映画 「砂漠でサーモン・フィッシング」 平成24年12月8日公開 ★★★★☆

原作本 「イエメンで鮭釣りを」 ポールトーディ 白水社


読んで♪観て♪


「イエメンでサケ釣りをしたい」という依頼を受けた水産学者のジョーンズ博士(ユアン・マクレガー)。

そんなことは絶対無理だと相手にしなかったものの、何とイギリス外務省後援の国家プロジェクトに発展。

ジョーンズは、イエメンの大富豪の代理人ハリエット(エミリー・ブラント)らと共に

無謀な計画に着手する。                    (シネマ・トゥデイ)



大富豪のわがままって常人では考えられないとてつもないもので、

「砂漠で鮭を釣りたい」というのも、かなりのもんですが、

常識ではかんがえられないことでも、

莫大な予算が付き、対アラブとの「いい話」をさがしている

イギリス政府の思惑と一致したりすると、

「あり得る話」となってしまうのです。


当初は断ったものの、退路を断たれて後戻りできなくなったジョーンズ博士は

パートナーの投資コンサルタント、ハリエットと

この奇想天外の国家プロジェクトを進めることになってしまいます。


イエメンは予想に反して、そこそこ涼しく月に250ミリの降水量もあるとか。

依頼者の大富豪シャイフが目指しているのは

個人的趣味だけではなく、祖国に緑をとりもどしたいという強い思いから。

実際、イエメンにはすでにダムが建設中で、

井戸の水は冷たく、砂利の大きさも産卵には適合。

シャイフとも意気投合して、次第にヤル気満々になっていくジョーンズ。


一方の知り合ったばかりの軍人の恋人ロバートが中東の戦地で行方不明の知らせに、

戦線離脱してしまうハリエット。

手作りサンドイッチで慰めるジョーンズの不器用なやさしさに

だんだん心ひかれるみたいなんですけど、

このあたりから、それまでの「プロジェクトX」みたいなお仕事モードから

一気に恋愛モードにスイッチ切り替え。


たしかに、プロジェクトものとしてはかなり弱いです。

「英国の鮭は一匹もやらん!」という環境局の責任者とか、

「英国の鮭を守れ」という釣り人の組織、

「西欧化反対!」とシャイフの命を狙うイエメンの過激派とか

そこそこの反対勢力も用意していますが、たいした力なし。


結局はサイドストーリーで持ってるような作品でしたね。

登場人物のそれぞれの「小市民」ぶりが身近でうれしいです。


登場人物の中で一番偉そうなのが

首相広報官のマクスウェル。

ガツガツ仕事をする自信過剰ぶりがとってもコミカル。

家での母親ぶりも笑えます。

クリスティン・スコット・トーマスのこんな姿、初めて見ました。

首相との連絡をLINEみたいなのでしてるのも可笑しい。


ジョーンズの妻も仕事人間で、夫へのいたわりの心などなく

新しいプロジェクトに没頭する彼にも

「アラブ人は抜け目がないから投資した金はとりかえす」

だの

ハリエットのことを「ミニスカートの事務員」

だの、

カチンとくることばかり言い放つ妻。

挫折感いっぱいの私生活に、離婚を考え始めるジョーンズ。


ハリエットも見た目ほどメンタル強くなくて、

恋人絶望の知らせに引きこもってしまいます。

でも知り合ったばかりでよくわからない恋人より

目の前のやさしいジョーンズに次第に惹かれていって・・・

「チェトウッド・タルボット」という彼女の名前は、

これ、笑いをとるとこなんでしょうか?


鮭プロジェクト自体は、予算は高額ですが、

要するに、イエメンの水路に成長した鮭をもってきて放流、という

これ、プロジェクトというより、単なるイベントじゃないですか?

「流しそうめん」「流しシャケ」ですね。

ただ、そうめんとちがうのは生きていること。

流れに乗って下流に泳いで行きそうですが、

それじゃいけないんです。

産卵のために上流に向かって遡上しなくては。

果たして鮭は(生まれてもいないイエメンの川を)遡上するのでしょうか??


・・・って、感動ポイントかなりちっちゃいです。



そういえば、私が子どもの時、河川の汚染が問題になっていて、

「多摩川に鮭をもどそう」といって

ずいぶんな数の鮭の稚魚を放流したりしてましたが、

あれにも似ていますかね?

ほとんどの鮭は死滅しても、ほんのわずかな鮭が大人になって帰ってくる・・・

という感動話。

そのためにものすごい数の鮭の稚魚を殺してるわけですが、

そういうのはどうでもいいのか!

って、小学生でも思いますけど、

鮭の命より大事なものが大人の世界にはいろいろあるんですよね。



まあ、こちらもプロジェクト自体はたいしたことなさそうですが、

養殖されてこれからスーパーに売られるって鮭にも、DNAに刻まれた

「川を遡る」という本能がある・・・っていうのはちょっとびっくり。

実話じゃないからまあなんともいえませんが。


話変わって、ジョーンズが強い妻におそるおそる離婚を切り出したところ


「半年後は、必死で「やり直そう」っていってるあなたの姿が見えるわ」

「それがあなたのDNAよ」


なんてシビアなお言葉!

しかも多分あたってそうな予感。

でも、それが定められた天命だとしても、

将来を決めるのは自分自身。

流れに逆らって川を上る鮭たちのように

行動するのは今日のこの日なんですよ!


予想外のことが起こって心乱れることがあったとしても

わかったふりをしないで原点に立ち返ろう。


さて、ジョーンズは、プライベートでも幸せを手にすることはできるか??


という、きわめて規模のちっちゃいお話です。

巨大プロジェクト成功への軌跡をたどる映画ではなく、

鮭のCGもちゃちなので、高揚感もほぼなし、です。


だけど、(今の私のような)八方ふさがりの人に、

じわじわと元気をくれる作品ではあります。

ジョーンズのもってきた手作りサンドイッチのように、ね。


びっくりしたのは、この映画、ゴールデングローブ賞に

作品賞、主演男優賞、主演女優賞と3つもノミネートされていること。

別に悪くはないけれど、演技力なんているか?って感じですが。

俳優にとって、こういう「普通の人」の役のほうが難しいんでしょうか。

むしろ、シャリフ役のアムール・ワケドという俳優さんが良かったんですけど。

高貴なお顔立ちながらイケメンで親しみやすい。

英語とアラビア語の語調のギャップとか、とても存在感ありました。


帰りみち、駅の人ごみのなかで、人の流れに逆らって

思わず「遡上」してしまった私。

けっこう、日常生活をちょっぴり動かすような力のある作品かもしれません。