Jさんブログ

ケアマネ講師、介護福祉士講師

このブログはコピーしていいですよ。
必要な人に配ってくださいね.. J
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さいきんさ。

ある相談が寄せられて。

介護付きの有料に勤めているらしいんだけど、
そこで「これからは看取りを強化していくぞ」
って。

そういう方針が上から出たんだって。

上司のほうから。

それで職員さんの一人が喀痰吸引の研修に
参加したみたいで。

で、その職員さんが勉強会をしたい、って。

みんなで喀痰吸引の勉強会をしよう、って。

そう提案してきたらしいんだよね。

いざというとき、知識はあるにこしたことないから、
みんなで勉強をしよう、って。

そう言ってきたみたいで。

ただ、あなたもご存知の通りかもだけど、
喀痰吸引ってさ。

誰でもはやっちゃいけないんだよね。

研修を受けていない介護職員がやるのは違法で。

施設としてはできないんだよね。

だから、施設長はそれに対して、違法なんだから
ダメだよ、って。

そんな勉強会はやる必要ないよ、って。

そう言ったらしいの。

で、おそらく相談を寄せてくれたかたは
間に挟まれている立場だと思うんだけどさ。

困っちゃったみたいで。

どう考えればいいでしょうか?って。

そういう相談が寄せられて。

で、これ、わたしの父が専門的な意見を
その方に直接、返してたんだけどさ。

わたしのほうではここで考えかたを
あなたにシェアできればな、って。

そんなふうに思って。

まず、これね。

何が正しいという一つの答えがあるわけでは
ないんだよね。

いくつかの大事なことがあってさ。

どれを優先させるかによって答えって変わってくる。

たとえば、子供が外で万引きをしたとするよね。

そうしたら、店であるとか、学校であるとかは、
怒るのが仕事だよね。

許さないのが教育。

正しいことを教えるという立場があって。

ただ、親は親で別の教育があって。

思春期の子供の心を理解してあげるという教育が
あるんだよね。

じゃなきゃ、ひとりぼっちだもんね。

解決しないよね。

あれこれ説教したりせずに、ラーメン食べて
帰ってくるのが親の教育で。

どちらが正しいってのはないんだよね。

どっちも必要なんだよ。

もし、やってしまった罪が重いものだったら、
社会としての制裁も受ける。

法罰を。

これも必要なことなんだよね。

親という立場、学校という立場、社会という立場。

それぞれに役割があるんだよね。

ソーシャルワークだって、ケースワーク、グループワーク、
コミュニティワークって分類があるよね。

今はミクロ、メゾ、マクロ、っていうけどさ。

こうやって分類があって。

これはどれが正しいじゃなくて、どれも要るよね。

どれもそれぞれに役割がある。

答えは一つじゃないんだよ。

だから、職場の場合もね。

これを見越してものを見てあげる必要があって。

たとえば、その職員さんって、勉強してきて
やる気があるんだよね。

だとしたら、勉強会をしてもいいんだよね。

知識を身につける、っていいことだよね。

持ってて損する知識なんて、そうそう無くて。

もし、勉強会をすれば、その職員さんも知識が
深まり、意欲も出て、責任感も培われる。

また、その勉強会に参加した他の職員さんもさ。

なるほど、そうなんだ、って興味をもったとしたら、
勉強するかもしれないしね。

わたしも研修受けようかな、って思うかもしれない。

ともかくベースは上がるんだよね。

ただ、かといって、その職員さんが言う通りに、
いざというときに介護職員やってもいいかって
それはダメなんだよね。

