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摩衆という名で俳句を嗜む(前編) 熊の童話・予告篇~「前夜祭」篇
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2012-02-04 14:00:00 kaeruchan-usagichanの投稿

摩衆という名で俳句を嗜む(後編)

テーマ:自作小説・童話・俳句
$★☆★ かえるちゃんもうさぎちゃんも笑ってくれるの ★☆★-haiku_2_1
(イメージ画像 M☆A☆S☆Hさんが撮影)
皆さん、こんにちは。前回の俳句ブログの後編をお贈りします^^ 前回は、2010年にツイッターで俳句を始めたことや、口語体でサブカルチャー用語を駆使して現代俳句に挑む話をしました。明けて2011年になり、僕は俳句に本腰を入れていきます。同時に“熊の童話”という、140文字で一話完結の物語も、俳句と並行してツイッターに投稿します(詳細は→こちら) 僕は創作活動を精力的に行ったのです。
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(イメージ画像 東日本大震災―写真家17人の視点(写真 平間至) から引用)
3月11日、東日本大震災が襲いました。この未曾有の大災害は、全ての日本人に多大なる影響を与えました。僕も震災理由で仕事を失い、創作活動の余裕がなくなっていきます…。このような不安な時期に、編集者の“竹熊健太郎”氏は、ツイッターで意味深い発言を投稿されました。

3)3.11から先の世界はマニュアルのない世界だ。オタク的な表現は変質するしかない。なぜならオタクは豊かな日常を前提にしたライフスタイルだからだ。マンガもアニメも当然残るが、表現の質が変わるだろう。どう変わるかはまだわからないが、必ず変わる。それは不安であり楽しみでもある。
(竹熊健太郎 http://twitter.com/kentaro666 2011/04/13 23:22:06 から引用)


竹熊さんが仰るように、震災以降の僕の童話も内容が変質していきます。以下のような、メッセージ性の強いものになったのです。

…麓では災害に苦しむ人間がいた。
熊は山を降りた。
突然の熊の出現で人間は驚いたが、有無を言わさずに傷ついた人を背負い、熊は山へ戻る。
多くの人間が熊の後に続く。
山の中は人間の避難所となる。
「困っている時はお互い様だ、同じ生き物だしな」
熊の言葉に人間は泣いた。
生きろ!

(大田正之 http://twitter.com/kumakakiya 2011/03/14 18:02:41 から引用)

そして僕の俳句も変質しました。

パ ン を 焼 く 希 望 ふ っ く ら 確 か め て  摩衆
疲 れ た ら 少 し 眠 り な 明 日 が あ る  摩衆


上記二句は、実際に被災地の友人へ贈ったメッセージなんです。最早、HAYASHI先生の季語を悠長に使う気持ちになれず(先生は震災直後も欠かさずに季語を投稿されていたのですが…)、そして現代俳句の実験なんて滅相もない状況で、僕は、ぐちゃぐちゃになってしまった自分の俳句を見つめました…。

6月に僕は、熊の童話と俳句のツイッター投稿を停止します。ツイッターのアカウント名“M*A*S*H”を、本名の“大田正之”に変更して(アメブロのニックネームもM☆A☆S☆Hから本名へ)、アイコンとプロフィール画像も素顔にして、ネットと求職活動を連動させます。日々の生活の全てを仕事探しに費やし、余力で創作活動を行うことを禁令にしたのです。

