続きでございます。

 

 

私の両親は私の結婚後

 

2年近く経った頃に離婚しています。

 

 

 

父は仕事も出来て人望も厚く

 

地域の役員やPTA会長に子供会会長もバリバリとこなし

 

趣味のクラブの会長もしていました。

 

その上色男だったのでとてもモテました。

 

 

打って変わって母ですが

 

父より8歳年上ですがのん兵衛で掃除下手で

 

料理もこれまたレパートリーの無い

 

例えばお弁当のおかずと言ったら

 

ご飯の上一面に

 

玉子と醤油を混ぜて焼いただけの炒り玉子が乗っているだけとか

 

ふりかけと沢庵だけとか

 

たまにそれに焼きたらこが乗ってるだけとか

 

まぁ、そんな感じ。

 

 

学校から帰ると昼間から飲んで寝ていたりで

 

そのせいかどうか

 

「女の子の躾」として

 

私は小2の頃には買い物に行って

 

晩御飯の用意が出来る様になっていました。

 

(それはそれで今役に立ってる)

 

家は足の踏み場が無いほど散らかっていたので

 

友達を呼ぶなんて事は一度も出来ず

 

当時の家庭訪問は必ずと言っていいほど

 

家に先生が上がっていたのですが

 

いつも玄関先のみ。

 

 

母は父が一番可愛がっていた私が結婚したんで

 

それをきっかけに女遊びが激しくなったと言い

 

父は私が結婚した事が原因じゃなく

 

それ以前からも複数女がいた様で

 

ぶっちゃけ私にしてみたら

 

そんな自堕落な生活しといて

 

旦那に女が出来て当然だろよと母に対しては思っていた。

 

 

掃除も洗濯も炊事もまともに出来ない年上の女房で

 

かと言って近所にパートに出たかと思えば

 

数日から数週間

 

長くても2~3カ月で

 

やれ腰が痛いやら足が痛いやら

 

パート仲間に嫌な事を言われただの

 

パート先で使う洗剤が体に合わないだの

 

とにかく仕事が嫌な人なんだと言う事は分かった。

 

 

父になんで結婚したのかと聞いたら

 

「若気の至り」と言う事でなるほどなとww

 

 

母にしてみれば

 

男前で仕事をバリバリして食わせてくれてと

 

良い条件の男だったと言う事だろうが

 

父にしてみれば

 

8歳年上なのに家事下手料理下手で

 

昼から飲んで寝る様な女だとは思わなかった事だろう。

 

 

 

色々端折りますが

 

私が結婚するまでの母は

 

旦那は金持って来てくれたら

 

後は好きにしたらイイ的な態度だったのに

 

私が結婚した途端に

 

父を束縛する様になった。

 

 

飲みに行っているであろうスナックに

 

「うちの人おる?」と軒並み電話をして

 

いないと聞くと

 

「おるんやろ!?アンタがうちの人の女か!」

 

と怒鳴りつけ

 

店に直接怒鳴り込みに行く事もしょっちゅうで

 

「うちの人を隠しとるやろ!」だのと言っては

 

めぼしい飲み屋を回っていた。

 

 

その間上弟は専門学校の寮生活で

 

下弟は中学生だったが当然ほったらかし。

 

 

ついには父の仕事関係の取引先数件にまで電話を掛けては

 

「あんたもグルか!あんたにも女がおるから庇っとるんやろ!」

 

と言い出し

 

それで父は離婚調停に掛け1年ほど掛かって離婚した。

 

 

その離婚調停中も成立後も

 

母は深夜に阪神高速で

 

下着姿で酔いつぶれて寝ているのを警察に保護され

 

その他にも酔って路上で寝込んで

 

救急車で病院に運ばれたりし

 

その度に私の名前と住所と電話番号を口にして

 

「うちの娘は○○病院の看護主任!」とウソ糞を言い

 

それこそその度に警察やら病院から

 

私に電話が掛かって来て飛んで行くハメになる。

 

 

飛んで行った先の病院では

 

看護学校時代の同級生が当直していた病院だったりで

 

私は看護学校でも委員長だの何のをやっていて

 

結構成績は上の方だったんで

 