勉強会はいいことだけど、実際の行為はやっちゃダメ。

ちゃんと区別を付けることが大事なんだよね。

区別というのは、プロで。

プロとは定義の数、区別の数なの。

お茶を飲んで、20種類の味を区別できるのが
お茶のプロで。

体調悪いひとを見て、病気を区別できるのが
医師という病気のプロで。

プロっていうのは区別の数。

普通のひとが分からないようなところを
どれだけ見分けられるかなんだよね。

上司というのも同じでね。

問題に対して、一つの見方しかできないのは
素人と同じなんだよね。

それはプロとは言わない。

厳しいようだけど、勉強不足だね。

いま起きていることに対して、誰が何を
どのように対処すべきなのか。

親としてはこう、学校としてはこう、社会としてはこう。

その区別が付いて、自分の立場で適切な対応を取れるか
なんだよね。

施設長には施設長の立場が。

マネージャーにはマネージャーの立場が。

職員には職員の立場があって。

同じじゃないんだよ。

担っているものが。

一致させようってほうが、おかしくて。

一致しないなかに正義や真理があるから、
その都度、調和を図っていくんだよね。

勉強会を全面的に肯定する先輩。

勉強会の必要性を肯定して開催しつつ、
やってはいけないことを諭す上司。

ルールを曲げない、法律を遵守する施設長。

どれも要るんだよ。

どれが正解じゃなくて、どれも要る。

その区別の目を持っておいてほしいな、って。

感じるね。

自分の立場でものを言うと、別の立場のひとを
否定することになってしまうからね。

それも合ってる、でも、これも合ってる。

そのなかで調和を図ったり、落としどころを
見つけていったりするんだよね。

これをやらずに説得だけしたら、かならず、
どこかで破綻をきたすところが出てくるよ。

調和が崩れて。

これを覚えておくといいね。

家庭でも、同じだよ。

兄弟の役割、母親の役割、父親の役割。

どれもあって、調和だね。

肯定する兄弟、共感する母、叱責する父。

どれも必要。

カラダも、糖質、脂質、たんぱく質、
どれも要るよね。

役割がそれぞれ違うから。

この調和の原理。

知っておくといいかもしれないね。

見方が広がるとおもうよ

J
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質問:
Jさん

いつもメールで学ばせてもらっています。

ありがとうございます。

仕事の質問です。

現在4●歳、ずっと専業主婦でしたが、離婚を機に3年間ヘルパー、
その後、縁あってNPO法人の就労継続支援B型で常勤として2年働き、
来年度から同じ法人内の放課後等デイに移動が決まっています。

今引き継ぎを受けていますが、常勤なので常にその場のリーダー的な
立ち位置になることを念頭に置いて動いて欲しい、と言われています。

性格的に補助をすることのほうがやりやすく、これまで染み付いた
動き方から、つい周りをサポートする側に回ってしまいます。

そして、人に指示を出す(それが子どもだとしても)とか、仕切る、
段取る、などがとても苦手で下手です。

今いる職場で既に、常勤としてバリバリ働く能力がないことを
痛感しています。

ただ離婚しているため常勤として働かなくてはいけないことと、
なにより今の職場は娘の療育で大変お世話になっている先生の
関係先なため、できればしっかり働いて恩返しをしたいという
思いもあります。

この性格の壁みたいなものはどうやったら越えられますか?
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----------Original Message---------
Jです、

