映画 「フランケンウィニー」 平成25年1月公開 ★★★☆☆

ノベライズ「フランケンウィニー」 ティム・バートン原案 エリザベス・ルドニック作 竹書房★★★☆☆



読んで♪観て♪


大好きな科学に夢中になるあまり、友達が一人もできない少年ヴィクター。

そんな彼を両親は心配していたが、ヴィクターは愛犬スパーキーを相棒にして楽しい毎日を送っていた。

しかし、思いも寄らぬ事故が起きて、スパーキーは天国へと旅立ってしまう。

深い悲しみに沈んでいたヴィクターだったが、

次第にスパーキーをよみがえらせたいという強い気持ちを抱くように。

少しばかり危険な科学な知識を駆使してスパーキー蘇生に成功するが、

その姿はつぎはぎだらけで、まるでフランケンシュタインのようだった……。(シネマ・トゥデイ)


ヴィクターは、いつも屋根裏部屋にこもって何かを作ってるマニアックな科学少年。

友だちは犬のスパーキーだけ。

「もっと外であそばせなきゃ」

という父。

「あの子は変じゃないわ、人と少し違うだけ」

という母。

スパーキー主演の手作り8ミリ映画を親子で鑑賞して大盛り上がり。

なんて平和で幸せな家庭なんでしょ!


ある日、学校の科学の先生が落雷の被害者に。

ニューオランダは落雷が多く、感電事故が多発していて

「見捨てられた工夫ののろい」とか、

風車が原因だといわれていましたが、

入れ替わりに学校にやってきた

科学のジクルスキー先生は、感電死について

「雷が悪じゃない、

電子たちがチャンスの国に行こうと放電するのをたまたま男が邪魔しただけさ」

と。


この先生がヴィクターの理解者となり、

彼の科学の心に火が付くんですね。

小学校の先生の言葉って、いつまでも心に残るものですよね。

私の場合は・・・ってそれは長くなるので別の機会に。


「人間はだれもが科学者なのです。

配管工だってノーベル賞をとれるかもしれない」

「みんなは科学が与えてくれるものは好きなのに

疑問を持つことが嫌いです。」

「何にでも疑問をもつあなたこそ科学者になるべきだ」

「みんなは科学は頭の中にあると思っていますが、ハートの中にもあるのです」

「科学自体は良いものでも悪いものでもないですが、

その使い方によってどちらにもなるのですよ」


「たとえ死んでも肉体に電線の部分は残っている」

このことばを信じて、

ヴィクターは事故死した最愛のスパーキーを蘇生させることに成功したものの

おかしな死体までが生き返ったり、モンスターの進化形に変化したり、

そのあたりはゾンビ映画のような展開に・・・

ストップモーションのクラシカルな手法をとっているので

ほのぼのした感じはありますが、3Dで見たら迫力映像なのでしょうか?


オスカーにもノミネートされた作品ですから、それなりのレベルではあるんでしょうが、

なにを伝えたかったのかは多少ブレているような・・・

愛と目的さえあれば死んだものも科学的に再生できる・・・

というのは行き過ぎていますよね。

せめて「奇跡」くらいなら許容範囲ですが・・・

「心の中の特別な場所に生きている」というママの慰めの方がしっくりきました。


それにしても、屋根裏部屋で怪しげな実験をしているヴィクター。

彼がけっして危険なサイコパスへと変貌することがないのは

両親のブレない愛情と寛容な包容力のおかげでしょう。


平和的に利用することも大量破壊兵器にもなる原子力とか、

遺伝子操作の有用性とバイオハザードとか、

もう「愛」なんていうざっくりした基準ではなくて

綿密な倫理規定の整備が必要だと思います、映画とは関係ないけど。