「この人ってかづさんのお母さん…?」と聞かれ

 

本気で何度も轢かれて死ねばいいのにと思った。

 

(轢く方には迷惑だけど)

 

 

ウチの姑がまだ現役バリバリで私をイビリ倒していた時も

 

世間が寝静まった夜中になると

 

母は姑に電話をし

 

「娘をイビリやがって!」と呂律の回らない口調で怒鳴り

 

けれどもそれは娘の事を思っての事かと思ったら

 

「私の娘をいびった迷惑料として金を払え!」と言うもので

 

いわゆる強請集り(ゆすりたかり)だった。

 

 

そんな事をすれば

 

娘が嫁ぎ先でどんな目に遭うのか分からん訳でもあるまいに。

 

私が母にやめてくれと言うも

 

「私が不幸になってるのにあんただけ幸せにさせるか!!」

 

と言う母だった。

 

 

液体咳止め液を数十本飲んで

 

急性中毒で病院に運ばれたり

 

心臓が苦しくなったと救急車を呼んで病院に行くも

 

着いた頃には痛みが無くなったからと

 

診察も受けずにスタスタと歩いて帰ろうとし

 

診察を受けないなら救急車代を支払って貰うと言われたら

 

病院の事務所で

 

これまた私の名前や住所と電話番号を

 

携帯の番号まで全部喋り

 

「娘を呼んで!!!」の一点張りで

 

埒が明かない状況だから直ぐに来てくれと

 

病院の事務長から電話が入った事も1~2回ではない。

 

 

 

 

父と母の離婚成立時の条件が

 

「(未成年の弟二人の)親権を放棄するなら慰謝料増額」

 

と言う父の要求だったが

 

アッサリとその条件を母が飲んだので後に聞くと

 

「親権を放棄してもあんな父親なんか捨てて

 (息子二人共)絶対に私の所に戻って来てくれるから♪

 だから条件を飲んでお金を貰った方がええ。

 将来は長男と同居して孫に囲まれて過ごすのはこっちや。」

 

と母が言ったのには呆れた。

 

そんな訳ねーじゃねーかよ。

 

 

 

 

 

父と母が離婚した時点で

 

私の弟二人の親権を母は放棄したが

 

私は成人していたので

 

法律上がどうたらとかはこの際関係無く

 

役所やらなんやらと言うのは

 

姉弟3人いても

 

「下の弟さんについては○○さんは親権を放棄してるんで」

 

と言う前提で物を言う。

 

 

その上母自身がどこの役所でもどこの手続きでも

 

全て身元保証人やら引受人やらの欄に

 

私の名前と連絡先を書いていたので

 

いわば姉弟の中で私だけが逃げられない状況だった。

 

 

母自身が「親権を放棄した」と言う事から

 

弟達自身が父の元から出て来るまでは

 

親権云々の縛りが無い

 

娘の私が自分の身元保証人で当然だろうと言う認識だったんで

 

それこそ至る所で私の連絡先を登録や申請で手続きしていた。

 

 

 

 

 

 

まぁ

 

何が言いたいかと言いますとね。

 

離婚すれば本人は「他人」でしょうけど

 

子供にとっては一生そいつが『親』な訳ですよ。

 

 

私は父に言いましたよ。

 

「自分は離婚してそれで他人で済んだやろうけど

 こっちはあんなんが一生親なんやで!

 お父さんは単に逃げただけやん!

 お母さんがあんなんになった原因はお父さんにもあるんやから

 責任取って欲しいわ!

 そりゃ離婚して逃げたら終いやからソッチはエエやろうけど

 こっちは一生ついて回るんやで!」

 

 

 

結婚していれば

 

「お前の嫁はんやろ!」と言えますけど

 

離婚してるんやから

 

父にしてみれば

 

「お前の親やろ!ワシは他人や!」って所なんですよね。

 

 

役所や警察にしても

 

離婚してるんだから父の所には連絡はせず

 

全て「娘さんですよね?」と連絡してくる。

 

弟二人が成人した後でも

 

「離婚時に親権放棄したから」と言う一言で

 

弟には全く連絡が行く事無く

 