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(イメージ画像 星野道夫の仕事3‐生きものたちの宇宙 から引用)
それが、9月になると僕は突然!、アメブロに“熊の童話、ブログ版”の連載を開始します! ツイッター版の童話は一話140文字でしたが、今度は一話が三千文字~五千文字の長編で、四ヶ月間の連載です(童話の第一話は→こちらから) 同時にツイッター俳句も復活! アカウント名は大田正之(摩衆)となり、アイコンはトトロのお父さんを引用しました。…創作活動を三ヶ月で復活させた理由は…未だに掴みかねているのですが^^;、思い返すと…以前 身体を壊して休職していた時に、療養の合間に小説を書いたことがありました。それは、辛い状況を自らが癒し鼓舞する“セルフ・セラピー”を担っていました。今回の童話と俳句の復活も、同じ役割かもしれません。まずは俳句に関しては、リハビリ感覚で詠もうと思いました。
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(イメージ画像→引用元
ある日、ツイッターのTL(タイムライン、フォロワーの呟きがリアルタイムに表示される場所)に、“ユリイカ 2011年10月号 現代俳句の新しい波”という雑誌の、話題や読後感想が散見しました。“ユリイカ”とは現代詩と批評に特化した専門誌です。マニアックな趣(おもむき)のある同誌が、詩と似て非なる俳句を特集し、しかも“現代俳句”と名乗っている。興味を覚えて、僕も購読したのですが…目から鱗が落ちる程に面白かったのです! それは、僕が今までツイッター俳句で試みたことの“肯定”だったのです!

現代俳句特集の内容を簡単に説明すると、真っ先に目に入るコンテンツは、作家の“川上弘美”さん、エッセイストの“千野帽子”さん、俳人の“堀本裕樹”さんとの鼎談(ていだん)です。そこでは“俳句の面白さ”について御三方が語り合い、特に“互選句会”という、ゲーム感覚溢れる句会のルールを印象深く紹介していました。

互選句会ではまず、参加者各々が俳句を持参し、それを作者無記名の状態で羅列して、皆で投票します。最後に高得点の句を発表し、作者が名乗りを上げます。作者名が伏せられている為、誰が選ばれるか判らないドキドキ感がゲーム性に繋がりますね。併せて作者=人へのしがらみも、「あの人は大御所だから選ばなきゃ」「あいつ嫌いだから俳句も無視」的なマイナス感情も無記名で削がれて、偏見なく俳句の吟味が出来ます。【詞(ことば)を認めて、人を憎まず】こそが、俳句を嗜む本質かもしれません。この“句会の交流”に関して、堀本裕樹さんは以下のように述べています。

山本健吉さんの「座の文学」という論考では、室町あたりから俳諧(はいかい)の座はあったんだけれども今とは違って村の寄り合い的な感じで、句会を通してみんなで村の噂話や様々な情報を共有するものだったと言うんですね。(中略)それはやっぱり句会の原点だと思うんです。仲間うちでわいわいがやがややって楽しくやる、笑いが起こる、いい句も出ればしょうもない句も出る、それを全部受け入れる態度、そういう場が句会の本質だろうと。(中略)句会の原点を考えるとその辺のカフェやカラオケボックスで若い子たちがやっててもおかしくないものだったんじゃないかと。
(堀本裕樹 ユリイカ 2011年10月号 現代俳句の新しい波 61頁から引用)


仲間と一緒に知的なパーティーを催す感覚で、ドヤ顔禁止!、お互いにリスペクト☆ それこそが句会の本質かもしれませんね^^
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(イメージ画像 ユリイカ 2011年10月号 現代俳句の新しい波 170頁から引用)
他に印象深いコンテンツは、ベテラン俳人“池田澄子”さんのインタビューになります。聞き手は若手俳人の“佐藤文香”さん。…失礼にあたるかもしれませんが、池田さんは僕の母と近い世代。その池田さんの、最新句集の俳句がインタビュー内で紹介されています。それは、ベテラン=重厚な句…という偏見を吹き飛ばす、若々しくてチャーミングな句なのです。

風 雨 だ し 金 魚 赤 い し 夜 が 更 け る  池田 澄子
(池田澄子 ユリイカ 2011年10月号 現代俳句の新しい波 173頁から引用)

聞き手の佐藤さんの句評が明快です! 対する池田さんの御言葉はナチュラルな響き。その言葉の内には、俳句の偏見に囚われない柔軟な意志が感じられます。

これは五七五だし季語も入っているんですけど、「風雨だし」「赤いし」って! 風流なのが俳句だと思っている人にこの句見せたら、目ん玉飛び出しますよ。金魚が季語であることに気付くに至らないかもしれません。
(佐藤文香 ユリイカ 2011年10月号 現代俳句の新しい波 173頁から引用)


