映画 「消えたフェルメールを探して」 平成20年9月27日公開予定 >★★★☆☆



1990年、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館所蔵のレンブラント、フェルメールなど
美術品13点が盗まれた。
絵画探偵として著名なハロルド・スミスは、FBIも注目する美術品泥棒をはじめ要注意人物に接触。
開設したホットラインにも情報が寄せられる。
そんなとき、ロンドンからアイルランドのIRAと盗まれたフェルメール「合奏」の関係を示唆する
密告が入り……。 (シネマトゥデイ)

フェルメールは現存する作品が30数点だけ。贋作問題も多く、盗難事件もたびたび起こっています。
フェルメール自身の自画像もなく、とにかくミステリアスな香りの強い画家です。
アイパッチをしたスミス探偵もちょっと胡散臭くて、ホームズやポワロのようなミステリーを
想像してしまうのですが・・・・

フェルメールの「合奏」という作品の盗難から10年以上たって、でもあきらめきれない
この作品の大ファンである監督が絵画専門の探偵ハロルド・スミスに依頼して
この映画がつくられました。
関係者のインタビューがえんえんと続きます。
こういったドキュメンタリーでは「トムダウト」「アニー・リーボヴィッツ」などを観たことがあります。
これらに出てきた人たちは、あっと驚く有名人だったり、顔は知らないけど、
名前はよく知ってる・・・という人たちでしたが、本作では、
フェルメールファンでもしらない人たちばかり。
頼みのハロルド・スミス探偵も持論を展開することなく、もっぱら聞き役で、
ストーリーとしてはなかなか進展しないので、彼の名推理で事件が華麗に解決する・・・・
なんていうのを期待したら、あてがはずれてしまいます。

ただ、ハロルド・スミスの顔がアップになった瞬間、誰もが驚いたはずです。
彼のアイパッチは伊達ではなく、皮膚癌に冒された右目を隠すもの。
鼻も崩れてしまったので義鼻を装着。頭も手も包帯や絆創膏に覆われています。
若いときに罹った魚鱗鮮の治療の過程で皮膚癌になってしまったとか。
それでも世界中を飛び回って、数え切れないほどの人と面会して、
事件の解決に死の直前まで手をつくす、彼の情熱には感銘を受けました。

この映画では、フェルメールの「合奏」やそのほかの作品を映したり、
その解説、また、フェルメール自身についても、ほとんどふれていません。
そういうことを期待したら、これまたあてがはずれてしまいます。

フェルメールの作品は特定のメッセージや示唆をふくまず、
ある瞬間をきりとったシンプルなもの。
私たちはそれを感じ、自分のなかにとりこんでいき、なんともいえない
ゆったりとした気持ちに浸ることができます。
フェルメールの絵の価値は、「フェルメールが書いた」からではなく、
それを愛し育ててきたたくさんの人たちがいて、彼らに認めたからなのですね。

「合奏」が盗難にあったのは、ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館。
私は、ボストンだから「ボストン美術館だろう」と単純に思っていました。
この美術館の名前をきくのは初めてだし、個人美術館にフェルメールがあるとは思いませんでした。

ガードナー夫人について、この映画でかなりくわしく知ることができました。
彼女は残された写真や肖像画から、容貌は平凡だけれど、
すばらしいプロポーションをした魅力的な女性だったことがわかります。
幼い息子を失ってからは自分の美術館を子どもと思い、心血をそそぎました。
当時のアドバイザーだったベレンソンとの往復書簡から彼女の美術への情熱が伝わります。

美術館の建物はバルバロ風の建物をうらがえし、つまり外壁を内壁に、
内壁のデザインを外壁にとりいれた、こだわりのオリジナルなもの。
インテリアや小物もヨーロッパで自ら買い集め、
所蔵品も「新たに加えることも移動することも禁止する」と遺言を残しています。
(彼女は1924年に死亡)
つまり、美術館そのものが彼女自身の芸術作品だったのです。

そんななかで起こった盗難事件ですから、盗まれた絵の場所には今も額縁だけが飾られ、
いまだに帰りを待っている状態です。

犯人に関しては、1990年当時のボストンの犯罪に必ず絡んでいたバルジャー一味という説。
IRAがバックにあるという説・・・
500万ドルの懸賞金目当てに情報はたくさんよせられるけれど、なかなか解決には至りません。

有名な絵画の窃盗事件は、現金や宝石などと違って、売りさばいて現金化することが難しいので、
交渉の道具、たとえば、絵の返還を条件に服役囚の解放とか、国際間の問題だったり、
「高価なもの」というより「大切なもの」というくくりで、人質に近い感じです。
ですから、「絵画探偵」は探偵ではなく、ネゴシエーター的な役回りのようです。

ハロルド・スミスはこの事件の解決をみることなく2005年に皮膚癌で亡くなりました。
盗難事件としては時効が成立しているので、もう犯人逮捕の可能性はなくなり、
あとは、作品が良い状態で保存されていること、無事に戻ることを祈るばかりです。

「時効警察」のように「誰にも言いません」カードをあげるから、
そーっと戻しておいて欲しいです。

「真珠の首飾りの少女」のようにフェルメール作品を扱ったものではないし、
「ダヴィンチコード」のようなミステリーでもない。
ただ、今までに一度も観たことのない視点で絵画を見ることができたので、
個人的には非常に楽しめました。