全て私に連絡が来た。

 

 

ですんで

 

私が夫と離婚をする選択をしなかった理由の一つは

 

私は離婚をする事で夫と赤の他人(?)になれますが

 

息子達は一生この人を「父親」として背負う訳です。

 

 

背負わなくても縁を切っても

 

音信不通になっても

 

「血を分けた親」として

 

一生消える事の無い存在になる訳です。

 

 

 

私が姑からの嫁いびり絶頂期に離婚していたとしたら

 

当然夫は「人でなしの権化」の最上級の頃でしたし

 

計4回の調停の中でも(合計4回家庭裁判所に行ったと言う事ではなく、4回調停を起こしたと言う意味です。夫がw)

 

夫は調停の場で

 

無表情「もしも離婚するのであれば親権は放棄するし面会権も放棄するので、慰謝料も養育費も支払いは拒否する。」

 

と言った事があり

 

真顔「それって別れても金は払わんし子供の事も一切知らん。

 会う気も無いから養育費も払わんって事?

 それって離婚した後子無しの独身としてやり直すって事やん(笑)」

 

と突込み

 

パパばあば「ご主人。

 面会権はあなたの権利ですが、養育費の請求はお子さんの権利ですから拒否出来ません。

 親権と面会権と養育費とは別問題です。

 慰謝料も金額が決まれば拒否出来ません。」

 

と調停員から言われて

 

夫はショックの色が隠せなかった。

 

( ´艸`)プッ

 

挙句

 

ムカッ「本当に離婚になったら全財産を使い果たして

 会社も辞めて無職無収入になる!

 一円も払いたくない!」

(おそらく舅姑宅に転がり込む腹だったんだろう)

 

と言った事もあったんで

 

あの時に離婚していたら

 

「親権も放棄して子供に一切会おうともせず、養育費が決められても一円も払わずに無職になって逃げた父親」

 

って状況だったと思う。

 

 

 

 

金づるのジジババが亡くなった途端

 

長男と次男に泣き付こうとする奴になっていたであろうと思う。

 

 

ウチの夫の事だから

 

息子達の勤め先にまで電話をしまくり

 

金の無心や何やかんやや

 

病気になったり保護を申請する際も

 

えー「長男はココで次男はココに勤めてます。

 住んでる所と連絡先の電話番号は…」

 

とペラペラ喋るに決まっている。

 

 

家の近所で待ち伏せでもして

 

嫁や孫に直接接触しに来るかも知れない。

 

いざとなったら何をしでかすやらだ。

 

 

 

 

 

そんな夫を

 

まぁ何とか店長だの役職付きだの昇進させ

 

人並みに定年まで勤めあげさせ

 

今なおその会社に継続雇用して貰い

 

来年の本定年後は

 

年金やら企業年金やら個人年金やらw

 

住宅ローンも車のローンも無く

 

食うに困らん生活が出来る状況を見てみると

 

この判断で良かったんじゃないかなぁと思います。

 

 

 

 

ちなみに父は肺がんで亡くなり

 

その数年後に母は膵臓がんと甲状腺腫で亡くなりましたが

 

どちらも亡くなるまでの数日間は病院で付き添いましたんで

 

私的には納得した見送りかなぁと思います。

 

ちなみにちなみに

 

母の入院に関わる一連の費用は

 

福祉で請求出来る物以外の全てが私に請求が来ました。

 

母が福祉にも病院にも

 

私が身元保証人だと言う書類を勝手に出していたので

 

病院は弁護士立ててでも取る構えでしたし

 

私は母が勝手に書いた物だと言う証明をするのに

 

時間と労力とお金が掛かるし

 

私が証明した所で次は弟達に請求が行くので

 

それに関しては全額私が支払いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなもあったんで

 

まぁ他にも色々色々色々ww

 

だから私は夫に言いたい放題なんですww

 

 

たくさんある過去記事に

 

ちらほら色々書いてるので

 

お時間のある方は探してみてね。

 

 

 

あぁ

 

だからと言って

 

離婚を否定している訳じゃないですから。

 

 

人生色々ですから。

 

 

ではでは(^▽^)ノ

 

 


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