熊の童話・第二話~「天と大地の唄」篇 | ★☆★ かえるちゃんもうさぎちゃんも笑ってくれるの ★☆★

熊の童話・第二話~「天と大地の唄」篇

それは、秋の収穫祭の出来事だった。
青年は、光る肌を持つ子供達と一緒に、秘密の野菜畑で働いていた。
『ねえ、お兄ちゃん…』
光る肌の少年が、青年に話しかける。
「…うん? どうしたのかな?」
汗を拭いながら、青年は答えた。

『見てよ…ほらっ☆』

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(イメージ画像 瀬川強 宮沢賢治 シーズン・オブ・イーハトーブ number2 Summer すきとおった風 から引用)
いたずらっぽく笑いながら、少年は、すうっと、指を動かした。
すると、指揮者に従うクラシック交響楽団のように、トマトの葉が、さざなみの音を立てた。

青年は、えぇっ? …という顔になる。

少年の隣でしゃがんでいた少女が、青年の方へ振り向く。
彼女は、泥んこが付いた頬で、にっこりと微笑んだ。
そして、両腕をぎゅっと胸に抱えて、縮こまったかと思うと…、
『ばあ~ん☆』
と叫んで、大きく背伸びをした。

少女のかわいい声に併せて、トマトの茎が、勢いよく伸び上がった!

青年は、高々と伸び続けてゆく茎を、見上げていった。

気が付くと少年は、『か~め~は~め~は~』と呟いている。
腰を落として、両手の掌(てのひら)を重ねて、おにぎりを作るように膨らませゆく。
掌の動きに併せて、トマトがゴムボールのように膨らんでいった。

青年は唖然としながら、少年少女の仕草と、急成長する野菜を見つめていた。

…ふと、青年の表情が曇る。

(昔、放射能で巨大化する生物の映画を観た)
(半年前、イーハトーボの近隣にある原子力発電所で、事故があった)
(炉心溶融が起きた、というニュースを聞いた)
(100km圏外まで放射性物質が飛散している、というニュースも聞いている)

…脳裏に走った情報を振り払い、青年は、畑近くに設営した居住用テントへ駆け込む。
そこから、トランシーバー形状の小さな機械を取り出して、また畑へと戻っていった。
機械のスイッチを入れる。
【3.91μSv/h】と表示されて、画面全体が赤く点滅した。

「危ない! ここから離れるんだ!」

青年は叫んだ!
子供達の仕草が止まった。
野菜も、いつもの大人しい植物に戻った。
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(イメージ画像 瀬川強 宮沢賢治 シーズン・オブ・イーハトーブ number2 Summer すきとおった風 から引用)
『…どうしたんだ?』
熊が現れた。

「熊さん、この場所は危険だ! 汚染されている!」
青年は顔を強張らせて、早口でまくし立てたが、
『汚れているなら、雨が降れば、洗い流される』
と、熊は返した。

青年は首を左右に振った。
そして、呑気な熊の目を覚ますかの如く、青年は主張を続けていった。

「毒性の強い放射線なんです! その証拠に、野菜が急激に成長します!」
『それは、天(そら)と大地の唄を聴いたからだ。人間は、その唄を知らないだけだ』
「違うよ熊さん! だって、ガイガーカウンターでも、基準値を超えたマイクロシーベルトの値が表示された。科学的に証明されたんだよ!」
『それは、人間の都合だろう』
「…そうじゃない! みんな、同じだって! 自治体に連絡して、ここを除染しなければ、子供達の健康に響く! 特に子供の身体は、放射線に…」

(子供達の身体?)

…青年は、口をつぐんでしまった。
そして…日光を透過する身体を持つ子供達を、見つめ直した。

(幽霊になっている子供達に…除染を施す…)
(僕は…何を言っているのだろう…)

青年は黙った侭、その場に立ちすくんでいた。
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(イメージ画像 瀬川強 宮沢賢治 シーズン・オブ・イーハトーブ number3 Autumn ガラスのマント から引用)
『…ねえ、お兄ちゃん』

先程の指揮者の少年が、子供達の群れから離れて、青年に歩み寄った。

『これ…あげる☆』

少年の掌には、黄色いトマトが乗っていた。
それは、まぶしいくらいに原色の、黄色のトマトだった。

『僕と、妹のネリとで、二人で育てたんだ』

少年の隣には、先程の泥んこ頬の少女、ネリが立っている。

『ペムペル兄さまは、黄金(きん)を作ったのよ。立派でしょう☆』

「…黄金(きん)?」

青年は、ペムペル少年から、黄色いトマトを受け取った。
それは、ずしり、と重かった。

…トマトが、発光する。
文字通りに、黄金色に。
光は青年を呑み込み、ペムペル少年を、ネリ少女を、包みながら光輪を広げてゆく…。

…再び、野菜畑が、ゆらゆらと動きはじめる。
天(そら)と大地の唄が聴こえてくる。
まるで、鈴蘭とヘリオトロープの花の香りを漂わせた、切れ切れの風のように…。

…小さな家くらいの大きさの、白い、蚊帳(かや)のような、箱のようなものが歩いてくる。
その箱の中には、象の足が、ゆっくり上がったり下がったりしている。
周りには肌が真っ黒の黒ん坊が四人、目玉をギラギラさせながら踊っている…。

青年は、光の中で、イーハトーボの幻燈の洗礼を受けた。
熊は、彼を、遠くから見守っていた。
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(イメージ画像 瀬川強 宮沢賢治 シーズン・オブ・イーハトーブ number3 Autumn ガラスのマント から引用)
地面に落ちているガイガーカウンターの数値が、【3.91μSv】から【0.19μSv】へと変わり、そして【10.9mmSv】となり、【0.01nSv】へと刻々と変化していった。
最後には、デジタル数値は文字化けを起こして…突然、アルファベットが表示された。

【COGITO ERGO SUM】
(我思う、故に、我在り)

そして、人間の機械は破裂した。

熊は、役に立たなくなった人間の道具を口にくわえて、畑を後にした。


(…第三話へ続く。…更新は10月初旬の予定です)

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