相談ありがとう。

性格の壁は、苦手なことをやっていくなかで
超えていくものだよ。

今まさに、その機会が来たね。

ウマくいかないことだから学びの場として
お呼びがかかったんだから、ウマくいくと
思わず、失敗しながら成長していくぞって
気持ちでやっていくといいね。

苦手なことってさ。

やりたくないよね。

分かるよ。

得意なところがあるんだから、そっちを
活かしていきたい。

伸ばしていきたい。

そう思うよね。

もちろん、それも正解なの。

得意なことで、人々に貢献していく。

ただね。

物事には、いつも2つの面があって。

人のために貢献していくという修行もあるけど、
自分のために成長していくという修行もあって。

自分のために苦手なことを克服していくという
悟りのテーマもわたしたちは持ってるんだよね。

得意なところで貢献し、苦手なところを克服する。

この2つが人生のテーマとしてあるの。

今はその苦手の克服というステージが向こうから
やってきたんだな、って。

よし、じゃあ、やってみるか、って。

そう思ってやってみるといいよ。

ウマくいかなくて、ツラくて、苦しいことだらけだと
おもうけど、そういう修行だからね。

そういうものだから。

分かったうえで、進んでいくといいね。

どうしても苦しくなったら逃げてもいいけど、
基本的には今みたいな目的論で考えるようにして
何とかやり過ごしていけるといいかなって思うね。

忍耐、という言葉がわかりやすいかな。

忍耐というステージ。

そこで強くなるとまたあなたの徳が上がって、
救える人も増えてくるからね。

暗いことじゃなく明るいことだとおもって、
また、我慢ではなく忍耐だとおもって、
がんばって続けられるといいね。

応援してるよ。

J
----------End Of Message----------

※このQ&Aコーナーはなるべくドキュメンタリーで
お伝えできればと思っているため、基本的には
校正をかけておりません。

もちろん匿名性は十分配慮しております。

ご理解いただけると嬉しいです。
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きのうさ。

ある教材の収録をしていたんだよね。

講師の先生を一人ゲストに迎えて、
その方とわたしとけんや先生と。

3人で対談式に収録をしていて。

で、そのとき、わたしがね。

ゲストで呼んだ講師の先生にさ。

突然、質問を投げかけたの。

訪問看護が介護保険ではなく医療保険から
出るパターンって何だった?って。

はい、どうぞ答えてください、って。

突然、何の前触れも無く、そう振って。

で、ちゃんと答えられたんだけどさ。

点数としては70点、っていう感じで。

言いたいことは分かるけど、どれも微妙に
ズレていて点数としては70点だな、って。

そんな回答が返ってきたんだよね。

特別訪問看護指示書を主治医意見書といってみたり。

急性増悪(ぞうあく)を急性憎悪(ぞうお)といってみたり。

いや、そんなに憎んじゃいけないよ、って。

(笑)

それで、わたしは自分の反省も込めて、ほらね、って。

言えないでしょう?って。

わたしたち講師でも、講義がなかったりすると、
日々の勉強とかっておろそかになるよね、って。

仕事にしててもそうなんだよね。

だとしたら、生徒さんが仕事でもないのに勉強する、
って相当にむずかしいことだよね、って。

そういう話をしたの。

だから、わたしたちは情報提供するのが仕事ではないよ、
って。

授業を提供するのが仕事じゃない。

その場で結果を出してもらうのが仕事だよ、って。

一段、基準をあげないとだね、って。

そんな話をしていて。

わたしたち自身も、勉強、勉強って思ってたって
できないから、講義をしなきゃだね、って。

講義で失敗するのはイヤだからさ。

そういう機会があれば、一生懸命、勉強するんだよね。

だから、講師は講義をやっていかなきゃだよ、って。

そういう啓蒙をしたりしたんだよね。

日本には、転ばぬ先の杖、っていう言葉があるけどさ。

わたし、あまのじゃくな性格をしているから、この言葉、
あんまり好きじゃなかったりするんだよね。

転んだ後の杖、っていうのが好きで。

転んでもいないうちから杖なんか持って歩いてたら
ジャマでしょうがないよね。

楽しめるものも楽しめない。

アイス持ちながら恋人と手繋げないよ。

(笑)