私が季語を使う時には、季語を貶めるわけじゃなくて、単にひとつの有効な言葉として使ってますね。(中略)季題としてではなく添景として使うこともありでしょう?(中略)「金魚」は夏の季語だけど、夏だけ生きてるわけじゃなくて、冬だって生きているわけね。だから、季語だと思われていいやって時は単に「金魚」と言うし、これは冬の金魚でなければいけないと思えば、「冬」と入れる。ただ、季語のために句を作っている気はないのね。
(池田澄子 ユリイカ 2011年10月号 現代俳句の新しい波 174頁から引用)


何よりも次に挙げる池田さんの句こそ、俳句は風情や花鳥風月を詠むだけではない、若い人達にも魅力的に映る詩情を備えているのが伺えます。

フ ァ ー ス ト キ ッ ス の あ と 立 て な く て 遠 花 火  池田 澄子
(池田澄子 ユリイカ 2011年10月号 現代俳句の新しい波 180頁から引用)

…心に刺さりますね^^ 昔、母から、父と結婚する前にお付き合いしていた男性とのエピソードを聞いた時を思い出します^^ 兎に角、池田澄子さんの俳句に溢れる爽やかさと遊び心ある言葉遣いは、現代俳句と呼ぶに相応しいかと思います。

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(イメージ画像 ユリイカ 2011年10月号 現代俳句の新しい波 54頁から引用)
ユリイカ鼎談に登場した千野帽子さんと堀本裕樹さんは俳句ユニットを組み、ビジネス誌で“千堀の投句教室575”、WEBサイトで“飛び込め!かわずくん”という俳句コンテンツを運営しています。文芸評論の仕事をされている千野氏が、初心者でも判りやすく、且つ、知的刺激を与える俳句論を展開して、俳人の堀本氏が、WEBサイトを通じて投句された俳句の添削、実践指導をしています。両者の持ち味が活かされた良質のコンテンツです。

また千野氏は“東京マッハ”という、ライブ感覚の公開句会をプロデュースしています。ユリイカ鼎談でも強調した“句会の面白さ”をリアルに伝えるイベントとして企画されて、何よりの特徴は、普段はサブカルチャー系のイベントを行うイベントスペースを会場にしていること。ライブハウスやクラブ、小劇場で演劇を楽しむ若者層がターゲットなのでしょう。
$★☆★ かえるちゃんもうさぎちゃんも笑ってくれるの ★☆★-haiku_2_7
(イメージ画像→引用元
2011年10月末日、阿佐ヶ谷で“東京マッハ vol.2”が開催されました。ユリイカ現代俳句特集を読んだばかりの僕は、この句会ライブにも興味津々。期待に胸弾ませて会場に足を運びました。当日、ステージ上で句会を繰り広げる方々は五名。プロデューサーの千野氏と俳句ユニットの相棒、堀本氏を始めとして、作家の“長嶋有”氏、ゲーム作家の“米光一成”氏、そしてユリイカのインタビューで素敵な俳句を披露されたベテラン俳人、“池田澄子”さんが特別ゲストで参加されました。

東京マッハの当日の雰囲気は、ライブハウスやクラブに行き慣れた人なら判る雰囲気ですね。狭く薄暗い会場内、オレンジ色の照明、開演前にはジャジーなBGMが会場に流れています。音楽好きの千野さんが選曲されたそうです♪ そして、どん!、と存在するドリンクバー。当然、お酒も呑めます^^ お客さんはパッと見で100人! 狭い会場はぎゅう詰めで、熱気に満ち溢れています。僕と同年代の方はパラパラと見かけますが、殆どがヤング・ジェネレーション! 句会=シニアな方々が和風の座敷で…という印象を覆すに充分のインパクトがあります。

