(4-9)かっこいい
日曜日の午後、商店街2階の、繁華街にある喫茶店としては広いスペースの店に入った時 の出来事である。 店内の様子は隣同士の会話が聞こえない配置でソファが置かれ、話の邪魔にならないBG Mが流れていた。 ソファに座っている人の顔はあまり見えないよう照明は工夫されていた。 |
空いている席に向かうため通路を歩いていると、どの席も偶然かも知れないが、二人だけ のカップルしかいないことに気づいた。 そして恋人たちの恋を語り合う熱い雰囲気が漂っていた。 色々な所でデートをしたが、これほど危険な香りが充満した店は初めてだった。 |
彼女も僕と同じ感覚を持ったのか、周りの熱気に当てられないようにするためか、若しく は熱々のカップルの姿を出来るだけ見ないようにするためかは分からないが、恥ずかしそ うに目を落として歩いていた。 |
席に座り、飲み物を注文した。 注文した飲み物がくるまで、彼女が昨日観たNHKのフランス語の講座の感想を話した。 一昨日聞いたFM放送の番組のなかで洒落た会話があったとか、そんなとりとめの無い会 話をしていた。 注文していたコーヒーを飲み、二人の間に暫しの無言の時間があった。 入った時から続いていた、周りの恋人達の熱い熱気が二人の間にも漂ってきた。 なんとなく気恥ずかしい気持ちになり、彼女がどんな表情をしているのかと目をやった。 彼女も同じ気持ちになったのか、同時に目が合った。 二人とも照れくさそうに微笑んだ。 その時だった。 |
切ない眼差しで、「河原さんてかっこいい」 |
と言って、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして視線を床に向けた。 普段は論理的な会話をする女性が、唐突に時間にして三秒ぐらいの言葉で終わった。 |
初めて僕に対して恋心の様なものを打ち明けた瞬間だったが、 |
「かっこいい」・・・・・・ピンとこなかった。 むしろ「かっこいい」と言うより、一言「好きです」と言って欲しかったが、やはりこの 場は御礼を言うべきと思い、彼女の言った言葉の意味を充分に理解せず、 |
「ありがとう」と言った。 |
その時はさほど感激することもなかった。 ただ言った後、恥ずかしそうにしていたので、「かっこいい」と言うのは女性にとって、 勇気のいる言葉であることは理解できた。 |
振り返ると、彼女から「あなたが好きです」と、言わなかったのは無理もなかった。 理由は面と向かって「あなたが好きです」と、一度も言ったことはなかったからである。 気に障るようなことを言って、彼女を失いたくないという気持ちが強すぎて、僅か二秒の 言葉をプロポーズするまでの四ヶ月先まで言えなかった。 |
次回は(4-10)かっこいいの意味です。お楽しみに
私の好きな曲vol.177( 平山みき : 真夏の出来事 )