無駄足に終わっちゃうこともあるから、杖は転んでから
持てばいいんじゃないの、って。

次に転ばないように持てばいいよ、って。

そんなふうに考えるんだよね。

困ってからじゃ遅い、なんて言葉もよく聞くけど、
人生ってその1回きりの勝負じゃないからさ。

困ってからでも遅くないよ、って。

そこから学べばいいよ、って。

そんなふうに考えるクセがあって。

人間、何かをはじめるときってさ。

怖いんだよね。

分かんないから。

経験も勉強もしてないから分かんない。

で、分かんなくて失敗したらイヤだから、
勉強したりするんだよね。

備えようとする。

転んで痛いのはイヤだから、転ばない方法を
学んだり、備えるための杖を用意したり。

そう思っちゃうんだよね。

でもね。

痛いから、学ぶんだよね。

もう転びたくないと思うんだよね。

失敗するから、その痛みが心と体に刻まれて、
頭で次は同じ失敗をしないようにしようって。

そう考えるようになるんだよね。

勉強しても身になるようになるんだよね。

いつか使うかもしれないからと思って、20代で
歩行器の使いかたを勉強してもさ。

なかなか身に付かないよね。

60年後にたしかに必要になるかもしれないけど、
今やろうと思ってもなかなか頭に入ってこない。

実践の先に失敗があり、失敗の先に成長がある。

そのことをさ。

知っていてほしいな、って。

感じるんだよね。

まず実践。

そして失敗。

そこから学びと成長がはじまるっていうことを
理解して、活かしていってほしいな、って。

おもったりするんだよね。

実践に失敗は付きものだよっていうことを、きっと
わたしたちは誰もが知っていると思うんだよね。

まず動かなきゃいけないってことはおそらく誰もが
知っている。

だけど、それでも動ける人と動けない人がいるとしたら。

それは知っているか、知っていないかではなくてさ。

期待値の違いかもしれないな、って。

そう思うんだよね。

失敗は付きものだと分かってる。

ただ、そうはいってもウマくいってほしい。

そうはいっても失敗はイヤだ。

なるべくなら、失敗は避けて通りたい。

この期待値だね。

これが違うのかもしれないね。

行動タイプのひとは、これが小さい。

失敗の可能性を80%から90%くらいに見ていたら、
割とパッと行動できるよね。

当たり前と感じるから。

ただ、腰が重いタイプのひとは、おそらくこの
期待値が大きい。

失敗の可能性を30%から50%くらいに見て、
なるべく失敗しないように勉強から入ろうとする。

そういう違いがあるのかもしれないね。

どちらが正解、っていうものはないけどさ。

今日はじめるか、明日はじめるか、明後日はじめるか。

10年後にはじめるか。

来世、はじめるか。

(笑)

その違いだからさ。

どれが正解、っていうものはない。

ただ、人間は痛みから学ぶっていうことは
確かだからさ。

なるべく早い段階で、早く実践して、早く失敗して、
早く学んだほうが、早く成長するな、って。

おもうんだよね。

まず実践。

そして、失敗。

そして、成長。

このステップだね。

実践、失敗、成長。

失敗の許容レベルを上げて、大胆に進んで
いけるようにするといいね。

わたしも以前、いきなりサインをくださいって
言われたことがあってね。

何年か前。

その頃は準備も勉強もしてないからさ。

え?って。

なんて書こう、って。

一瞬、ドキッとしたんだよね。

で、断ることもできたんだけどさ。

せっかく言ってきてくれてるんだから、
失敗してもいいや、まずは実践だ、って。

書いたの。

で、当然のごとく、失敗して。

(笑)

ちゃんと言葉を用意しよう、って。

その失敗と痛みから学んだんだよね。

転ばぬ先の杖で、サインを頼まれたどう書こうか、
なんてことを勉強したってさ。

おそらくは身に付かない。

言葉なんかも忘れちゃう。

やっぱりこれも実践と失敗ありきなんだよね。

実践、失敗、成長。

準備がなくても、実践できるようにするといいよ。

もうそれはそれは見事に失敗できるから。

(笑)

そこから大きく成長するよ。

ひとって苦しいのはイヤだからさ。

手痛い失敗を味わうと、二度とこんな経験はしたくないと
思うものなんだよね。

思おうとおもわなくっても、思うものだよ。

それで成長していく。

人生で自分が大きく変わったなっていう経験は、
きっとあなたも持っていると思うけどさ。

それってきっと、大きな大きな喜びを得たときじゃなくて。

大きな大きな失敗をしたときじゃないかな。

大切なひとを失ったとか。

大切なものを失ったとか。

目一杯、こころを傷つけられた、とか。

きっとそういう大きな大きな失敗から痛みを得て、
そこから学びを得たんじゃないかな、って。

おもうところだね。

実践、失敗、成長。

この3段活用を成功の原理として活かしていって
もらえたらいいかな、って。

おもいます。

まず、実践あれ、だね。

J
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