そして、開演! ステージ上に五人の俳人が横並びに鎮座します。所謂、トークショーの雰囲気で進行するのですが、特に千野氏と長嶋氏の掛け合いが絶妙! まるでスタンドアップ・コメディ・ショーみたいな小気味良いユーモアを場内に与えてゆきます。そして、俳人の皆様が持ち寄られた俳句を30句程、作者無記名で紹介して、点数を入れて句評へ、という展開に。ここまでの流れを見ながら、東京マッハはエンターテイメント性が大きな特徴と捉えたのですが、池田さんと堀本氏の、プロの俳人ならではの鋭い句評も織り込まれていて、知と遊の共演を感じました。総じて、刺激的な一夜、でした☆

また客の立場でも、俳句に点を入れることが出来ます。ステージ上の上級者の視点と異なるものが選ばれるのも一興でした。上級者の間で最も得点が高かった“特選句”は、池田澄子さんが詠まれた下記の句になります。

冷 め て 色 濃 い 芋 の 煮 っ こ ろ が し 淋 し  池田 澄子
(池田澄子 阿佐ヶ谷ロフトA 2011/10/29 東京マッハvol.2「あさがや国内ファンタスティック俳句祭」 から引用)

客席で人気が高かった句も、同じ池田さんの詠まれた句ですが、上級者の選んだものとは異なります。

死 ん で い て 月 下 や 居 な く な れ ぬ 蛇  池田 澄子
(池田澄子 阿佐ヶ谷ロフトA 2011/10/29 東京マッハvol.2「あさがや国内ファンタスティック俳句祭」 から引用)

上記二句は、ユリイカで紹介された池田さんの句と比べて、趣が違うのが判ります。芋句は五七五の定型リズムに固執しない自由な韻律が伺えて、最後に字余り気味で“寂し”を入れたのも意図的で効果がある、と評価されていました。

蛇句は、実は客席に佐藤文香さんが来ていて、「何かが死んでいる→月明かりの下に→でも、それは居なくなれずにそこにいる→それは蛇」の詩的な展開を讃えていました。恐らく多くのお客さんも、死・月・蛇の詞が並ぶ印象を素直にカッコいい、と感じたはずです。

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(イメージ画像 M☆A☆S☆Hさんが撮影)
ユリイカ現代俳句特集を読み、句会ライブに参加して、僕の中で…憑き物が落ちた気がします。重複しますが、2010年頃に実験的な俳句を詠んでいた僕は、正直に言えば…こんなことをしていいのか?、と内心は常に不安でした。それが、僕の気持ちに近いムーブメントが起きているのを2011年の秋に知り、安堵感を覚えたのです。

…正確に言えば、ユリイカの現代俳句と僕は…微妙に違います^^; 僕は拙い俳句初心者の域を出ませんし、千野帽子さん、堀本裕樹さん等の上級者の方々は、もっと高いレベルの、俳句の未来を見つめているかもしれません。…それでも、僭越ながらに思ったのは、【旧態依然としている俳壇の習わしに囚われず、楽しく俳句を嗜む】姿勢は共通している、ということです。

その後、僕の俳句の詠み方は少しずつ変わっていってます。2010年頃は、会話調の口語体やカタカナのサブカルチャー用語にこだわってましたが、今は止めています。代わり今は、心に浮かんだものを掬う(すくう)姿勢で、可能な限り、シンプルな言葉で、誰もが判る口語体で詠もうと思っています。最近、僕が詠んだ俳句で、ツイッターで評判が良かったのは以下のものです。

冬 の 色 白 パ レ ッ ト の 端 に あ り  摩衆
湯 冷 め て も 人 の 心 は あ た た か く  摩衆


客観的に見れば…震災直後に詠んだ17文字メッセージに近い趣があり、悪く言えば…退化かも^^; それでも、僕はこう思いたい。何故、震災直後に僕は、被災地の友人にシンプルなメッセージを贈ったのか? そして今、同じ感覚のシンプルな俳句を詠む理由は? …それを静かに考えていきたいです。

(次回、かえるちゃんブログは二月末を予定。去年の僕のブログを総括します)

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