあがらないのですが
ようやく脱稿。
彼女は「ザ・ニューヨーカー」誌の5回分の連載を一気に書き上げました。

これが(ある程度は覚悟のうえ出したのですが)発売直後からものすごい反論とバッシングを受け、
「地獄へ堕ちろ、ナチのクソ女!」といった罵倒を浴びせられることとなります。

問題となったのは2点。
①上官の命令に従ったアイヒマンの行為は「根源的悪」ではなく、「悪の凡庸」である。
これは思考が停止して判断することが出来なくなった状態で、協力と抵抗の中間にある。
そこには信念も邪心も存在しない。
②ユダヤ人指導者のなかにも、ナチスに協力的な人はいて、それが犠牲者の数をふやす原因となった。
これは事実である。

本が一冊書けるほどの分量の記録ですから、他にもいろんなことを書いているはずなのですが、
この部分だけが強調されて伝わり、彼女は
「殺人鬼アイヒマンを擁護し、ユダヤ人を誹謗する裏切り者」といわれ、
大学での職も失うこととなるのです。

ハンナは強制収容所にはいかなかったものの、フランスの勾留キャンプから逃げ出し
命からがらアメリカへ亡命したれっきとしたユダヤ人当事者でありながら
心情的にも憎いはずのナチスの幹部を冷静に分析していることを評価すべきと思うのですが、
「ナチス狩り」賞賛の風潮のなかでは、ハンナのような考えはとうてい支持されることはありませんでした。

だいたい、アルゼンチン政府に断りもなくアイヒマンを拉致し、
当事国でもないイスラエルで行われる裁判が有効なのか?
こんなことを思っても口にするのはタブーでした。

むろんハンナはアイヒマンの刑を軽くすることを望んだわけではなく、
「死刑は妥当」だとも言っています。
それでも思考することをやめ、その時の流れに迎合するだけでは
また同じような過ちを犯すことにはならないか?
まさにそうなんですけど、ハンナをバッシングする人のほとんどが、論文をすべて読んだわけでもなく
「ユダヤ人のくせにナチ野郎の肩を持った裏切り者」ときいて
「そうだ、そうだ」と言ってるだけなんですよ。

ハンナは自分への誹謗中傷にいちいち反論することはせず、
大学で学生たちへの講義という形で8分間のスピーチをします。
これがとても感動的なんですけど、聴衆はすべて彼女の信奉者というわけではなく
反対意見の人たちがすべてこれを聞いて考えをかえたわけでもないから、
映画的にはイマイチ盛り上がりには欠けるのですが、ここでTHE ENDです。

恩師ハイデガーとの不倫をにおわすシーンはちょっとだけありましたが、
収容キャンプ時代の苦しい体験も、
危機一髪でアメリカに亡命できたスリリングな体験も回想シーンではゼロ。

登場人物も地味だし、キャストも地味。
知っているのはメアリー役のジャネット・マクティアだけでした。
ハンナを支える明るくて大柄な彼女の存在はとても貴重でしたね。

あと、誰もが感じたと思うのですが、ハンナは驚くほどのチェーンスモーカーで
くつろぐときも、執筆するときも、ソファーに横になっても、電話しても・・・
とにかく常にタバコが手放せず、最後の講義では、
なんと最初からずっとタバコを吸い続けながらスピーチしていました。

もうひとつ、夫のハインリッヒとは常にハグ&キス。
見た目は50代の地味で堅物な二人のラブラブな様子はほほえましくもあり、
少々うっとうしかったかな・・・

正直、岩波ホールに行列してみるほど面白いか??
って思いましたけど、(理解できない個所も多いですが)
テーマは至ってシンプルなので、DVDが出たらぜひご覧になってください。
8月5日発売予定、とのこと。