映画 「海炭市叙景」 平成22年12月18日公開 ★★★★★

原作本「海炭市叙景」佐藤泰志 集英社



読んで♪観て♪


北国の小さな町・海炭市の冬。造船所では大規模なリストラが行われ、

職を失った颯太(竹原ピストル)は、妹の帆波(谷村美月)と二人で

初日の出を見るため山に登ることに……。

一方、家業のガス屋を継いだ晴夫(加瀬亮)は、事業がうまくいかず日々いら立ちを募らせていた。

そんな中、彼は息子の顔に殴られたようなアザを発見する。(シネマ・トゥデイ)


函館は「キッチン」「海猫」「わたし出すわ」など、森田監督の映画の舞台によく登場するし、

その幻想的イメージから「つむじ風食堂」も全編函館ロケと聞いていました。

でもこの作品は、(町おこしとか観光PRとかとも無関係に)

素の函館(設定は海炭市という架空都市ですが)の人々の営みを

見事に映像で紡いだ作品といえると思います。


独立した数編のオムニバスからなるのですが、

同じ町の同じ時期に生きてる人たちの話ですから

ラストにかけて交錯するシーンも登場しますが、

わざとらしくない自然な感じがいいと思いました。


炭鉱事故、リストラ、立ち退き、夫婦のすれちがい、貧しさ、DV・・・・

題材はどれも辛く悲しいものばかりですが、

どのシーンも詩情にあふれていて、

一瞬たりともだれることなく、集中してみることができました。


函館出身の作家佐藤泰志の原作を市民たちのカンパなどで映画化が実現したとか。

演技に定評のプロの俳優(加瀬亮・谷村美月・小林薫・・)と

自然な演技で準主役をやり切った素人の市民の方たちの力で

心から受け止められるずっしりした手ごたえの作品になりました。

「事故」とか「転落死」とか、映画だとどうしても実写シーンを入れたいところですが、

ニュース映像のみ、というのも、(もともとは製作費がらみでしょうが)

結果として、むしろ説得力があったかも。


親を失った兄妹がかき揚げを分け合って年越しそばを食べ、初日の出を見に行く・・・

再開発で立ち退きを迫られつつも、行商をし、猫を抱いて、ひとりで生きてゆく老婆・・・

妻も息子も(昔は一緒に星を見に行ってたのに)自分から離れてしまったのを嘆くプラネタリウム技師・・・

ガス店を継いだものの、仕事も後妻との関係もうまくいかない男・・・

故郷に仕事で帰り、偶然疎遠だった父と再会する男・・・


本当に面白おかしいことも景気のいい話もひとつもなくて、

ただ寒寒と辛く哀しいんですが、

そんな中でも健気に生きていこうとする人間の本領を感じます。

たったひとつ、行方不明だったおばあさんの猫が舞い戻り、

しかもおなかに赤ちゃんがいたという・・・

そんなことで、体中に元気がもらえるような・・・


うまく表現できないですが、

与えられた不幸をそっくり受け入れ、それでも生き抜こうとする市井の人々の姿を描いていて、

日本映画というより、北欧の香りを感じました。

ここ2.3年の間に観た邦画ではベストかもしれないです。


振り返ってみたら、この時期には、この作品の存在すら知らずに

「ノルウェーの森」なんかを観てたんですよ。

たしかに公開館は少なかったですが、

宣伝に踊らされずに、情報収集せねば、と反省しました。